第12話 脱落者の行進(2)

「き、キビ?……何なのよそれ?」


『何か特別な技なのか?』


ニックとファリアナが不思議そうに聞き返す。

すると、織はぐっとファリアナを握り直して答える。


黍嵐きびあらし…名前こそ平凡でござるが黍が揺れ鳴り響くような技でござる。拙者の流派の創始者は伝説によると。』


『それは大した技じゃねぇか。』


「でもそんな事不可能でしょ?風でも操れない限り……!」


ファリアナは何かに気づいたかのように言葉を紡ぐのをやめた。それと同時に織がすばやくニックに指示を出す。


『にっく殿には申し訳ないが、間をぬって中に入り、なるべくあの者たちを連れ出してはくれまいか?どうなるか拙者でも見当がつかないゆえ…』


『……分かった。』


そうしてニックは暗黒住人の間を器用に気づかれないように間をぬいながら、建物の中へと侵入していった。


それを見届けた織は一つ息を吐きながら自分の頭の中のイメージを整理していた。


(ふぁりあな殿の力を使えば恐らく……)


「アンタのやりたい事なんとなくわかるわよ……」


何かを察していたファリアナが呆れ口調で話した。


『……うまくいくと思うでござるか?』


「そんなのアタシにだって分からないわよ。…でも…」


そこでファリアナは一呼吸置いて力強く宣言する。


?それにアンタは何者なの?」


織ははっとした様子で握った大剣を見つめ直し、なんの迷いも躊躇いも全てを彼方へ追いやった、力強い眼差しで目の前を見据える。


『拙者は…!』


侍とは本来主君に使え、従事する者。

今の織に使える主君はなかったが、天秤番として、市井の人々を守らねばならない。


『…それだけで十分でござるよ。…すぅー』


独り言のように呟きそして織はファリアナを左斜め後ろに構え、一呼吸終えてから、改めて目の前の建物を見据えながら右足の指先に力を込め、その名を叫んだ。


『瞬華愁刀流 夢幻-黍嵐きびあらし

おおおおおおおお……!』


魔力解放、全力での薙ぎ払い。

まるで大地に、大気に全てのものに力を注ぎ込むような感覚を覚えながら織は渾身の技を放った。

だが、二人はコンマ数秒で事態の異変に気付く。


『なっ………』


「えっ………」


二人が目にしたもの、それはのだ。


『ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…』


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ…』


町の人なのか?建物の音か?それとも暗黒住人のものなのか。最早区別がつかない叫び声が空の上で発せられていた。


『ど、どうなってるでござる!?…も、もっとこう、なんていうかかと…』


そこで凄まじい勢いで人型に戻ったファリアナが全力で織の側頭を殴りながら、叫んだ。


「あたしもよっ!だぁれがあんなバカデカイ風起こせって言ったのよっ!」


そうこうしている間にも、打ち上げられた者達は重力の手助けで下へと落下を始めていた。


『…っファリアナ殿!もう一度黍嵐を…。

このままでは、あの者達が地面に叩きつけられてしまうでござる!もう一度…今度は小さな風で…』


慌ててファリアナを刀の姿へと変えながら叫ぶ織だったが、ファリアナが冷静に考えながら織へと返答する。


「それは無理よ!今のでアンタの魔力が半分近く吹っ飛んだのよ?…アイツ《ソフィア》にも魔力を回してるんでしょ?…身がもたないわ!……それに今度は加減ができるって保証がどこにあるのよ!」


『…ぐっ…ではしかし…』


雨のように降ってくる人達を見ながら織は歯噛みした。

どうすることもできずにこまねいていると、後ろから静かな声が聞こえてきた。


『…まったく。天秤番殿にも困ったものですね。……カルラルナ!』


二人の後ろに突如として現れた女性が何やら叫ぶと、織の目の前で信じられないことが起こった。


『ふ、ファリアナ殿、見てくだされ!ひ、人が…』


「そんな………!」


グシャァァァ…ズドオオオオオオオオオン。


辺りを揺るがすほどの音と衝撃を放ちながら建物が落ち、その下敷きになるように暗黒住人が全て潰され消滅を始めていた。残りの人や、ニック達は綿毛のようにふわふわと空中から降りてきて、地面に降り立った。


