第8話 かの槍に紅葉を…
『本当に、ロクでもねぇなアイツ…』
前に少年を走らせながら、ニックは少年にも誰にも聞こえない、風に流されるぐらいの声で毒づいていた。
(…いや、言っても無駄か…今に始まったことじゃねーしな…)
思えばニックはサムライ、雛方織と出会って今まで経験したことないことばかり経験している…というより巻き込まれているような気がしていた。
(…しっかしこのままじゃやべーな…)
現在ニックはショウキとともにオオブルに追われている。山道を縫うように走ってはいるがショウキの速度は一般の子供並。加えてオオブルの身体能力は今や普通の人間の数倍以上。逃亡の終わりは容易く迎えられた…
『あ、ああああ…』
『チッ…』
前のめりに力を入れてニックとショウキは急停止した。ちょうど山道の開けたところだったのだが…
『フハッ…見つけたぜぇ…』
大きな爪と鋭い牙を音立て、血の色に染まった
二人はとうとう追いつかれてしまった…
『ちょこまかちょこまか動きやがって…でもまぁ苦労してこそ喰いごたえがあるってもんだ…』
オオブルは口の端を吊り上げて笑った。
『…お前、なんでここまでこの子に固執するんだ?もっと言えばなんで教会の子供達を?』
『お前さっき俺がぶっ殺したやつと同じこと聞くんだな…じゃあ逆に聞くが、お前は親や他人に一度も残さず食べろって教わらなかったのかよ?』
ニックは目を見開き、一歩後ずさりした。
隣のショウキもいっそう青ざめていた。
『お前…イカレてやがるぜ、性根が腐りきってやがる!』
ニックはそう叫んでいた。
『それはこっちのセリフだ!同じ獣ならわかるだろ?』
ひと時の静寂。
両者が睨み合っている最中ニックは口を開いた。
『さっき言ってた織を殺したっていうのは本当なのか?』
するとオオブルは警戒は全く解いていないのにどこか楽しそうに語った。
『シキ?…ああ、教会の前にいたガキか…ハハハハハッ…そうだ!この爪で引き裂いてやったぜ?』
そう言って、オオブルは右手の爪を青空にかざす。風が吹き抜け、周りを囲む木々がむせび泣くような音を奏でていた。
『なるほどな…まぁそんなはずはないんだけどな…』
『はぁぁ?』
絶望的な宣告に対してニックはなぜか軽く笑い飛ばしてしまった。オオブルは訳が分からないという顔をしていた。
『…まぁ信じる信じないはお前次第だがな…そろそろ終わらせてもらうぜ!』
話が終わるとオオブルは突如跳躍し、ショウキとニックの上を取った。そしてさっき見せつけていた大きな
『いっただっきまぁぁぁぁすっっ!!』
絶対絶命の状況。
ショウキはすでに涙も叫び声も上げられず、ただ口を開けて放心していた。ニックはというと……………
威風堂々ただ自然に構えていた。そしてオオブルの雄叫びにそっと言葉を重ねた。
『死なねえよ。アイツは。なんたってやつはサムライだからな。』
その時突如眩い光の、まるで光線のような一閃がオオブルの顔面を捉えた。
『えっ…』
そしてオオブルはすぐ後ろにあった大きな木の幹に背中から激突した。光線は細く長いものだったのにもかかわらず、辺りを揺らし木の葉をヒラヒラ、ヒラヒラと落としていった。
そこでニックは目を開けて、光線の主に文句をたれた。
『ったく遅すぎなんだよ…そんなとこばっか主人公補正かけてくんなよなっ!』
『いやホセイ?というのはよく分からぬがすまんでござるよにっく殿。…後は任せるでござる!』
そこには上半身が露わになった槍を携えた織が立っていた。槍は長さは少し短めだが銀色に光輝き矛の部分は鋭い流線を描いていた。
『うう…なっ…てめぇなんで生きてやがるっ!』
むくりと立ち上がり頭をぶるぶる振りながらオオブルは目をむいていた。
『お主に話すことではないな。…さぁ二局目いや、終局と参ろうか?』
ビュンと織は槍を回し目の前の敵を穿とうと槍を構えた。
(しかしファリアナの件でもしやと思っていたが…)
ニックはさっさと違った緊張を覚えつつ頭を働かせていた。
『なぁ、お前のその槍ってまさか…さっきのねーちゃんか?』
すると槍からどこか落ち着いた優しい声が聞こえてきた。
「はい、そうです。私も確信はなかったのですがその、直感でイキナリでも大丈夫な気がして…」
