第7話 聖女の想いに癒されて
『それでは、拙者はこの辺りで。お茶ごちそうさまでござる。』
そう言って織はイスから腰を上げた。
あれから、ソフィアに教会の応接室に通され今まで飲んだのとのない黒い色の少し苦いお茶を飲んでいたのだった。
『そう、ですか。…またよろしければいらして下さい。あの子達も喜びますし、“さむらい”のお話ももっと聞きたいです!』
ソフィアは少し残念そうにしながらイスを立ち上がった織を見ていた。
織は少しの時間しか経っていなかったが、ソフィアを含め教会の子供達とかなり打ち解けていた。自分の覚えている範囲での出来事や、
『それにしても、転生の方が元々スピーリードが無いなんて珍しい話ですね…今はさっきお話に出てきた人と?』
『そうなんでござるよ。とても頼れる仲間でござるよ。』
ソフィアは玄関へと向かう道すがら、まだ少し名残惜しそうに織に話しかけていた。問いに対して織はとても朗らかな笑顔で答えていた。
『…そふぃあ殿こそ、子供達がいるとは言え、ずっと山の中のこの教会で過ごすのでござるか?』
織が今度は尋ねてみると…
『…実は私自身がどうしたいのかわからないのですよ。今の子供達を見放すことは絶対にありえません!…ですが少し外の世界を見て見たいなとも思うのです。実は私も親元が無く孤児院で育てられました。成長して気がつくと神の使徒として主に仕え、巷では【聖女】などと呼ばれるまでになりました。…一つのことをただ、ただやって来たからこそ色々なことが世界が…私には分かりません。』
ソフィアは少し俯いて、織の後ろを少しずつ付いて来ながら空気を吐くように静かに話した。
『…そふぃあ殿?』
『…あっ!いえ、そのなんでもないです。』
織が不思議そうにソフィアの顔を見ると、ソフィアは慌てて被りを振った。
そしてソフィアは話題を変える。
『話は戻りますが、織さんご自身のスピリードは捧げたりしてないんですよね?』
織は意味が分からず、首を傾げて聞き返した。
『捧げるとは一体なんのことでござるか?』
玄関まであと少し所でソフィアが何やら話そうと色つやのいい唇を少し動かそうとしたその時、いきなり扉が勢いよく開かれて傷だらけの男が倒れこむように入ってきた。
『…ジムさん?ジムさんじゃないですか!どうしてこんな…』
ジムと呼ばれた男にソフィアが駆け寄った時、ソフィアの細い腕を倒れたジムがしっかりと握った。織は何事かと身がまえると、ジムはカッと目を見開き、何かを伝えようとしていた。
『や…はぁっ…は…奴だっ!』
『や、奴?』
『あいつだ!二年前、ソフィアちゃんがいた孤児院を襲った奴だ!…い、今街の方で騎士達が相手してるがおそらく、無駄だろう。進路からして…こっちに向かって来ている!』
傍で聞いていた織がソフィアを見てみると恐怖からなのか震えていた。
『そ…そんなっ!あいつがでも一体どうして!?どうしてなのっ!?』
(これはいかんでござる!)
ソフィアはトラウマからなのか、両手で胸を抱え込むようにして涙を浮かべて震えていた。そこで織はソフィアを一喝した。
『少し落ち着くでござるよそふぃあ殿っ!
まずはこの方の手当てと子供達の避難を
急ぐでござる!!』
『はっ…わ…分かりました。ですが追いつかれたりなどしたら…』
行動しようとしていたソフィアだったが最悪の状況を考えてしまい、足を止めてしまった。そんなソフィアの肩にを織は力強く手を置いた。
『大丈夫でござる。…拙者が天秤番として全力で皆を守るでござる。』
織の顔を見てソフィアは涙を拭い、ジムを支えて歩き出した。
『ありがとうございます。子供達やこの人はお任せください。後は織さんお願いします!力をお貸しください。』
『承知!』
『…スゥーハァー。ハハッどんどん近づいてやがる!臭うぜ…俺の獲物のニオイがするっ!』
あれから少したち、一人の男が教会前にやって来ていた。
若い男で、織と同じ黒髪。心底楽しそうな笑みの間からは鋭い犬歯が光っており、目はそれこそ獣のように赤く爛々と鋭い煌めきを宿していた。
男は教会前の広場に足を踏み入れた時に目の前に一人の少年が立っていることに気づいた
『…誰だお前?全然しらねぇーニオイがするな…おい、お前死にたくなけりゃ引っ込んでな!今の飢えた俺ならなんでも噛み付くぜ?』
さらに男はどう猛な笑みを浮かべて目の前に佇む少年、つまり織に警告まがいの脅迫をした。
『そう言うわけにはいかないでござる!皆を守ると約束した故な。……一つ聞こう。お主が【影呑み】か?』
織がそう尋ねると、明らかに目の前の男は顔色を変えた。
『お前、一体何者だ?……まぁいいぜ?そうだ!俺が【影呑み】の一員オオブル
だっ!』
オオブルと名乗る男は両手を広げて織に影呑みであることを堂々と明かした。
(…一員ということは組織か何かがあるんでござろうか?)
