第1話 だからって生まれ変わりたいとは言ってない

「まず、魂の腐敗を防ぐために、凍結処理を行います」

「これによるあなたの魂の情報の劣化率は、昨今の凍結技術の進歩によりただちに影響の出ない値となっています。しかし零ではありません。これは規定によって定められた警告です。ご了承とご理解の程をよろしくお願いいたします」

「次に、魂による演算の効率を、凍結処理によって低下させないための外部出力の移植を行います」

「これはごくごく簡単な技術です。あなたの魂を腐敗、劣化、変異変質させるような危険性は非常に少なく、神学観測によって観測される変数の発生確率は統計学的に見てもコンマ零零零八パーセントを下回ります。この数値は全世界協定の制定した安全度指数の五分の一以下であり、つまり理論上は安全だと言うことが可能です」

「具体的な方法としては、内臓器官である神臓部、右神質第三節胞横に、真エーテル製の機材を移植するシャウシャカ法が用いられます」

「シャウシャカ法のメリットとして、あなたの魂の情報をそのままに転写、運用することによって、その演算をあなたそのものの形で行う事が挙げられます。例えばカグン法、コティ法では、凍結した魂から都度都度で情報をインストールして仮想演算を行うため、前者では凍結処理に不備が、後者では仮想演算に不備が出やすくなりますが、シャウシャカ法を用いた場合そういったエラーを避けることが出来ます」

「勿論、シャウシャカ法にもデメリットが存在します。規定により、これについても説明しなければなりません」

「シャウシャカ法は真エーテルに転写をしたデータによって演算を行います」

「この演算によって、凍結された魂が変質することはありません」

「しかし、転写されたデータ自体の変質の可能性は少なからずあります。これもまたコンマ以下のパーセンテージではありますが、無ではありません」

「また、あくまで転写された魂のデータによる演算となるため、その演算はあなた自身ではありません。魂自体に蓄積される演算経験は無く、それによる成長や進化の可能性もまた限りなく零に近い値となります」

「最後に、あなたの魂の容器についての説明を行います」

「凍結保存を行った魂の格納容器として、期待される機能は全て網羅されています。これらの詳細についての説明を行うには膨大な時間を要する為、今回は大変申し訳ございませんが割愛とさせていただいております。これについては全世界協定でも認められた行為であり、柔軟な理解能力でご理解頂く形になることをお詫び申し上げます」

「これらの事項に同意を戴ける場合にのみ、今回の案件にご参加いただけます」

「あなたには選択肢が設けられています」

「一つ。今回の案件への参加を拒否し、通常処理を受けることに同意していただいた上で次の案件へ参加していただく事が可能です」

「一つ。今回の案件への参加に同意し、諸処理を受けていただく事が可能です」


「いかがなさいますか?」



 

 生まれ変わるなら美少女がいい。

 だってそうだろ。どうせなら美少女がいい。

 でもそんなの、井上さんが「生まれ変わるなら猫になりたい」なんていうのと全く同じだ。全然本気じゃないし、本当に生まれ変わりなんてものを信じてるわけじゃない。今生きてるこの体を投げ出したいほどの望みじゃないし、そもそも俺は今の人生を普通に気に入っている。

 確かに足りないものも、思い通りにならないことも、辛いことも悲しいこともしんどいことも、面倒くさくて嫌になるようなときも、全部投げ出してしまいたいようなときも、いくつもあったし何度もあった。

 それでも飯は毎日旨いし、足は動くし笑って話せる。大事にしたい人だって結構いる。不満はあるけど、簡単に取り換えてくれなんて間違っても言えない、人生だ。

 そんな人生だったんだと、


「思い、だしてしまった……」


 どうも、気が付いたら美少女でした。



 ジーウ=コック。

 エラシア大陸北西に位置する小国、の更に北西。小さな港と潮風に強い果物を栽培する農園を抱える町に住む、しがない薬屋の長女の名前だ。彼女は薬師の父と、針子の母と、一つ上の兄と、四つ下の妹がいる、なんてことの無い一家に生まれた。

