第13話 二人で一つの暗殺者

『………これが今回の事件の全容です。』


ウィルは顎に手を置き、辛そうな表情で先を促した。


『ご苦労。…それで例の魔術師は?』


それに対して一つ頭を下げながらフーリが応じる。


『はっ…今回の事件の主犯であり、【黒爽こくそうの魔術師マイビスはナドルホ殿に捕らえられた後、西の端の塔に監禁。現在事情聴取と【影喰いかげくい】の目的聴取に勤めております。』


そこでウィルはふっと力を抜き、静かに口を開く。その言葉にフーリは身が引き締まるような感覚を覚えた。


『手荒らなことは本来避けたいところなのじゃがこれだけの事をしでかしてくれたのじゃ…非情じゃが、どうしてもという時は拷問にかけることも容認しよう。抜かりなきようにの…』


『…ご命令とあらば…』


そうして少しの沈黙が流れた後ウィルが今日初めて小さな笑顔を見せた。


『ところで織殿の方はどういう具合かの?』


『…は、はい…織く…天秤番殿は傷と魔力消費が酷かったのですが、医療系の魔術師の皆様のおかげもあり、今はもう完全な状態です。…あれから2週間程経過しておりますが、ほぼ毎日街の修復作業を手伝われていますよ。』


フーリも同じように笑顔を見せながら報告した。


『そうか、そうか。それは何よりじゃ。…しかし織殿にはもう少しの間気を張っていてほしいと伝えておいてはくれまいか?』


ウィルはまたすぐにその王としての顔に暗い影を落とした。


『…と言いますと?』


『…何もできん老人の心配事ゆえあまり気に留めて欲しくはないのじゃが、ここまでの大掛かりな事をしでかす輩どもじゃ…まだ…いや、…そんな気がしてならんのじゃよ…』


窓の外の空は暗い明日を、暗い未来のダレイオリーを暗示しているかのような、分厚く、先が見えないくらいの雲が広がっていた。



-とある市街地-


『しっかしまぁ…お前もよく働くよなぁ…』


ニックが半目で目の前で黙々と作業を続けるサムライに声をかけた。


『いやそれほどではござらんよ。本来魔術師殿が居られるのならばこう、魔術でなんとかしてもらえるんでござろうが被害が少ない所は手を回してはくれぬしな。…しかし、人の手で自分たちの街を直していくのも中々いいもんでござるよ?』


作業スピードを全く落とさずに織は饒舌に語った。

すると奥から主任らしき男が出てきて織に笑いながら声をかける。


『いやアンタ本当に手際がいいよ!腕っぷしも確かだが、天秤番にしとくのがもったいないぜ!』


バンバンと背中を叩かれ前につんのめりそうになりながらも織は嬉しそうに答えた。


『お褒め頂き光栄でござる。これでも拙者、いっときは“アルバイター”を目指していたのでござるよ!』


そんなやり取りをしている中でニックはある事に気づいた。


『…なぁ織。お前ちょっとカタカナが上手く喋れるようになったんじゃねーか?』


すると織はパァァと顔を輝かせながら、喰い気味で乗ってきた。


『そうなんでござるよ!レチリア殿に少しずつ毎日教えてもらったおかげで少し上達いたした。滑らかでござろう?』


しかし、ニックは特に興味も無いようであっさりした返答を返す。


『そうかい。…アイデンティティを一つ喪失したな。』


『あいでんてぃてぃ?…いくら上達したとはいえ…どういう意味でござる?』


そんなつい先日からは想像がつかないほど緩いやり取りを続けながら街の修繕を続け歩く織とニック。

道中様々な人に呼び止められながらも織は一つ一つ丁寧にこなしていった。

そして、木造の家を直すのを手伝っていた際、織が何気なくニックに質問した。


『…そう言えば、ニック殿こそ大丈夫でござるか?』


ニックは不思議そうに首を傾げる。


『…大丈夫って何がだよ?』


『…いや、そのーあ、アレでござるよ…先日の敵の…タイガ殿のことでござる。』


『…そのことか。』


タイガとは先日のマイビス襲撃の際、織達の前に立ちはだかった強力な【暗黒住人ダークレジデンス】のことだ。実はその人は昔ニックがサポートしていた冒険者であり結果的に倒すことに成功したのだがニックには辛い選択をさせるものだった。


