接近
突然だが、皆さんはご存知だろうか?
「桃太郎」なる御伽話。
ある日のこと、お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出掛けた。
お婆さんが川で洗濯をしていると、「どんぶらこ、どんぶらこ」と、桃が流れてきた。
驚いたお婆さん、そのでっかく、一人で持ったら腰を壊しそうな桃を、無謀にも自分一人で家に持ち帰った。
怪我一つせず、ピンピンしたままの強靭なお婆さんは、お爺さんが帰ってくると、一緒に桃を斬った。
するとなんと、中から赤ん坊が!
お爺さん達は大層驚いた。
だが、赤ん坊が欲しかったお爺さん達は、その生まれてきた赤ん坊に、桃から生まれてきた子、「桃太郎」と名付け、それはもう、大事に大事に育てた。するとなんと、赤ん坊はすくすくと、普通の人間よりも遥かに早いスピードで成長した。
さて、時は流れ、成長した少年桃太郎は、村を荒らすという鬼を退治するため、鬼ヶ島へ鬼退治をしに向かう事を決意する。
そして、出発の日に持たされたきびだんごを上手く利用し、犬、猿、キジを従えて、見事鬼を退治。
めでたしめでたし。
という御伽話だ。
だが、皆はご存知だろうか?
この話は、原初に書かれていた物とは、微妙に差異がある。
桃太郎は、大きな桃から生まれたのではない。
桃を食べて、若返ったお爺さんとお婆さんの間に、生まれたのだ。
ここまでの話を総括すると、この桃太郎のお話の様に、自分達が思っていた、あるいは知っていたものと、実際の事実は、実は違うものだった、というような、物事の差異により自己変革が起こる、というような事例が世の中に数多く存在する。
…とまあ、俺がここまで回りくどい説明までしてきたのは、ひとえに今、俺に暴露された事柄への俺の心情を代弁するのに、これしか方法が思いつかなかったからだ。…語彙力不足だと言われればそれまでだが。
その、発端となった晴也の発言。
「お前、”フェティス”と”禁装”っての、知ってるか?」
それが何故、晴也の口から出てきたのか。俺は驚きを隠し切れなかった。
「フェティス」も、「禁装」も、それは長く、数百年にも及んで世界規模で秘匿され続けている物であり、一般人が知っている物では無い。そして俺はゴトクに入った際、周りの人間がどのような人物かについては、多少データを貰っている。聞く限りでは、いまの学校の中には、関係者は一切いなかった。
最初に、フェティスと禁装についての説明を受けた時にも、国特上層部からの派遣の人は、「我々は国レベルでの情報を持っている。まあ、入りたての君ではそれを調べることはかなわんだろうが、ゴトクとしてなら話は変わる。その辺りの緩さを是非とも活用してくれ」、なんて事を言われ、それを信じていた俺は、このくらい知っていて同然、と言わんばかりに言ってのけた晴也の存在に、桃太郎のような衝撃を受けたのだ。
関係ない赤の他人だと思ってたら、実は関係者だった。
「……」
でもまだ分からない。晴也がカマをかけている、ということも有り得る。そう、何故か冷静さを保っている脳が、警鐘を発していた。
だから俺は、沈黙を貫いたのだが。
晴也はもう沈黙を諦めたかのように、話しを続けた。
「…じゃあさ、お前、学校に国特のスパイがいる、って言ったら信じるか?」
「…だったら、何なんだよ?」
「まあ、少なくとも国特は、お前が思っているよりも闇が深い組織だ。勿論、それを取り巻く環境だってそう」
「……」
「―まあ結論からして、今のお前の環境は、四面楚歌ってことさ」
「…その話をして、俺になんのメリットがあるんだ?晴也」
すると晴也は、少しあきれた顔をして、
「別に、人の話を信じる信じないは勝手だが、俺からの警告だとでも思ってくれていいさ」
「……」
ここはファミレスのはず。楽しく、賑やかな雰囲気の店の筈なのに、その一角だけ、酷く重々しかった。
