第5話 王の頼みは明日への光
織は覚えている限りでおそらく、この手紙が一番重要なものだと思った。
豪華ではあるが、鼻に付くような嫌な感じはせず綺麗な文字でしたためられていたため、豪華というよりむしろ高貴な感じのするものだった…
『…ゴクリ。お前、これどうしたんだ?』
ニックが慎重に当の本人に聞いていた。
『………いや、拙者にもさっぱり…。』
織が手にしている手紙それは自分たちが今いる国すなわちダレイトリー皇国の国王からの直々の参上指令書だった。
もちろん、織達にはなんのことかはさっぱりだった。
一応自分たちが今いる所から王城まではさほど離れてはいない。
すると目の前でデザートを堪能していたファリアナが核心めいた事を言い出した。
「むぐっむぐ…それって前の山の事故のことなんじゃないの?あそこの宝石とかって王様に届けられるんでしょ?」
コイツ、地味に鋭いな…
ニックも同じくそう思っていた所だったのだ
『弁償とかさせられるんでござろうか!?』
織は慌てて頭を抱えた。
しかし彼らの資金力では…
『無理だな。』
「無理ね。」
『じゃあどうするんでござるかぁぁぁっ!』
ついに織は発狂したが、現実は変わらない。
『…もう行くしかねぇだろ。』
ニックの一言で次の行き先は完全に決まった。
ダレイトリー皇国。つまるところこの世界、この大陸において実に三番目の国土と人口と経済力を有する大国。その首都つまり王の居城が位置するカラダットは中でも一番の賑わいを見せている。ちなみに居城は中央の一番奥にあるのだ。交通の便もよく、バスや電車など俗に言う公共交通機関が充実しているため案外誰でも簡単に行くことができる。しかし王に謁見しようと思えば話は別だ。選りすぐりの騎士達が一日中警備を固め何物も寄せ付けない。当たり前のことだが大国ダレイトリーは軍事力の面においても優れているのだ。
『…すごいでござるな。この“ばす”と言うものは。音を立てて進んでいるのにこの安定感そして速さ。』
「なにアンタ、バス乗ったことないの?」
退屈そうに窓枠に頬づえをついて窓の外を見ていたファリアナが意外そうに応答していた。
『そうなんでござるよ。いや全くこの世界は本当に目新しいものばかりで…そういえばこのばすというのはこちらの世界できたものなんでござるか?』
ペットお断りと止められて、織の座っている膝の上で完全に拗ねていたニックに織は視線を落として聞いてみた。
それに対してニックは至極どうでもいいように暗いトーンで一言。
『…お前の世界にもあるよ。まぁこんぐらいのもん見たかったらあと元の世界で百年ないし二百年長生きするんだな。』
『………………………………。』
ファリアナはいつのまにか寝ている。
ニックはこれ以上喋らない。
何故だろう…この一体感の無さ。…なるほど緊張しておるのか。そうかそうか。…本当に緊張のせいでござろうか?
織は自分がむしろはしゃぎ過ぎたようでどことなくそうでもないような、言いようのない空気にどうすることも出来ず目的地に到着するまで流れ行く景色をずっと眺めていた。
三時間ほど揺られ、途中で降りて徒歩で少しの距離を行くことになった。少しと言ってもかなりの数の人混みを歩くのは容易ではなかったのだが…
足を踏まれたり、後ろから押されたり散々だったが一向はなんとか最後の坂道を上がりきり門の目の前に立っていた。
門の前だというの既に高貴な威圧感が漂っていた。
城の高さは雲にも届きそうなもので奥行きは目視することができないほど。城の色は何者にもとらわれないような純真な白色で所々に彩られている、国旗の色でもある藍色がより城の放つ光を際立たせていた。
『…!貴様ら止まれ。此処に一体なんのようだ?』
門のすぐ近くに立っていた鎧で武装した体躯の良い門番に止められた。
