最終章 サブカル・ルネッサンス

マンガ、アニメが宗教であるという見方に立てば

昨今のバッシングに対しても一定の理解ができるだろう。

こうしたサブカルチャーに馴染みのない人から見れば

オタクという人種は新興宗教の信者のようにしか映らないのである。


手塚治虫は50年代後半から60年代にかけての

悪書追放運動全盛期を「マンガ追放時代」と定義し、

70年代漫画が広まり普通の存在となった時期を「マンガ空気時代」、

コミケが生まれ、漫画が人的交流のツールとして使われた

70年代後半以降を「マンガ記号時代」と呼ぶことを推奨した。

1989年に手塚治虫は死去するが、それからのマンガ史を続けて見てみると

『週刊少年ジャンプ』が653万部の歴代最高記録に達した1995年をピークとして

80年代後半から2000年あたりを「マンガ黄金時代(最盛期)」とすれば

2000年以降は「マンガ飽和時代(爛熟期)」と言えるだろう。

90年代のオタクバッシングを乗り越え、

『電車男』が放送された2005年をピークにオタク文化が広く一般に知れ渡り

サブカルチャーがメインカルチャーを侵食し始めた。

手塚治虫から始まる戦後サブカル文化の一つの頂点であり、分岐点に来ていた。


あらゆる文化には興廃がある。

2010年以降の「暗黒時代」の到来は必然と言えるだろう。

漫画アニメの衰退にはパソコンやゲームの勃興と反比例する部分もあるが、

ケータイやスマホと言った電子端末やSNSの登場により、

マンガ、アニメ、ゲームといったサブカルチャー(大衆文化)全てにおいて変革の時期が訪れているのは間違いない。

こうして生まれたものの一つがラノベから派生した「異世界転生もの」であり、

筆者が推奨する「現世悟りもの」の作品群である。


今のサブカルバッシングは「マンガ追放時代の再来」と言える。

クリエイターは表現の自由を求め、国や地方自治体と対立しているが、

必ずしも悲観的になる必要はない。

戦後まもなくから数々のバッシングを最前線で浴びてきた手塚治虫は

晩年、むしろ漫画批判が弱まっている事を危惧していたのだ。

つまりサブカル界に吹く逆風は暗黒時代にあって

生まれ変われるチャンスであり、

ルネッサンス(復興運動)を招来する要因となるかもしれないのである。

いずれにしても爛熟期に入ったサブカルが

退廃に向かうか再生に向かうかの瀬戸際にあることは間違い。

サブカルにおける宗教改革は差し迫った問題である。

そのためには戦前漫画と戦後漫画を分断した

偉大な手塚神話の呪縛から逃れる必要があるだろう。

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