第7話 会話
それから、映美は夜勤の日は、帰りに川沿いを通って公園を覗くようになった。
「あっ、今日もいたね」
「やあ」
映美に気付いた誠はまた人の良い笑みを向けた。
「仕事は終わったの」
「うん、終わったわ。きれいさっぱりね」
誠は、今日もノートを手に持っていた。
「何を描いたの」
映美は誠の持っているノートを覗き込んだ。
「ジョウビダキだよ」
「へぇ~、なんかかわいい」
「行き遅れたんだな」
「どこに」
「渡り鳥なんだよ」
「そうなんだ。もう春だもんね」
「座るかい」
「うん」
映美は今日も誠の隣りに座った。
その時、近くの木の枝に、緑色が鮮やかな小鳥が留まった。
「あれは?あれがウグイス?」
「あれはメジロだよ」
「メジロ?」
「メジロ。ほら目の周りが白いだろ」
「あっ、ほんとだ」
「目の周りが白い。メジロ」
「分かりやすいのね」
映美は思わず笑ってしまった。
「鳥、詳しいんだね」
「そんなことないよ」
「頭がいいわ。どうやって覚えるの」
「そんなことを言われたのは初めてだよ」
「ほんと」
「みんなぼくのことをバカだっていう」
「そんな・・・」
「ぼくはほとんど学校にも行っていないし」
「どうして?」
「みんなぼくのことをいじめるんだ」
誠は、きれいに晴れ渡った気持ちの良い、春の青空を見上げた。空には、小さな雲が浮かぶきりで、きれいな青が全面に広がっていた。
「だから僕は絵を描いた」
誠は青空を見つめたままだった。
「あの絵は、なんで捨ててしまったの。とてもいい絵だわ」
「ぼくの部屋には大き過ぎた」
誠は笑った。映美もつられて笑った。誠の笑いにはやはり何か不思議な魅力があるなと、映美は思った。
「あのアパートで一人で暮らしているの」
「ぼくは生まれた時からずっと一人さ」
「?」
「ぼくはみなしごなんだ」
誠は呟くように言った。
「病院の前に捨てられていたそうだよ」
「・・・」
「孤児院にいてもいじめられるから、僕はいつも公園で鳥を見ていた」
誠は少し寂しそうな表情で木々に留まる鳥たちを見つめた。
「そしたら君に会った」
誠は、映美を見て笑った。
「いいこともあるさ」
「ふふふっ、そうね。私も誠に会えた」
「うん」
二人は一緒になって笑った。
「仕事は何をしているの」
「掃除をしているんだ」
「掃除?」
「駅前の商店街でごみを拾ったり」
「ああ、掃除の仕事をしているのね」
「うん、そう、掃除の仕事。とても、大切な仕事なんだ」
「あの商店街なら私もよく行くわ。でも全然見かけないわね」
「そうかい」
「いつやってるの」
「朝四時から」
「早いわ。それじゃ会わないわけね」
「そこで八万円もらうんだ」
「昼間は働かないの。そしたらもっといい生活ができるわ」
「ぼくは体が弱いからそんなにたくさんは働けないんだ。それに頭もよくないから、すぐにクビになってしまう。ずっとそうだったんだ。だから、今のままでいいんだよ」
「そう・・・」
「それに絵を描く時間が無くなってしまうし」
「それが一番の理由ね」
「うん」
映美はおかしかった。このせわしない現代社会にこんな人がいるんだ。映美はなんだか心が軽くなるのを感じた。なんかほっとするな。映美は思った。
「私も行くわ」
映美は突然宣言した。
「どこへ?」
誠がきょとんとした表情で映美を見る。
「あなたの働いているところよ」
「何しに?」
「もちろん、手伝うのよ」
誠は更にきょとんとしてまじまじと映美を見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。