(やっぱりか…これは決まりだな。)
『?どうしたでござるにっく殿?』
構えを維持したまま、織は振り返らずにニックに尋ねた。
『いや、実は少し前から気になることがあってなファリアナの時は契約が切られていたからあまり不審に思わなかったんだが…織、お前ひょっとしてどんなスピリードでも使えるんじゃないのか?でなきゃサムライのお前が槍を使えるはずがねぇ!』
ニックはそう確信に近い仮説を口にした。
『そうなんで、ござるかぁ!?…いやしかし、拙者槍なら使えるでござるよ?』
『は?』
『“
真のサムライたるもの剣術の他にもできないといけないっ…みたいな感じのものでござる。まぁ拙者の場合全然上手く扱えないのでござるが…』
ニックが何か言いたそうに口を開こうとした時対峙していたオオブルが襲いかかってきた。
『仲間内だけでベラベラしゃべってんじゃ、ねぇぇぇっ!!!』
キィィィンと音が風と共に辺りに染み渡る。鋭い爪を織が槍で打ち返したのだ。
『っ…にっく殿!今のうちにその子と共に!この場を離れるでござるっ!』
『あ、ああ!…こっちだ!』
『う、うん』
織が攻撃を受け止めている間に二人はこの場を離れた。
『てめぇ…ゴミムシみてぇに…目障りなんだよっ!もういっぺんあの世に送ってやる。』
爪が縦横無尽に織に襲いかかる。
オオブルはその驚異的な身体能力を活かして速く重い攻撃を先刻のように繰り出すが織も負けじと打ち合っていた。
『ガアアアアアッ!』
『ムッ…』
織が槍に慣れていないせいか、動きにムラがありまたも爪が織を捉えるようになっていた。
『…その腕、貰うぜぇぇ!』
両手を使っての左右からの攻撃。それにより織は左腕に大きな切り傷を負ってしまった。
だが…
『フッ…』
しかし織は負傷した左側の手に槍を構え直して、槍を突き放った。その腕には先程の傷あとはどこにも見あたらない。
『なっ…どうなってんだ!?』
オオブルは背中を反らし、間一髪のところで織の槍を回避した。
一息置きかねてからの一つの疑問を口にした。
『まさか、お前のスピリードの能力は回復なのか!?』
織はそれに対してゆっくりと口を開いた。
『鋭いな…そうでござる。そふぃあ殿の能力のおかげで拙者は今こうして立っているのでござる。今のもその内の一つでござる。』
「ですが無限に回復できるわけではありません。あくまで織さんの魔力を消費してその分を回復に当てているだけですから。」
言い終わると体勢を立て直したオオブルは半笑いで構え直した。
『なるほど、つまり殺し続ければいつかは死ぬってことだよな?なら話は簡単だ。そんなことしなくても一撃でお前の命を刈り取ってやればいい!』
オオブルは走り込みながら右の爪を振り上げこだますように叫んだ。
『いくぜ、
織は当初ソフィアで攻撃を受け流すつもりだった。だが、とっさの判断で避けることにした。
『はっ…悪あがきを…避けられる訳ねーだろっっ!』
オオブルの放ったセパレイトクロウは大地を裂き凄まじい爆風の様な風を生み出し、辺りの木々を今にも薙ぎ倒そうとしていた。織は完全に避けきれずに負傷し、木々の間へと吹き飛ばされていた。
『な………、なんで、ござるか今の?』
「動かないでください!今すぐに治しますからっ!」
重傷にも関わらず起き上がろうとする織をソフィアが慌てて止めた。少しすると織の回りを柔らかな光が包み込み見る見る内に傷が塞がり体を覆う傷が無くなっていた。
『かたじけないでござる。しかしなるほど、確かに傷は治るがまりょく?は心なしか減っている様な気がするでござる………ッッ!』
織は会話の途中で木の上からの攻撃を槍でいなした。
『チィィ…避けられただと?しかも傷が完全に回復してやがる…だがまぁ良い次で確実に仕留めるっ!』
木々の間を飛び回りオオブルは織の前に着地した。
『先程の一撃、お主の持つ最高の技巧つまり言わば必殺の技と考えるのが普通でござるか…』
目の前のオオブルは織を見て一つ笑うと爪を前に突き出しあらためて攻撃体勢をとった。
『そうだ。俺のセパレイトクロウは鉱物だろうとなんであろうと切り裂き、刈り取る。運良くギリギリかわして助かったようだが二度目はねぇ…次で終わりだ。』