『目的は何でござる?』
織は一瞬考えたのち、オオブルのここへ来た目的をおおよその検討はついていたが聞いてみていた。
『目的?…プッ…アッハハハハハハハハァァァッッ笑わせるじゃねーか俺ぁ目的聞かれたのなんて初めてだぜ!そうだな…確かに仕事もあるんだが…一番は本能とプライドかな?』
『本能とぷらいど?』
織が色々な意味で混乱していたなかオオブルはさらに続けた。
『だってよぉ、この俺があろうことか数十人も殺し損ねたんだぜ?あれからそればっかが気になってムシャクシャしてたんだよ…だけどまたこうしてニオイを感じた!だからこそわざわざ殺り直しにきたんだよ!意地とプライドに賭けてなぁ!』
織は今までに感じた事のない悪寒を背中に感じていた。目の前にいる男が果たして本当に同じ人間なのかとひどく疑った。いや最早人間ではないと思った。そしてそれと同時にひとつだけ改めて確信した。
『なるほど、外道なお主の考え共感は死んでもできんが理解はできた。そして…』
織は静かに臨戦態勢に入り、静かだが激しく鋭い眼差しをオオブルに打ち込んだ。
『お主を尚のこと絶対に通すわけにはいかん!…倒れる気は毛頭ないがどうしてもというのなら拙者を倒してから行け!』
対してオオブルは鼻で一つ笑い飛ばして、殺気を体全身に巡らせ体を低くした。
『おもしれぇ、メインの前の前菜料理と行こうじゃねーかっ!!!』
瞬間地をけり両者とも一斉に飛び出した。
オオブルに迫る手前織は右手に意識を集中させた。
『行くでござる!ふぁりあな殿!!』
だがしかし織の周りには何も起きなかった。
『丸腰なんていい度胸だなオイ!』
『クッ…』
オオブルの手から放たれた謎の鋭い一刺しをギリギリでかわす織。前髪が少し宙を舞った。
ズサァァーと後方に流れて織は状況を必死で整理する。
(どうしてでござる?この前、うぃる殿を助けた時はうまくいったはず…これではまるで…)
織は不意に初めてこの異世界にやって来て自分のスピリードが出せなかった時のことを思い出していた。
オオブルの攻撃にも謎が多い。素手のはずなのに攻撃した地面には鋭いもので削ったような跡が残っていた。
『これじゃ、前菜にもなんねぇえよ!…さっさとくたばりやがれっ!』
オオブルの鋭い乱撃になんとか身を曲げたりくねらせたり移動したりして避けていた。
その際、一瞬しか見えなかったが…
(爪でござろうか?なんだあれは?)
オオブルの両の手が黒く大きな獣の爪のついた手に変容しているように見えた。
疲れることを知らないのかその攻撃により地面や空が避ける音は鳴り止むことを知らない。
『…クッ…まずい…でござる』
時間を重ねるごとに、徐々にオオブルの攻撃が当たるようになって来ており織の腕や至る所を掠めていた。そして織はまたもあの大きな木に背後を取られ追い詰められてしまう。
『残念だったな…心配すんな、引き裂いて、噛み砕いてキレイに殺してやるからなぁ!』
爪の手を大振りに振り上げ織を八つ裂きにしようとした直後、少し後ろから叫び声が聞こえた。
『織さぁぁぁぁぁんっ!』
オオブルも織も振り返るとそこには逃げたはずのソフィアがいた。そして何かを投げた。
『あの女確か…なんだ?なんか飛んでくるな…木の棒?』
ソフィアから投げられたのは茶色の刀。すなわち木刀だった。
それを織は右手で受け止める。
『そんな木の棒ごときで一体なに…』
『瞬華愁刀流 夏型 -
『な、何!?グッ、ガアァッ』
木刀を受け取った織は斜め下から首筋近く狙い、下から思いっきり振り抜いた。その閃まさに蜻蛉が宙を斬るが如し。
オオブルはその場に沈み込み、その隙に織は距離をとりソフィアの近くにまわった。
『どうして、まだ逃げてないんでござるか?
