第2話「生徒会長、表と裏」
私立鈴之原高等学校
新入生を迎えた入学式は過ぎて次の日。学校に足を進める生徒の数は昨日より増え、学校に入っていく大人の数は少なくなっていった。桜が学校までの入り口を彩り、その薄桃色と若い朝日を受けて輝くような白のワンピース調の女子制服。男子の濃紺のブレザーと相対色になるその出で立ちは、通学する生徒が多いほど通学路が人というものを克明に映し出す。そしてその中に、入学式を経験した生徒たちも、入学式を準備した生徒たちも混じっていた。
「朝陽~、おはよ~」
「おはよう岬ちゃん。今日もおねむだね~」
「寝たの2時よ?私絶対寝ちゃうから、朝陽、色々とよろしくね~」
「はいはい」
朝早く、生徒は疎らで、ほぼ人のいない通学路の坂道を悠々と歩いていく岬と朝陽。あくびをしながら学校までを歩いていく岬に、数人の通りすがる生徒の…特に岬と同じバッジを身につけた生徒たちが恭しく挨拶を交わす。
「部長、おはようございます!」
「部長、今度の顔合わせ頑張りますからねっ!」
「えぇ、頑張ってね!」
後輩生徒に声をかけられるや否や、彼女のだらだらモードは一瞬にしてなりを潜めて、生徒会長&部長モードに変身する。快活な彼女の言葉を受けた後輩たちは満面の笑顔で学校へ駆け出して行った。そして後輩たちが去っていくとすぐに肩の力を落として朝陽に甘えるように話しかける。
「…あーさーひー」
「そんなに変わり身するのが嫌なら、無理しなければいいのにー」
「だってぇ~…部長としての威厳が~…生徒会の尊厳が~…」
「はいはい、学校はすぐそこだよ~」
「あ~~~~………」
半泣きの岬に、無慈悲にも学校を指さして見せる朝陽。そして、そんな二人を遠目に見ながら通学する生徒が一人。濃紺のブレザーを身にまとった男子生徒は、先日の入学式で否応にも見かけることになった二人を見ながらぼんやりと桜並木の通学路を歩いていた。
「…この学校、結構坂がつらいな」
朝も早く、義隆はそんな事をぼやきながら進んでいく。義隆は、電車の時間を様子見するために、まだ早い時間の電車に乗った。そのおかげで今日は妙に早く学校に着いてしまい、こうしてゆっくりと坂道を登っていた。そして、早朝の通学路で、いつぞやに見かけた顔を目の端にとらえる。
「…あ、れ?昨日の生徒会長…?」
通り過ぎる間際、そんなことを迂闊にも口にした義隆にいち早く感づいたのは、他でもない岬本人だった。
ガッ!!
「うおっ!?」
もう少しで学校の校門前に至るかという所で、義隆は左肩を力強くつかまれた。いきなりの出来事にバランスを崩しかけた義隆はすぐに後ろを向いて何者かと相手を確認する。
そこには、学校の生徒代表と言うにはあまりに不似合いな負のオーラを垂れ流した女子生徒がいた。そして、前に垂らした髪をかき上げて、義隆も見覚えのある生徒代表のモードに変身した岬が、とてつもなくいい笑顔で義隆に問いかける。
「見・た?」
「は?」
「見・た?」
「な、何を…」
「見た、わよね…?」
「だから、何が…」
一言だけを繰り返し問う岬、何を聞かれているのかわからない義隆だったが、自分の肩を掴む力が次第に女子の範疇を超え始めていることに気づき、これ以上すっとぼけていては身の危険が伴うと察知して、とりあえずノーと言っておけば大事にならないだろうと判断して口を開こうとする。しかし、そんな義隆の思惑を知ってか知らずか、肩に手をかけていた岬の隣で、同じくいい笑顔を浮かべていた朝陽が岬に一言ささやいた。
「岬ちゃん、だらだらモード他の生徒に見られちゃったね~」
「みーーーーーーーーーーたーーーーーーーーーーなーーーーーーーーーー!!!!」
朝陽の一言に、岬の表情が般若面のように
「おはようございます」
何やら茶番を繰り広げていた3人のさらに脇を、一人の少女が通り過ぎた。去り際に交わした言葉は、まるで鈴のように3人の耳に流れ込み、全員の心を引き寄せる。
