第18話 第十八話「タイムパラドックス」

しばらく俺は手元にある鏡を自分を写すようすに見続ける、すると頭が何か信号を示すかのように過去の映像が流れ込んできた。

「ぐぅぁ…」

頭部のあちこちがズキンズキンと疼く、頭を抑えてもそれが無くなる事は無い、今にも気を失いそうだ。膝ががくっと、地面につき、今にも倒れそうになったが、必死に堪える。

ここでもしまた気絶でもすれば、俺が思い出しかけてある記憶の全てが忘れるような気がしたからだ、何としてでも倒れる訳にはいかなかった。

「続けてくれ…思い出しそうなんだ」

「でもあなた…」

成人になり変わった青生さんは心配そうな目でひざまずいた俺を見ている。

「続けてくれ、頼む」

力を込めてそういうと、青生さんは困惑した表情を浮かべながらも、ため息をつき、話を進める。

「沢良木雄輝君が殺されたのはあなたが何度も体験したあの金曜日、動機は過去にあった男による暴行、理不尽に巻き込まれた雄輝君は初日のあなたと一緒、あの理科室で命を落としたわ」

全くといっていいほど彼女の言っていることに理解はできなかったが、黙って聞き流すことにする。彼女の一言一言がさっきから自分の本来の記憶を呼び戻すキーワードになってる気がするのだ。

「色々過去の事は調べつくしたけど、さっきも言った通り本当に手応えが無くてね、私は過去を変えようと本当に思っていたけど、結局の所その技術力が無ければ何の意味も無いの。私は何度も挫折しかけたわ、研究仲間にも手伝ってもらったりしたんだけどやっぱり駄目、そもそも過去を干渉や観測、そんな事過去の偉人達ですら成し遂げる事が出来なかったのに私ごとき凡人に出来る筈なかったのよ、でも今じゃそれも後悔はしていないわ、だってあなたという過去の偉人にも負けないくらいの天才が私の前に現れたのだから」

彼女のいうあなたってこのおっさんの顔をした俺の事なのか…。

「あなたは私を見つけると『興味深い実験をしてるんだな』とフレンドリーに話しかけてくれたわ、同僚や先輩達にも聞いたけど、今の日本の物理学者で彼に勝る者はいないと言っていたし、そしてあなたが私に目をつけてくれた理由は私と同じ過去を観測する研究をしていたからだった。私は少しでも何か掴める者があれば研究施設を借りて、人員を雇い、本格的に開発に取り組もうとしたけど、でもあなたはもうそれを立ち上げていたのよ、それに私より遥かに先を行く研究をしていたわ。もう機器もほぼ完成しそうだったし、私が研究仲間に入る隙も無いほどだった、でもあなたが私に声をかけたのは決して研究仲間に加わって欲しいとかそういう理由じゃない、私が過去を変える機器を作って、その後に何をしたいかの方に興味を持っていたのよ。あなたは私の話を聞いた後面白い程感動していたわ、私の話にこんなにも感銘を受ける人がいるなんて私もビックリだったけどね、あなたはその話を聞いた後全力で私の協力をしてくれた、過去を変え妹を取り戻そうと何度も言っていたわ。彼の説で言うと過去に飛ぶ事は無理でも、過去を変える事自体は可能だということだったからね。だから私が丁度その被験者に合っていたのよ。話を続けるけど、何で過去に行く事が無理かって言うと、誰かが過去に行く事は現在にいる自分自身を過去に飛ばすという事になる訳だから、本来過去にいなかった人間がその場所にいるって時点で大きな矛盾、つまりタイムパラドックスが起きるのよ。その時点で地球は崩壊する可能性もあるしリスクが出てくるわ。そこで問題がどうやって過去に行かず、過去を変えればいいのかだけど、本来過去にいる人間の意識を乗っ取り、自分自身が過去の人間になればいいのよ。…続けたいけどちょっと話が長くなりそうね、良かったらコーヒーでもいかが?」

「ああ、お願いします」

そう言うと青生さんは部屋を出て行った。

彼女が話している事は思い出せない俺からするとはっきり言って異常だ、だが彼女の言っていることのほとんどは何故か理解する事ができた。頭が青生さんの発言を決して拒否しないのだ。