『に、ニック殿!だいじょーぶで…』


ガブゥゥ


『い、痛いでござるよ!何故いきなり噛むのでござるか?』


織の腕に噛みついたニックはそのままで続けた。


『ふるへえ…ほれははんなへかいはぜはんてひいてへぇーほっ!!!(うるせぇ…俺はあんなデカイ風なんてないてねーぞっ!!!)』


『す、すまないでござるよ〜…い、いやそれよりもお主は…』


織が振り返った先にいた女性。

いつぞや織が王宮であった薄い色の金髪の女騎士、エマの姿があったのだ。


『これは、織君。いやはやまったく危ないところだったが、なんとか間に合ったようだね。…君の方は…大事ないね。』


『…助太刀本当に感謝するでござるよ。…しかし、一体どうやって?』


織がそういうと、エマは目を瞑りながらふっと笑い甲冑と繋がっているをなびかせた。


『お初にお目にかかるのかな?このマントが私のスピリードカルラルナだ。…能力は、まぁいいだろう…能力だ。といってもかなり魔力を食うから多用はあまりできないがな…』


するとマントから落ち着いた少年の声が響く。


「はじめまして。僕はカルラルナ。こんな形で申し訳ないですが、どうぞよろしく。」


またいつのまにか人型に戻っていたファリアナがふんと鼻を鳴らした。


「どうやら、アイツら《レイン》よりかは好感持てそうね。」



『…そろそろ先を急いだ方がいいんじゃねーのか?』


『そ、そうでござるな。』


ニックの一言で織を含め全員が顔を引き締め直した。


『とりあえずレイン殿が言っていた時計台へと向かうでござるよ!』


「そうね、アイツらに一泡吹かせてやりましょう!」


ニックを肩に乗せ、また炎の中を走り始めた織とファリアナ。辺りは未だに炎が上がっていた。


「行かないのかい?エマ。…どうしたの?」


一人ぼーっと立ち尽くしていたエマは相棒の言葉で意識を戻す。


『いえ、少し考え事を。先ほどの織君の技…魔術師では無い彼がの力だけで出したのだとしたら相当魔力を消費しているはず…よく動いていられるなと思ってね。』


カルラルナは少し唸りながらそうして気楽そうに言った。


「うーん…単純に天秤番になるくらいだからすごいってことなんじゃないの?」


『…………そういうことにしときましょうか。』


そうしてこの二人も織達に追いつこうと走り出したのだった。


一向が走り出して少し敵の相手をしているうちにあっというまに時計台へと到着した。


古い外装に古い形式の大きな時計。

細かな装飾もされており平生ならば一観して

荘厳な芸術作品の塔のように見える立派なシンボル。

だが、今は辺りの炎によって赤色にライトアップされ、ところどころに破損が見られていた。


『…これが時計台…っ!』


織がそう呟いた時、なにかの異変を感じてすぐさま後ろへと飛び退いた。


ガン…ジャラララ…


織が今しがた立っていたところにはどこからか現れた


『何者でござるか!』


鎖の先を目で追った織の目はそこで敵の姿を捉えた。

黒い色の決して派手では無いがどちらかと言えば動き易さを重視したドレス。

闇夜に溶けるような、高貴な感じを漂わせる肩の辺りで切りそろえられた濃い紫色の髪。

まるで右手に鎖を絡めているのが嘘であるかなような美少女が時計台の、ちょうど人が立てるほどの出っ張りに静かに立っていた。


「外したわ…勘のいいやつ…。」


「おねーちゃん、右!」


するとその少女は接近物に気づき、鎖を隣の家屋に飛ばして回避した。


『あの、飛んできたものは…レイン殿のスピリード!?』


織が見たものは紛れもなくレインが所有する彼の大剣だった。


『ちっ…外したか…おお、天秤番!それにエマも!…遅かったじゃねーか!』


空中からスルスルと手の方へと飛んできた大剣を軽々と持ちながら、レインは笑顔で近寄ってくる。


『あれが今回の黒幕でござるか?』


織が家の屋根の上で体制を整えていた少女を指差しながら言った。

しかし、レインは首を横にふる。


『いや、確かにあいつらも敵だが…今回の黒幕は…』


レインが名前を告げようとした時、絶対に聞こえないはずの直接心に響くように男の声が流れ込んでくる。


『それは僕だよ。…やっときてくれたね、天秤番クン。待ってたんだよ?程度に放った、暗黒住人がまさかここまでの惨劇を演じてくれるなんてねぇ…ハハ、本当にリアルは楽しいな。…でもこのままじゃ僕がタイエンに殺されちゃうよ…だって…』


