第4話「同級生、生徒会への道すがら」


「さて、こんなものか」


 生徒会長との激しい攻防。そして、一人のクラスメイトの話題から、早いもので2週間が経過した。クラスの雰囲気は次第に固まっていき、中学からの友人達や、面識の無いもの同士のコミュニティも少しずつ確立されてきていた。


 そんな中で、義隆は書き写していたノートを閉じて一息ついた。


「…今日も、どこへ言ったやら」


 そんな事を呟きながら、義隆は隣の空席を見る。彼の隣、畑中三美は学校を休んでいる…わけではない。授業には出ているし、たどたどしくも先生に当てられればちゃんと回答もする。しかし、休み時間になると、彼女はすぐに教室を出ていって、クラスメイトもわからない何処かに消えてしまう。 特に誰かと居るという感じもしないので、義隆のみならずクラスメイト全体も彼女の行動を気にしていた。そして、そんな彼女の様子を気遣う生徒が、義隆に声をかけてきた。


「ん?また畑中さんお出かけなん?」


「あぁ。いつの間にやらだ」


「ふーん…なんだか怪しいねぇ…噂の”カナリア”ミステリアスな学校生活ってところか?」


「あんまり茶化していると、また後ろからどつかれるんじゃないのか?」


 義隆が会話を交わしている男子生徒は、クラスメイトの”三木みき宗助そうすけ”入学式からすぐに三美の隣と言う、うらやまけしからん場所に座っていた義隆に何か言ってやろうとちょっかいをかけに来たことがきっかけでこうして喋ることになった生徒だ。


「だーいじょうぶだって!今は佳花は世界史の先生に捕まってるから、何言ったってバレやしねぇって。あいつのな話だって…ごへっ!?」


 宗助がけらけらと笑いながらそんな話をしていると、笑い話をかましていた宗助の後頭部を鈍重な感覚が襲った。不意打ち中の不意打ちに、完全に油断していた宗助は首を押さえながら悶絶していた。そして、そんな悪戯を仕掛けた本人に文句の一つでも言ってやろうかと後ろを向いて啖呵を切った。


「おいおい!誰だか知らんが死んだらどう………す………」


 宗助が振り向いた先には、いい笑顔を携えて、分厚い国語辞典人を殺せる本を構えてニコニコしている女子生徒が佇んでいた。


「んふふ~………」


「け………けい、か…さん?その辞典は、調べもの用です…よね?」


 畏まって、背中の少女に語り掛ける宗助。しかし、彼女は表情を崩さず…後ろに修羅のオーラを纏ったまま宗助に向かって仁王立ちで待ち構える。そして、ゆっくりと国語辞典を振り上げて、恐怖に歪んでいた宗助に、文字通りの鉄槌を下した。



………



「もう、ほんと馬鹿っ!」


「馬鹿だな」


「うっせぇ!バカバカ言うんじゃねえやいっ!!」


 危うく気絶しかけた宗助を尻目に、不満を露にする女子生徒。義隆の机に肘をついて、いつもの光景とばかりに3人で会話をする。


 三木宗助をどついた彼女は、クラスメイトの”杉山すぎやま佳花けいか”。宗助とは同じ中学からの腐れ縁で、この高校も佳花は推薦、宗助は実力で合格したということで、お互いに知らないまま同じ高校に入学したという来歴がある。


「ったく…女の子の身体の事けなすなんて男子の風上にも置けないわ。ねぇ成田君?」


「…そうだな」


 肩肘をついて自分の机に寄りかかっている佳花に尋ねられて、義隆は少し間を置いて答えた。目の前にある何かを一瞬目にして…


「成田君。まさかとは思うけど今私の、見てた?」


「誤解です、見間違いです、何も見ていません」


「ふーん…まあ、それはともかく」


 義隆の誤魔化しはとりあえず不問にして、佳花は義隆の隣の席に目を遣った。


「いつも、何処に行ってるんでしょうね?成田君も知らないんでしょ?」


「あぁ。気付いた時には居なくなってるな。昼休みだって何処かに居たところを見たことはないな」


 この宗助と佳花も、三美の"カナリア"の話は知っている。入学式の紹介の日、一番後ろから聞こえてきた雪のような声に、佳花も驚きを隠せず。後ろを向いて目にした淡く輝くような面立ちに、宗助も目を奪われた。