透き通るような碧緑の髪、それに結ばれた黒いリボン、そしてトパーズ色の瞳、義隆はそんな彼女に見覚えがあった。そして、義隆が気づいたと同時に、3年生である岬と朝陽も彼女を見てハッとした。それは見惚れるのとは別の理由、彼女を知っているという理由だった。
「おはよう。あなたは新入生の…畑中 三美さんよね?」
「っ………」
名前を呼ばれるや否や、三美は苦い顔をして一歩後ろに下がった。そして、少し間をおいて、姿勢だけは正して、顔を隠すように俯いて岬に返事した。
「…はい、よろしくお願いします」
彼女のあからさまに怪訝な反応に、岬と朝陽は少し諦めたような表情を浮かべ、一方の義隆はそんな女子同士の関係に疑問しか浮かべられなかった。そして、簡単な挨拶だけを済ませた三美は、その場を離れるように足早に学校へと進んでいった。通り過ぎる彼女の背中を見ながら、岬は寂しそうに呟いた。
「うーん…やっぱり印象はよくないか。まぁあんなに目立つ挨拶しちゃったからね。でもどうして彼女はここに…」
「えっ?何が…」
「気にしないで。なんでも…な………はっ!」
すぐ側で岬の呟きを聞いていた義隆は、その意味を理解できずうっかり声を上げてしまう。そして岬は、自分のすぐ手前に、自分の裏の顔を見てしまった男子生徒がいたことを思い出し、その生徒の顔をにらみつける。
「うおっ!?な、なんすか!?俺、なんかしましたかっ!?」
「うるさいっ!あなた新入生ね、それも一般クラスの!」
「へっあぁはい…えっとクラスAの成田 義隆です」
「あっそう、クラスAなのね?ふーん…」
とてもじゃないが、生徒の代表がしてはいけないような表情を浮かべて、岬は義隆をにらみつける。そしてそんな彼女に、またも呑気なトーンで朝陽が一言添える。
「クラスAという事は、三美ちゃんと同じクラスよね~」
「え、あ…さっきの畑中三美…さんですか?」
朝陽の言葉に、義隆は慌てて相槌を打ってこの場を何とかしようと考える。しかし、義隆の考えもむなしく、岬はそんな言葉を一刀両断するように言い捨てる。
「そうね」
「あ、そう…ですか…はは」
いよいよもって後がないと考える義隆、このままでは訳も分からずやたらとガラの悪い生徒会長のような人に3年間目を付けられる。そう思った義隆は、咄嗟の思い付きで話を切り出す。
「で、でもうちのクラスでもそうでしたけど、畑中三美さん?って、なんか有名な人なんですか?」
「……………は?」
口をついて出た言葉に、今度の岬は思わず目が点になり、しばらく間を置いてそう言った。そして義隆の言葉は、いつも穏やかで冷静な岬の親友の朝陽すらもうっかり驚きを見せてしまう程の出来事だった。
「…あなた、畑中三美を…”カナリア”を知らないの?」
「カナリア…?いや、だって俺は今まで…」
義隆が何かを言い終わる前に、岬が義隆のシャツの胸元を掴み上げ、改めて義隆を睨みつける。しかし今度は殺意とかそういう邪悪なものではなく、義隆自身を、あたかも試しているかのような真剣な眼差しだった。
「…あなたは、成田義隆君だったわよね?」
「あっはい」
「オーケー。義隆君、今日は午前で終了ね?授業が全部終わったらクラスAに残っててくれる?」
「へっ…?」
「残ってくれる…わ・よ・ね?」
岬は表情をころころと変えて、最終的にいい笑顔で義隆に
………
教材の説明や今後の授業の予定や必要な教材までが説明されて、いつの間にか昼を迎える。担任である中田先生の、帰りのホームルームも一通り終了したところで、生徒たちはぞろぞろと帰っていく。人が減っていく教室で義隆は、今さっき先輩からされた
「何だったんだろう」