「お待たせ、どうぞ熱いコーヒーよ」

「ありがとうございます…」

部屋に戻ってきた青生さんはトレイの上にコーヒーカップに入ったコーヒー二つに、大量に入った角砂糖のビンごと乗っけて、近くのオフィステーブルに置いた。

「椅子に座って、話を続けましょう」

「ああ、はい」

椅子に腰をかけると、目の前にあったコーヒーを啜る事にする。

熱い…。ベロが火傷しそうなくらい熱いコーヒーを勢いよく舌に流しこんだため、舌の痛みが伝わると同時に涙目になる。だが不思議な事に砂糖を入れていないこの真っ黒のコーヒーは苦くは感じなかった。

確か沢良宜雄輝は角砂糖をある程度入れないと飲めなかった筈だ。

今の言葉から俺が沢良宜雄輝じゃないという事を認めた事になるが、正直言うと鏡を見た時から自分が沢良宜雄輝と他の誰かじゃないかという事は考え始めていた。

それに少しずつだが記憶は戻りつつあるのだ、俺には明日香なんて妹はいない、言葉に変換しようとすれば英語が頭にぼーっと出てくる。

とにかく先程から自分と沢良宜雄輝が異なる点ばかりが頭に思い浮かんでくるのだ。

「さて、話の続きをしようかしら」

「ああ、頼む」

「ふふ、敬語、もういいのね?」

「からかわないでくれ、話を聞く限りでは俺の方が年上なはずだ、それに敬語じゃなくても違和感は無い、後俺は年上にでも敬語は使わない…はずだ」

「へえ、少し思い出してきたんじゃないの?」

「ああ、何とか少しは…」

青生が指摘された事に面白おかしく笑う姿を見た時、その姿にどこか面影があった。

このままいけば本当に思い出せそうな気がする、記憶が無くなってから分かったことだが、俺という人間が誰か分からないという事がこんなにも恐ろしい事など思いもしかなかった。

さっきから小刻みに足が震えているのだ、興奮、そして恐怖という感情が同時に混ざるそれは今までに感じた事が無いくらい異常な状態にあった。

「それで、えっとどこまで話したっけ…」

「過去にいる他人の意識を現在にいる自分が乗っ取る、ってとこじゃなかったか?」

「そうそう、それ!」

先程までお姉さんと思っていた青生の姿が急に子供っぽく感じ始めた。

鏡を見た時の老けた自分の顔を見ると年齢は三十代くらいってところだ、二十代に見える彼女が子供っぽく見えても仕方が無いと一人心の中で納得する。

まあこれで俺がストレスを蓄え過ぎたせいとかいう理由で、本当の所彼女と同じ二十代とかなら今すぐ研究なんてやめて釣りをするだけの生活でもしていたいところだが。

「とは言っても意識だけを乗っ取って、記憶が現在の自分のままの状態で、過去を変えようとする事も駄目なのよ、行動パターンや思考までもが完全に別人って事で世界に認識され、さっき例に出したのと全く変わらず、タイムパラドックスが生じるのよ」

「つまりは記憶を過去に持っていけば、世界に別の人間と認識されるため、その時点で地球崩壊のリスクが高まる…って訳か…」

「そういう事よ、意識と記憶と人格を過去に持っていくのは駄目、そこでどうすればいいかなんだけど簡単な話、その中から記憶の部分を切り取ればタイムパラドックスは生じないのよ」

「ていう事は持っていくのは人格と意識だけって事か…」

「そう、勿論記憶は乗っ取らない訳だから、その人と記憶はシンクロする事になる、喋り方や声なんかも変わる事なく誰にも違和感を感じさせずに普段の生活をする事が出来るわ。そして記憶が同じだとしても過去の乗っ取った人間と異なる点が出てくる、それが人格の方、つまりは人格が変われば行動パターンや考えた方などが、乗っ取られれた人間と変わってくるの。例えばなんだけど、臆病な人の意識を強気な人が乗っ取ったとした場合、今まで逃避していたいじめと向き合い、いじめを解決する事に成功したり出来るの」

なるほどな、要は俺が沢良木雄輝の意識と人格を乗っ取っる事によって、人殺しと立ち向かえる精神状態に変える事が出来るって訳か、元々彼はそんなに強い人間じゃなかったって事なんだな。