『ならば拙者も初めてでかなり慣れぬが、こちらから行かせて貰うっ!』
言うやいなや、今度は織から攻撃を仕掛けていった。槍特有の長い間合いを使い、オオブルを近づかせることなく確実に鋭い攻撃を当てていった。
(クソがっ!どこが慣れてないだと!?こんな槍今まで見たことねぇっ…)
オオブルは内心織の槍術に舌を巻いていた。
例えなんとか間合いに入り込んで攻撃に転化したとしてもまるで攻撃のオマケであるかのように槍を地面に立て、その反動で宙を舞いオオブルの背後をとり逆に速く鋭い槍の連突を浴びせていた。
『隙ありっ!……
織はタイミングを見計らい、低い姿勢からの渾身の一刺しをオオブルの腹部へと放った。
だが…
『忘れたのかよ?俺の体は強化されていることをよぉ?今は最早サルジストと変わらない硬さだ!』
『………………』
サルジストとはこの世界で五本ないし三本の指に入る硬度を持つ鉱石のことだ。恐らく並みの武器では呆気なく粉砕されていただろう。
『さぁ、どうするよ?』
言葉を放ちつつも、織の繰り出す槍をことごとく弾いていた。そこで舞台は斜面へと切り替わる。
斜面を下へと滑るような形で両者は降りてゆく。もちろん攻撃の手はどちらもやめていない。斜面が終わりを迎えようとした時、オオブルが長い尾を使い織をよろつかせた。そして一気に織の上を取る。
『足場も無ければこの距離…終わりだ!
セパレイ……』
その瞬間、織はふわっと手にしていたソフィアを宙に投げ手をつき転がる途中で回転し立ち上がった。そして自らも地面から足を放し、同じく空中に浮かぶオオブルに向き…
『いったい、何をする気だ!?』
『何も、刺したり突いたりするだけが槍ではござらんっ!…
ソフィアを体の捻りを用いて投擲した。
放たれた槍はオオブルの心臓近くを穿つ。
『ガッ……威力はあるが、そんなんじゃ貫けねぇぞ!!おおおお!』
ようやくオオブルの爪が織に襲いかかる。
織は現在丸腰状態。派手に転びながら回避するしかなかった。
両者は坂を抜け、川のせせらぎが聞こえるちょっとした河原に出ていた。斜面での木や砂利なので少し負傷した織だったがなんとか窮地を脱したのだった。
「織さん!」
斜面の方からソフィアが人型で降りてきていた。
『なら、先にスピリードからやってやる!』
オオブルは標的をソフィアに変え攻撃を仕掛けたがギリギリのところで槍の姿をとり織の手の中に戻った。
『クソッ!』
「もう、私びっくりしましたよ!これからは先に言って置いてくださいね?」
『す、すまんでござる…』
ソフィアは織に文句を飛ばしたがすぐに本題へと切り替えた。
「これからどうしますか?私の攻撃力ではあの人の硬い体を傷つけることはできません。…これでは貴方の身が先に参ってしまいます!回復もそろそろ限界が近いですし…」
ソフィアが心配そうな声で織の体を心配していた。実は先程の大技での傷を治すため力を使い織には魔力はあまり残されていない。
『大丈夫でござる。…そろそろ色づくでござるよ…』
そうして織はスッと目を閉じて槍を静かに構えた。右手で後ろの方を持ち、左手を添えて槍を支える。突き技の構えだ。
『いいぜ?鬼ごっこは終わりだ。これが正真正銘の最終決戦だ!』
オオブルも構えた。こんどは単爪ではなく両爪。黒いオーラのような揺らめきを手から放っていた。
『『はあああああっ』』
刹那、小川の水しぶきが上がった時双方は激しく交差しそして静止した。
『残念だったな。何度やっても変わりはしねえ。リーチが長くともお前の攻撃じゃ俺は……ゴッ…ゴファ…』
「どう、して…」
ソフィアが驚きの声を思わずあげるのも無理はなかった。なぜならオオブルのセパレイトクロウが当たる前に織の放った槍がオオブルの胸部を穿ちそして硬い皮膚が嘘であるかのように口から血を流させ膝をつかせていたからだ。
『て、てめぇ!ガ…ゴホッ、ゴフッ…なに、しやがった!』
『確かにお主の外面は硬い。どのような攻撃をしても無理だろう。だが、中身はどうでござる?拙者の流派にはこのように攻撃の威力を貫通させるだけの技も多い。だがお主には一振り、いや一槍ではきかぬ。故に三度ほど穿っただけでござる。
