帰り道すがら


 日差しが大分暖かくなってきた。

 4月の初週。

 俺は、自宅からはちょっと遠いが、まあそこそこの高校に進学した。


 ここ最近、特に志望校合格が決まった時から、俺の上司・飛島花織とびしまかおりには会わない日が続いていた。

 まあ、彼女も彼女なりに忙しくしているとは聞いていたし、俺自身、戦闘はまるでダメ、何より怖い、という理由で積極的でないので、そういう任務が無い今の方が穏やかで自分的には合っている。

 まあ、仕事なんて考えずに、これから始まる人生一度の青春とやらを謳歌するぞーっ!


 などと思っていると。



「よっ、宗一。久々だな、中学以来か?」


 と、俺の席の後ろから、声が飛んできた。


「ん?…おおっ、シイタケじゃん!久しぶり!…まさか、同じ高校で同じクラスとは」

「おいおい、同じクラスはともかく高校は同じことわかってただろっ!」

 コツンッ!とシイタケのチョップが入る。

「イテッ、なにすんだよー!」

 ハハハ、とお互い笑い合う。


 こいつはシイタケ。本名を柳下圭也やなしたけいやという。


 俺たちが小学生の入学当時、名字の下部と名前の上部を合わせたものをあだ名にする、というのが謎流行りした。その為、最初こいつは「したけい」だったのだが、ある者が「この名前シイタケに似てるー!」、と言い出したのが発端となり、今の「シイタケ」となった。まあ、二人で話し出すようになったのが「シイタケ」に変わった後だったから、俺は最初から今日までシイタケで通してる。

 因みに、俺の友人の中で唯一のライトノベルオタクである。その点、俺とは気が合う。


「いやー、しかし何というか運命的ではあるな。これでクラスが一緒なの10年目か…。」

「そうだなー。…これってさ、よく考えたら天文学的な確率じゃね!?」

「天文学的な確率ってどんなもんだよ(笑)」

 俺は若干苦笑気味に返す。

「まあそんなけ壮大だ、ってことよ」

 シイタケは謎に胸を張って主張してくる。


「(何故自慢げなのだろうか…)」


 なんてちょっと困惑するのも束の間。

「…なあ、宗一。お前、こんな噂知ってるか?」


 噂…?なんのことだろう。

 …まず、学校は今日初日だし、俺は噂はおろか、ここで人と話すのはシイタケが初めてだ。

 なので、俺は正直に、

「いや。何にも?」


 するとシイタケは少々驚いた顔で、

「知らないのか?いやそれがさ、この学校に幽霊が出るって話なんだよ!既に目撃証人も数名いるらしいし」



 幽霊??


 んなアホな。


「そんな非科学的な現象、起こるか?俺はお化けを信じないタイプだぞ」

「え、そうだっけ?宗一、小学生の頃お化け屋敷ダメじゃなかったか?」


 ギクッ。

 …………。

 俺は、沈黙を長めに取ってから、

「……………俺にそんな時代はない」


 するとシイタケは口を弛みきった逆さハの字にして、

「あらやだもー、宗一ったら〜可愛いんだから〜」

 シイタケがオネエ風におちょくってきた。



 ……きー!うっぜぇ!