そして、二人共沈黙してしまうと、いよいよ耐え難い空気になった。
そんな雰囲気を察してか、閑話休題か、どちらかは分からなかったが、晴也はその硬い表情を変えずに、俺に言った。
「……宗一。場所、変えるぞ。ここではこれ以上話せん」
「…そうだな」
そうして、俺達は、話の続きを学校でする事にした。
学校に戻り終え、見上げると、空は綺麗なオレンジ色に染まっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「さて、まあまずだ」
俺達は自分達が過ごす教室を、話の続きをする場所として選んだ。晴也は続ける。
「もう分かってるかも知れんが、お前がゴトクだという事はとっくに把握済みだ」
そんな事は、流石に俺でも薄々感づいていた事だ。
それに、俺の身バレよりも、それを知っている晴也がどういう者なのか、それを知る事の方が重要だということを俺は悟っていた。
それもあるが、
「なあ晴也、お前、やっぱりさっきの『友人の頼み』ってのは嘘だろう?」
ふと思いついた俺は、学校に向かっている時から思っていた疑問を投げかける。
すると晴也は、拍子抜けしそうな程あっさりと、肯定を返してきた。
「ああ、そうだが?…まあ、もし本当関係者でない時のための方便だ。気にするな」
「やっぱりか」
「なんだ、当たったからと言って景品なんてでんぞ」
「この場においてそんなの一ミリも期待してねぇ!」
シリアスだった雰囲気は、一瞬にして消え去った。
何故こんな所で二人でギャグをしなきゃならないんだ…。
「はぁ…。まあいい。それより晴也、お前もそろそろ身の内を明かさないか?俺だけ一方的…ってのは、アンフェアだ」
俺が一文言い終わった、丁度その時だった。
「……」
「…晴也?」
晴也が突然沈黙した。と、同時に、表情を硬いものに変えた。
そして。
「……」
晴也は突然、沈黙と共に、俺の首を手だけでしっかりとホールドした。
「ッ…、なにが…」
俺は、為されるがままだった。全身に力が入らない。
「……悪いが、宗一には今この場で死んでもらう事になった」
そう言いながら、晴也は俺を片手で持ち上げる。呼吸がまともに出来ず、身体に痺れが出てきた。
なんでそんな唐突に…!?何故…!?——と、そう考える余裕すらままならなかった。
マズい。
そう思った時には、もう意識が半分遠のいていた。
「かはっ……、がっ……、んんーーーー!!!」
俺は必死に、出せるだけの力を振り絞って抵抗する。しかしそれも虚しく、時間が経つにつれ、俺の力は弱まり、晴也は対照的に強くなっていった。
血流不足からか、俺の視界が淀んでいく。
俺、こんな所で死ぬのか……。
そう諦めていた。
しかし、晴也の表情が真顔から苦虫を噛み潰したような顔になったかと思いきや。
「………え?」
突然、俺は空中に放り出された。
その時の俺には、まるで時が突然ゆっくりになっているかの様に感じた。
人は死の瀬戸際に立たされた際、周りの時の進みが遅くなるとかいうが、それなんだろうか。
その、スローモーションになった世界で。
俺は、その光景に目を見開いた。
晴也が、俺の上司、飛島花織と対峙していた。
晴也は、花織の突き出した短刀を左手の人差し指と中指での白刃取りで受け止め、向けられたM360Jサクラのトリガーをロックするように、右手の薬指をトリガーとの隙間に挟み込みながら、グリップを握り拳銃をも封じている。
だが、そのせいで両手が使えない為、両者ともに膠着状態なことが見て取れた。
そこまで認識できた時、俺の身体に鈍い衝撃が走った。
「ッ!!!!!」
肺が強く打ち付けられ、少しの間呼吸困難に陥る。…ああ、地面に落ちたんだな。
だが、思ったよりもタフだったのか、直ぐに呼吸は戻ってきた。
「晴也!大丈夫!?」
「…ええ、まあ、なんとか…」
俺が呼吸を整え、千鳥足で対峙する二人から距離をとっていると、若干裏返ってキンキンとする声で、花織は無事を確かめてきた。
