『イベリス』④
「ごめん、北川」
成瀬くんは申し訳なさそうに、そう言った。
その顔からは、いつもの貼り付けたような表情は消えている。これは心から謝っているってことなんだろうか。
「成瀬くん、何で謝るの。あ、このお菓子?これ、さっき落としちゃって……」
私は無理矢理笑ってそう言った。
裏で女の子たちにされてること、言われてること。成瀬くんには知られたくなかった。
何故か分からないけど、全部知られて、成瀬くんが責任を感じるのが嫌だから。
「そ、そうそう。北川さんってば、ドジなんだもの」
「私たちだって驚いたよ。ねー?」
ぎこちないながらも合わせてくる女の子3人。
成瀬くんは静かに話し始めた。
「今日、突然北川に話しかけたのは、全部謝りたかったからなんだよ」
「え?謝るって……何の事?」
「気付いてた。オレのせいで、北川が女子の中でハブられてるのも、陰で色々言われてるのも」
「!」
声が出なかった。
何を言えばいいのか分からなかった。
その代わりに、その女の子たちが慌てて訂正する。
「何言ってんの成瀬!私たち、北川さんをハブったりしてないし」
「私たち、普通に仲良いよ?」
「もー、急に何言うのよ」
笑顔を貼り付けてない成瀬くんは、驚くほど静かだった。
「オレのせいで北川が嫌な思いしてるのに、オレ、気付いてるくせに何もできなくてさ……だから、それを謝りたくて、話すきっかけを作りたくて『お菓子頂戴』って言ったんだけど」
そう、だったんだ。
今日突然言い出したのは、そういう理由でだったんだ。
私なんか目立たないのに、大して仲良くないのに……私の変化に気付いてくれて、こうやって謝ってくれた……成瀬くんって、優しい人だったんだ。
「今、ちょうどこの場にいるから言うけど、北川にはもう手出さないで。おかしいじゃん。北川は何もしてないのに、こんなことされるなんて」
成瀬くんが女の子たちにそう言った。
いつも向けてる笑顔で、じゃなくて、真剣な表情で、真っすぐ。
「っ……!」
女の子たちはばつが悪くなったのか、家庭科室から走って去って行った。
胸が熱くなった。嬉しかった。
私のためにこんなにしてくれる人なんて、いなかったもの。
「……あり、がとう。成瀬くん」
「ううん。オレの方こそ、もっと早く言うべきだった」
女の子たちが去っても、成瀬くんはあの仮面のような笑顔に戻ることはなかった。
何故だろう。そう思って、思い切って聞いてみた。
「あの、成瀬くん……どうしていつも、あんな風に笑ってるの?」
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