登校の二日目。まだこの高校の事も特に理解していない内から、いきなり生徒会長のような人物に肩を掴まれ、首を掴まれ、あまつさえ首根っこまで掴まれて脅しを受けたのだから、ここで約束をすっぽかせば、次は間違いなく自分の高校生活が死ぬ。それを悟った義隆は、ぼんやりとでも何でも、人がいなくなる教室で待たざるを得なかった。そしてクラスメイトの声も次第に褪せていき、教室に残るのが自分だけになったかと思い、義隆はいつもの癖で目をつぶって耳を澄ませる。
「………」
耳に届くのは、遠くの生徒たちの喧騒。それは喧騒としてではなく、はっきりと何らかの会話として自分の耳に残る。そして、どうやら正午を告げたのであろう、学校に響く音楽。義隆はその音楽にさらに傾注して、区別をし始める。
―――自分の中で判別のできた音が、形をもって頭にインプットされていく。
―――その形とは最初は何かの線のようなもの。その音楽を構成する大きな枠が、彼の脳内に”斜め右下の線”という抽象を持って伝える。
―――その形とは、次に白と黒の形。それはまるで鍵盤のようで、そしてまさしくピアノの鍵盤の形。区別のできた音が、鍵盤の並びの一部として頭に入ってきて、一音一音を正確に読み取る。
成田義隆には、癖があった。自分で進んで経験することはなかったが、家にピアノがあったり、ピアノが鳴らす音を聞いていたり、音楽と言うものに包まれた生活をしているうちに、音を区別する癖が身に付いたのだ。音の区別は、長らく生活の一部になっていたピアノを基準にしたもので、聞き覚えのある音楽はピアノの鍵盤に変換されて、ピアノがあれば、それを演奏することも出来る。しかし、鍵盤に表現されることに関しては特に何も思っていなかったが、それを飛び越えて音楽そのものの形までが無意識に図形化されるようになってからは、その癖を多少疎ましく思っていた。その癖が鬱陶しいというわけではなく、その癖が人に理解されずに笑われる事が嫌になって表にしないだけだ。
「…斜め右下は、フラット…なんだっけ」
目を開けて、思い浮かんだ直線の意味を口にしてみる。昔は自分が思っていたことが何なのかわからなかったが、音楽の教科書を眺めているうちに、思い浮かんだ出来事に意味があるとわかり、中学を卒業する頃には、自分の癖と音楽の知識を重ね合わせるのが日課になっている。そして、目を開けて左側の窓から外を眺めようと顔を向けると、そこには意外な光景が待っていた。
「………」
高い陽光を反射するグラウンドと森が描かれた窓辺。
いや、
それよりも遥か手前、自分の左隣の席に、何にもとらわれず、顔を一切動かさずに下を向く女子生徒の姿がそこにあった。義隆の左隣の彼女…畑中三美。彼女の視線の先にはカバーの掛けられた文庫本があり、隣に座っている彼女は座ったまま微動だにせず、ただひたすらに本を読んではページをめくることだけを繰り返していた。
「………」
ぺらっ…ぺらっ……
紙をめくられる本のさえずりが、人のいない教室で義隆と彼女の耳に聞こえてくる。不定形のそんな音は、義隆にとっては安心ができた。それは、音として区別をする必要がなく、
「…
彼女の言葉に、隣で彼女の様子をぼんやりとみていた義隆が思わず声をかけた。
「えっ?」
「っ!?」
義隆が声をかけると、隣の彼女はビクッと背中を弾ませる。そしてじりじりとこちらを右隣に目を遣って義隆の方を見る。
「あ………」
「よ、よう…もしかして、ずっと気づいてなかったのか?」
気まずい雰囲気に、とりあえず声をかけてみる義隆。しかし、トパーズ色の瞳をした彼女は、そんな義隆の顔を眺めて、すぐに顔を背けて義隆に背中を向けてしまう。そして、正午の時報の余韻までもが鳴り終わってすぐに、彼女は読んでいた本をいそいそとカバンにしまい込んですっくと立ちあがってそのまま教室を後にしようとした。その時…
「おっ、待ってたねー?義隆君…と、おや?三美ちゃんはもう帰るの?」
「っ………」