『…何も気にしてねぇ…といやぁ噓になるな。だが後悔はない。あれで本当に良かったと思ってる。…あいつにとっても。…それより今はタイガよりも手の掛かる問題児を抱えてるんだ、一々くよくよしてらんねぇよ!』


そう言ってニックは笑い飛ばすのだった。

それを見た織も、


『…そうでござるか。要らぬ心配でござったな。…問題児とはもしや拙者のことでござるか?』


納得し笑顔を見せたのも一瞬ですぐさまニックの言葉を反復したのだった。


『おおーい天秤番殿!人手が足りねぇえんだスマンが奥の資材置き場から木を運ぶのを手伝ってくれー!そいでその後はそのまま切る仕事、頼めるかー?』


骨組みの家の屋根の所から大工の棟梁らしき男が織に頼みごとを叫んでいた。


『承知したでござるー!』


織も負けじと声を張り上げその足で資材置き場へと向かった。

実はさっき織たちがいた所から資材置き場までは少し距離があり、現在織は木を切るためのなたを片手にニックと共に街の裏通りを歩いていた。

少し歩いた所でニックが呟き始める。


『…被害が少ないと言っても、建物を直すのは結構労力と時間がかかるよなぁ。…ところで織、今日お前のスピリード達はどうしたんだ?特にあの重量級のガサツ女ファリアナはどうした?アイツがいれば木を切るなんて楽勝だろ?いつもは子犬みたいに近くにいるのに…』


すると織はとんでも無いといった顔を作りながら話した。


『に、ニック殿は命知らずでござるなぁ。…そんなこと、もしも聞こえたら…ゴクリ…そ、ソフィア殿なら診療所に。怪我人の手当てにここ毎日通っているでござる。しかしファリアナ殿は…』


そこで織は口をつぐみ不安そうな声を絞り出した。


。今朝ごろから。ふらっと居なくなるのは結構あることなんでござるが、【心話】も通じないし喚ぶこともできない。…少し心配で…。』


ニックはやれやれといった風にため息をつきながら速度を上げて歩き始めた。


『全く…アイツときたら。心配するだけ無駄だぜほっとけほっとけ。…それよりもソフィアの方に回してる魔力量を心配しろよな。またそんな危険なことして…』


そこで織も困ったように苦笑いした。


『ははは…そうでござるね。まぁ魔力の方は大丈夫でござるよ。…ファリアナ殿もおそらくどこかで何かしているのでござろう。』


そう言いつつもどこか浮かない表情のまま織は足を進めた。

雲によって陽の光が隠れ、路地裏が深くなってきたのも合わさってなのだろうか?辺りが薄暗くなった時、織はいきなり少し大きな声を静寂が支配する街に己の声を響かせた。


『…一体いつまで拙者らを付け回すのでござるか?』


そう言ってダンッと歩くのをやめた織にニックは驚きの声をあげ辺りを見回す。


『ど、どうしたんだ織?…まさか!誰かが…』


『隠れていても無駄というものでござるよ。』


織がそう言って少ししたのち、


「…隠密行動にはかなり自身があるのだけどね…さすがといったところかしら?」


織達が見上げた先の家の屋根になんの前触れもなく一人の少女が現れた。


(音も、匂いもしなかった!…なんて野郎だ…いやでもアイツどこがかで…)

ニックがそう心の中で冷や汗を流していると織がさらにその少女に詰め寄る。


『何者でござるか?拙者になんの用が?…いやお主確かあの場にいた…』


織の脳裏で燃え盛る街の中時計塔の戦いの最中にいたとある少女の影が重なる。

すると少女はゆっくりと口を開いた。

心に張り付くよな妖しいが重い風に揺れている。


「はじめまして…でもないわね。少なくともつい二週間ほど前に会ったわ。…でもまぁ決まり文句みたいだから言わせてちょうだい?はじめまして。そして……」


『…!!』


そこで織は慌てて左手でニックを抱えながら後ろに高速で飛んだ。


「さようなら。」


織が顔を上げるとそこにはやはり


(やはりか…)


