第9話 一番乗りは誰だ?

『いらっしゃいませお客様。今日はどういった御用でしょう?機種変更ですか?それとも新規のお客様でしょうか?新規の方ならこの……』


時代遅れの主人公雛方織は現在、首都ダレイオリーにあるとある携帯ショップへとやってきていた。目の前では営業スマイルが抜群に似合う小柄な若い女性がボードを使い織に説明を始めていた。さ

しかし織はそんな中、申し訳なさそうに話を遮り一言…


『あの、すまぬが……』


『はい?』


『“けーたい”とは一体何でござろうか?』





-三日前織の家-





「ケータイが必要よ…」


全員で少し遅めの昼食をとり、一息ついていた昼下がりにファリアナがどこかで見た様な肘を机につき、手を顔の前で交差させるといった仕草でいきなり切り出していた。


『…いきなりどうしたのですかファリアナさん?』


少し呆れ気味に応対したのは、ファリアナの右隣りに座っていたソフィアだった。


『確かに唐突だな…ちなみに訳は?』


同じく半目でファリアナを見るニック。


「一週間前のこと、アンタ覚えてる?」


ファリアナは右を向いて織に話を振った。


『一週間前でござるか…うーむ』


織は顎に手を当てて唸りながら思い出そうとしていた。そして突然頭の中に稲妻が走る。


『ああ!思い出したでござるよ!確か中央部の近くでくえすとをこなそうとした時拙者…』


そこまで言って織はなぜか喋るのをやめた。そしてファリアナが汗を滴らせ固まってしまった織の代わりに言葉を引き継いだ。


「そう、アンタになったわよね?アタシが感知できたから良かったものの…じゃあ一昨日は?」


『……………同じくえすとで知り合った者が怪我をしてしまった故、その…』


「要のソフィアを呼べずに代わりにアタシを呼んだのよね?その後二人で病院まで走ったわよね?全速で?」


織は唐突俯いてしまった。ソフィアを見てもニックを見ても誰一人として目を合わせてはくれなかった。最終的に織はどうすることも出来ず、苦笑いを盾に自ら火の中へと飛び込んだ。


『いやその……結局何故なにゆえけーたい?とやらが必要なんでござるか?』


「こぉぉんのバカァァァッッ!普通わね要らないのよ?スピリードと使い手の間にケータイとか!でもアンタ召喚は五分五分でおまけに【心話しんわ】はロクに使えないってもしも何かあったら…その…し、心配するじゃ…だぁぁぁーーーっっ…」


ファリアナは身を乗り出し織の上の着物の首元を掴みブンブン何故か涙目で叫びながら揺すりだした。

ちなみに【心話】とは使い手とそのスピリードだけが行える言わばテレパシーだ。織の場合戦闘中などの至近距離なら問題なく使えるが距離が離れすぎると繋がらなくなってしまう。


「少し落ち着いてください、ファリアナさん!お気持ちは十分分かりますが主人様の意識がもう既に戻ってこなくなりつつあります!」


慌ててソフィアがファリアナの間に入って辞めさせた。それもそのはず織は既にぐったりとしてただただ首が左右に揺れていた。


『なんだかんだでコイツ危険な目に遭っても切り抜けてきたからな…深くは考えなかったが…言われてみればどこか特殊なケースだし持って置いて損はないかもしれん…』


ニックもふむと納得した。


『…ゴホッゴホ…ひ、必要性は承知したがそのだからけーたいというのは一体?どこへ行けば?いいんで…』


織はなんとか意識を取り戻し、慌てて何かをファリアナに伝えようとしたのだが…


「(カチンッ)いいから…さっさと行きなさいっっ!」


ファリアナは容赦なく、服の襟辺りを掴みテレポートの部屋へとひこずって行ったかと思うとそのまま魔法陣の上へと主人を蹴り飛ばしたのだった。


織をそのまま首都ダレイオリーに送った直ぐ後にニックとソフィアが追いついてきた。

ソフィアがそこで肩で息をするファリアナに恐る恐る声をかける。


「ね、ねぇファリアナさん?」


「はぁ、はぁ…なによ?」


「もしかしてですけど主人様、ケータイが何なのかそもそも知らないのではないですか?