そう言ってその男はすっと立ち上がったのかと思うと、どこからか現れた鳥のような生物の背に乗り、降下して地面に落とし降りたち、織を見据えた。


♪』


今にも楽しそうに鼻歌を口ずさみそうな勢いで目を細めながら笑った男。

織は一瞬でファリアナを手に収めながら構えた。


『お主がこんな事を…。まずは先に名乗るのがせめてもの礼儀。…拙者は雛方織。歯がないただの侍…いや天秤番でござる。名は?』


すると魔術師は心底可笑しそうに笑いながら答えた。


『あははは…いや、まぁ僕は魔術師だからそんな名乗るような柄じゃあないんだけどねぇ?…僕はマイビス。【黒爽】のマイビスさ!…そっちの女の子はまぁオマケだ、気にしないで?後、君達をやるのは…コイツさ』


マイビスがそう言った時、織の背後を何者かが斬りかかった。


『な…また新手でござるか!?』


間一髪でかわした織は敵をほそくする。


「コイツ暗黒住人!…いや少し違うわね…」


そこにいたのは織とさほど歳が変わらない少年だった。黒い影の様な物がゆらゆらと出ていたが実体があり顔も見てとれ何より、柄が青緑色の片手剣を握っていた。


『………まさか…お主が握っている刀はでござるか?』


『…ウ…ゥゥ…アァァ………!』


「話す気…というより言葉は通じなさそうね…」


ファリアナがそう言ったのを聞き、戦闘体勢をとった織。

しかし次の瞬間しかの隣を物凄い勢いで駆け出した物がいた。それはなんと…


『に、ニック殿…!?いや…危険でござる!一体何を…』


しかし、ニックは織の声などまるで聞こえないかの様にゆらゆらと近づき、目の前の男に声をかける。


…なのか?…っ…タイガ!俺だよ!ニックだ!…でもどうして…どうしてお前が…俺のこと分からないのか?』


ニックが出した名前、織は知りはしなかったが、ニックが訪れていただった。


『………ウ、ウ…ウァァァァァァァァァッ!!』


しかしタイガと呼ばれた少年は問答無用で片手剣を振り上げてニックへと襲い掛かる!


『ニック殿!…!』


織が滑り込んで間に入り、ニックへと向けられた斬撃を弾き返した。タイガはそうして一歩後ろへと退く。


『ニック殿…無茶はいかんでござる。…ニック殿?』


『バカな…ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえないぃぃっ。アイツが…生きてるはずなんてないのに…どうして…』