 しかし、それ以降クラスの誰も彼女と面識はなく、佳花や宗助のみならず、クラスの誰も、彼女を授業以外で見ることはなかった。


「案外本当に物理的に消えてたりとかな!」


「夢を見すぎなのよ、このファンタジー変態おバカ宗助」


「佳花さん!?その畳み掛けはひどくないっすか?」


 宗助のどや顔でのコメントに辛辣なツッコミを返す佳花。義隆はそんな二人を一歩引いて眺める。それは、2週間の間で出来上がった3人の立ち位置だった。


「でも、一回体育があったよな?その時は畑中さんは?」


 ふと疑問が湧いてきて、義隆は同じ女子である佳花に尋ねる。鈴之原高校でも、体育は例にもれず体操服に着替える。男女共通の青の体操服である。そして、義隆の質問を受けた佳花は、困ったように頭を掻いて答えた。


「それは私も思ったんだけどね。この間初めて体育があったでしょ?あの日は私たちが更衣室に入った時には、既に畑中さんは着替え終わっててね。入ってくる私たちとすれ違いで更衣室から出ていっちゃって…しかも、授業の終わりもそんな感じで私たちと畑中さんは完全にすれ違いだったのよ」


「つまり、体育ですら一切面識はなし。そして畑中さんの着替え姿を見ることも無かったというわけか…残念だな」


 宗助の欲望に純粋な落胆を白けた表情で見つめる佳花と義隆。そして、再び宗助の頭に佳花の鉄槌が下されて、次の時間の先生が入ってきて、全員が自分の席に戻っていった。


「…おっ」


 ぼんやりと世界史の先生を眺めていると、隣の席からふわりと何かがやって来た空気を感じた義隆。そして左を見ると、事も無げにそこに座る彼女を目にした。今まで冷徹だった左隣の空間が、彼女一人が座って華やいだのは、義隆の思い込みという訳ではなさそうだった。


「ほいじゃあ、授業をはじめるかの。挨拶をよろしくの」


 そしてチャイムと共に授業は始まり、畑中三美はそこにいた。



………



「さて、もうじき部活の勧誘が解禁になる」


 一日の授業も終わり、帰りのホームルームまでやってきて、担任の中田先生からそんな一言が告げられた。


「この学校は…まぁ知っての通り合唱部が有名だが、運動系も文化系もない訳じゃない。これから5月にかけては新入部員の勧誘合戦になるから、もし何か興味があったり入りたい部活があったら、一般クラスとか関係なく見学に行くといいさ」


 私立鈴之原高校は合唱部が有名だ。しかし有名なだけであって野球・サッカーを始めとした運動系の部活もあり、文化系に目を向ければ美術部・プログラミング研究部なども存在している。また、非公式の同好会も含めれば、生徒が運営している部活に属する活動は多い。


「ああちなみに、合唱部だけは厳密には部活じゃないからその辺は気を付けておけよ」


「ソレってどういう意味ー?なるせんせー!」


 前の方の席に座っていた佳花が、中田先生にそう聞いた。気さくな彼女の質問に中田先生はまず頭を抱えてから言葉を返した。


「”なるせんせー”だけはやめれと言ったろうに。合唱部はそもそもクラスEと直結したあのクラスの科目的なものだ。部と言う名を冠してはいるが、実際のは授業ってことだよ」


 中田先生の説明に納得と同時に残念そうな雰囲気が満ちた。それは、入部ができないという事はそれを事も出来ないという事を指していると思い、この町で名の知れた合唱部の活動を見られないという落胆の思いだった。


「じゃぁ合唱部の見学って全然できないんですか?」


 先生の説明に再び佳花が質問を重ねる。その質問に中田先生は少し安心したように、首を横に振った。


「いや。普段の練習は見ることができないけど、合唱部は定期的に公開練習をしているんだ。お前たちが入学式で使った講堂で何かリハーサルをする時にその公開練習日があるから、もし興味があったらその日に見に行くといいぞ」