『つぅ〜テメェ、いきなり何しやがる!』


ようやく状況を理解したニックが噛み付くように上の少女に吠えた。


『何って貴方達を殺しにきた通りすがりの暗殺者よ?』


『暗殺者が通りすがりでたまるかっ!』


ニックが反論している間にも織には鎖が数本、まるで意思のある蛇のように食らいついてきていた。

右へ左へ避ける織。

最後の一つを空中で避け切った時、織は改めて質問を投げかける。


『先に名乗るのが本来は礼儀。しかしお主はどうやら拙者らの事を知っている模様。ここは寛大に拙者の流儀に基づいてもう少しお主の事を教えてもらえぬか?』


そこで少女は攻撃をやめとても軽やかに地面に着地し、織を見つめた。

その顔にはなぜか少しの怒気が含まれていた。


「私は貴方の。そのいかにもな感じが。」


『??』


困惑する織を置き去りにしたまま、少女は語り始める。


「…まぁいいわ。一応、【吊るし解体オルトロス】と言う通り名がある。ちなみにあまり気に入ってはいない。どう満足かしら?」


すると織はコクリと頷きながら話を進める。


「なるほど。ではオルトロス殿お主は…」


そう言いかけた時、織の左頬を高速で鎖がすり抜けていった。


『…っ!まだ話は終わってはおらぬぞ!』


しかし少女はキョトンとした顔で応じた。


「ごめんなさい手が滑ったの。…それと私のことは“シール”と呼称してくれないかしら?。」


シールの口調は落ち着いたものだったがその目は全然笑ってはいなかった。


(そ、そう言えば気に入ってはおらぬと申しておったな…なんだかファリアナ殿を相手にしているような気分でござる。)


『す…すまぬ。ではシール殿、何故拙者の命を狙うのでござるか?』


「願いを叶えるためかしら?あとは単純にそう、貴方が嫌いなのよ。この前も今もとか特にね。まったく理解不能よ。」


『…っ…では…』


「“お主のその願いとはなんでござるか?”でしょ?あぁまったく貴方って本当に嫌いよ。寒気を通り越して何も感じないわ。第一に貴方は、逐一自分を殺しにきた相手にそんな質問をするの?」


その暗殺者の顔だちはとても美しい。

しかし、光がともっていたとしてもその目はどこか死んでいるような何も感じないような不思議な目をしていた。

声も抑揚のない棒読みの所為もあるのだろうか?