先程と同じように、何も聞こえておらずそう繰り返していた。

そこで今度はマイビスが自慢げに声を上げる。


『おや、おや。もしかしてお知り合いだったかな?いや、ちょうど良い感じの魂魄があってねぇ…ちょっと使わせて貰ってるんだよ!!どうだい?使!!!』


すると得心したように織は立ち上がりマイビスを睨みつけた。


『…なるほどでは、この者はニック殿のどうやら大切なお知り合いだったと言うわけでござるか…』


「【黒爽】…ね。…よくお似合いのクソ野郎じゃない…いや、絶対【墓荒らし】の方がお似合いだと思うわ。」


ファリアナが吐き捨てるようにそう呟いた後、織はニックにいいか聞かせるようにしながら走り出した。


『ニック殿…すまぬが行かせていただく!…そこで見ているでござるっ!!』


『ウァァァァァァッー』


タイガも同時に走り出し、二人は中央で剣を交えた。

片手剣特有の軽やかな斬撃。

一つ一つを丁寧に最小の力で払いながら、織は反撃の機会をうかがった。


『ヴルルルルルルァァァ…』


『…!』


「今よっ!」


振りかざされた大振りの一撃を払い、体勢を崩したそのスキを織は見逃さない。


『承知。瞬華愁刀流 夏型-青嵐あおあらし!!』


大剣を扱っているとは思えないほどの素早い斜め切り。

普通の相手ならばその場で斬り伏せられる。

だが…


『…っ…手応えがないでござる!』


「見て織!これは…」


ファリアナに言われ、織は注意深く見てみると、なんと織の斬撃とタイガの体の間にはのような物があり、斬撃を止めていたのだった。


『シャアアアアァァァッ!!!』


今度は逆に織のスキをついたタイガの攻撃。

しかもただの斬撃ではない、風を纏った強い斬撃。

押し固められた大砲のような風が織の腹部をえぐる。


『…ぐっ…ゴホォ…』


しかし織も負けじと踏みとどまり今にも崩れそうな体に力を注ぎ込み遠心力を利用して不利を好機へと転じさせる。


『…っああぁぁ!夏型-川蜻蛉ォォ!』


ザンッ!…


『グッおおおおォォ…』


早すぎる切り返しに流石のタイガも耐えられず、今度は確実に瞬華愁刀流がタイガの体を捉え斬りつけた。

織はその場で後方にファリアナを投げ、手を付き自らも後方に飛び間合いを取った。


「…大丈夫なの?…あの風の塊みたいなものかなりの威力だったわよ!?…それにあんた魔力が…」


手に改めて収めたファリアナが、心配そうな声で織を気遣った。


『…大丈夫…で、ござるよ。…魔力の方も後、少しなら…』


そう言いつつも織は内心冷や汗をかいていた。


(ファリアナ殿をこうして振るうことはもう少しできそうだが、『波動』は…いや)


織は考えるのをやめて、前を向く。

その時…


ゴオオオオオオオオ…オオオオオ-


気がつくと織は大きな風の渦、つまりに回りを囲まれていた。


『竜巻…これはタイガの…』


ニックはそれを見て確かに驚き同時に恐怖した。


『…に、逃げろ織!…タイガももう、やめてくれぇぇぇ…』


そんなニックの弱々しい叫びは風の爆音に掻き消される。


「……どうやらアイツのスピリードは風を操る能力のようね。…」


織もジリジリと後ろに後退しながらそれに答えた。


『…確かに…だが悠長には構えてられないでござるよ…小さいように見えてその実、威力は拙者らを細切れにして押しつぶすなんぞわけないでござろう…』


竜巻の風は合計四つ。

最初は前方にあったのだが、ゆっくりと移動して今や織を完全に包囲していた。

しかし、そこで織はあるものを見つける。


『…!ファリアナ殿!見てくだされ…あの隙間…』


別段目があり見えた訳ではないがファリアナはその場ではっと気づいた。


…竜巻と竜巻の間に微妙に隙間が…もしかしてアレなら…」


織はその言葉を待たずに両手に力を入れた。


『少し、波動を使って風の余波を相殺して一気に通るでござるよっ!……波動!』


織は残りが少なくなってきていた魔力を使い波動を発動させなんとか隙間をくぐり抜けた。


『や…やった……えっ…』


ザク……ブシュウウ…


織が始めに目にしたものは敵の姿でも焼け落ちた町の様子ではない。

自分からほとばしるだった。


『グッ…どう、して…』


グシャァアア…バタッ…


「し、織ぃぃーっ!ねぇ!しっかり…しなさいよ!」


崩れ落ちうつ伏せに倒れる織をファリアナが顔を恐怖の色に染めながら必死に声をかけた。


『……!』


傍観していたエマも顔を強張らせた。

エマが目にしたものはほんの少しの時間で行われたこと。竜巻から脱出した織を風の斬撃が捉え織の上半身を斬りつけていったのだ。

すると今まで見ていたマイビスがまた不気味な高笑いを始めた。


『アッハハハハ…どうだい?すごいできだろう?死者をスピリードごと蘇らせることこんなことができるのは多分僕だけさ!

まぁ少々足りないが…そろそろ終わりにしようか?天秤番君次は君を解体してみようかな?』


それを聞き、ファリアナは怒りの形相でマイビスを睨みつける。しかしそこで…


「この、イカレ魔術師が…アンタはアタシが…ちょニック!何してんのよっ!?」


ニックはあれほど言われたのにトボトボと戦いの最中の…正確には倒れた織の元へやってきて何を思いついたのかいきなり独白を始めたのだった。


『…タイガはな…なんだよ。実を言うと転生者全員にサポート妖精がつくわけじゃねぇ。ニテド・コミナの気まぐれさ。アイツは心優しくて真面目でいつも誰かを助けようとしていた。…今のお前みたいに。…だが俺は…』


