第8話 「日常と非日常の分岐点、クラス委員長赤井凛の選択」

「おっはよー!沢良木くん♪」

「ああ、おはよ赤井」


やけに機嫌が良い赤井を見たのは俺が自分の席に着いた時だ。教室に入った頃には桜田の席で赤井と何かを話し合っていたが、俺が教室に入るのを確認すると桜田は席を立ち、扉へと向かい教室を出て行った。さっきまでそんな桜田を不思議そうな顔で見ていたが、俺が赤井の近くまで行くとそんな暗い表情は消え、元気ないつもの赤井に戻り始める。

「あ!」

「ど、どした!?」

「その赤いリボン…」

「気付いた?これ今日着けてきたんだ!土日は学校休みだったし、忘れてるかと思ってね。このリボン赤でしょ?私の名前赤井だから覚えやすいかなと思ってさあ。でも沢良宜くん気付くの早いね!これはもう女子からモテモテだぞ~このこの~」


赤井は茶化すようにお腹の辺りを肘でつっついてくる。それにしても俺のためか、久しぶりで久しぶりじゃない再会だったけど本当に優しいなこの子は…。


「そう言えば私達お互いの事あんまり知らないよね? まだ知らないと思うけど私実は委員長なんだよね! 副委員長は結…桜田結奈! 前の席の子だよ、ちょっと最近無愛想だけど、普段はもっと笑うしよく喋るんだよね~でも大人しいから多分沢良木君と話すのに緊張してると思うんだ、いい子なんだけどね」


委員長か…それであの時、俺が自己紹介でつまずいた時にフォローしてくれたり、気まずそうに休み時間を過ごす俺を察して話しかけに来てくれたりしたのだろう。彼女を自分の責務を果たしていたのか。最初はどうなるかと思っていたが助かった、こういう責任感が強い委員長がいる事は俺にとってありがたい事この上ない。そして次に驚きだったのが副委員長があの桜田だということだ。

桜田が赤井以外の女子と話した光景は今のところ見た事がない。恐らく俺を避けるために教室に出たのだろうが、それなら他の女子と話せばいいのでは?とも思う。この二年間彼女達がどう会ったかなんて知らないが、俺の予想だと人見知りの桜田に委員長としての責任を感じた赤井が話しかけたって所だろうか。となると副委員長にになってるのも誰も手をあげない中での赤井での推薦だろうな、かわいそうに。自分も人と話すのはあまり得意ではないので桜田の気持ちは少し分かる気がした。


チャイムが鳴る前に桜田は教室にへと帰り、赤井が声をかけるのを無視して、教科書をバッグから取り出す。不思議に俺達は桜田を見ていたが、そうこうしている内に担任が教室入ったのを見て、全員が席につく。


四限目が終わり欠伸をしながら背伸びをしていると、弁当を持った赤井がこちらに近づいてくる。それも運動会なんかで家族全員で食べる大きさの四段弁当だ。

一限目が終わる毎に毎回十分休憩があるのだが、その度に赤井がこちらに近づいては桜田は教室から消えを繰り返していた。今現在も俺たちに気付かないよう桜田は教室から消えている。

確かに俺は彼女と関わりたくはなかったが…そんなに俺がいやなのか…?とはいったものの俺をナイフでぶっ刺した張本人でもあるのだ、俺と彼女との間に何かあるのは間違いない。


「また結奈どっか行っちゃったね」

「みたいだな…」

「金曜日からなーんか変なんだよね、まあ私以外とあんまり話さないし沢良木君が男の子っていうのもあって緊張してるんだろうな~」

「ははは…」


ここまでくると桜田が俺を警戒している事に気付く筈だが…俺は男だから正直言って女が何を考えてるかなんて全くと言っていいほど分からない。だからこそ赤井に相談したいのだが、彼女は俺以上に彼女の事を何も分かっていないんじゃないかと疑うくらいレベルでの能天気ぶりだ。