織も敵の言葉に確かにと思い、足を半歩後ろにひいた。


「まぁここまできたなら少し待つわ。さっさとあのデカイ剣を喚びなさい。」


しかし織は右手に持った鉈を掲げそのままシールを指し、続けて言った。


『生憎こちらも都合が悪く、それはできぬ。驕りは命取りだがこれでお相手いたそう。』


すると少女は笑った。

暗殺者としての残忍な笑いではない。狂気溢れる奇人の壊れた笑いでもない。

ただ、我慢の限界を通り越しただけの冷たい笑みを織に見せたのだ。

そしてシールは何やら呟きながらゆっくりそして鋭く地面を蹴り、織を狙った。


「やれやれね。本当に…まったく…嫌いよ…だから早々に、消えなさいっ!!!」



織は直りつつある街を疾走していた。

背後には数十本の鎖の数々。

少し前からニックと別れ右に左に上に下にとたまに鉈で弾きながら、走っていた。


「ちょろちょろと…。その鉈で相手をしてくれるのではなかったのかしら?」


ザン、ザン、ザン…


織の次のいく先を先読みし阻むように、目の前に鎖が突き刺さっていく。


『くっ…』


織は苦悶の表情ですぐに方向転換し、細い路地を抜けて行った。


『はぁ、はぁ、はぁ…うっ…しまった!』


距離にしてそれほど長くはないが鎖を避けながら縦横無尽に数十本走り回った織は流石に息が上がっていた。

しかし目の前の壁の行き止まりにより最悪の状況で足を止めることとなった。

背後からは鎖の死神の気配が漂っている。


「あっけない…そして味気ないわね。逃げ回ることしかできないなんて…もう一つ謝っておくわね。私の性質上楽にはできないわ…」


そう言ってシールは鎖を空中から五本ほど文字通り発射した。

どうやらその鎖は壁や空中あらゆる所からかなりの数出せるらしい。

しかし織は振り向かずに鎖を背中で感じながら逆に壁に走り出す。


「悪あがきね。いくら貴方でもその高さは超えられないわ!超えられたとしてもこの鎖が追って貴方を絡め取る…」


『いや、超える気はさらさらないよ。』


「何っ…!」


織はそうしてジャンプして放たれた鎖の上に飛び乗り、目にも止まらぬ速さで駆け上がった。


「う、嘘でしょ…あんな状態からかわすなんて…はっ…」


シールは慌てて防御の体制をとる。

だが…


『瞬華愁刀流 夏型-飛燕草ひえんそう!!』


まるで飛ぶ鳥も撃ち墜とすような速さの横薙ぎがシールを斬り伏せたのだ。

ズササァァァーと反対側の道路にまでシールは飛ばされてたのだった。


『飛燕草。拙者の型の中で一、二を争う最高速度の技でござる。本来は抜刀術なのだが…女子供に手をあげるなどしたくは無いのでござるが…峰打ちでござる。付いてきてもらうでござるよ?お主も影喰いの仲間なのでござろう?洗いざらい話してもらうでござる。』


織はそうして道路に出た。しかし…


『いないでござるな。…しかし手応えは…むっ…』


織は鉈で飛んできたものを払った。

鎖だと思っていた織は、払った物を見てシールが消えたことよりも衝撃をうけた。


『なぜ?』


しかもその鎌は霞むようにその場で消えてしまったのだった。

織は急いで振り返り、射線をたどった。


『…お主…鎌も使えたのでござるか?…いやそれよりも拙者の一撃はさほど効いてはおらぬようだな。』


シールはそこで俯いていた顔を上げた。

しかし次の言葉は…


?あの、お怪我は…あ、よかったぁ〜…じゃないっ!よ、よ、よ、よく避けましたね…やるじゃないのですかっ!…あ、あれぇぇ?」


『………んんん?』



(どういうことでござる?…まるで…。いや…)


しかし織はよく見るとあることに気がついた。

背丈や顔だち、声質はまったく同じ。

だが、髪の色は同じでも今は腰の高さほど長く、体付きも先程は控え目だった胸の主張がとても激しいものへと変わっていた。

雰囲気もどこかおどおどしており、その目はさっきとは違い自信なさげにオロオロとしていた。表情も色々と豊かだ。


『お主、本当に先程の娘でござるか?』


目の前の謎の少女は肩をビクっと震わせておずおずと織の方を向く。


「あ、いえ…その…」


何やらモジモジしていると、その少女の後ろからなんと先程の少女、シールが突如現れた。

瓜二つの顔がそこに並ぶ。


『お主ら…まさか、でござるかぁっ!!しかも…スピリード姉妹!』


するとシールが頭を抑えながら、やれやれと口を開く。


「ちょっと変なまとめ方しないでもらえるかしら?…確かに貴方の攻撃は私に届いたわよ…でもギリギリの所でスピリードの姿をとって避けた…というよりこの子としたのよ。…まぁ頭を強打したんだけど。」


すると今度は長髪の少女が挨拶をする。


「は、はじめましてっ!わ、私はこの人の妹でステッカと申します。さっきから姉が失礼

を…」


「…えいっ!」


「い、痛い!なんで頭を叩くの?おねーちゃん!」


「余計なことは言わなくてもいいわ…」


『…………………。』


織は何も言えずにただただ仲睦まじい姉妹のやり取りを眺めていた。

するとシールが場を仕切り直すように自らは鎌の姿になり、妹のステッカの手に収まりながら続けた。


「おしゃべりがすぎたわね。今度はこのステッカが相手をするわ。いいステッカ?本気でやるのよ?」


するとステッカは少し黙った後、重い口を開いた。


「どうしてもやるの?おねーちゃん。最初は願いが叶うと思ってやってたけど…やっぱりこれって…」


「構えなさい、ステッカ。来るわよ。」


「………」


シールは何も聞こえないかのようにステッカの進言を阻み、前を向かせた。

しかたなさそうにステッカも全身に力を入れて織に相対する。


「…いきますっ!やあああああーっ!」


次の瞬間、ステッカは右手の鎌を織に投げつけた。

しかし織は何も慌てることなく…


(軌道も直線。速度も遅い。どういうつもりでござる?)


