『イベリス』③
「……どうしよう」
調理実習が終わって、女の子たちは出来上がったお菓子を持って家庭科室から去って行く。
その中で私はひとり、家庭科室から出ずに立ちすくんでいた。
お菓子は作れた。ラッピングだってした。
けれど、これを成瀬くんにあげるべきなのだろうか。もしあげたら、今より一層女の子たちから嫌われてしまうんじゃないか。
それに……成瀬くんが私に、お菓子を頂戴と言ったのも、冗談かもしれない。いや、それも分からない。成瀬くんがいつも何を考えているのか、私には理解できないのだから。
ひとりで考えていると、後ろから声をかけられた。
「北川さん」
振り向くと、いつも成瀬くんを取り囲んでいる女の子3人が立っていた。
嫌な予感しかしない。
もう家庭科室には私たち4人しか残っていないのだから、何を言われるのか分からない。
「北川さん。そのお菓子、成瀬にあげるつもり?」
「えっと……あげるとか、まだ決めたわけじゃなくて」
「へぇ。そっか。言っておくけど、調子に乗らないでね?」
女の子の声が低くなった。
「そうよ。成瀬が貴女に話しかけるのも、あんたがいつもひとりで可哀想だからよ」
「成瀬の優しさに、勘違いするなよ。あ、そのお菓子、もちろん成瀬にあげないでしょ?」
3人の内のひとりが、私の手からラッピングされたお菓子の袋を奪う。
!
「成瀬にあげないなら、これ、いらないでしょ」
「あははっ!あんた友達いないじゃん、ラッピングしたってあげる人もいないんだから……私たちが捨ててあげる」
「!あの、返して……」
私が言いかけた時、ぐしゃ、と何かが潰れる音がした。
私のお菓子が床に投げられて、その子たちが思い切り踏みつぶした。
……酷い。何でこんな事までされないといけないの?
私、何もしてないじゃない。成瀬くんと隣の席だからって特別仲良いわけじゃないし、出しゃばったりしてない。
なのに何で、私だけ……。
「もうこれ以上、成瀬に近づかないで」
「成瀬が可哀想よ」
そう言われた途端、家庭科室の扉が開いた。
「あ。北川、やっぱりまだ家庭科室にいた。遅いから、貰いに来ちゃった」
そう言って笑う成瀬くん。
やっぱり、仮面みたいに笑う成瀬くんは、いつも通りだった。
「あ、あの、成瀬くん……ごめんなさい。お菓子、別の子にあげちゃって」
私は何とか言い訳をするけれど、成瀬くんから返事が聞こえない。
「な、成瀬!私たちのお菓子あげよっか!」
「そうそう、私たち、まだ持ってるし」
どうしたんだろう。そう思って成瀬くんの顔を見たら、いつもの作り笑いが消えていた。
「!」
そして成瀬くんの視線の先には、3人の女の子と、踏みつぶされたお菓子。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます