第3章 アンチ異世界転生ものとしての「現世悟りもの」
異世界転生ものの構造や成り立ちを浄土信仰という切り口で見てきたが、
現実を捨てて浄土(異世界)を選択するというのは
見方によっては自殺を推奨するかのような不健全なイメージさえ感じさせる。
比叡山延暦寺での修行を経た日蓮は当時の浄土信仰の影響力を目の当たりにし、
浄土信仰は法華経の精神(釈迦の教え)から逸脱していると考えており、
法華経に帰依しなければ、内乱や他国からの侵略が起こるとして、
「立正安国論」を書き、人々だけでなく幕府に対して法華経を国教とするように訴えた。
こうして後の日蓮宗が興る。
浄土信仰の爆発的な広がりの反動でこのような批判も出てきたように、
似たような展開を繰り返す異世界転生ものにも当然批判が存在する。
震災以降のサブカルの動きは何も異世界転生ものだけではない。
2010年代の代表作としてまず話題に挙がるのが「魔法少女まどかマギカ」であろう。
まどマギはダークファンタジーに分類されるジャンルであるが、
学校や家庭という日常も描いている。
キャラクターのセリフを借りて要約すると「奇跡も魔法もある」物語である。
奇跡や魔法も異世界と同様に現実との対比であるが、
「魔法にはその対価が必要である」という設定がこの作品のポイントであり、
ビジュアル的には従来の萌え系、日常系を踏襲していながら
かなりシビアで残酷な問題を取り上げているところが特徴である。
もちろんこれも日常系が意図的に排除していた部分である。
「がっこうぐらし!」
「進撃の巨人」
「この世界の片隅に」
「けものフレンズ」
「メイドインアビス」
などなど、まどマギ以降単なる日常系の範囲に収まらないテーマ性を持った作品が急増した。
ラインナップを見ると
「異世界転生もの」よりもむしろサブカルのメインストリームにも思えるが
「デスゲーム系」のような狭い世界でもなく、
これらを総称するのに適当な呼称はまだ存在しないので仮に「現世悟りもの」と名付ける。
「現世悟りもの」の定義としては
舞台は現実世界でもファンタジーでも構わないが、
リアルな世界感を感じさせる設定や生活描写が重要で、
希望も絶望も等しく存在する当たり前の世界を正面から描く特徴がある。
どちらかと言うと「異世界転生もの」よりも「セカイ系」の影響が強いが、
セカイ系のように主人公の行動が世界情勢に直接影響を与えるのではなく、
あくまで世界の摂理法則は絶対であり、主人公たちもその支配下に置かれる。
「異世界転生もの」における人生イージーモードと
「現世悟りもの」における人生ハードモードは面白いほどに対照的である。
「新都社」という「なろう」の漫画版とも言える
投稿サイトから生まれた大ヒット作「ワンパンマン」の
ワンパンチで敵を倒すという設定からも分かるとおり、
最近は努力や経験を繰り返して成長するのではなく最初から強い主人公が多い。
現代の若者は生まれた時から物質的に豊かな状況であるので
かつて一世を風靡した「スポ根」や
ジャンプの「友情・努力・勝利」という理念に対し
暑苦しい、ダサいと感じており、どこか冷めた目でみている節がある。
これは現在の経済事情もあるのだろう。
頑張って努力すれば必ず報われて、
毎年のように革命的な技術革新があり、
よりよい明日が待っていた高度経済成長期から
物質的には豊かであるが、
長引く不況で停滞感がある今の世の中ではモチベーションから違う。
こうした時勢を踏まえたうえで、
「自分から積極的に動く気はしないが、奇跡が舞い降りてきてほしい」
という方向性が異世界転生ものであり、
「何もかも失ってしまうかのような過酷な状況に身を置くことで希望を探そう」
というのが現世悟りものと言える。
そもそも手塚治虫は「漫画に悲劇を持ち込んだ」人である。
面白可笑しいだけの漫画ではない
喜劇も悲劇も世界の全てを描くのがまさに戦後漫画のスタートだった。
こうした要素を廃除したのが萌えや異世界転生ものである。
日蓮自身、苦難の人生を歩むが、
どんなに苦しい現世でも浄土系のように現実逃避せずに
法華経を捨てずにいることが重要と説いた。
手塚漫画を法華経と捉えた場合、「現世悟りもの」は
まさに日蓮宗であり「アンチ異世界転生もの」と言えるのではないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます