30歳を越えました

生花円

離職

 高校時代の友人と会うのは6年ぶりだった。最後に会ったのは彼女の結婚式の時だ。

「久しぶりだね。今は何してるの?」

「保険会社の営業だよ。そっちは?」

「実はね。職場復帰したんだけどちょっとうまくいかなくて。少し休みもらってるんだ。」

 

 そこからずっと彼女のターン。

 愚痴は言っても良いよ、でも私だって溜まってるもの吐き出したくて久々に会おうという誘いに乗ったのに。


 新卒で一度メーカーに就職したけれど、職場の派閥に耐えられなくて離職した。その後生命保険の営業を始めた。

 誰でもなれる。それこそ離職率の高い仕事だけど仕事自体は自分に合っていると感じてる。ただ、ノルマのことを思うと少し憂鬱になる。

 30歳を越えて、独身で彼氏もいない。仕事はそこそこ楽しいけど、このままで良いのかと心の奥でずっと呟き続けている。


「それでね、やっぱり女は不利だと思うんだ。復帰してもどんなに頑張っても、やっぱり子供が熱だしたらそれに対応しなきゃいけないし。保育所のお迎えに行くのも良い顔されない。なりたい役職があっても子供がいるからって立候補もできないし……」


 2年前子宮筋腫の手術をにした。子供が欲しいと思っていた私にとってショックな出来事だった。妊娠はできる。でも、不安で仕方ない。

 だから彼女のコトバは私には、子供がいなければもっと私は自由に活躍できるのに、と聞こえてしまう。簡単に手に入れたものは簡単に手放そうとしてしまう。

 公務員の彼女は育休、産休を十二分に活用し、一人目を出産して育休から復帰してすぐ二人目を作って産休をもらうという民間では考えられないスタイルだった。


 何の発散にもならない、無駄なランチが終わって私は自宅に戻った。

 朝干した洗濯物を取り込んでスマホ片手にネットニュースを読む。明日からまた仕事が始まる。


 朝の朝礼が終わり、リーダーに今日のスケジュールを申告する。

「分かった。できるだけノルマこなせるようにしてね。一応チームノルマあるから。」

 はい。私は笑顔で返事して、笑顔でいってきますと言って、憂鬱な顔で会社を出た。

 お客様まわりを始める。

 商店街のおばあちゃんに、結婚を控えた女性、税理士のおじさん。

 その人のためになる保険を提案したい。でも、会社はそうはならない。早く契約をとれと急かし、お客様に考える暇を与えたがらない。利益のあがる保障を勧める。

 私の仕事ってなんだったのだろう。


 この仕事を続けて5年になるが、私の営業最後の日を見送ってくれた人はいなかった。入れ替わりの激しい職場だから仕方ない。

 リーダーに御礼を言って、その後の手続きで不具合が出たときのために新しい連絡先を渡す。黙ってリーダーはそれを受け取ってデスクの上に置いた。


 地元に戻って数か月後、リーダーから1通の手紙が来た。


『あなたから引き継いだお客さんからお手紙を預かりました。


〇〇さんへ

いつも様子を見に来てくれてありがとう。今まで担当さんは何度も変わったけれど、あなたが一番私のことを思ってくれていると感じていました。

難しい保険のお話より雑談が楽しくて、あなたが来る日が楽しみでした。

お土産で持ってきてくれた鯛焼き、美味しかったです。

今までありがとうございました。新しい場所でも頑張ってね。


あなたが丁寧にお客さんに接してきた結果だと思います。お疲れ様でした。』


 私は手紙を一読するとゴミ箱に捨てた。もう純粋に喜べる心は持ってない。


 だけどハローワークに向かう足取りは思いのほか軽かった。

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