「でもね、あの子には悪気はないと思うんだ。沢良木くんを避けてるのにも訳があるからなんじゃないかな、私は人見知りなんてした事ないからあの子の気持ちがよく分かりはしないんだけどね、でも結奈は結奈なりに人見知りな性格に立ち向かおうとしてるんだと思うんだよ、私もまだ彼女と友達になってそんなには経っていないけどそんな気がするんだ」

「赤井…」


満面の笑みで彼女はそう言った。赤井の混じり気のないその瞳からは本当に彼女を信頼しているという嘘偽りのない言葉が読み取れる。桜田は確かに俺を殺した。

もし金曜日のあの日に、本当に俺が死んでいたとして、赤井がその事実を知ったとするならば赤井はどんな表情で、どんな反応をしていただろうか。彼女はそれでも今後桜田の事を信じる事が出来ただろうか。

いや、何で俺は彼女の笑顔を自ら潰すような事を考えているんだ。赤井が笑顔ならそれでいいじゃないか。人間誰しもそこまで綺麗じゃない、特に赤井のような裏表が無く包み隠さず話す子なんてどこを探しても中々いないはずだ。だとするならば俺は赤井の笑顔を決して潰させるような行為をしてはいけない。


「ふう~食べた食べた!」

「うん? ってええ!?」


あれこれと考えてるうちに赤井の机の上に置いてあった四段弁当は一つ残らず空になっていた。いつの間にこの大きさの弁当を食べたんだ…。ひょっとして見かけ倒しで本当は一段目にしか食べ物が入ってなかったんじゃないのか。


「沢良木くん弁当空けてないけどどうしたの、食欲ないとか?」


赤井の口元には大量のよだれが出ていた。さっき食べた食べたと言った発言がまるで嘘のようだ。彼女の視線は俺がまだ手をつけていない弁当を一点だけを見ている。


「た…頼むからそんな目で俺の弁当を見ないでくれ…」


彼女の弁当を見るその眼はまるで獲物を狙う肉食動物のような鋭さがあった。


「じょ…冗談だよ…別に狙ってなんて…」

「よだれ垂れてるぞ…」


弁当を食い、しばらく喋っているとあっという間に昼休みの時間は終わった。

そして先生と一緒に桜田が教室に入り、他の生徒全員が席に着く。

皆が席に着いている中、赤井は近づいてくる桜田の元へ自らと歩み寄り、何かを話していた。恐らく何でそんなに俺を避けているのか、という話になってるかもしれないが、赤井の険しい顔つきからして大体の事は俺でも理解できる。

桜田は無表情のままただそれを聞き流していた。

赤井と桜田の仲の間に亀裂でも走ったら申し訳ないとは思ったが、桜田は事実上の殺人犯になる予定の女なのだ。避けるにはこうやってあらゆる手段を尽くさなければならない。

赤井が話し終わったのを桜田が確認すると、彼女は顔を赤井の耳元に近づけ、何かを囁いている。そして一言何かを言うと、赤井はこくりと頷き、自分の席に戻っていく。

桜田も赤井が席に戻るのを確認した後、自分の席にへと座る。

桜田は何を呟いたんだろうか、一言で赤井を席に戻す程のパワーワードだ、益々彼女の言った言葉が気になった。まあ先生が教卓に立っている事もあり、委員長という立場もあって、赤井も授業中に立ち歩く行為は出来るだけしたくないはずだ。


数学の時間が始まると、俺はスラスラと先生から配られた小テスト、そして黒板に書かれた問題を解き上げる。かなり難易度が高かったが、あの地獄の金曜日が無ければこんな問題解けなかっただろうな、その時間はどこか複雑な気分にさせられた。


七限目が終わり、全授業が終了する。

最初の金曜日は授業の内容なんてどこをやってるのかてんで分からなかったが、死んで生き返ってを繰り返した今だと、授業を聞けばその問題が簡単すぎると感じる程に、自分の頭は成長していた。

