最終話「True End」
「まあ驚きよね、こんな単純な物で過去に飛ぶって発想が凄いわ。ゲーム感覚はゲーム感覚でもあなたの意識は向こうに飛んじゃっている訳だから簡単に外したりは出来なかったけどね、何にせよ過去はもう変わったはずよ…しばらく休憩しましょ、その後…」
青生が話している途中コンコン、というノックの音が扉から聞こえた。そして返事をする前に扉は開けられ、二人の白衣を着た女性がこの部屋に入ってくる。
「姉さん、探しましたよ、それにそこにいるのは…良太さん?じゃないですか」
ドア前に立っていた一人は青生の顔と全く同じで、あの湘南の海を想起させるような藍色の髪と同色の眼をしていた。それに顔の方も体格も、全く同じである、唯一違う点と言えば眼鏡をかけていない事くらいだ。
そしてその後ろからひょいっと出てきたのが…。
「はあ、相変わらず汚いですねこの部屋は…良太さん、研究に熱心なのは良いですが私達の事も考えて少しは綺麗にしてください…」
俺があの金曜日何度も何度も何度も見続けたあの人物…肌は透き通るように白く、髪と目共に春を想起させるような桜色だ、俺はこの人物を知っていた。
「桜田…結奈…」
「―――?そうですけど?」
俺はぽかんと口を開けて呆然と立っているしかなかった、一方扉前にいた桜田は何をそんなに驚いているのだという困惑の顔を浮かべている。
何がどうなって…それにこの青生に瓜二つの少女は多分…。
「琥珀!」
「っつ…」
先程まで横で淡々と喋っていた青生は扉前まで走り、勢いよく瓜二つの少女の体を抱きしめる。やはりそうだ、彼女は琥珀、青生の妹である。
確か青生の妹は死んだはずだ、なのに生きているし、青生自身がその事実に驚いている。
歴史が変わったのだ、助けられたのは沢良木雄輝や結奈だけじゃない、あの時本来交通事故で死んだいた琥珀まで助かったのである。
「姉さん、痛いです…」
「良かったぁあー琥珀ぅーうっ…琥珀ぅーお姉ちゃん今から助けに行こうとしたんだよぉっ…うっ…そしたらねっ…琥珀いぎでたっ」
「もぉ~何を訳のわからない事を言っているんですか、離れてください!」
青生の姿は先程まで俺に状況を説明してくれた雰囲気とは全く違い、妹の前でただ泣きじゃくるしかない、ただの妹思いの姉にしか見えない。その姿を見ているともはやどっちが妹なのかがわからない。
「はあ、ここ一応仕事場なんですからあんまり恥ずかしい姿見せないで下さいよね、って良太さん?どこいくんですか?」
黙って部屋から出ようとする俺に結奈は声をかける。
「悪いけど俺は退散させてもらうよ、この状況についていけないし」
「そうですか、でも掃除はしてもらいますからね」
結奈は小悪魔的な笑みを浮かべながらそう言った。だがその笑みを読み取ると、裏にはきっと何かありそうなくらいに不気味で、約束を守ると分かってるわよね…?というメッセージにも見えた。多分俺が彼女に抱えた精神的なトラウマが生み出した勝手なイメージなんだろうが、とりあえず…。
「か、片付けときます、絶対に…」
「よろしい」
結奈は胸を張りながら腰に両手を添えている。高校時代の彼女とは目つきや雰囲気も別人のように明るくなっている。俺は部屋を出て行き、彼女達から離れる。
はあ、女というものは怖い、今思えば俺が過去に飛んでからずっと悩まされ続けたのあの女がこんなにも変わるなんて。もしまだ彼女が病んでいたとしても、仲良くしようと思った。労働環境が少しでも悪ければまたいつ包丁でぶち刺されるか分からない。
「はあ…」
思わず溜め息をついてしまった。俺は過去を変えたのだ、目的を話したのだ、だがそれと同時にとんでもない物を色々と見てしまった、正直この先やっていける自信があまりない。
俺は思わず右手を唇に当てて、何か変わった仕草をしていた。そして左手の方は勝手にポケットにつっこんでいてタバコとライターを取り出していた。
そうか…体がタバコを欲しているのだ、自然にその動作が浮かんでくるという事は相当にストレスが溜まっていたのだろう。相変わらず記憶の方は思い出せないが、ポケットにタバコが入っているという事は喫煙者なのだな、と一人で納得し始める。
「はあ、だからお兄ちゃんとして教えるけどな、お前はもうちょっと男と遊べって、そんなんじゃいつまで立っても結婚できないぞ?」
「はあ?何よ偉そうに!にいににそんな事言われたくないし!」
「そうだよ雄輝、もうちょっと女の子に対してデリカシーを身に付けた方がいいよ」
タバコに火を点けようとした時、目に写ったのは白衣を着た女性二人囲まれている、悩める白衣を着た一人の少年だった。彼の今の心境が分かる、女は数が増えれば増えるほど厄介なんだ、だから俺も君の気持ちはよーくわか…あれ?雄輝だって?