カバンを肩に抱えたまま、俄かに教室を訪ねてきた生徒会長の岬の言葉に硬直する彼女。しかし、岬の言葉には返事を返すことなく、三美はそのまますたすたと帰っていった。
「あらら…」
そんな様子を岬は頭を掻きながら困ったように眺めるが、フゥ…と一息ついて、岬は教室の中に残っていた義隆に向き直った。
「さて、それじゃあ着いてきて、義隆君」
「あっはい」
………
凛とした、生徒会長然とした表情の岬が、義隆を先導して案内する。それは今朝見かけた感情豊かな彼女ではなく、入学式の時に見た自信に満ちた表情だった。そして彼女は1年生の教室棟を出て、渡り廊下を二回通り過ぎて、最もグラウンドに遠い教室棟にやってくる。そこで立ち止まることもせず、岬はそのまま階段を昇って3階へ進み、迷いなく進んである場所で立ち止まった。
「よし!着いたわよ!」
「ここって…生徒会室…ですか?」
「見ればわかるでしょう?」
案内されてやって来たのは、教室札に”生徒会室”と書かれた教室だった。確かに岬が言うように生徒会室以外の何物でもない。それに目の前にいるのは生徒会長だし、そこに案内されるのは自然と言えば自然だろう。どうして自分なのかという一点を除いてだが。
「ささ、早く入って入って!」
「ちょっ…押しっ…!?」
生徒会室の前でもたついていると、岬が後ろに回り込んで、義隆の背中をグイグイと押して中へ押し込もうとする。いきなりの事に戸惑う義隆だったが、むやみな抵抗は危険だと理解して仕方なく岬の行動に乗っかることにした。
生徒会室の中は、実に簡素な作りだった。事務用の折り畳みテーブルがいくつか、入学式で義隆たちが座っていたようなパイプ椅子がいくつか、そして金属的で無機質な本棚やロッカーがいくつか…窓際になる場所には、一台だけの古いワークデスクが鎮座しており、そのデスクの上だけは、整頓された教室の中で、異質にも紙束が山と積まれていた。
「あら?今朝の見ちゃった新入生だねー?」
生徒会室に入ってすぐに、その隣の部屋から湯気の立つ飲み物をお盆にのせて持ってきた朝陽が声をかけてきた。義隆も彼女に見覚えがある。生徒会長の横で一言一言意味深な発言をしていた女子生徒、表情の変わる岬とは対照的に、柔らかい笑みを崩さずに…言い方は悪いが場をかき乱すような言葉をぽん…とつぶやいていた女子だった。
「えぇ、宣言通りひっとらえて来たわ。よし………っと」
ガチャ!
義隆が教室に入るや否や、岬は生徒会室の扉に鍵をかける。暗に自分を閉じ込めたその音に、義隆は嫌な予感だけを募らせていった。
「…こほん」
一通りの行動が終わった岬は、咳ばらいを一つして、義隆に向き直った。そして、自信ある凛とした表情で彼に対峙して、自己紹介を始める。
「改めまして、私は知っての通り、鈴之原高校の3年で生徒会長の”吉岡 岬”よ。クラスは…知っているかもしれないけどクラスEよ」
そう言って岬は自然と手を差し伸べて握手を催促する。義隆はその手を自然と取って、岬と握手を交わした。
「それで、あなたは1年クラスAの”成田 義隆”君よね?」
「は、はぁ…そうかもしれません」
「よ・ね?」
「はいっ!おっしゃるとおりでありますっ!!」
少し気まずそうに呟いた返事に、岬は笑顔のままキレる。その迫力に押されて義隆は変な言葉づかいで返してしまった。
「よろしい。それでこっちは生徒会の書記、私と同じクラスEの”大中 朝陽”よ」
「よろしくー」
岬の紹介に、コップを持たない方の手をひらひらとさせて笑顔を見せる朝陽。義隆はとりあえずばつの悪そうな顔で、頭を下げて会釈をした。
「とりあえず、他の生徒会役員はまだ来てないから今は私達だけの紹介をしとくわね。それで、いくつか本題はあるんだけど………」
岬はそう言うと、とりあえず拳を組んで指をポキポキと鳴らして見せる。今からこれから殴ろうかと言うほどの雰囲気を見せながら義隆に近寄る岬、そして二人の間に緊張が走った矢先、岬から質問が飛んできた。