そう秋の風に少しづつ彩られてゆく葉のように…三槍目。』
『瞬華愁刀流
『さぁ、【影呑み】について知ってることを話すでござる。そのためにあえてずらしたんでござるから…』
織とソフィアは上から仰向けで日の光を浴び、空を仰いでいるオオブルに質問した。
いつのまにかオオブルは人の姿へと戻っていた。
『クックッ…ハァ、勝負に負けただけじゃなく、まさか最後に手加減されたとはな…完敗だよコノヤロー』
オオブルは豪勢に笑って続けた。その時。
『そうだな…話してやりたいのは山々だが…クソ時間かよ。』
オオブルの周りに魔法陣が発動し、何かの文字のようなものが彼の体にまとわりついた。かと思うと突如……発火した。
『ど、どうなってるんでござるか?どこから炎が?…………消えないでござるっ!』
「恐らく呪いの類でしょう。しかし、それは魔術師にしか…」
慌てふためく二人を尻目にオオブルは落ち着いて答えていた。
『消えねぇさ。…これはウチのボスが付けさせた呪いだ。体に術式が埋め込まれて、魔力の低下やその他諸々の体の状態を確認して戦闘不能と見なせば自動で発火する。早い話し口封じだな。』
痛みと熱さに苦悶の表情を浮かべていたが構わず続けた。
『どうだ女?これで念願の敵討ちだぜ?』
するとソフィアはひと睨みしたのちすぐに首を左右に振った。
「確かに貴方は絶対に許しませんし、神も貴方を許しはしないでしょう。しかし貴方は生きて罪を償う義務がありますっ!」
『言うねぇ、まさかこの俺に聖女サマからじきじきの説教とはな…』
さらにオオブルを包む炎は勢いを増していく。
『そうだな………だが、そこのサムライ?だっけか?の武勲に敬意を評して少し教えてやるよ。……【影呑み】の幹部は残り四人だ。その上……に、ボスがいる。…ボスは戦闘力というより心が、信念がおかしいヤツだ。…お、俺以上にな。何かが内で暗く強く燃えてやがる…』
織の考えた以上に【影呑み】は大きく恐ろしい組織であることが分かった。
『まぁ……せいぜい消ぃつけることだな…』
そうしてオオブルは灰とかし、風に流されレゴナスターの空に広がっていった…
「…で?」
織はあれから二、三日経ち、王宮に事件のことを報告した後久し振りに家へと帰ってきていた。玄関にはファリアナが立っており、誰が見てもご機嫌斜めで虫の居所が最高に悪いようだ。
『で…というのはどうゆうことでござろう?』
織が引きつった笑顔を向けて応対すると
「いやぁ〜フーリ・ワン・ハードから大体の事情は聞いてるわー。アタシというものがありながら、他のスピリードで敵を倒してきたんでしょ?フフフッお手柄じゃない!」
その時のファリアナはとても暗く恐ろしい笑顔だった。
『で、では何故そんなに怒ってるんでござるか?』
「怒ってなんかないわよ?ただ…ただね…」
一息ついたと思うとファリアナは突如爆発した。
「どうして、その女がここにいるのよっ!」
『え、………っと』
織が驚いて飛び上がり、ゆっくりと振り返りどうしようか迷っていた時その女の人が一歩前へ出て自己紹介を始めた。
「ふふ、初めまして。慈愛神スズラント様の使徒ソフィア・ロッドと申します。今日から織さんのいえ、
実はソフィアのいた教会の子供達はウィルが王室権限で面倒を見てくれることとなり、ソフィアはウィルの頼みもあり正式に織の新たなスピリードとなることになったのだ。
「あのねぇ、コイツにはアタシ一人いれば十分なのよっ!だからわざわざこの家に居座らなくても大丈夫よ?」
それでもファリアナは食ってかかっていた。
「あらあら…ですが私には主人様に返しきれないほどの恩がありますし、何より、ねぇ…?…それに、あの時ファリアナさんはいませんでしたし?」
ソフィアは織の方を少し見て頬を赤らめながらも的確にファリアナの落ち度を指摘した。
…二人の間でバチバチと視線がほとばしり交差した。
『…この家がさらに騒がしくなったな…はぁやれやれ。それにこれから色々忙しくなりそうだ。』
ニックはフッと笑って肩を竦め、織たちの方へと歩いていった。
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