「………。」


ファリアナは織の代わりであるかのように静かに先を促した。


『俺は……無茶なクエストを俺が引き受けて…アイツは…アイツは…俺の面目と同じクエストをこなした仲間を助けるために…う…ぅぅ…』


最近のニックの様子が少しおかしかった事。

自責の念にかられその小さな目ではためきれないほどの涙を浮かべた様子。

流石のファリアナでもその心境を察せずにはいられなかった。

だが、まだ戦闘は終わっていない。

敵は待ってはくれない。

追い詰めるようにタイガはゆっくりと己のスピリードを掲げながら近づいてきていた。


『…そう、で…ゴホッ…ござったか…』


「し、織!」


すると織はゆっくりと地面に手を付き滴る血を気にすることもなくファリアナの力を借りて立ち上がる。


『す、すまない織。…でもタイガは本当…』


顔を伏せながら織に謝るニック。

しかし織の顔は意外にもとても穏やかなもので優しく微笑んだ。


『本当は心優しい御仁なのでござろう?…ゴ…ゴホッ…そうでなければ殿。』


『えっ…』


辛そうにしながらも前を見据え織は構わず続けた。


『あの物の…太刀筋には…些かのが見られた。特にニック殿に対しては。拙者に殿。言えた義理ではないのは重々承知。しかしそれ故に…それ故に…拙者はこう思うのでござるよ…』


早く楽にさせてあげたい


「アンタ……」


戦いの最中でも相手のどこか苦しそうな所を感じていた織。

その言葉にニックはとうとう堪えきれずに、さっきとは違う涙を流して首を縦に振る。


『あ…ああ。…そう…してやってくれぇぇ…』


そうしてやって来ているタイガに織もゆっくりと向かう。


『ファリアナ殿、をいくでござる。』


刀の姿を取ったファリアナはとんでもないと声を荒げる。


「アレ…ですって!?何考えてんのよ!…アンタのその傷の上に魔力をさらに消費したらどうなるか…わかって…」


『それでもっ!!!』


「!!」


織はファリアナの心配をかき消すように大声を上げる。



しばらく沈黙が続くとファリアナが呆れたように息を吐いた。


「はぁぁ…言い出したら聞かないんだから。…いいわ付き合ってあげるわよ!アタシはアンタのスピリードよ?!」


『かたじけない…』


そう言って織は残りのすべての、すべての力と魔力を全身に燃え盛る炎のように広げていく。


『最終局面かい?…いいねえ…やれ!その剣を突き立ててやるんだ…』


『ガアアアアアッ…』


マイビスの冷たい命令にあくまで忠実にタイガは速度を上げ風を纏った斬撃を放った。


殿!』


『?……!…ああ!受け賜った!』


驚いたエマだったがすぐに理解して自分のスピリードを展開する。


そしてその場にいた誰もが確かに風を感じた。

鋭い風ではない。微風ではない。荒々しく力強いしかし、どこか優しさを感じる暴風!


