第10話 失踪
「今日もいないな」
最近、仕事が忙しかったのもあるが、映美がたまに川沿いを周って公園を覗いても誠の姿を見かけなくなった。誠の姿を見かけなくなって、もう一週間以上が過ぎていた。
「いつもいるって言ってたのに」
映美はアパートに行ってみようかと思ったが、なんだかそれは厚かましいような気がしてやめた。
「やっぱりいない」
二週間が過ぎた頃、やはりおかしいと映美は気付いた。映美はすぐに誠のアパートに行ってみた。誠の部屋の前に立っても全く人の気配を感じない。恐る恐るチャイムを鳴らすがやはり誠は出て来なかった。
「どうしちゃったんだろう」
映美は心配になった。
映美は、休みの日に商店街に行ってみることにした。とりあえず前に誠と入った喫茶店に行ってみた。
「あの、すみません」
相変わらず、店内は薄暗く無気力と堕落が交じり合ったような空気が流れていた。
「ここで掃除のバイトをしている男の人のことお聞きしたいんですけど・・・」
映美はおずおずと店主のおじさんに声を掛けた。
「さあ、知らないな」
店主は、相変わらず暗い表情でうつむいたままそれだけ小さく言って、心を閉ざしてしまった。
「あの・・」
どうもこれ以上聞ける雰囲気ではない。仕方なく映美は外に出た。
「どうしよう。ほかに聞ける人は・・・」
映美はとぼとぼと商店街を歩き出した。
「彼は、警察に捕まったよ」
「えっ」
突然背後で声がして映美が振り返ると、そこに小柄な老人が一人立っていた。前に誠とカレーを食べた時、喫茶店の奥のカウンターにいた人だ。
「警察⁉」
「ああ、ちょっとした事件があってね」
「事件?」
「彼が暴れたんだ」
「暴れた?」
「どういうことですか」
「さあ、それ以上は俺も知らないな。ただちょと見ただけだから」
そう言って、老人は再び喫茶店の中に入って行ってしまった。
「誠が、暴れるなんて」
映美には考えられなかった。いったい誠の身に何が起こったのか、映美はその後、商店街とその周辺を何か情報が得られないか更に歩いてみた。
商店街から少し外れたところまで歩いて来た時、駐車場の陰で猫おばさんがこそこそと何かしているのが見えた。
「何しているんですか」
映美は背後から声を掛けた。すると猫おばさんは飛び上がらんばかりに驚いて、急に必死で謝り出した。
「すみません。すみません。もうしません。もうしません」
「い、いや、あの、どうしたんですか」
猫おばさんの慌てぶりに映美の方が慌ててしまった。
「すみません。すみません」
猫おばさんはなおも誤り続ける。どうも猫おばさんは、ここで猫に餌をやろうとしていたらしい。映美が見ると、猫の餌が駐車場の端に置かれていた。
「大丈夫です。大丈夫です。何もしませんから」
映美は猫おばさんを必死でなだめた。
「落ち着いて、何かあったんですか?」
猫おばさんはいつも、早朝に広場の片隅で餌をやっていたはず。映美は何かあったのではないかと思った。
「猫に餌をやっていたら」
「猫に餌をやっていたら?」
「餌をやるなっておじいさんが怒鳴ってきて」
猫おばさんは震えていた。
「それで」
「その人がものすごい剣幕で怒るもんだから、私怖くて、私が悪いんです」
猫おばさんはそこで再び猛烈に謝り出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「大丈夫です。大丈夫です。それで、どうしたんですか」
映美は何か誠がそれに関係しているような気がした。
「間にあのいつも掃除してくれてる男の人が立って・・・、でも、おじいさんはお前は誰だってすごく興奮していて」
「やっぱり誠だ」
「うん、おじいさんがとても興奮していて、私も何かよくわからなくて、そしたらおじいさんが転んで、もともと足が悪いみたいで、杖とかついていたし、勝手に転んだんだと思うんだけど、だけどおじいさんが叫び出して」
「誠が転ばしたって?」
「うん、こいつが突き飛ばしたんだって、大騒ぎして、そしたら、救急車とか警察とかいっぱい来ちゃってそれで」
「それで、誠は警察に?」
「うん。そう、そのまま刑務所に入れられちゃったんだ。全然見かけないもの」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
猫おばさんにお礼を言うと、映美は急いで近くの交番に向かった。
「ああ、そういえばそんなことあったな」
駅前の交番で尋ねると、最初若いお巡りさんが出てきて首を傾げていたが、年配のお巡りさんの方が覚えていた。
「で、その人はどうなったんですか」
映美は慌てて訊いた。
「さあ、どうだったかな。ちょっと待って」
そう言って年配のお巡りさんは奥に消えて、しばらく経ってからまた出てきた。
「ああ、措置入院になってる」
何か書類のようなものを見ながら年配のお巡りさんは言った。
「なんですか措置入院って」
「まあ、平たく言えば、強制入院だよ」
「強制入院?どこに!」
「ええっと、ああ、大石精神病院だ。ほら、あの山のところに建っている」
お巡りさんが指さしたほうを見ると、遠い山の中腹に大きな病院が建っているのが見えた。
「なんで精神病院なんですか。誠は何もしてないでしょ」
「まあでも、知的障害もあったし、おじいさんが押した押したって騒ぐからね」
年配のお巡りさんも困ったなと言った表情で言った。
「でも、誠はそんなことする人じゃありません。とても優しい人なんです」
「そう言われてもなぁ」
「本当に心のやさしい人なんです」
「君、身内の人?」
「いえ、違います」
「じゃあ」
「でも、誠はずっと真面目にこの商店街の掃除をしていたんですよ。そんな人がいきなり暴力なんて振るうわけないじゃないですか」
「まあ、身内の人がいなかったしね、どうも話がかみ合わないところがあったし・・・」
お巡りさんは明らかにめんどくさそうな表情になってきた。
「でも・・・」
「すみません」
その時、一人のおばさんが交番に入ってきて、話は打ち切られた。
「まあ、そんなに心配なら、病院まで行ってみるといい」
最後に若い方のお巡りさんが映美にそう言った。映美は納得いかなかったが、それしかない気がして、次の日、病院まで行くことにした。
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