怪獣

 想像と違うなと思った。

 突然ではなかった。ガン宣告された父は医師の言った余命通りに亡くなった。

 定年間際のことだった。


 俺は3人姉弟の一番下で、末っ子長男だった。だからって特別優遇されることも厳しくされることもなかった。母は少し甘いかなと思ったけど、母親が息子に甘いのは世の常だ。

 姉二人はすでに結婚しており地元は離れて別の土地で生活している。

 上の姉には5才と2才の子が、下の姉には1才になる子がいる。姉たちは子供も一緒に連れてきていた。父の死を前にして何が起こっているのか分かっていない子供達の無邪気さは俺たちの気持ちを軽くした。

 

 初七日を終え慌ただしく過ぎた日々に一区切りついた家には俺と母だけだ。

 初七日の為此方へ来てくれていた義理の兄達も含めた二家族を泊めるには実家は狭かった。そのため、姉たち家族には駅前のホテルに泊まってもらっていた。

 今まで人の気配で溢れていた家は静まりかえっていた。

 俺も実家は出ていたので、この家で母が一人きりになると思うと不安になった。

 特別仲の良い夫婦だったとは思わないが、寂しくなるだろう。


「母さん。俺明日から仕事だけどさ、週末とか帰ってくるから。まだ色々手続きとかあるだろ?いつでも手伝うから連絡して。」

「うん、ありがとう。」


 母はテレビを見ていた顔をこちらに向けて笑った。そのままテレビに視線を移して、母は話を続けた。


「お父さん定年後に結構夢見てたのに残念だったね。」

「夢って?」

 比較的真面目な仕事人間だった父にどんな夢が、定年後の楽しみがあったのか気になった。

「色々ね、車で日本をまわってみたかったみたい。」

「いや、親父運転下手だから俺絶対反対した。」

 父は休日ドライバーだ。お世辞にも上手いとは言えなかった。

「母さんも怖いから一緒に行かないって言った。電車とかバスでなら一緒に行きたかったな。」

「今は豪華列車とかもあるから。」

「ね、船とかも面白そうよね!」

 そういえば母とこうやって話すのも久しぶりだなと思った。姉たちがいたから雑談のような会話はそっち任せだった。

「あとね、お父さんゴジラ見るの楽しみにしてた。」

「あぁ!録り貯めてたな、親父。」

「ビデオテープだったからほとんど見れなくなっちゃったけどね。」

 テレビ放送されたゴジラを録画して、大事にビデオテープを並べていた父の姿を思い出した。

「だからゴジラのDVD買うって言い張ってた。」

 二人で父のことを思い、残念だったねと言いながら笑った。母はしっかり父の死を受け入れて受け止めて、それを大事に抱えている。


「今度さ、姉さん達と旅行に行ってきなよ。それで親父に自慢すればいいよ。」

「そうね、ちびちゃん達も連れてね。ちょっと大変そうだけど。」

「それでさ、ゴジラは俺が代わりに見るよ。」

「あぁ助かる。母さんゴジラ興味なかったから。」

 お父さんもあんたのところの方が観に行きやすいでしょ、と母は言った。

「昔あんたとお父さんと二人でゴジラの映画見に行ったの覚えてる?」

 俺は首をふった。全然覚えていなかった。小さかったからと母は笑った。



 翌日、仕事が終わって俺は上の姉に電話した。

「もしもし、姉ちゃん?今度四十九日もこっち来るだろ?ダイキ借りて良い?」

 ダイキは姉の上の子だ。

「四十九日は行くけど、ダイキどうするの?」

「今さ、ゴジラの映画してんの知ってる?」

 電話口から姉が納得した様子が分かる。やっぱり姉ちゃんは察しが良い。

「ダイキまだ分かんないし、映画館でじっとできない。」

 そうかーっとがっかりする俺をよそに姉は笑ってる。

「皆でさ、ゴジラミュージアムに行こう。それでさ家でDVD流しとけば興味持つかも。」

 お父さんの血を受け継いでるはずだから。と姉は言った。


 想像と違う、もっと悲しくて皆で笑ったりできなくて寂しい気持ちになるものと思っていた。

 父のことを話すとこんなに笑顔が出てくる。

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