 中田先生の説明に、肩を落としていた生徒は安堵と期待の表情を浮かべた。そんなクラスの様子の外で、義隆は今の話を感慨なさげに聞き流していた三美の顔をぼんやり眺めていた。


 部活勧誘の話から、合唱部の公開練習の話まで、その一部始終で眉一つ動かさずに前を見ていた三美。内心の掴めない彼女の表情は、義隆の中にちょっとした興味を抱かせた。それは、自分が見たことのある彼女の反応。自分の動向を悟られたときに鞄で顔を隠したり、何気ない一言に驚きや悲しみをあらわにしたりという自分の見ていた反応。それが、どこかで現れないかと言う興味だった。


「………?」


 ぼんやりと、それとなく義隆が眺めていた三美は、右隣から感じた何かに気が付いて顔を向ける。そして、ホームルームの音を耳だけに流して三美は義隆の顔を見つめた。


「………なに?」


 どうしていいのか分からない状況に、三美はこっそりと義隆に問いかける。一方の義隆はと言うと、問いかけられて初めて三美の視線に気が付いて慌てふためく。


「おぉっとすまん、つい見てた。いやいや、畑中さんは興味が無さそうだと思ってな」


「興味って?」


「合唱部とその公開練習。今先生が話してたことさ」


「………」


 義隆が合唱部と口にした時、三美の表情は穏やかではなくなった。微細な変化だったが、彼女の顔は義隆には不満そうに見えたのだ。言葉も発しない三美だったが、義隆には何故かそんな心境が読み取れた………


「あぁ、悪い。急に話しかけて分かったような話をしちゃって…」


「………いい。気にしてない」


 結局、何か怒らせてしまったらしいという自責の念から、義隆はそれ以上三美に話しかけることが出来ず、ホームルームはそのまま終了していった。


「それじゃあ成田君。また明日ねー」


「明日宿題忘れるつもりだから、その時は佳花ともどもよろしくなー!」


「相変わらず宗助は馬鹿だな」


 佳花や宗助と挨拶を交わして、義隆も教室を後にする。既に三美は教室にはおらず、誰が見てもクラスAは絶対的に生徒の居ない空間になった。そして、階段を下りて下足室に行く途中で、義隆はある人物を見つけた。


「うげっ…」


 それは、嫌でも学校中で一番目立つ存在。濃紺のロングヘア―を靡かせて、1年生の下足箱の前で仁王立ちに構えているこの学校の生徒の女王こと吉岡岬の姿だった。


 義隆は彼女を目にした瞬間、口から思わず怪訝を込めた言葉を零すと、無意識に階段の陰に隠れて彼女の様子を窺った。特に何も悪いことはしていないのだが、彼女が生徒会室で口にしていた不穏な言葉の数々を思うに、このまま彼女の前に出てしまっては、関連が無いにしても被害を被る可能性が高い。そんな考えで、仁王立ちにしている岬の動向を静かに見守っていた



 はずだった。



「………んーーーー?」


 下足場の前に立つ岬。彼女は何かを察して、1年生が昇り降りする為の階段に視線を移した。それはまさに義隆が身を潜めている場所であり、見つかっていないはずの義隆は急激に嫌な予感を高めた。


「ん~~~…………」


 そして、


 カツカツと、


 階段に向かって歩いてくる、


 岬の靴音が義隆の耳にクレッシェンドして迫ってくる。


 そして


コツ………………


「…うーふーふー」


「ど、ども」



 義隆は、岬に見つかってしまった。



「全く、こんなところで隠れて私の様子を窺うなんて、義隆君は私のストーカーか何かなの?」


「そ、そんなわけないじゃないですか…あはは」


 口が裂けても先輩から逃げようと思っていたとは言えない義隆は、岬の言葉に全乗っかりでその場を乗り切ろうとする。


「ふむ…今は人の目もあるだろうから何も言わないとして…それで成田義隆君」


 岬は、目の前にいる義隆をフルネームで呼ぶ。校内放送とかでいうような仰々しい呼び方で呼ばれた義隆は、改まってそう呼ばれたことに嫌な予感しか感じられなかった。


「はい」


「今日はもう終わりでしょう?またちょっと一緒に付いてきてくれるとありがたいんだけど…」


ガシッ!