『怪しいものではござらんよ!…そうだ此処に王様よりいただいた文があるでござる。』
織は慌てて、ニックに言われて懐に一応入れていた手紙を門番の兵士に提示した。
『むっ…確かにこれはダレイトリー様の公式文書。しかし…』
『うん?』
『なんだ?』
「はぁぁ?」
兵士の考えていることは分かる。
一人は小綺麗に洗濯はされているがヨレヨレの服装をしており黒髪もボサボサだ。
一人?一匹?はおそらくサポート妖精であろうか?そもそも犬だ。
もう一人は女で態度がでかく何故かガンを飛ばしている。一応服装はまともだがいささか目のやり場に困ってしまう。
兵士が判断に困っていると後ろから初老の女性が歩いてきた。
『これはこれはフィールさん。どうしてこのような所へ?』
フィールと呼ばれた女性は背筋はしっかりしており、何歳にも若く見える人だった。黒い落ち着いた服を着て腰にエプロンのような白い物がまかれていることからおそらく侍女かなにかの人なのだろう。
『今日もお勤めご苦労様です。…実はその人達はダレイトリー様のお客様なのですよ。見えたら案内をとこの私が命をうけておりますわ。』
『そうでありましたか。これは失礼なことを…どうぞお通りください。』
『は、はぁ』
織達はそうしてニッコリ微笑んで先を促すフィールに付いて行くこととなった。
『先程は失礼致しました。申し遅れました私はこの城の侍女長をしておりますフィールと申します。この度は貴方達の案内役を仰せつかりました。』
立ち止まり深々と頭を下げるフィールに織達もつられて頭を下げた。
『なるほど。侍女長さんか。さっきの門番と言いあれからしてかなりやり手らしいな。…(ボソ)』
『…そうみたいでござるな。(ボソ)』
長い廊下を少し歩くと大きな扉の前に着いた。両端には数人の侍女が控えていた。
『あの、此処は一体?』
『ダレイトリー様に会う前に少しばかりお召し物をお変えになりませんか。一応貴方様がたはお客様様なのですが…出過ぎた事だったでしょうか?』
どうやら織達の服を見て、恥ずかしくないように配慮してくれたのだろう。
確かにこれでは失礼だったかもしれないと織は反省した。
『それではお願いするでござる。』
そうして二人プラス一匹は部屋の奥へと入っていった。
少し経って一番初めに出てきたのはニックだった。体をシャンプーされ毛並みが綺麗に解きほぐされている。
今度は意外な人が出てきた。
『おお、早いじゃねーかって誰だお前?』
ニックの目の前にいる女性は肩ほどの長さの髪をさらり側面で流し後ろではポニーテールを作っていた。上も下も黒色のスーツでネクタイはしていない。落ち着いた秘書のようにも見えた。
しかしニックは見覚えがあり、可能性として残された答えを口にした。
『お前…ファリアナか?でもなんでそんな格好してるんだよ?』
目の前の秘書もといファリアナはダルそうに赤みがかった茶髪をガシガシと掻きながら答えた。
『仕方ないじゃない。ドレスとか一応あったんだけどその…、さ、サイズが合わなかったのよっ!』
(サイズ?サイズって?…いやまさかな。)
そう思いつつもあるところに視線を向けると…
ファリアナは自らの胸を隠すように赤面して
ニックを睨んだ。どうやら間違ってはいないらしい。
『おお、二人ともとても似合ってるでござるよ!いやはやまさかこちらにも着物があるとは驚きでござる。』
そう言って織が最後に出てきた。
上は藍色の生地で線がはっきりわかるほどピシっとしていた。下は灰色で相変わらず
『お前も本当に服一つで変わるな…まぁ持ってるものはいいわけだからか…。』
『ま、まぁ馬子にも衣装って感じでその…いいんじゃない?』
ファリアナは素直に褒められずにいた。
『ふふふ、皆さんとてもお似合いですよ?
