第7話 「悪夢からの脱出、迎える運命の日」
はぁはぁはぁ…。
小銭が入った財布を取り出し、無事教室を出ることに成功した。
幸運な事に桜田が俺の方を見る事はなく教室から離れる事ができた。彼女が何に対して怒っているのかは全くと言っていいほど分からない。
もしかしたら過去に嫌な事をされたのを思い出したのかもしれない、特にそんな記憶自分には無くても相手には覚えているとは耳にする。なんにせよ俺と桜田との関係が生まれるのだとしたら本当に気をつけなければならない。刑事ドラマなんかでも犯人には必ずといっていいほど、動機を持っているのがほとんどだ。
彼女も単なる快楽殺人なんかではなく、俺を殺すに値する動機は抱えている事だろう。まあ赤井と接触したのだとしてもぼっち飯は仕方のない事である。
ラノベのように女子が多い学校に入ったからといってハーレム展開が起きるわけでもないし、赤井に関しても優しさから俺に声をかけてるのだ、決して好意を持ってるからという訳ではない。彼女の絶対的な友人はあくまでも桜田なのである、彼女との仲に急に入り込むようなことはできるだけしない方がいいはずだ。この時間は食堂でかけうどんを頼み、隅っこのほうで一人ずるずると麺をすする事にした。
昼休みが終わり、テスト返却だけが行われる授業が始まる。
この時間は俺が喋る隙間も無いのでこの前の時と台詞が同じで、質問とか反応も同じ。つまり俺が関与しない事によっては過去は何一つ変わらないという事を意味している。桜田という名前が呼ばれ、席に帰るたびに教科書を机の上に立たせ広げて、顔全体を隠す。
そしてそういった行動が吉と出たのか、この時間に桜田が俺にあの紙を渡す事はなかった。
そもそもの発端は俺が彼女に話しかけた事によって、向こうもあの紙を渡してきたのだから、顔を隠す必要も無かったかもしれないが。
念には念をだ、とにかく今日一日の目標はただ一つ、明日を取り戻す事である。明日が来ない事には、俺がこの学校に戻ってきた意味がなくなるのだ。逆に言えば最悪なのはこの学校で生き延びたとしても明日が来ないということである。この三ヶ月間同じ日を過ごし続けてきた訳だが、正直精神的にもかなりきているのだ。死ぬのは嫌だが、時間が進まない世界なんてものは始めは楽しくても、それを繰り返す事によってだんだんと頭がおかしくなる。とにもかくにも今日一日だけは、何としても命を落とさないようにしなければならない。
五限目が終わり赤井が席に立つのを見て、大急ぎでトイレにへと向かう。
ここでもし席に座って赤井と話していたら自然的に桜田とも絡まなければならなくなるからだ。とにかく今日一日だ、今日一日はできるだけ赤井とも接触を避けるべきだ。
それから六限眼まで何事もないままに終わった。クラスメイト全員があちこちに散らばり始めると、俺は咄嗟に使った教科書とノートを鞄に入れ、それを右肩に背負い急いで帰ろうとする。
「お疲れ~初登校だけどどうだった?しんどくなかった?」
後ろを振り向くと眼には凛の顔が間近くででかく映っていた。
しまった…正直こんな早くに赤井が近寄ってくるなんて思ってもみなかった。
いつの間にか赤井の顔はこれでもか、というくらいまでに俺の顔すれすれの所にまで近づいていた。
「どうしたの?何かあった?」
どうやってこの場面を切り抜けるか、正直言って何も思いつかない。
「いやー、特には。じゃあ俺そろそろ」
「良かったら一緒に帰らない?」
強引にこの場を切り抜けようとするが、そんな言葉も束の間、赤井の帰りの誘いによって一蹴されてしまう。
「え、えっと…」
「結奈も一緒に帰るけどいいかな? あ!そういえば紹介がまだだったね、この子なんだけど…」
赤井は桜田を見てそういうと、バッグを両手で持ち、席を立つ。
「私帰りますので、また明日」
そういうと桜田はこちらを振り向きもせずに前を歩き教室を出て行く。
「あらら、どうしちゃったのかなあの子」
桜田は俺と顔を合わせる事無く帰ったが、かえって都合が良かった。
赤井と二人きりで話せる機会なんて普通に考えれば早々できるもんじゃない。桜田からその機会を作ってくれたのならありがたい限りだ。