「でも過去は変わったわ、結奈ちゃんが今は人殺しじゃなくなってる事は覚えておいてね」

「ああ、そういえばどうなったんだ?結奈は」

「今は何事もなく平和に暮らしているはずよ」

「はず…か」

青生の曖昧な返事に気になる事があった、最後に出てきた琥珀と呼ばれる人物、いやその名前をいっていたのは結奈だけだ。彼女達がもし双子なのだとすればそれは勘違いなのかもしれない。それに言動としても明らかにおかしかった。

俺はあの時の出来事を少し振り返る。

『ふふふ、あなた思った以上にうぶなのね、本当のあなたがこの年齢の時と同じ性格にしてあるのだけど、実際のあなたはもうちょっとだけ今よりたくましいかな』

今思えば意味深だらけの台詞だ…この人は全てを台無しにしたいのだろうか…。

そして、

『平松良太、あなたは全ての任務を遂行した、元に戻りなさい』

平松良太…。沢良木雄輝とは全く異なった名前である、俺が沢良木じゃないというのならばこれが俺の本当の名前なのだろうか…。

「気になったから聞かせてくれ、お前もひょっとして俺と一緒で過去に飛んでいたんじゃないか?それと俺の本当の名前は平松良太…でいいのか?」

「もお、お前なんてやめてよ、青生よ、青生。そうよ私も過去に飛んだ、そしてあなたの名前は間違いなく平松良太よ」

「青生は確か最後理科室で言ってたよな、俺の名前を、ていう事は過去に飛んでいるにも関わらず現在の記憶があるって事になるよな?それってさっき言っていた意識と記憶と人格を持っていくことによってタイムパラドックスが生じるって事に繋がるんじゃないのか?」

青生はしばらく間を置いて、コーヒーを啜ると、ふふっと含み笑いを浮かべる。

「さっき言ったタイムパラドックスだけど、記憶を飛ばす事自体は別に問題じゃないのよ。問題は過去を変える事にあるの、例えば過去を変える当事者になったり、過去に起こる事を過去の人間に伝えたりね。でも、過去をメタファーとして表現する事は許されるの、それを読み取るのは過去の人間で自分で気づくことによって、私自身は当事者じゃなくなる。覚えているかしら、あなたが初めて湘南にある店に来たあの日、私は琥珀になり変わってあなたに暗喩として色々なアドバイスをしてあげたわ」

湘南という事は俺が殺されてから数日経ったあの日だ、確かあの日俺は釣りをした後、しらすライスを食べるために青生が働いている店にいったはず。

「まあ最初にお店に来た時はあなたは変な質問ばっかりしてきたけどね、流石にセクハラ的な質問に関してはね…ふふっ現実の世界じゃなくてよかったわね?」

やばいっ、そういえばそんな事確かにあった…でもそれは青生も俺と同じで何回も同じ一日を繰り返していると思わなかったからであって…。

「そ、その事は勘弁してください…」

青生はくすくすっと笑い、顎に手を当て上目遣いで俺の眼を見つめる。

「冗談よ、研究室を出たら何か良い服買ってもらうからね」

「あ、ああ」

た…助かった…。青生が物分かりのある奴で本当に良かったと思う。あれは若気の至りというか、何度も同じ日が来るから精神が異常になっていたのだ。言い訳はいくらでも浮かんだが、無駄といわんばかりに本題に戻る。

「そういえば琥珀さんと入れ替わったってどういう事なんだ、学校でも結奈から琥珀って言われてたし」

「アルバイトは本来琥珀がやってたって話よ、たまに私達は違う生活を楽しむために入れ替わったりしていたからね、口調もほとんど同じだし、だから妹と一日入れ替わろうって頼んだ時にはあっさり了承してもらったわ。それに私は白木月見野とは全く違う高校に通ってたのよ」

「なるほど、そういう事だったのか、最後に海で琥珀と名乗った人物も青生って事なんだな…」

「そうよ、でもあれは良太が私を全然頼らなかったから近づいたのよ?私あの時言ったでしょ?いつでも相談に来てって」

そういえばそんな事が言ってたたような気がする…確かに一人であれこれと考えた結果、精神がおかしくなって危険な行為にまで発展したからな…。

青生は膨れっ面で両腕を組み始める、きっと怒ってるのだろうが、良い大人が膨れっ面なんてしてる事に凄い違和感を感じた。

「まあ別にいいんですけど。話を戻すわ、さっきいったように過去に存在しない人間が現在から送りつけられる事がタイムパラドックスの原因となる、それを逆にすると過去に既存する物と同じ物を現在から過去に送る事はセーフティラインになるのよ、私が言っていたのは記憶と意識、でもそれだけじゃなく物も送る事が可能なのよ。例えばりんごは過去に存在する、だから現在から過去にりんごを持っていく事は可能よ、ダメな場合を言えばこのタブレットね」