では参りましょうか。王がお待ちです。』
『はいっ。』
とうとう王と対面する時がきた。
豪華で巨大な廊下を歩き、これまた豪華な扉をくぐると赤い敷物の先にはこの国の王が鎮座していた。
織達は辺りを見回してみると二十人ほどだろうか?王へと続く道の左右両端に一列に立ってこちらを値踏みしていた。
そしてようやく王の前にたどり着き、ひれ伏してから表をあげるとそこには…
『…な、うぃる殿!?どうして!』
『……』
「え、じゃああの時の人が王様!?」
織が落盤から救った老人、ウィルがあの時とは違い王としてふさわしい格好でゆっくりと座り織達を見て微笑んでいた。織はあの後すぐにいなくなったウィルを気にかけていたのだった。
『貴様ら、王の御前で無礼だぞ!』
『す、すまんでごさる…』
『いや、良いのだテレフル。話を先に。』
そうウィルは静かに家臣に話の先を促させた。
『ハッ。…雛方織、そしてその目付のニックとスピリードファリアナ。此度はダレイトリー18世、ウィルベント・ダレイトリー陛下の命を救っていただいたこと誠感謝申し上げる。大義であった。褒美を与える。それは…』
そこで家臣のテレフルは話をやめた。
なぜなら見るとウィルが玉座からゆっくりと降りてきて織の前に立ったからだ。
周りの家臣も動揺しているようすからアドリブのようだ。
『織殿。助けて貰った手前こんなことを頼むのもどうかしてると思うのだが、どうかこの儂の【
すると今度は明らかに周りの家臣や騎士達に動揺がはしっていた。
『へ、陛下そのようなこと聞いてはおりませぬぞ!』
『そもそも、あれはフーリ・ワン・ハードに任命すると先の会議で決定したではありませぬか!どうしてその様な者に!?』
ザワザワと騒がしくなる中ニックがウィルに尋ねた。
『…その【天秤番】というのは?』
『そうじゃな、【天秤番】とは数年前各国の同時会議で決定した制度のことじゃ。
この世界レゴナスターは必ずしも織殿のような転生者ばかりではないんじゃよ。あくまで自由な世界。だがそれは転生者の中だけの話でこの世界で生まれ生きている者達にとっては転生者の自由に付き合ってはたまらない者達もいる。だからこそ悪事を働く転生者やその他の人を各国の王が選んだ最も信頼できる者を一人共通の安泰の守り手として任命する。その【天秤番】に織殿を選びたいと申したのじゃ。』
(なるほどな。王が自ら選んだ者ということは国王直属の騎士。それもいざという時は他国共通。おそらく、近衛騎士や並みの貴族よりも下手をすれば位がたかくなる。…まぁそれならここにいる奴らは確かに面白くない。)
ニックは全てを理解した。
『いや、でも拙者にそのような大層なことは手に余るのではござらんか?』
『いや、いや。儂は人を見る目だけには自信があってのぉ。織殿しかいないと思ったのじゃが…やはり無理かの?』
織は辺りは騒がしいが落ち着いて考え答えを出そうとしたその時、後ろから声が上がった
『お待ち下さい陛下!』
凛としたよく聞こえる声で騒いでいた家臣や騎士達は口をつぐんだ。
織は振り返るとそこには長すぎない薄い色の金髪の青年が立っていた。背は織よりも高く、線は細いのに鋼色の鎧の上からでも鍛えているとわかる体をもっていた。
『フーリか。申してみよ。』
『ハッ。私は陛下のご慧眼やお考えを否定する気は毛頭ございません。しかし一度はこの身が預かった大役。陛下の命の恩人とは言え、私自身実力や人柄がわからない以上代わりを任せることなど出来ません。』
どうやらこの青年が少し話に出てきた元々の適任者フーリ・ワン・ハードのようだ。
『なるほど…確かにそなたの申し出も一理ある。ではなにか周りの者もついでに納得させられる考えがあるのかの?』
少ししてからフーリは顔を上げウィルに進言していた。
『それは-…』
『で、結局こうなるんでごさるか…。』
織は元着ていた服に着替えてただの剣を握りひらけた中庭でため息をついていた。
周りにはニックやファリアナだけでなく他の兵士や侍女や庭師までもが見物にきていた。
そして目の前には同じ剣を構えたフーリの姿が。フーリの提案それは簡単に言わなくとも決闘で織の実力を試すものだった。
『…本当にやるのでござるか?』
『無論だ。どちらか死なない程度に決着がつくまでな。』
ニックもファリアナも押し黙っていた。
決闘を申し込むということはそれなりに腕には自信があるということだからだ。さらに両者スピリードなし。単純な実力勝負。
『両者構え。それでは…始め!』
テレフルの合図でついに決闘が始まった…と誰もが思ったその瞬間…
『な、に…バカなっ!』