 そうして俺がニヤニヤするシイタケに恨みの視線を全力で浴びせていると、なんのワードに反応したのか分からないが、複数の男子生徒がこっちにきた。


 え、コワモテばっかやん……。


 漢、とはまさにこいつのことだろう。とばかりの奴らが、厳つい顔を更に厳つくして、高みから俺達を見下ろして、

「おうおう、オメェら、幽霊の話しちょったんか?」


 それに対して、慣れているのか、シイタケは怯みもせず、笑顔で

「おう。そうだぞ。お前らは幽霊信じる派なのか?」

 すると、コワモテ達は少し困り顔になった。

 けれどそれは、注視してないとわからないような些細な変化ではあった。マジでコワモテ。


 そして、少し間をおいて、コワモテ達の筆頭らしき先頭の漢が、静かに話し始めた。

「…まあ、俺らはその幽霊見てもうたでな、信じるっちゅうか……。まあ、こんな話、面白話程度にしか取られず相手にされんけぇの、微妙な気分っちゃなぁ」

 するとシイタケは驚きの顔と期待の目、五分五分の目に変えて、


「幽霊を見た、だって!?」


 とんでもなく食いついた。


「あ、ああ。そうだが…」

 あまりの食いつきっぷりに、少々漢達も引いていた。…ついでに俺も。

「ちょっと詳しく話を聞かせてくれないか?興味があるんだ」


 …なんか今日のシイタケ、食い気味だな…。


 ちょっとそれに気を惹かれた俺は、便乗する事にした。

「んじゃ俺も混ぜて〜」

「…わ、わかった。それじゃ、昼休みにでも」



 だが、この時、俺は予想だにしていなかった。

 この事件は、俺の周りを一変させる一大事件だった、ということを。




 〜〜〜〜


《20XX年3月27日–国家特務機関特別情報捜査課長室》


 私は飛島花織とびしまかおり。年齢は見た目とは比例せず、とは最早私の為にある様なものだろう。

 身長は157、胸は………。

 ……発展途上国。うん。

 たいじゅ………。こちらはまあ標準的な先進国と言いたい。


 そんな私も、今年で18歳になる。本来なら、今は高校3年なのだろう。

 でも私は、とある事情から中学から学校へ行っていない。ずっと、このゴトクで仕事をしてきた。


 その間、失敗はあれど努力と功績を認められ、15歳で部長、更に今年は一気に課長兼第五班班長という年齢にしては異例の昇格をした。

 そして、普通課長より上の階級のトップには、それぞれ個人の部屋が与えられる。まあ、よくドラマとかでありがちな、茶色の大きい机と黒い椅子も、ちゃんと備え付けされている。


 本来ならば、そこに座って執務なんかをこなしている筈、なのだ。

 でも、今そこに座っているのは私じゃなくて。


「…飛島、それで今回の件なんだが、これでいいか?」

「よくないですっ!!!」



 ……………あっ。



「……不服か?飛島。バックアップは十分にとってある。前回の様にはならんが……」


 ああああ…………。やっちゃったぁ………。


「あ、いえ、そのですね、なんといいますか、言葉の綾、というか間違いというか……」

 だが、そんなふにゃる私に動じる事なく、目の前のおっさんは言葉を続けた。

「……まあいい。資料は渡すから、よく読んで確認しておけ。分からんことがあったら、すぐに聞くんだ。…では、俺はこれで」

 わたわたする私の上司、国家特務機関特別情報捜査長、本郷常義ほんごうつねよしは席を立ち、私に資料を渡すと、さっさと部屋を出て行った。

 私は、「ありがとうございました」とだけ言って見送り、空いた本来自分の席に座って、受け取った資料を読む。


 今回の任務は、脅威度の低い”牛型”の排除、それからある事件の解決と首謀者の特定及び逮捕だ。場所は、宗一が春から通う、県立上新高校だった。


 私は、学校が始まる前までに終わらせてやる、と意気込み、早速仕事に取り掛かったのだった。




 この時は、まだ彼女は考えもしていなかった。


 この事件は、宗一が解決してしまうという事を。


 自分の分の出番と報酬は、よく考えるとほぼ無かったという事に気付くのは、また先の話である。





 〜〜〜〜


 昼休みが終わり、この日は終わりとなった。

 昼休みはコワモテ漢達の幽霊に関する話で終わってしまったし、なんか昼寝をしたい気分なので、さっさと帰ってベッドに入ろう、などと考えながら、俺は帰り道を歩いていた。

 ところでだが、今日の俺には、「登校中突然可愛い子とぶつかる」とか「落とした物を拾ったのは、可愛い女の子で。…ここから物語が始まった」、etc……。


 出せば結構出てくる物語の始まりのシーン。そんな、主人公の様な出来事は一切起こらなかった。


 しかしながら、「突然謎の敵との戦闘に巻き込まれ、普段は知らない世界へと足を踏み入れる」というバトル物のお約束イベントは、宗一クンキッチリこなしているはずなのだが、何故かそれはカウントされていない。