難解な問題からか、頭を悩ます生徒が意外にも多かったので教えてあげたかったが、俺に話しかける勇気なんて当然ない…。委員長の赤井も成績は結構良い方だし、教える必要はないだろう。まあ俺が教えるという光景もどこか変な気がしたが。

教室に担任が入り、またホームルームが始まる。この時間は先生が今日あった出来事などをただ喋るだけの時間だ。一生懸命先生はあれこれと喋っていたが特に大した内容ではない。思わずあくびが出てしまったが、一番奥のこの席は先生の死角でもあるため見える事はないだろう。そして退屈だったホームルームはあっとういう間に終わる。

全員がドタバタと席を離れる中、赤井が駆け足でこちらへとやってくるのが分かる。

そして黙って帰さないというような目つきで赤井は桜田を見ていた。


「結奈…」

「先に行ってますので」


桜田はそう一言言うと、席を立ち黙って俺達の方から離れていく、感情が篭っていない冷えきったような瞳で彼女は俺達を一瞥した。

そして普通の仲の良い友達には決して向けないような、距離を感じさせる表情で彼女は何かを赤井に向けて呟いていた。桜田が何かを呟くと赤井は「うん」と言い、首を縦に振る。距離が少し離れていたので俺は彼女が何を言っているのか全く聞こえなかったが、赤井の表情はどこか少し固くなっていた。

赤井の話だと桜田はつい最近まで笑いながら話し合う程の仲だったそうだ。

それが一転し、あのゾッとするような冷酷な表情で、そして南極の氷のように冷え切った冷たい目で、彼女は友達である赤井に何かを呟いたのだ。そして俺はそんな彼女の表情を一度だけ見たことがある。一番最初の金曜日、理科室で俺の腹部に向かって奥深くナイフで突き刺した時の、表情とそれは酷く似ていた。

桜田は表情を一切変えることなく、教室を出て行く。赤井の表情は桜田を見ながら少し困惑した表情にへと変わっていた。


「なあ、桜田に何を言われたんだ?」

「えと…昨日結奈が副委員長だって事を話したの覚えてるかな? 委員について少し話したい事があるっていわれたんだ、理科室で」


理科室で話だと…そのワードが耳に入るだけで、脳裏にあの痛い思いが蘇る。

あの場所に赤井を呼ぶということは恐らく誰にも聞かれたくない大事な話があるという事だろうか、あの場所は見た所によるとそばを通る者が誰もいなかったのだ。

桜田が俺を呼んで殺したあの理科室だ、恐らく委員の話なんかじゃない、もっと重要な話があるから理科室に赤井を呼んでいるはずだ。彼女が何を話すかは大体だが予想ができた。

もし俺と関わるなって事を桜田に言われたのだとしたら、大人しく赤井から離れることにしよう…元々友達だったのは桜田だ、仕方のない事ではある。


「ねえ、もし良かったら一緒に来ない?私、沢良木くんとも一緒に帰りたいし」

「いや、俺は遠慮しておくよ、二人だけの話なんだろ? 多分だけど。でも赤井の連絡先は念のために教えておいてくれ、桜田がここじゃない場所でお前に話があるという事はきっと俺とも関係があるって事なんだろ、どんな話をしたか結果が気になるしさ」