俺は目に映る白衣を着た三人をもう一度よーく見てみる、彼ら三人が共通している事と言えばコーヒーを飲んでいることだ。
そして、女二人の顔がはっきりと視界に写った、右にいたのは紅色の鋭い釣り目の瞳に、同色の短髪の髪、その姿は過去に行ったときの者と全くといっていいほど変わっていない、あの委員長をやっていた赤井凛である。そしてその横、左にいたのは妹、いや俺が沢良宜雄輝だった頃の妹、明日香だ。
こちらは背も伸び、顔もすっかり大人びていたので急激な変化が分かった、それにしても俺の妹でも無いのに、自分の妹みたいな感じがまだ消えていなくて変な気分だ。
そして彼は振り返った、それは赤井凛と明日香が俺の姿を見て気づいたのか、じーっとこっちを見ていたからだった。
その少年の姿は、鏡で少ししか見ていなかったが覚えている、かつての俺自身の姿…。
「沢良木…雄輝…」
「あっ!先輩ちーっす!」
「こら、ばか兄貴、何よその挨拶!すみません良太さん、この馬鹿兄貴には私からみーっちり行っておくので」
「ははは、良太さんはそんなんじゃ怒らないってば、ねえ?良太さん」
全員はこちらを向くと同時に俺に話しかけてくる、良太…か…。
この時俺はようやく沢良木雄輝という存在から、小松良太という存在になっていたのを自覚した。
かつていた沢良木雄輝は別にいるのだ、元あった持ち主の居場所に戻ったといってもいいだろう。
「いいんだよそれで、明日香も凛も俺にもっと慣れ慣れしくしていいんだぞ?」
「ええ?本当にいいんですか?」
「わ、私はもう慣れ慣れしいと思ってるけど、じゃあ良ちゃんって呼ぶね!」
良ちゃんか…いかにも凛らしい呼び名である、俺はこいつらと壁を作らない事によって過去にいった事を少しでも思い出したかった、本当なら年齢も皆と同じが良かったけど俺はもうおっさんだ、少なくてもこいつらからしたらそう感じるんだろうな。
「なあ三人とも、今日暇か?暇だったら俺の奢りで飯にいかないか?好きなものたべていいぞ」
「えー本当っすか!良太!」
「はあ、にいには何でそんな適応能力が早いのか…でも好きなもの食べていいっていうなら私遠慮しませんよ?良太…君…」
「良ちゃんがそういうなら…私結構少食だからあまり食べないけどね」
「はあ、どの口がいいますかね、私の弁当いつも狙ってるあなたが少食って笑えますよ」
「うーっ、そんな事ないよ!」
ッゲ、そういえば凛ってかなりの大食いだったな…。
「なあ、やっぱお財布にやさしいところで…」
「だめですっ!」
きっぱりと明日香に断られる、確か俺の中にある記憶でも一度言った事は真に受ける面倒くさいタイプだ。
「やっきにっく!やっきにっく!」
「子供かって…でも私焼肉いいかな、食べたい…」
「さんせーいっ!雄輝も明日香ちゃんもそういうなら私も焼肉で!」
焼肉か…それなら食べ放題とかでうまくごまかせそうだ。
まあ店員さんには泣きを見てもらうことになるが、それも商売なので仕方のない事だろう。
それにしても早くも皆俺と気軽に話してくれていた、名前も全員したの名前で呼んでくれて、意外にも早く皆と打ち解けられそうだ。
何だかんだ俺は過去にいけて良かったと思っている、未だに結奈は怖いし、明日香はちょっとうざいし、雄輝は自分を見ているようで嫌だ。
でもこの関係ができたのは過去に飛んだからといえるだろう、俺は本来ありえなかったこの関係を大事にしていきたい。
俺の記憶はいつの間にか完璧に戻っていた、あの希EX3.24を作ったの日の事や、大学時代の記憶、全てにおいてだ。俺はあの機器を作り上げるまでに何回も挫折していたし、それを悟られないようにしていた。
そして大学時代全ての思い出をあの機器を作る事だけに費やしていたのだ。
そしてやっと…やっと完成したあの機器は何人もの人を救ったのである。
これはきっと最後まで挫折しても何度も何度も立ち上がり、挑み続けた勲章といっていいだろう。
狂気な彼女は何回でも俺を殺しにくる コルフーニャ @dorazombi1998
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