話ではサムライはそういうなんというか……カタカナには弱いのでは?」


「…………そうだった。」


二人の美女は薄暗い部屋の中で目を合わせながら静かにただ立ち尽くすのだった…





-回想終わり-




『……ということでなんとか道行く人に聞いて周りなんとかここへ辿りついたでござるよ………』


織は乾いたどこか引きつった笑みを見せていた。だが目は笑っていないというやつだ。


『それはあの……ど、ドンマイ?』


店員の女性は両手のジェスチャーを加えながらなんとかこのいたたまれない空気をどうにかしようとしていた。同時に彼女は瞬時に頭の中を整理した。

自分がこのケータイショップ【TOOYOU】で働き始めてもう三年程になるが…こんな経緯でケータイを買いに来た人が今までいただろうか?いやいない。

思わず反語系になってしまうほど、彼女の経験値はあまりにも足りなかった。


『と、とにかくですねせっかくですし色々ケータイを見てみましょう!も、もちろんなんなのか説明もしますから。』


『おお、感謝いたす…ええっと“ふるよし”

”殿!』


織はぱぁっと一気に顔を明るくして、女性店員フルヨシ・ミサキに礼を述べた。ちなみに織は名前は名札で確認した。


(ほ、保護欲をそそられるといいますか…

いえ、ここは一店員として全力でお力にならなくては!…確かこのファイルにケータイの概念が分からない人へのマニュアルが…それにしてもこの人の格好どこか見覚えがあるような…)


『あ、あの失礼ですがお客様は転生者の方でございますか?』


ファイルの中のマニュアルを確認しながらミサキは尋ねた。


『おお、流石でござるな。いかにも拙者転生の身でござる。もしやふるよし殿も?』


織はどこか楽しそうに答えた。なにが流石か正直なところミサキ自身分からなかったが、慌てて手を振った。


『い、いえ私はレゴナスター生まれです。……実はこの世界のケータイもどこかの世界の技術を応用したものらしく、お客様のようにから来る方もたくさんいらっしゃいますので…。

あっ、なので心配なさらないでくださいね?』


『そうだったんでござるか…確かに拙者の世界にはケータイなどというものはなかったでござるからなぁ。ははははっ』


織はさっきと打って変わって軽快に笑った。

そう、これは仕方ないことなのだ。ミサキに経験が足らなかったように、織にはかなりの年月が足らないだけだ。


『それにしてもふるよし殿はとても親切で優しい人でござるな。…もう少しふぁりあな殿も見習ってほしいものでござる…』


『えっ…いやそんな…。お客様によそろこんでいただけるのが一番ですので。…ですが面と向かって言われたのは初めてでなんだか照れちゃいますね。』


ふふっとミサキは頬を少し赤らめてはにかんだ。そうこうしている間に探していた項目を見つけたようだ。


『これですね…えーケータイとはいわゆる手頃な連絡手段のことです。小さくて持ち運びも簡単ですし、新型になると小さな板のようになり、アプリをインストールしたりとさらに格段と使いやすさが上がります。こちらは最近のトレンドというよりもうほとんどこれしか見かけないですね。画面を指で触っていただくだけでほとんど全ての操作が可能です。これをスマホと一般に呼びますね……』


そう言ってミサキは織の前にサンプルのスマホを置いた。そして織は一つある事に気づく


『あっ、これ前に会った人が持ってたでござる!!』


織は前に会った人、つまりニックの友人のサポート妖精エレナが担当しているリヒトのことを思い出していた。


『そうなのですか。…では続きを。ここからは少し難しいですよ?このケータイ、この場合スマホなのですが持っている人同士で尚且つ番号やIDと呼ばれる個人特有の数字や記号などを交換している場合、連絡を取り合ったり“メール”と呼ばれる一種の手紙のようなものを送ることができます。ちなみにお客様のスピリードの方はスマホか何かお持ちでしょうか?』


『…いや、おそらく持ってないと思うのだが…だとすると何故拙者だけ買いに来たのでござろう?』


まだ理解し難いことの方が多い織だったがこれまでの経験とミサキの丁寧な説明によりなんとかケータイがどういうものかをなんとなく理解し始めていた。そして一つの疑問を口にした。


『それはですね、おそらく【魔力通信】を使うからなのではないでしょうか?まれに自分のスピリードではないスピリードと契約した際に心話が使えなくなることがありまして。そんな時ケータイを媒介として、魔力通信を行えば相手がケータイを持っていなかったとしても契約されている以上、心話に近いことが可能になるんです。』