 ちょっと下手に出てお願い口調でそう言う岬。しかし、言うが早いか岬は義隆の腕をがっしりと掴んで結構強い力で握っている。義隆もどうにか振りほどけないかと結構本気で引っ張ってみるが、


ガシッ!!


 追い打ちをかけるかのように義隆の腕が岬の両手で捕縛されて、今度は男だてらの力で引っ張ってもどうにもならない。その間も終始首を縦に振るまで絶対に話さないという気持ちを目一杯込めたいい笑顔を作って義隆の返事を待つ岬。場合が場合なら、岬の明るい笑顔は可愛らしく、こういう状況じゃなければ少しドキッとするのだろうが、今の義隆にとっては身の危険の伴う可愛らしさにドキドキが止まらないというほうが正しかった。


 そして、岬の我慢強さと強制力に根負けした義隆は引っ張っていた手を緩めて岬に連行されることを選んだ。


「わかりましたよ。どこに付いて行けばいいんですか?」


「わかってくれてありがとね。もちろんこの前と同じ生徒会室よ。この前言ってた用事の事は覚えてる?」


「………まぁ、残念ながら」


「その用事を義隆君に説明しようと思ってね。それじゃ、行きましょっか!」


 説得が完了した義隆を連れて岬は一番奥の教室棟へと足を進めた。スカートのポケットから鍵を取り出して、上機嫌に指先で鍵をくるくると回す岬。そんな岬の後ろで静々と着いて行く義隆だったが、1年の棟から、隣の教室棟に向かう渡り廊下に差し掛かったところで、一つの声を聞いた。


”………ください”


「ん?」


「あれ?どうしたの義隆君」


「…今何か、声が聞こえたんですよ」


 義隆の言葉に、岬は耳を澄ませてみる。しかし、春先の風の音やまだ学校に残っている生徒の音以外の音は彼女の耳には届かず、義隆が気づいたという声には気が付かなかった。


「特に変わったところはないような…」


「いや…あれは………」


”………やめてください”


 義隆は聞こえていた。そして今度はちゃんと聞こえた。何かを拒絶しようとする弱弱しい声、そしてそれは、聞いたことのある声だった。


「先輩、ちょっと行ってきます!」


「あぁ義隆君!待って!」



………



 高校の校門前、生徒も教師も目をつけていなかったこの空虚な場所で、義隆が聞いた声はやはり存在していた。


 カメラを持った男性と、上下スーツに身を包んだ男性。そしてそんな二人組から執拗なまでに質問の応酬を受けていた少女。鞄で顔を隠して、男性二人組からどうにか逃げようとするが、男性二人は少女の行く先に素早く回り込んでは再び質問を繰り替えす。


「どうして合唱の名門であるクラスEではなく一般のクラスに入学したのですか?あなたならきっとこの高校でも頭角をあらわせるはずです!何か理由が―――そもそも白秋での―――合唱部を辞めた―――噂―――好きな人―――」


 カバンを盾にして拒否を示す態度を取っていることなどお構いなしに、スーツ姿の男性は少女に質問をまくしたてる。そして、一方的なインタビューをしている内に、学校の中から人がやって来た。


「何やってるんだよっっ!!」


 それは、声を聞きつけて駆け出してきた義隆だった。


 義隆の予感は当たっていた、彼が聞いていたのはここで足止めを受けていた彼女の振り絞るような声だったのだ。


「困ってるんだから攻め立てるようなことはやめるのが大人なんじゃないのかよ」


「い、いやだなぁ…僕たちはただ任意でインタビューをだね…」


 髪をかき上げて平静を装うスーツの男性。男と共に行動していたカメラを抱えた男性も、男の言葉に少し不快な笑みを浮かべていた。そして、義隆と男たちが睨みあいをしていると、遅れてやって来た彼女が声を張り上げてその間に割って入った。