「良かったら一緒に帰らない?沢良宜くん」
「ああ、いいよ」
まだ桜田が帰ってからあまり時間が経っていなかったが、学校案内をしてもらう事にした。彼女と偶然会わない事には都合が良い。
図書館の場所なんかは一度行った事があるので知っていたが、説明するのも少し面倒なので赤井に黙って付いていくことにした。それからは体育館、わざわざ案内しなくても分かる運動場、運動場じゃ何の部活があるかなどを付け加えて説明してくれたりした。赤井が運動場にくると共にテニス部、ソフトボール部や色々な部活から一年生が集まり、わざわざこちらへ挨拶に来る。どうやら赤井は帰宅部でありながらも色々な部から助っ人として試合に出場を誘われる程のスポーツ万能少女のようだ。アニメや漫画なんかで見る光景ではよくあるが、まさか現実世界でその立場に直面している人物に会うなんて思ってもみなかった。
「さて、次は理科室かな…物理の時間なんかは理科室集合が結構多いからね」
理科室…。その言葉を聞くだけであの恐ろしい光景が浮かび上がる。
「いや理科室はいいよ」
即答したせいか赤井は少し驚いた顔で「うん」と言ってうなずき建物の中へと入っていく。
上靴に履き替え、階段を上ると二階の職員室近くの扉へと赤井は歩き始める。見たところ生徒会室と書かれた部屋が立っていた、生徒会室といえば確か青井さんがいるとか…。
「じゃあ今度で最後だね、まあここでお世話になるのは私や結奈やその妹だったりするんだけど、凄い頼りになるから紹介するね」
そういうとコンコンと、生徒会室の扉へとノックをし始める。出てきたのは黒髪にスカートの部分まで伸びきった長髪の女性だ。大人びた感じを見ていると俺より一個上の先輩だと思えるが。
「あら凛ちゃん、何か用?」
「香奈さん、お久しぶりです!実は今日転校してきた子がいて」
凛がそういい、香奈さんという長髪の女性はこちらをじろじろと見始める。
「ふふふ、ごめんなさいね。この学校で男子を見るの初めてでちょっと見いちゃったわ」
「い、いえ」
その大人びたオーラからは青井さんにどこか似た雰囲気が漂っていた。凛達はよく使うと言っていたけど恐らく相談とかそこら辺で使うのだろう。だとするなら正直居づらいの一言に尽きる…。
「そんな緊張しなくてもいいのよ?それで凛、何か用があってきたんでしょ?」
「はい、琥珀さんって今日いますか?」
「いや、今日はアルバイトがあるとかでお休みね。なんせ三年生はもうテスト終わったからね、今いるのは私を除いて二年生と一年生だけよ」
「そうですか、分かりましたありがとうございます!}
「いーえ、転入生君もまた何かあったらここに来てね」
「は、はい」
手を振っている香奈さんに俺も赤井も手を振り返し、生徒会室の扉を閉める。白星青生さんもいるかどうか聞きたかったが、出会った経緯とか聞かれると正直面倒だよな。
「ごめんね、三年生が今日学校休みって事すっかり忘れて…」
「いや、いいよ特に帰ってもする事ないし」
そう言うと「ありがとう」と微笑み二人で家に帰る事にした。偶然にも赤井と俺の家は近いところにあり、俺の自宅までが赤井の帰る道中だ。家まで着くと俺達は分かれ、赤井は一方通行の道を歩いていく。家まで送ろうか迷ったけど、恋人でもないしそれはやめておこう。俺と赤井の仲は少し縮まったような気がした、それも明日が来るかどうかで意味があったのかが決まる訳だが。
[それで?それで何て言ったんです?」
[こういってやったよ、今度会うときはネズミを用意しろ、てめえの死体を食べさせてやるつもりだとね]
時刻は二十三時五十九分、誰もいないリビングの中、ソファに座りながら一人で借りた洋画を見ていた。金曜日は何もする事がないのでこういった色んな種類のビデオを鑑賞したり、色んな科目の勉強を進める事が出来た。おかげで勉強に関して言えば、今日返却された桜田のテストの点を見ても何も驚かなくっている、むしろ満点を何故取れないのかが不思議なくらいだ。ギリギリで受かったこの高校でもこういった行動を取れるのは利点といえば利点かもしれない、まあ全部明日がくればの話だが。正面にあるテーブルに置いた時計は二十三時、五十九分、五十秒と、明日まで残り十秒前になっている。一つ言っておくと寝なかったとしても二十四時を過ぎた頃には気付けばベッドの上で起きる場面に陥っている。まあ記憶はほぼ忘れているせいで、本当にその日まで眠っていたと思わされるが、事実は謎のままだ。五十七秒、五十八秒、五十九秒…、0時0分0秒、土曜日。