ケータイという一つの過程を挟むことで電波ではなく魔力を飛ばして直接連絡を取る手段。まさに今の織にはおあつらえ向きの使い方だった。それからさらに織は色々とケータイやスマホについてのかかる使用料や契約プラン、本体価格などの説明を受けていた。

気がつくと一時間半が少し過ぎるほどの時間が経過していた。


『なるほど、大雑把なことは理解したでござる。が…どうもこのすまほとやらは中々慣れるのが難しそうでござるな…指での操作などと…むむ…』


織はおっかなびっくりスマホの画面を触っていた。押したり、スライドさせる事に中々奇妙な感覚をおぼえているようだった。


『はは、確かに初めての方は少し難しいかもです。獣人の方などは画面に強化魔法をエンチャントしているものしか壊さずに使えないという方もいらっしゃるぐらいですし。』


織は辺りを見回すと確かに奥の方で手に爪などがある、犬耳の男の人がスマホに苦戦していた。すると織はそこで何か違うケータイを見つけた。


『ふるよし殿、あちらの棚にあるものは一体?あれもすまほでござるか?』


ミサキが目を向けてみるとそこには折りたたみのものやスライド式のものつまり“ガラケー”と呼ばれるものが置いてあった。


『ええっと、あちらにあるのはケータイはケータイなのですがスマホではないですね。ガラケーなどと最近では呼ばれてます。アプリがいられなかったりと、内容や容量からしてもスマホにははっきり言って及びませんね。今でも好んで使う方や高齢者の方は使っているようですが…電話やメールといった基本的なことしかできないですし、あまり使っている方も少ないです。』