「そこまでです!私は鈴之原高校、生徒会長の吉岡岬です。お二人は新聞社かテレビ局の方かとお見受けします。失礼ですがどちらの会社であるか証明できるものをご提示いただけますか?」




「え………あ」


 岬がそう張り上げて間に入った瞬間、男たちの表情がひきつった。そして岬が立て続けに男たちに言葉を浴びせる。


「あと、お二人は校門を超えて学校の敷地内に入っていらっしゃいますね?平常日に学校へ入って撮影や収録をする場合は教職員並びに生徒会に事前に連絡が必要だという旨が要請されているはずです。本日、そのような予定は生徒会の方では把握しておりません」


「あ、あの


「したがって、御社の行動に関しましては教職員とも協議をして今後の対応を検討させていただきます。場合によっては生徒が被害を被ったという事で警察にも……」


 岬の流暢なガイドによって、後ろめたさを隠し切れなかった男二人は舌打ちと共に学校から立ち去って行った。社員証なども提示することがなかったが岬はそれを激しく追及することはしなかった。


「…ふぅ。ま、こんなものかしらね」


 男たちの影もなくなった頃になって、腰に手を当ててその影を見送っていた岬がようやく一息ついた。そして、ようやく解放されたことによる安心感から、インタビューを受けていた彼女はその場にへたり込んだ。


「あ、おい!」


 そして、顔を隠していた鞄も地面に落とし、震えたような緑の髪と、雫に潤んだ黄色の瞳が露になった。それは間違いなく、畑中三美その人だった。


「っ……………」


「え、三美ちゃん!?」


「畑中さん…直ぐに帰ったんじゃなかったのか?」


 岬の驚きと義隆の質問に答えるそぶりはなく、彼女は地面に座り込んで、俯いて、震えていた。義隆はどうにか事情を聞こうとするが、それは無意味だと自然に気付いた岬は、義隆の肩に手をやって彼を制した。


「義隆君。少しそっとしておいた方がよさそうかも」


「そっと、って…でもここに置いておくわけには…」


「まぁそうよね…」


 義隆の言葉に、御尤もであると感じた岬。今しがたの出来事もあるので出来れば他に人が…理想としては教師がついてあげられる場所がいいのだが、今すぐにどこかにと思い付ける場所はない。それに、彼女の事だから、有るとしてもそれは………


「とにかく、今は運べるところに運びましょう。どこでも」


「何処でも…か、それならとりあえず元々の目的だった生徒会室っていうのはどうですか?」


 義隆からの提案に、空回りしていた岬の思考はクールダウンしていく。色々と考えて、あーでもないこーでもないと考えていた岬だったが、義隆の提案が今の一番手っ取り早い手段だと考え、それに乗じることを義隆に伝える。


「そうね…じゃあ三美ちゃんも一緒に生徒会室に行きましょう。三美ちゃん、立てそう?」


「………は、い」


 かすれそうな声でどうにか返事をした三美は、そばに落ちていた鞄を左手に拾って、ゆっくりと恐る恐る立ち上がろうとする。その姿に不安を感じた義隆は、彼女の空いていた右手を無意識にとった。


「っ!」


「ほら、無理しないでゆっくり立ち上がれって」


 いきなり手を掴まれて、驚きを隠せなかった三美だったが、そんな義隆の行動のおかげで、どうにか立ち上がることが出来た。そして、スカートの埃を岬も手伝って掃い落として、ようやく落ち着いた所で義隆は掴んでいた手を離した。


「とりあえず大丈夫そうね。じゃあ義隆君、三美ちゃんを生徒会室までエスコートしてあげてちょうだい」


「…えぇ、わかりました。エスコート何で大げさなものじゃないですけどね」


 エスコートとかいうしゃれた言葉で義隆に促した岬。義隆は少し間を置いて気にしないことにして三美の側に立った。


「とりあえず、着いてきてくれるか?」


「………」


 三美は何も言わなかったが、自分を真っすぐ見ていた義隆の目を逸らさずに見つめていた。そして、先導する岬と、それを追う義隆の二人の後を、三美はおずおずと付いて行った。

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