カッ-


『瞬華…愁刀流ッッ!……夢幻 黍、嵐ぃぃぃぃイイイイイイイイイイーーーーッ!!!』


ボウッビュオオオオオオオオオゴオオオオー


辺り一面、タイガの体すべてを包み込んだ渾身の黍嵐はタイガの風をはるかに上回り彼をどんどん切り裂いていく。

その間周りの人間は織を含めてエマのスピリード能力『操重そうじゅう』で飛ばされるのをまのがれていた。


そうして消えていくタイガの体。

その最中ニックは幻覚のような不思議な体験をする。


『…!タイガ!…幻覚…か?』


風の中でタイガの姿がはっきりと見てとれそして彼はニックにしか聞こえないかなような声をかける。


『ニック…。良いパートナーに出会えて…安心…したよ…』


『…!…タイガ!、タイガァァァーーー!』


風で聞こえることはない。誰にも。だがニックはそれでも叫んだ。謝罪と感謝を込めて。それがタイガにきっと伝わると信じて。

風が吹き終わりタイガの消滅を確認した織は崩れ落ちるようにその場に倒れた。

そこへなんとか顕界しているファリアナ、ニック、エマがすぐさま駆け寄った。


『織…ありがとう…お前のお陰で…』


『さすがは天秤番だな。良い物を見させてもらったよ。』


「ちょっとアンタら離れなさいよっ!重症なのよ!」


パチパチパチパチ…


三人が思い思いの言葉をかけていた時不意に拍手をしながらマイビスが近寄って来ていた。


『いやぁ…本当に大したものだよ。…僕の研究も少し甘かったかな?それはそうとその精神力。とても興味が湧いたよ。?』


そこへ鎖を操る少女の相手をしていたレインがその場へ現れ、マイビスに剣を向ける。


『ちょっと大丈夫かい?…君達が手こずるなんて。』


マイビスは上から降りて来た少女に声をかける。


「…少し油断していただけよ。…次はないわ」


そう言ってジャラララと鎖を鳴らした。


『おい、魔術師テメェふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ!テメェはここでおとなしく俺たちと来てもらうぜ。たっぷり絞ってやるからよぉ…』


レインが目だけで射殺しそうなほどの眼光でマイビスを睨みつける。


『ははは…そうだねじゃあ、逃げる前に…【心象侵入マインドノック】』


『なっ……』


レインは驚き退いた。

心象侵入マインドノック】とは上級魔術師のみが使える高等黒魔術で能力だ。もちろん内面世界に干渉することも可能でとても危険な術だった。


『おっじゃましまーす!』


もちろん入り込んだのは織の内面だった。





『さてさて…天秤番クンの心象世界わぁ〜っと…なんだろう?これ?』


織の心象世界に入り込んだマイビスは早速首を傾げた。


辺り一面でマイビスの腰ほどに水かさがあった。とても静かで物音一つしない。


『…意外と静かなんだな。まぁこういう空間のやつも多いんだけど…』


ザブザブと奥へと進んでいくマイビス。


ゴッ……


『なんだ…っつ!』


何かにあたったマイビスは水の底を覗き込み絶句した。


『な、なんで


見るとそれは人の死体だった。だが正確には人の死体ではない。人のような何かが底には沈んでいた。

しかも辺りを注意深くのぞいて見ると数は一つや二つではない。倍以上の数が沈んでいたのだ。他にも剣や武器、何かの布などもが

まるで具がたっぷり入れられた鍋のようにあらゆるものが沈んでいたのだ。

流石のマイビスも不気味さを感じずにはいられなかった。


『一体彼はアイツは何者なんだ…!……あれは、小島?陸?…誰かいる。』


そうこうして進んでいくうちに薄い光を放つ小さな小島のようなものが見えてきた。

中央に大きな柳の木が立っており、周りには行燈が流れて来ていた。

とても幻想的な光景だった。


『……!ほぅ…ここへ客人が来るなんて、珍しいこともあるもんだな』


柳の木にもたれかかっていたその男が呟いた。


『………うぅっ…ばかなっ…!』


マイビスはそこで確固たる恐怖を覚えた。

まず第一に具象化された心象世界に。だが確かに目の前には少し大人な雰囲気の

さらにその殺気。今まで殺気なんてましてや今のリーダーにすら感じたことないマイビスが動けば命が無いような、そんな本能的な恐怖を感じたのではなく


目の前の雛方織は立ち上がり、辺りよりもさらに黒くそして美しい

そうして吐き捨てるように、同じ人とは思えないほど冷たく静かな動作で一瞬にしてマイビスの目の前に立った。


『な…え…』


『消えな…拙者の前でうろちょろしてんじゃねーよ…』


ザンッ……



『ああああああああああああああっ!』


レイン達は目を疑った。

先程姿を消したと思っていた魔術師マイビスが気がつくと頭を抑えて絶叫していたからだ。


「アイツいきなりどうしたっていうのよ…頭でも壊れたの?」


『なんだよ…なんなんだよ…!』


誰の言葉も届かないように、マイビスは震えながら静かに横になっている織を指差した。


『いやぁ…何ってそれはウチの大事な天秤番クンだよ。…そして儂の面白いおもちゃだよ…』


その場にいたものが全員上を向いた。

そこにいた男が何やら唱えるとたちまち光の輪がマイビスを拘束する。


『し、しまったこれは魔術縛りの魔術。気を取られて…くそ…やってくれたな!』


なんとマイビスを拘束したのは変人奇人、誰もが近づきたがらない厄災の権化とも言える王宮魔術師ナドルホだったのだ。

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