一通りの説明を聞き終わり改めて思案する織。少し待ってからミサキは予想をしていたようなある意味予想を超えた返答を聞くこととなった。


『……それでは拙者はこれに……』



『ただいまでござる。』


織はあれから少し考え最終的に決めたものを購入して無事家に帰ってきていた。


「…あ、おかえりなさい主人様。大丈夫でしたか?」


そう言って出迎えてくれたのはソフィアだった。本来ならソフィア達は織を追いかけることも可能だったのだが、ニックの指示により家で待っていたのだ。


「う、あ…おかえりなさい(ゴニョゴニョ)」


続いて奥からファリアナも出てきた。顔を暗くさせ、どこか気まずそうだった。


「そ、その…さっきは悪かったわね…無理やりその、買いに行かせたりして…」


謝り方には多少問題あるがファリアナはどこか照れた様子で謝った。彼女なりの全力の謝罪なのだろう…。


「うん?ああ、拙者は少しも気にしてないでござるよ?むしろ良い勉強になった。…それより見てくだされ!拙者己の力で見事けーたいを買ってきたでござるっ!!」



織はそう言って楽しそうにガサガサと手に下げた袋を漁り、買ったばかりのケータイをファリアナたちの前へと突き出した。

だが彼女達の反応はと言えば…


「「………なんとなく予想はしてたわよ(ました)。」」


織の手の中にあるものそれはガラケーだったのだ。決めてはもちろん使いやすさ。このサムライはどうやら未知の世界に挑戦しない人種らしい。心は最早老人以下だろう。


『?…連絡ができればそれでいいのでござろう?何か間違ってしまったでござるか?』


「あーダメって訳じゃないんだけど…」


ファリアナ達も反応に困っていたがオロオロしている織をなだめる事にした。



「まぁ、アンタにしては上出来よ!うん、これは大きな一歩だわっ!…そうよねソフィア?」


「…えっええ!そうですとも!神も主人様のこの一歩を踏み出したことをきっと見ていてくださってますよ!」


『……そうでござるか?ならば良し!』


そう言って笑う織を尻目に二人はコソコソと話し合う。


「言ったでしょ?アイツは単純なのよ。だから変にフォロー入れなくてもいいって…(ヒソヒソ)」


「…言ってましたっけ?そんなこと。でもきっと主人様の場合“純粋”なのでしょう。単純キャラは間に合ってますしね(ヒソヒソ)…」


ソフィアは途中でチラチラとファリアナを見た。そこでファリアナは思わず普通の声で喋ってしまう。


「なによそれ、アタシのこと言ってんの?」


『どうしたでござる?二人とも?』


「いいやなにもないわよ?」


ははははと二人は笑い飛ばした。


「あ、そうだ……んっ。』


そしてなにを思ってかファリアナが急に織に手のひらを向けた。何かを要求する仕草だ。


『なんでござる?この手は?』


「決まってんでしょ?アンタのガラケー貸しなさいよ。番号、一番に登録するから。」


『どうしてでござる?』


織は展開についていけず同じようなことを聞き返していた。


「ほら、戦闘とかになった時とか連絡する時一番上にあれば便利でしょ。…べっ別にアンタのんに一番に登録したいわけじゃないんだからね!!」


『おいおい、雑なツンデレだな…』


そっぽを向きながら話すファリアナに対して遅れてやってきたニックが鋭いツッコミを入れた。


「別にアタシツンデレじゃないから!!ほらいいから貸しなさいよっ」


言い訳しつつ強引に織の手からケータイをは奪おうとしたその時、ファリアナを腕にまさしく横槍が入った。


「ふふふっ。それは、聞き捨てなりませんねえファリアナさん?」


ソフィアはしっかりとファリアナの腕を掴みながら話しを進める。


「確かに私では相手を倒すことが難しくなってしまいます。…ですが私が一番に駆けつけられれば主人様のおケガはもちろんの事、まわりの人も助けることが可能です。それに私はこの中で年長者ですし。やはり一番に最も適しています。』


余談だが、ソフィアの年齢は十九程でファリアナは十六、七程だ。


「はぁぁ?あに言ってんのよ!確かに理屈は通ってるけど……アタシコイツのスピリードとしてはソフィアより先輩だから!それにアタシが速攻で片をつければするケガもしないわよっ!」


ファリアナはソフィアより歳下だが、下手に出たことなど一度もなかった。二人の間でまたも不穏な空気が流れ始めた。そこで思いついたようにニックが口にした。


『ったく、そんなことでケンカすんなよめんどくせえ。…なんなら俺が先に登録してやろうか?』


もちろんニックも魔力を通して会話が出来る。この世界のケータイは一度入って来たりした魔力を記憶して登録する機能があるのだ。


「「犬は犬らしくすっこんでなさい!!」」


『お、おう……』


2人の激しい剣幕に気圧されニックはおずおずと後退した。


『やはり、二人は仲が悪いんでござろうか?』


織はと言えば呑気にそんなことを考えていた。


「こうなったら仕方ないわね…もうこれしかないわねっ…織っ!」


「ええ。もう残された道はこれしかありません…主人様!」


そこで二人の声が綺麗に重なる。


「「初めてはどっちがいいのよ(ですか)?」」


とうとう、二人はマズイ聞き方で織に丸投げするにした。


『おい、その聞き方は流石にマズイっていうかよろしくないぞ!』


ニックもどこからか復活し、論点はずれていたが冷静キャラをギリギリ保ちつつ風紀を守っていた。

辺りが騒がしくなって来ているのにもかかわらずこの問題の当人は静かにそして一言でその場を静まり変えさせた。


『そんなケンカはよくないでござるよ…それにでござるよ!』


シーン。静寂。時計の音だけが辺りに響く。


「えっちょ…それどういうこと?」


『どうもこうも、あまりに拙者がケータイに不慣れなためまた何かあればここへと担当の人が番号を入れてくれたでのでござる。…いやぁ親切な人でござった。普通はそういうことあまりしないそうでござるが…これでござる』


織が見せた画面には確かに【フルヨシ・ミサキ】の文字が。ニックですらそれが女だと分かった。

いささかKYが目立つサムライはさらに続ける。


『だから、そんなケータイのことでケンカなんぞしなくてもいいでごさるよ。何より拙者がしっかりしなければ!…っとどうしたでござる?』


織の目は決意に燃えていたが、ユラユラと立ち上がるファリアナとソフィアを見て思わず悪寒が走った。同時に何か一つの終わりのような物を感じていた。


『えっ…落ち着くでござるっ。どうしたんでござるか?……は、話せばわかる…』


結末を手短に言えば今月の織の出費は少し痛かった。お金はまぁある方なのだが、なにせケータイ代に加え壊れた玄関と自分のケガの治療費にさらにかかってしまったからだった…。




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