第11話 精神病院

「あの、ここに誠という、患者が、あの上の名字が分からないんですが、入院していませんか」

 病院に着いた映美は、早速受付に行き訊いてみた。

「あの二週間くらい前に、措置入院になった人なんですが」

 そう言うと、受付の女性はパソコンをパパッといじった後、すぐに明るい表情になった。

「いますね。誠。二週間前。ここでも上の名前は分かっていませんね」

「あの、まだいるんでしょうか」

「はい、まだこちらに入院しています」

「あの会えますか」

「ちょっと、お待ちください。担当の者に訊いてみます」

 そう言うと、受付の女性は近くの電話の受話器を取った。やった、誠がいる。やっと見つけた。映美は飛び上がらんばかりに喜んだ。

 しばらく待つと、担当らしい看護婦が奥から出てきた。恰幅のよい、いかにも気の強そうな感じだった。その雰囲気に、映美はさっきまでの喜びが急にしぼんでいくのを感じた。

「身内の方?」

 いきなり、ぶっきらぼうに言うと、看護婦は映美をじろじろ睨むように見つめた。

「いえ、違います。あの誠は」

「いますよ」

 なぜか、看護婦はけんか腰だった。

「会いたいんですが」

「それはダメです」

「あの、誠は暴力なんか振るっていないんです。誤解なんです」

「それは警察に言ってください」

「本当なんです。ただ、突き飛ばしたと誤解されて」

「ですからそういうことは警察に言ってください」

「でもおかしいじゃないですか。よく調べもしないで」

 映美はなんかむかついてきた。

「おかしくないです。そういう決まりですから」

「でも、別に何かしたわけじゃないでしょ」

「何かするかもしれないでしょ。それからじゃ遅いの」

「でも、そんな事する人じゃないんです」

「それはあなたがそう思っているだけでしょ」

「でも・・・」

 映美は悔しかったが、言葉が続かなかった。

「でも、でもこれじゃあんまり」

「何か不服があるなら正式な手続きを踏んでください」

「どうすれば」

「それはご自分で調べてください」

「せめて話がしたいんですが」

「まだダメです」

「なぜですか」

「やっと病状が落ち着ていてきたところだからです」

「病気じゃないです」

「ここに来た時はとても暴れました」

「そりゃ、いきなり精神病院に入れられたら誰だって暴れるでしょう」

「とにかく、何か不服があるなら、正式な手続きを踏んでください」

 最後にピシャッと冷たくそう言って、看護婦は映美に背を向けさっさと仕事に戻って行った。話せばすぐに分かってもらえると思っていた映美は、その肉付きの良い背中を茫然と見つめた。

「どうなってるの」

 映美には何がなにやら分からなかった。受付の女性がそんな映美を気の毒そうに見つめていた。

 映美はとりあえず、その足で市役所に相談に行ってみた。

「それは、まあ、一応、法的には何の問題もないですからねぇ」

 生真面目を絵に描いたような男が無表情に映美の前に座っていた。

「でも、あんまり」

「そう言われましても、それはやはり病院と相談していただかないと、役所としてはなんとも・・・」

 職員の話し方に、やる気のなさが露骨に伝わってきた。

「病院と話して何とかならないから来てるんじゃないですか」

「そう言われましてもねぇ」

「だっておかしいじゃないですか。何もしていないのに」

「それは警察に言ってもらわないと」

「警察にも行きました」

「そう言われましてもねぇ」

「おかしいですよ。よく調べもしないで」

「う~ん、困りましたねぇ」

 困っているのは問題に対してではなく、映美に対してだった。職員の背後には早く帰ってくれオーラが充満していた。

「おかしいですよ。人を精神病院に強制的に閉じ込めるなんて」

「ですから、それは法的には全く問題なくてですねぇ」

「法的に問題がないなら、何をしてもいいですか」

「ですから役所としましてはですねぇ」

 まったく話にならなかった。こんな言い訳じみた話が永遠に続くだけだった。

映美は夕暮れる街角を一人歩いた。

「どうしよう」

 すでに暮れ始めた、赤い空を眺めた。

 とりあえず次の日、再び病院を訪れ、映美はダメもとで面会の申し込みをしてみた。

「身内の方ですか」

「いえ、違います」

「家族の方以外は面会謝絶です」

「なぜですか」

「まだ人に会うほど回復していません」

「じゃあ、いつ会えるんですか」

「それは分かりません」

「そんな・・」

「退院させるにはどうしたらいいんですか」

「それは家族の方の同意が必要です」

「彼には家族がいないんです」

「じゃあ、無理ですね」

 なぜか、受付の女性までが、昨日と違って態度が冷たくなっていた。

「どうしよう」

 映美は困惑し、途方に暮れた。

 それでも映美は諦めきれず、時間があれば誠のいる病院に通い続けた。

「何度言ったら分かるんです」

 受付で粘る私の前に、またあの恰幅のよい看護婦が出てきた。

「でも、会うことぐらい」

「ダメなものはダメです」

「でも」 

「ダメです」

 やはり、まったく話にならなかった。

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