「とりあえず、怒らないから正直に答えてね。あなた、私がこっちの朝陽に甘えてた姿を見てたわよね?」
「………あ、今朝の…」
「そう、今朝の」
「えっと………はい、見てしまいました」
義隆の脳裏には確かに生徒会長ががっくりと項垂れて朝陽にうだうだと何かを言っている光景が焼き付いていた。義隆は、それを意外な一面としてインプットしていたので、なおのこと鮮明に記憶している。
「はぁ~~~………もう、あとちょっとで隠し通せる所だったのにぃ!まさか右も左もわからない新入生に見つかるとは思ってなかったわっ!」
がっくりと肩を落とす岬、どうしていいかわからない義隆は、その場に立ち尽くして、現在進行形で項垂れている生徒会長を眺める。
「まあまあ岬ちゃん。バレちゃったのは残念だけど、少し気持ちも楽になったんじゃない?」
「それは………」
朝陽の言葉に、長い濃紺の髪をいじいじしながら複雑そうな顔をする岬。さっきから表情を十二面相させる生徒会長に、義隆は唖然とするしかなかった。
「それと、新入生をずっと立たせたままなのも申し訳無いんじゃないかな?」
「あぁ、そうね。ごめんなさいね義隆君。どうぞ好きな所に座ってちょうだい」
「は、はぁ」
岬に促されるまま、義隆は生徒会室の真ん中に用意されている会議卓の一席に座る。そして、岬がコツコツと歩を進めて奥に用意されているワークデスクに座り、いつの間にか姿を消していた朝陽が、緑茶の入った湯呑みをもって義隆のそばにやって来た。
「緑茶は嫌い?」
「あ、いえっ!ありがと…ございま、す?」
「どういたしましてー」
一応、歓迎されているのかもしれないと感じ始めた義隆は、用意されたお茶を一口すする。まだ熱かったが、緊張から口が渇いていた義隆は、その緑茶のほのかな甘さと香りに安心を感じていた。
「…そうね。まあこうなったら仕方ない。義隆君には今朝の出来事は誰にも言わないようにしてもらわないとね」
「岬ちゃんいいの?本性をさらけ出すいいチャンスだと思うんだけど?」
「本性って言わないでよ!」
朝陽の言葉を選ばないぶっちゃけに思わず岬もツッコミを入れる。
「とにかく!そういう弱みを見せちゃったら、生徒会も運営が難しいし…何より合唱部が困るのよ。ここでいじられ役になんてなったら、後輩にも示しがつかないし…結果は、残せない」
悩まし気に説明する岬。その表情は困り気ではあったが目の奥には確かに責任を全うしようという思いが隠されている。朝陽にはその辺は理解できていたが、初対面の義隆にはその辺はうっすらとしか読み取れなかった。
「そう言うわけで義隆君」
「は、はい」
「私の事、内緒にしてちょうだいね?もちろん拒否権はないからそのつもりで」
「はい」
「もし誰かにバラしたら、その時は覚悟しておいてね?」
「はい」
「ね?」
「………はい」
二度、念押しをして義隆に忠告する岬。とりあえず破れば何らかの死が待っていると確信した義隆は、考えることを止めて岬の言葉にただ頷いた。
「さて…一つはとりあえず解決?したとして、問題のもう一つだけど…」
「それは私も知らないけど、それもこの成田君関連?」
「えぇ」
一つの問題が解決した岬は、話を切り替えてから改めて義隆に問いただそうとする。朝陽は義隆を手のひらで指して、岬の話がもう一度彼に関わるという事を確認した。
「義隆君は、畑中三美さんと同じクラスなのよね?」
「はい」
「三美さんの事、知らないの?」
「はい。彼女はそんなに有名人なんですか?」
義隆の返答に、二人の三年生は改めて目を丸くする。朝陽は口元を手で押さえて上品に驚きを露わにしていた。そして義隆は、そんな二人の反応の理由も知らず、ただただ沈黙の教室で首をかしげていた。
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