難なく払いのけようとした。


だが…


シュン、シュン、シュン、シュン、シュン…


『…はっ…!』


織は慌てて手数を増やし高速で手を動かしながら鎌を撃ち落とす。

なぜなら一つだと思っていた鎌がいきなり


(軌道上に隠して投げたのか?いや、さすがに五つは無理でござろう…ではどうやって…)


織が思案している間にも鎌は投げられる。


『っ…このぉ…』


再度振り払おうとした織。

しかし今度も鎌は炸裂弾のように五から十本ほどになり弓のように降り注ぐ!

すべて払いきれずに織は腕と足の傷を負った。


『ぐぁぁ…ファリアナ殿であればなんてこと無いのでござるが…』


攻撃を受けた後、また直ぐに走って体制を整え始めた織は手にした鉈が限界なのに気がついた。


また戦略的撤退を迫られた織。

皮肉にも今回は無数の鎖ではなく無数の鎌の嵐だった。


ガンッ…


背後の一つを斬りつけた時、ついに鉈が折れてしまう。

織はいつのまにか走っている間に人通りが多い所に出てることに気がついた。


『ま、まずいっ!』


いきなり路地から飛び出したボロボロの織に人々は奇異の目で見る。

その人達に気をとられたせいか、織は…


『こ、これはいつの間に…くっ』


頭上に現れたシールによって全身を鎖で縛られ、身動きが取れずにいた。

いつのまにかステッカとチェンジしたようだ。


「さすがはタイエンが目をつけるだけあるわね。ここまで手こずったのは初めてかもしれないわ。疲れたでしょ?大丈夫よ…直ぐに楽になるわ。…ステッカ!」


すると今度はシールが回転し鎌になりそれをあらわれたステッカが手に取る。

そうしてステッカは何度も何度も謝りながらも覚悟を決めて最後の鎌を全力で投げた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいっ!これも…私達の明日のためなんですっ!」


織が目にしたもの。

鎌が数本などと生易しいものではない。

鎌が一部の隙もなく織を切り裂こうと降り注ぐ。

そんな絶望的な絵だった。


しかし、


『織おにーちゃん?何してるの…!ど、どうしたのその鎖!?』


『だ、ダメでござるっ!離れろぉぉ!!!』


子供が一人織の前へと走り出していた。

ここ数日織が手伝って仲良くなった家の子らしかった。

織は必死に声を張り上げたが遅く、

子供はとうとう鎌の範囲に入ってしまった。

しかし、何故か慌てたのは織だけではなかった。


「っ…ステッカ!鎖を早くっ!」


「おねーちゃんも早く解除してっ!」


すると後方から現れた鎖が少年に巻きつき、その少年を後ろに引き戻した。

そうして数えられないほどだった鎌が一瞬にして空気に霧散した。

咄嗟のことだったからだろうか?織の拘束も同時に解かれていた。

織は地を蹴り、その場を離脱する。


「チッ…しまった…逃したわ。」.


「でもあの子は無事だよ。…よかったぁ。」


屋根から降りてきた目の前の暗殺者に織は納得いかない様子で見つめた。


(どういうことでござろう?あのままあの童ごと斬りつけていればすべて終わっていたというのに。)


織は辺りを見回して、何故か時計で時刻を確認した。


「まぁいいわ。もう一度よ!相手は丸腰状態なんだから…」


「う、うん。」


手から鎖を出し、シールはもう一度織の拘束を試みる。

だが戦いにおいてサムライは同じてつは踏まなかった。


『時間でござるな。』


鎖がガラガラと織の周りに集まっているだけでなくシールが目の前を突っ込んでいる状況にもかかわらず織は落ち着いた様子で腰を屈め呟いた。


「時間?貴方の終わりの時かしら?」


不敵に笑うシール。


『時間というのは…』


瞬間、シールは顔を青ざめた。

それもそのはず…


殿のことでごさるよっ!』


ザンッ…


どこからともなく現れ、一瞬で手に収まり、そして前髪を掠めたサムライの渾身の一槍をほんの、ほんの少しのところで、背を反り回避。

そんなまばたきを、するような一瞬の出来事の最中だったからだ。



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