ここは今至極危険な状態でござるよ!?』
『ごめんなさい。ですが一人足りないのです!…もしかしたらここに戻って来ているのかと思って。後、私はやはりあなたを一人になんてできませんっ!!』
『そふぃあ殿…』
織は一人足りていないことに不安を感じたが、身を案じそろそろ立ち上がるであろうオオブルに向き合った。
つもりだったのだ…
『えっ…』
気がつくとオオブルの姿は無かった。逃げたという可能性は低い。だがその場には気配どころか音もしなかった。
『!気をつけるでござる、そふぃあ殿!奴のすがた…』
ザンッ!ブシュー
織が自らの体に意識を向けた頃には既に遅かった。
目の前にいたのは正真正銘の二足歩行する真っ黒な獣で大きな爪は織の左肩付近に痛々しく刺さって食い込んでいた。
『あっああああアアアアアア、どう、して』
すると目の前の獣は、爪を織から引き抜き、人の喋る言葉を話した。
『俺をこの姿にさせたのやつは久しぶりだ。
前菜かと思っていたが…だがこうなっちゃお前に勝ち目は微塵も無い!』
少し離れたと思ったがオオブルはさっきよりも数段速く、数段重い攻撃を繰り出してきた。
『うっああ、ガハッ……』
対して織は左肩を抑えて、ただ立ち尽くすばかり。木刀も折れてしまい、織の体にもまるで布を針で刺した後のように穴が無数に付いていた。
『ああっ織さん!!』
織は傷つき今にも倒れそうだが、なんとか立っていた。ソフィアは動けずにいた。
(私なら…助けることはできる。…でも、この状況を変えられないっ。)
そうこうしている間に織が今にも倒れそうなった時どこからかいきなりオオブルの目の前に思わずソフィアも目がくらむほどの閃光が炸裂した。
『グアアアアアア、なんだコレ!?』
織は折れた木刀で体を支え、片膝をついた。
そこにソフィアが駆け寄って来たかと思うと、すぐ目の前から聞き慣れた、頼もしい声が聞こえた。目を開けると…
『ったく…本当にお前は手のかかるサムライだよ。目を離すとすぐこれだ…』
フサフサとした毛並みを風になびかせ織のサポート妖精犬のニックが織をジト目で見てため息をついていた。
『…に、に、にっく殿ぉぉ〜』
織はニックに思わず抱きついていた。
『お、おい離れろって…おおいっ!おま、血みどろじゃねーか!寄るなっ毛並みが汚れる!』
『す、すまんでござる。…拙者にっく殿の男らしさに感極まり…しかしどうしてここへ?…そうだ拙者、ふぁりあな殿を呼べないんでござるが!?』
織はニックから離れ慌てて状況を説明し始めた。
『…まぁ落ち着けって。ただの“炸裂光石”でもまともに目の前にくらったんだまだ余裕はあるはずだ…ここへ来た理由?お前なら絶対にまずいことになってるって思ったからだ。サポートとしてな。お前はかなり特殊だからそのせいでファリアナを呼べないんだろう。…それはさて置きまさか【異端者】とはな』
『い、イタンシャ?』
織がぎこちなく聞き返すと、目の前でのたうち回るオオブルを見てニックは説明し始めた。
『この世界ではな、別に転生者だけがスピリードを使えるって訳じゃねぇ。元々この世界にいるやつだって誰しもその素質をもっていて開花させる奴もいる。フーリ・ワン・ハードみたいにな?だが稀にスピリードを発現させずに別のものへと変容させるものもいる。それが【異端者】だ。まぁ、後一つ可能性としてはあるんだが…』
ニックはさらに続ける。
『奴らは言わばスピリードを、魂を贄として別の能力を得る。つまるところアイツのあの姿は間違いなくそれだ。』
ニックの説明にソフィアが思い出したように付け加えた。
『創造神、ニテド・コミナ様が定めたスピリード。それに逆らい力を得るから【異端者】
と呼ばれていると聞いたことがあります。』
ニックがソフィアを振り返った。
『おい、織。誰だこのねーちゃんは?』
『ああ、この教会のお手伝いさんで、神のしと?のそふぃあ殿でござる。』
『ほぉーー』
ニックは何か気になる様子だったが織は気付かずに話を先へと進めた。ちょうどオオブルが立ち上がったからだ。
『この後何か考えてるのでござるか?』
『ここは、一旦引いて体制を立て直すしかねぇ。その傷じゃどのみち無理だし、そもそも
織とソフィアが同意して、その場を離れようとした時、ドサっと小さな音がやけに大きく響いた。