フーリが慌てて体制を崩していた。無理もない。
なぜならそこにいたはずの少年は視界から消え、気がつくと自分の目の前にいて剣を振りかざしていたからだ。
『瞬華愁刀流 夏型-
織の一閃はフーリの胸を左斜め下へとえぐるように放たれた。しかしフーリはなんとか速さを合わし、己の剣で受け止めていた。
『ぐっ…どうやら実力はあるようだが…今度はこちらから行くぞ!セイッッ!』
火花が舞う。舞う。舞う。織は今まで見せたことのない速さでフーリも同じ速さ同じ力でまるで打ち合わせをしていたかのように剣と剣を交差させていた。
『それにしても、“
ニックが見たものは速さと強さを兼ね備え、なおかつ寸分の狂いもない斜め斬りだった。
「アイツ、アタシを使う時は今まであんなの使わなかったくせに…なんなのよ…」
ファリアナは少し膨れていた。
『…それにしても拮抗してるな?互角か?』
しかし、当のフーリは打ち合いのなかで奇妙な感覚にとらわれていた。
(おかしい。確かに同じ様にみえているがなんとなくこちらが上手くあしらわれている様な…)
そうこうして、おおよそ3分ほど経っただろうか。休みなく打ち合っている二人に変化が訪れた。
『…そろそろ、こちらも決めさせて貰うっ!』
『むっ……!』
そう言ってフーリが少し距離を取り大きく得物を振りかざして織に迫った。
そして…
ピシッッ…
『えっ!?…』
見るとちょうど織がフーリの一閃を受け止めた直後、二人の剣が同じように同時に砕けた。
その場でしばらく固まっていた二人だったが、少ししてから織が口を開いた。
『ふうー。刀が折れてしまっては決着はつけられまい。お互いの実力も見て取れたことだし、ここらで引き分けでどうでござるか?』
さっきの真剣さが嘘の様に織は笑ってフーリに提案していた。フーリは…
『…まさかっ!…い、いや。ああそれで構わない。』
こうして決闘は終わり、二人は改めてウィルの元へ行き跪いた。
『二人とも良き戦いであった。それで?フーリよ織殿はどうであった?』
問われたフーリはしっかりと進言した。
『はい、実力の問題は全くありません。任命してもよろしいかと思います。』
『そうか、そなたが言うのだ。儂の目に狂いは無かった。それで織殿、いかがかな?』
『はい。拙者も持てる全ての力を持ってその大事に当たりたいと思う次第でごさる。』
まっすぐウィルを見つめて織ははっきり答えた。周りの者も決闘を見たからか誰も反論しなかった。こうして織のこの世界での明確な目標ができたのであった。
『だとすると、織。色々な国とかに行くから益々寝床とか確保するのが難しくなるな。』
苦笑いを浮かべたニックとファリアナが後ろから近ずいてきていた。
『あぁ…確かにそうでござるな。』
現実を見て落胆している織に今度はウィルが諭す様に言った。
『それなら心配はいらんよ。この前のお礼も兼ねてテレポートが施された家と従者を用意させよう。お礼と言っても援助の方がしっくりくるのが申し訳無いが…。』
『家と従者!?拙者に?それは確かにありがたいでござるが……そうだ“てれぽーと”とは一体?』
「…それはね、魔術がほどこされた家のことよ。つまり、どこにいても今いるところのテレポート位置にいけば同じく施している自分の家に帰ってこれるのよ。…瞬間移動みたいな感じね。…後言っとくけどテレポート付きの家なんて滅多に住めないことなのよ!」
ファリアナが少し興奮気味に間髪入れずに説明した。
『つまり、寝床に困らないと?それはありがたいでごさるなぁ!…いや寧ろ世も末でござるか?』
しかし織は立ち上がってウィルに感謝を述べ、城内に戻り他の人との交流もはかりしばらくしてからウィルに頼まれた案内人とともに織達一向はその家へと向かって行ったのだった…
-その後城内にて…
『それにしても惜しかったですなフーリさん!ちゃんとした剣やスピリードなら軍配はあなたに上がっていたでしょうに…。』
織達が去った後数人の兵士が城へと戻る途中でフーリに話しかけてきた。
『そう、だな…』
しかし、対するフーリの返事はどこか上の空だった。別の事を考えていたからだ。
(…いったい何人があの少年の剣技を見極められただろうか?わざと剣を狙い、武器破壊に臨んだだけでなく、さらに自らの剣も折れる様に加減して引き分けを狙ったなどと…。いったい何者なのだ?)
フーリは織達が向かったであろう家の方角に目を向け今しがたの決闘を思い出し、右の拳を強く握った。
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