俺は、まあ実際なんとか無事なのでそれを伝える。
「良かった…。何とか間に合ったみたいね」
心から安堵した、と声だけで分かる位、彼女の声は落ち着いたものに戻った。
だがそれも一瞬、すぐさま険しい顔に戻して、
「さて、あなた、宇治晴也で間違いないわね?」
「………」
だが、晴也は表情をピクリともせず、沈黙を貫いた。それに構わず、花織は続ける。
「悪いけど、貴方には質問したいことが山ほどあるの。コクトクの取調室まで来てもらうわ」
すると、特段リアクションがなかった晴也が、突然、肩をすぼめて、首を左右に振りながら、
「嫌だね」
と、淀みなく言い切った。
そして、晴也は続ける。
「それ以前に、そんなこと君だけで出来るのかい?宗一を守れたとして、俺の身柄を確保しようだなんてッ、…100年早いぜ」
そう煽る様に言いつつ、晴也はノーモーションで右回し蹴りを放つ。だがしかし、
「…甘いッッ!!」
それを掛け声として、花織は大きく右に跳躍する。
その瞬間、サクラと短刀を手から離し、フリーの状態で距離を取ったかと思いきや、
「…ふッ!!」
一気に距離を詰め、素早い左フックをかます。
しかし、晴也は難なくそれを手の甲で弾くと、
「てぇやぁぁぁッッ!!」
間髪入れずに花織の左上腕を掴み、そのまま投げ飛ばす……—すると突然、花織がその場から跡形もなく姿を消した。
「え……?」
俺には、何が起こったのか全く分からなかった。戦闘を見ていた俺が、予備動作さえ確認できなかった。
だが、晴也は違った。
何故か、その起こったことに納得した様子で、
「……へぇ。それが君の禁装なんだね」
と、言いつつ、その場で後方にバックステップで見えない何かから遠ざかるように移動した。
しかしその直後。
晴也は、突然見えない何かに後方から吹き飛ばされた。
そして、吹き飛ばされた晴也は教室の後方の壁に叩きつけられ、そして壁には大きなクレーターのようなものが出来た。
呆気にとられていた俺は、ただただ眺めている事しか出来なかった。
そして、この出来事時間にして数秒。
コンマ秒が命運を分ける戦いが、目の前で起こっていた。
飛ばされた晴也は、壁に張り付いたまま、そのまま動かなくなった。
そんな人智を超えた光景に俺が唖然としていると。
突然、目の前に花織が現れた。
いや、見た感じでは「出現」という方が正しいだろうか。
そして、俺の方へ駆け寄って来ると、俺の両手を引き寄せ、
「良かった…。無事で…」
と、俺の手を両手で胸に抱き締めながら、柔らかな声でそう言った。
俺は、そういう花織も無事で良かったと思った。思ったのだが。
「(〜〜〜ッ!?!?)」
何というか、その……、俺の手は今、上司とはいえ女の子の体に触れているわけであって。
そしてその、……相手は…花織は、…幼い体つきながらもしっかりと成長期の女の子であるわけで。
微妙ながらも、俺の手は確かにその柔らかな双丘を感じ取っていた。
「……どうしたの?宗一、顔真っ赤だよ…?…もしかして、何処か怪我でもした!?」
「いっ、いや……、そういう訳じゃ、ないよ。ただ、その…」
胸が思いっきり当たってる。
そう言いたかったけど、なんかこう、彼女と今の場の雰囲気を壊しかねないので、言わないでおいた。……別に、俺にやましい考えがあったわけではない。決して、そんな事は無い。…二回言ったからな!
暫くすると、落ち着いたのか、彼女は俺の手を離した。
「なら良かった…」
俺も無事解放されて良かった…。
なんて安堵していると、柔らかい表情はそのまま、だけどどことなく真剣な顔で、花織が話し始めた。
「じゃあ早速、今からゴトクに来てくれないかな?宗一君」
この後特段用事があるわけでもなく、話したいことも溢れている俺は、はっきりとした声で返答した。
「はい!」
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