ベ…ッドじゃない?金曜日じゃない、土曜日、「今日は間違いなく土曜日だ!」
思わず大声を上げてしまったが気にせず一人ソファの上で舞い上がると、母親がリビングにへと入ってくる。眼を擦って眠そうな雰囲気だ。
「もう今何時だと思ってるの?明日仕事なんだから静かにして!」
「ご、ごめんなしゃい…」
さいがしゃいになってしまった、滑舌が悪いので仕方がない。
しかし、本当にきたのだ、土曜日が。嬉しさのあまり近くの池にダイブしてもいい気分だ、まあしないが。カンカンになった母親に続き、今度は妹がリビングにへと入ってくる。こちらも眼を擦っていた、もう顔から見て察したがこちらもカンカンに怒っているようだ。
「うっせえんだよバカ兄貴、こっちは明日テストだっつーのに何起こしてくれとんじゃ!」
「す、すみましぇん」
またしても嚙んだ、テンぱるといつも噛むので決してわざとではない。それにしても可愛くない妹だ、兄に向かってこの態度。そして、怒っている時の呼び方は決まってバカ兄貴だ。今思えば自分は舐められているんだなという事を改めて認識する事ができた。親父の方ももう少しで帰ってくるそうなので急いで風呂に入り、ベッドで眠ることにする。早朝出勤してまだ帰ってない社畜パパンの事だ、セミの抜け殻みたいにソファで居眠りをするだろう。まあ俺も歳も歳なので自重し、ぐっすり眠る事にする。
月曜日になった。精神的にやられていた俺のハートは、この二日間の休日を釣りに使い、すっかりリフレッシュされた状態にある。
「どうだったの?友達できた?」
「うん、もう出来たよ母さん」
そしてリビングにある食卓には俺、明日香、母さんと三人囲みながら朝食を取っている。俺も明日香も今日は学校なので制服にへと着替えていた。親父はというといつも俺と明日香が起きる前にもう家を出ている。
「はぁ…にいにが女の子の友達なんて作ってる訳ないでしょ、朝からそんな悲しい酷な嘘を聞かされるこっちの身にもなってほしいよ」
むかっ…こいつは一言も二言も多い。まあ確かに、ぶっちゃけた話で言えば女友達どころか男友達もいるのかどうか怪しい。そりゃあ前の学校で一緒に弁当を食べた奴はいたが、そいつとも今じゃあ連絡を一切取らない仲である。まあ連絡を待つんじゃなく俺からするべきでもあるよな、と少し反省をするが、妹のあの余裕ずらをみる限り恐らくあいつには男友達がいっぱいいるのだろうな、と勝手な妄想をしてみる。
「まあまあ、確かに初日で友達ができたか聞いた母さんがいけなかったわ」
おいおい、それはそれでさっきの俺の発言を取り消そうとしてるんじゃないか。まあぶっちゃけた話俺も赤井もまだ会って間もない。いくら向こうがアクティブな人間だからといって、勝手にこっちが友達だと思い込むのはあまりにも早計すぎるかもしれない。まあこれから頑張ろうにもあの桜田がいる時点で深く関われないし、月曜日もせっかく来たのだ、この先の事を色々考えなければならないだろう。
「ごちそうさま、私そろそろ学校いくわ」
そう言うと明日香は食べた食器を慣れた手つきでまとめ、流し台に持っていき片付け、バッグを手に持って家を出る。
「じゃあ俺もそろそろ出ようかな」
「あら、片付けていかないのね」
バッグを持って扉を開けようとした瞬間そう言われる。面倒くさいが「へいへい」と言い、慣れてない手つきで食器をまとめ、流し台にへと片付ける。「行って来ます」と妹の声が聞こえ、母さんはそれに「いってらっしゃい」と言い返す。
よく出来た妹だ、こう思えば舐められるのは仕方ないんじゃないかと思えてくる。俺も妹に続き「いってきます」と言って家を出る。母さんの声は扉が閉まる音にかき消され、俺は妹の背中を追うように徒歩で学校に向かった。
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