 それはさておき、宗一は今日最大の悔しさを噛み締めていた。


なのに……なのに…………っ!可愛い女の子との出会い☆EVENTがねぇじゃねぇかァァッッ!!!」


「ねーよ。何言ってるんだ、お前は…」

「うわああぁぁあぁっっ!?」


 動きを止めた心臓を復活させてから後ろを振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。


「よう、宗一。中学以来だな」


 ……宇治晴也うじはるや。日本人女性が如何にも好みそうな高身長、スラッとした体型、頭脳明晰、運動神経抜群。それでいて顔立ちも整っている。聞くだけなら、万人の理想像である。


「んで、その完璧超人サマが俺になんの用事だよ?悪いが俺は初日にこれ以上男とは付き合いきれん。もう沢山だ」

 すると、肩をすぼめて、やれやれといった感じで晴也は、

「そんなことよりだ。まあ、同じ高校の一生徒として、お前に聞きたいことがあってな。ちょいと、奢ってやるから話をさせろ」

「奢られるのは大層嬉しいがなぜ俺に拒否権が与えられてないのか聞かせてもらいたい」

「…いつもの事だ、気にするな。行くぞ」


 そう言って、さっさと晴也は歩き始めた。

 俺は、不満と疑念を抱いたが、奢りとあらば背に腹は代えられず、晴也について行くことにした。




 近くにあったファミレスに入り、俺も晴也もまずはドリンクバーを頼み、一息ついた。


「コクッ、コクッ…………はぁ……やっぱココアは甘くて疲れを癒やしてくれる、魔法のアイテムだな」

「まあ、それについては同感だ」

「お前ココアじゃないだろ」

「…今はレモンティーの気分なんだ、ほっとけ」


 俺はホットココア、晴也はレモンティーをチョイス。少々一服すると、晴也が本題を切り出した。


「…それで、話なんだが、俺らの学校で起こってる幽霊事件についてのことなんだが…」

 晴也は真面目な顔で、メモまで準備していた。

 …いつの間に……。

「…なんで俺に聞くのさ?俺はその幽霊事件とやら、知らんぞ?何か知りたい事があるのなら、別を当たれよ、晴也」

 俺は、何故晴也がこの件について調べているのか、それが不可解に感じた。得体の知れないモヤモヤに襲われ、胸が締め付けられるような感覚に陥った。なので、咄嗟に嘘をついた。


 だが、何故か晴也には通用しなかった。


「…隠してもムダだぞ、宗一。お前、このことについて割と詳しく知ってて、おおよそ犯人も検討がついている筈だ。誤魔化すな、俺は騙せんぞ」

 俺は、カマをかけているかも知れないと思い、最後の防衛線を張った。

「…何故、そう言い切れる。俺は今回の幽霊事件、関わりもないし関わりたいとも思ってない。だから……」


 だが、どうやら晴也の言い分は正しかったらしい。

「…はぁ…。嘘つくの下手だぞ、宗一。大抵の人はそれで騙せる。だが、繰り返すが俺は騙せない。大人しく話してくれ」

 トドメをさされて、後が無くなってしまった俺は、観念して素直に話すことにした。

「………はぁ、わかったよ、話す話す。だけど、その前に一ついいか?」

 やっと話す気になったか、とばかりに表情を落ち着かせて、晴也は俺に改めて向き合う。

「…なんなりと」

「…何のために、この事件を調べてるんだ?…正直小学、中学と一緒だったが、お前がこんな事をする理由がわからない。お前はこんな、オカルトじみた話にはまるで興味がなかったじゃないか?」

「俺は友人からの頼まれごとで、この事件について調べてる。…それだけだ。まあ、探偵ごっこみたいなもんだ。」

 晴也は、俺が今まで見た中で一番程の真面目な顔をしていた。……まあ、嘘はついてなさそうだし…。


 そう思って、俺は晴也と話をする事にした、その矢先。

 彼の話は、この事件の真相へ、そして新たな運命への一歩を、着実なものにした。




「…なあ宗一、………お前、”フェティス”と”禁装”っての、知ってるか?」


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