そう言うと、青生は自分のポケットから新品と思われるくらいに、傷一つないタブレッド取り出す。

「これはiPid pro、今年発売された新型のタブレッドよ、簡単な話過去に無いものを送りつける事がタイムパラドックスの火種になる訳」

「ちょっと待て、ていう事は過去にある物しか遅れないんだろ?それってもはや送る意味がないんじゃないか?」

「ええ、確かに物だけを送るなら何の意味も無いわ、でもそれにメッセージを添えておけば価値のある物になる、要するに手紙にメッセージを書いて過去に送るのよ」

「そうか…メッセージにこれから起きる事を書けば、過去の住人がそれを見てを過去を変える事も出来るってことか」

新しい漢字を除けば文字自体は過去にも存在するものだ。

「それがそうも簡単にいかないのよね…結局失敗に終わっちゃったわ」

青生は溜め息をつき、またテーブルに置いてあるコーヒーを啜る。

「さっき意識と人格を除いた記憶の部分だけは過去に持って行っちゃだめって話をしたでしょ?それと同じで手紙に過去に起こる事を全部書いて送るのは、記憶を過去に持っていく事と同等なの。だから曖昧な表現で手紙を送るしかないのよね、まああなたは物理学者であり哲学者でもあったから、何回も沢良木少年に曖昧な表現で手紙を送り続けたわ、ていうか覚えてないかしら?あなたが沢良木少年になった直後の記憶」

沢良木雄輝になった直後の記憶…。確か、腹部に包丁を刺された時の感触を思い出して、強烈な吐き気に襲われたはずだ…。いや違う、包丁で刺される前の記憶があったはずだ。

『しね』

その言葉が脳裏に蘇る、虚ろな目に体から溢れ出してくる凶器、冷え切ったその包丁は俺の腹部に奥深くにまで刺さりこんだ、そしてその包丁を持っていたのは。

「桜田結奈…そうか、最初に俺が目を覚ました時の気持ち悪さは桜田結奈が刺した包丁だったのか…」

「そうね、でもあなたの哲学書から引用した言葉を少し改変して、沢良木少年に送りつけた手紙は何の効果も無かったわ、残念だけど」

哲学者だった時の記憶がまるでなかったが、ふふっと笑う青生の姿を見ていると、馬鹿にされているのがわかった。

「まあそれで結局私達で過去に行くことになっちゃった訳だけど、あなたが沢良木少年で私がそのアドバイス役、何回死んでも生き返って、何回死んでも生き返って、心が折れない良太には関心させられたけどちょっとは頼って欲しかったかな~」

心が折れないか、何回も折れかけたよ俺は。

心を折りながら無理やり強行した結果があれだ、あの時ブラック企業の社長を殺そうと本気で思っていたが、今では殺さなくて良かったと本当に思っている。

「ていうか俺が釣りとか山に行った時にまた金曜日が来たんだけど、何であれじゃあダメなんだ?あれでも一応殺されてないって事にはなるだろ」

「別に過去に起こる出来事を知った状態で、過去を変える事だけがタイムパラドックスの引き金になる訳じゃないわ、あなたは本来学校にいくはずだったのに海や山と全く関係の無い場所に行っている、この時点で世界は少しずつ崩壊し、タイムパラドックスが起こるのよ、そうね、コーヒーも飲み終わったみたいだし付いてきて、見せたいものがあるわ」

「見せたいもの…?」

青生が席を立ち、俺もそれに続くと、数歩歩いた先には椅子と何やらヘルメットのような頭にかぶる物が取り付けられていた。更にその横にはもう一台ヘルメットのようなものと椅子が取り付けられている。

「これが私達が作り上げた過去にいける機器、希EX3.24。VRとなってゲーム感覚って言い方も変だけど死んでもまたやり直せる、あなたが沢良木雄輝君として歩んだ生活もこれをかけての出来事なのよ」

「嘘だろ…」

衝撃の事実を突きつけられる、まさかこんなゲームのようなもので過去に言っていたとは思ってもみなかった。

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