 決して裕福ではないが、貧しくもない。コック家の特徴を挙げるなら、町一番の美男美女と謳われた両親から、子供たちが正しくその美貌を受け継いだという点だろうか。

 長男のヨナスは母の濃い髪の色を強く引き、柔和に整った目鼻立ちをきりりと引き締めた美青年である。優し気な風貌ではあるものの父親譲りのしっかりとした骨格のおかげで軟弱な印象は無く、しっかりと根を張り始めた若木のような雰囲気を醸し出している。

 末っ子のライラはその逆に、父の薄い色素と母の華奢な体を受け継いだ。人並みから外れて整った顔立ちは人形や彫刻を通り過ぎて、固唾をのんでしまうような美しさがある。細い手足がフリルに埋もれるのをいたく気に入った母が彼女にあつらえる装飾過多な服装も相まっているのだが、しかし色濃いその服を身に纏った少女は、それだけで完成した芸術品のようにも思え、誰も咎めることが出来ていない。

 長男と末っ子が両極端に両親の形質を継いだとすれば、その妙は第二子のジーウであらわれた。母の色と父の色を絵具にして混ぜ合わせて、子供に与えたらこうなったのだとでもいうような色彩と、すらりと細く、それでいてしなやかな手足。雪のようにも、太陽のようにも、表情一つでくるりと印象を変える鮮やかな風貌は、彼らの両親をして「神から何かを賜ったのでは?」と言わしめた。

「……、……」

 言わしめた、その少女が、鏡の中でものすごく渋い顔をしている。

 とんでもない美少女だ。まだ柔らかい子供の曲線は残っているけれど、それさえも将来を感じさせて麗しい。眉を寄せて目に力を込めて口を引きつらせていなかったらの話ではあるけれど。

 無理な表情変化にひくひくと頬が痙攣する。鏡の中の美少女の頬も痙攣する。当然だ。鏡なんだし。これが、俺の、顔なんだし。

 俺の顔なんだよなぁ、これ。

「…………、…………」

「ジィ、どうした。便秘か?」

「うるせぇぞ」

 妹の喉から出たド低い声に、兄――ヨナスは肩を竦めて笑った。ヨナスは一つ下の妹の言葉遣いが汚いことについて、今さら何も言ってきたりしないので有り難い。両親も友人も、妹だって口うるさく治せ治せと煩いこの口に向かって、もう十六年も治らないんだし、多少は俺のせいかもしれないし、なんて言うくらい出来た兄だ。昨日の昨日まで、俺も、いや、”わたし”も、そう思っていた。わたしの口調が男みたいになってしまったのは、歳の近い兄とずっと一緒にいたからだって。

 でもヨナ。違ったよヨナ。お前のせいじゃなかったよ。

 だって俺、魂が成人男性だもん!

 そりゃ口調だって男になるよ! 

 長年申し訳なさそうにさせちゃって本当にごめんな!

 そんな気持ちが急に噴出して、じわっと泣きそうになる。それだけの理由ではないんだが、とにもかくにも泣きそうな俺を見て、ヨナスはこくりと首を傾げた。

「……生理前なら父さんから薬貰って来てやるから。温かくして寝とけ? ココアとか飲むか?」

「そういうこと言うから彼女が出来ないんだよお前は……」

 ずるずると洗面所の床に座り込みながら絞り出した声が果たしてヨナスに届いたのか。届いたとして、女子力が高すぎて女にフラれまくるこの兄が半年以上続く恋人を連れてくる日が来るのか。そんなことはどうでもいいけど俺は一体どうしたらいいのか。前世の記憶なんて別に蘇らなくて良かったし、ていうかそもそも、生まれ変わらせてくれなんて誰が誰に頼んだっていうんだ。

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