『イベリス』②

数日後。


今日の家庭科は調理実習の日だ。その時間、技術の授業を受ける男の子は、朝から女の子にお菓子の催促をしている。



華やかな女の子たちが男の子にお菓子を催促されているのを見て、私はため息を吐く。



私は特に仲が良い男の子はいない。作ったとしてもあげる相手がいなかった。


仲が良い女の子と一緒に食べるにしても、私には、仲が良い女の子すらいない。




もちろん、最初の頃はいた。


けれど初めての席替えで成瀬くんの隣の席になってから「調子に乗ってる」ってレッテルを貼られて以来、完全にクラスではぼっちになっている。



「成瀬、調理実習で作ったお菓子、あげよっか?」


「成瀬、甘い物好きでしょ?」



……一部、男子から催促をするのではなく、女子からあげる人たちもいる。


女の子たちが成瀬くんの周りで話していることを、私は隣の席で読書をしながら聞いていた。




成瀬くんは人気だから、催促しなくても貰えるんだ。さすがだな。




そう思ってたら、




「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、お菓子は受け取れない」



え?



「え?どうして?甘い物、嫌いじゃないよね?」


「他に貰う相手でもいるの?」



周りの女の子と同じように、私も驚いている。



いつも、どんな女の子にも優しく対応してる成瀬くん。何に対しても拒んだ姿は見たことがなかった。




「オレ、北川からもらう約束してるから」


……は?



私、驚いて本を閉じ、隣を見る。




成瀬くんの言葉に、女の子たちから一気に視線を向けられる私。



「北川さん、成瀬にお菓子あげる約束したの?」


少し棘がある声。



私は恐る恐る首を振ってこう言った。




「してないよ……そんな話、知らない」



私の言葉に成瀬くんがこう言った。




「じゃあ、今言うよ。お菓子、オレに頂戴」



また、貼り付けたような笑顔でそう言われた。



けれどその目は何故か困っているように見えて、少しだけ、どくん、と鼓動が跳ね上がった。






何を考えているの? 私が女の子から嫌われてるの知ってて、わざとそうやってるの?



ねぇ、何でいきなりこんな事言いだすの。




女の子たちから冷たい視線が送られる。まるで、「断れ」と言ってるようだ。



「……あの、ごめんなさい。他の子のお菓子の方が、多分、美味しいと思うし」



「そうよ、成瀬。私、お菓子作りには自信あるの」


「北川さんがあげたくないって言ってるんだし、無理言うのはやめた方がいいんじゃない?」





「せっかく隣の席なんだし、北川のお菓子、食べてみたいんだけど」




成瀬くんも、折れる様子はない。




「……か、考えておきます」




私はそう言って、また本を開いて読書を再開する。




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