三人だけでは無い。オオブルまでもが音源を見ると、そこには紙袋を落とした少年が呆気にとられて立ち尽くしていた。
『ショウキ!…やっぱりまだ……逃げなさいショウキっー!』
ソフィアが力の限り叫んだがショウキは動けなかった。なぜなら…
『ちょうどいい。イライラしていた所に…ククッ…糖分投入ってか?なら遠慮なく…』
血走った目で、必ずその罪なき命を奪う手でオオブルはショウキの遥か上から飛びかかった。
『 』
ソフィアが声にもならない悲鳴を上げた時、爪は振り降ろされた。しかしショウキは無事だった。だが…
『ゴ…ゴフッ…カッ』
その場には一歩も動けないはずの織がいて、ショウキを庇い自らがおぞましい爪の犠牲となっていた。
『また、てめぇかっ……いい加減にしろ!』
そう言うとオオブルは刺さった織をそのまま後ろへと吹き飛ばしたのだった…
-自分はこのまま死ぬのだろうか。
ニックやファリアナ、知り合った人たちに何にも言えずに…
織の意識は暗く冷たいまるで底のない海の中へとゆっくり落ちていくようだった。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。ほんの少しの光さえも…
(ははっ…こうなってしまっては拙者はもう…
何もできぬな。)
《お前はそうしてまた何もしないで落ちていくのか?》
織にはその時不意に声が聞こえた。どこかで聞いたようなひどく懐かしい声。
《まだ、お前には立ち上がるための力があるはずだ。…何も見えない?聞こえない?感じない?そんなものは戯言だ。見えないじゃねぇ見るんだ。聞こえねぇじゃねぇ、聞くんだ。感じねぇじゃねぇ、感じるんだ!そうすれば…》
『うっ…はっ!拙者は…?』
織の意識はこちらへと戻ってきていた。
どうやらまたソフィアに膝枕をされているようだった。だが、織の体は暖かい光に包まれていた。
『そふぃあ殿?これは?』
織の体の傷は驚いたことにどんどん塞がっていた。
するとソフィアが涙を流したまま織の頭を抱きしめた。
『ごめんなさい。…本当は、私はスピリードなんです。私の能力は【回復】。それでなんとかこうして貴方を助けることができました。…ですがもっと早く明かして能力を使っていればこんなことには…私、怖くて都合のいい理由をつけてっ、何も…できなかった。』
『そう、でござるか…実は拙者も少し違和感を感じていたでござるよ。おそらくにっく殿も。なにはともあれ拙者がこうして生きているのもそふぃあ殿のお陰でござるよ?』
織はニッコリと優しく笑って続けた。
『それに、拙者も恐怖に駆られ一歩も動けず助けられなかった人たちがいたでござる。その点、そふぃあ殿は拙者をいやおそらく先程の男の人も、子供達もちゃんと助けていたのでござろう?立派でござるよ。だから涙を拭くでござる。』
『えっぐ…し、織さん…』
ソフィアは感極まり、また大粒の涙を流しそうになったが織に言われて袖でぬぐった。
『それで、あの少年は?』
『…は、はい。あのワンちゃんが誘導してくれて森の中へ。貴方を私に助けて欲しいと言い残して。』
『そうでござるか。ひとまず安心だがどうしたものか…』
その時その顔の近くで織と目が合った。
同時にソフィアは胸のうちから込み上げてくる熱い何かを感じた。
(な、なんだろうこの感じ。こんなの初めてです…!)
むくりと起き上がった織の服装は上半身はなにもきておらず、したもボロボロだった。
胸にあったはずの大きな傷は跡形もなく塞がっている。
『さて、取り敢えず追いかけるでござるか……。』
『あ、あの…織さん!』
『?…どうしたんでござる?』
織は見ると顔を赤くしてモジモジしていたソフィアがそこにはいた。そしてつぎの瞬間思い切り抱きつかれて…
『えっ、ええええ!?』
『私を…私をお使いください!』
どういうことか全くついていけずに見返すと
ソフィアは続けた。
『見ての通り、私は回復しか出来ません。性能もあまり良くありません。…ですがもう見ているだけは嫌なんですっ!だからお願いします。貴方やみんなを守らせてください。貴方ならきっと私を使えると思います。』
ソフィアの熱意に何かを感じたのか織は無言で頷くとソフィアの手を取り森の中へ走り出した。
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