赤井は俺の顔を見てくすくすと笑う。


「ふふふ、まあそうかもね。これ私のアドレス、でも心配しないで! 沢良木君の事きっと理解してもらえるように説得するからさ!」


携帯を取り出し、アドレスが書いた画面を見せた赤井は笑っていた。

今まで見た中で一番というくらいの満面の笑みで、よっぽど自信があるんだろうか。


「おうサンキュー、登録しとくよ、えっと赤井っと…」

「凛でいいよ…」

「え?」


咄嗟の言葉に思わず驚いてしまう、そういえば最初に会った頃はこいつの事凛って呼んでたんだっけ。


「だって赤井赤井ってなんか堅苦しいよ、私も沢木木君の事雄輝くんって呼んでいいかな?」

「え、ああ…」


顔から目に見えないくらいの汗が流れ始める。これは何の汗か…自分でも分からない。そして精神的に何かを察したのか、いつの間にか鳥肌までもが立っていた。きっと大分前にその名前を呼ばれた事を思い出したのだろうか。この場合体が覚えていたというよりも脳が過去の記憶を覚えていたと認識していいのだろう。雄輝くん、って呼ばれるのは少し恥ずかしいが、脳がかつてのその言葉を覚えていたのだとしたら少し感動を覚える。


「凛はさ、もし桜田が俺と話すのを辞めろって言ったら、もう俺と口を利くの辞めるか? 説得もできるか分からないほど手強そうな相手だぞ」


俺はここぞとばかりに、勇気を振り絞って聞いてみる。凛との関係を断ちたくない、そんな感情が芽生えたせいか、出た言葉だった。

質問があまりにもばかばかしかったのか、凛はくすくすと笑っている。


「何がおかしいんだよ」

「うーん、雄輝君も結奈も私にとってかけがえのない友達だからね、どっちかなんて選べないかな」


友達…その言葉に違和感を覚える。俺と彼女が会ったのは何せ実質たったの二日だ、そんなんでこんな俺をかけがえのない友達なんて言えるんだ。

これが男友達であるならなんとなく友情を芽生える事が出来たが、相手は女の子だ。人生で一度足りとも女友達が出来たことがない自分にとっては理解に苦しむ。いや、彼女が特別だからきっと他の女の子でも彼女を理解する事は難しいだろう。しかし、純粋に笑う彼女を見ているとなんだかそんな違和感が消し飛ぶかのように、その言葉が胸に突き刺さってくる。多分彼女は本気で言っているんだ、口にするだけでも恥ずかしいその台詞を何の躊躇いもなく笑顔で言っている。


「じゃあ私そろそろ行ってくるから!ごめんね、一人で帰る事になっちゃうと思うけど…」

「気にするなよ」


ただひたすらに体温は上昇していた、そして心臓もバクバクと音が鳴り始める。とにかく体が熱い。慣れない光景に今すぐにでもここを立ち去りたい気分だった。

最初に会った時と違い、赤井の姿は桜田の何倍も可愛く見えた。


「気をつけて帰ってね!あと明日は一緒に帰ろうね!」

「おう…」


声も除除に小さくなっていく、いつの間にか平常心が保てなくなっていた。

顔を真っ赤にしながら一人教室を出て行く。

それにしてもこんな変な感じになるなんてもうこれは友達じゃなく恋じゃ…。

心臓のある部分を左手で抑え、バクバクと音が鳴るのを感じた。

恋なんていつも片思いでその子と話す事なんていつも一言二言だ。

せめて桜田さえいなければな…そう思ったが、流石にそれは病的な発想だと思い、心にしまいこむ。俺はあいつみたいにどんな恨みがあっても人は殺したくない。


それから女子が帰る放課後の波に飲まれ、無事下駄箱まで辿り着く事が出来た。

女子ってもっとおしとやかで大人しいイメージだったけど…。

まるで押しつぶされるかのように後ろから勢い良く体が押され、前の女子に体がぶつかると不審者を見るような目つきでこちらを睨んでくる。

この放課後は俺にとって下手をすると、痴漢と間違われてもおかしくないくらいの理不尽さがあった。凛がいれば誤解だという事を証明してくれるんだろうが、一人で帰るのはどこか心細い。

靴箱をあけてみると一枚の紙が入っていた、ラブレターかと思ったが、こんな紙一枚をラブレターに使うがさつな女子なんて流石にいないと思い、紙に書いてあった中身を見てみる。

「どれどれ…」




『理科室に来い』

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