第4話 虎姫と元春と幻を作った過ち 下
「「嘘ォ!?」」
僕と虎姫さんは思わず大声を上げてしまった。
虎姫さんは冗談のつもりだったのかもしれない。
『いいえ、ほんとです』
「いや、そこは拾わないでください」
正直、こんな事ってあるのかというものだ。
偶然とは、末恐ろしいと感じた。
しかし、僕は野球に詳しくない。
球史となってくるとなおさらだ。
でも、彼女なら問題ない。
「虎姫さん、任せた」
「よし、こっからは私のターンや!」
これを機に彼女にスイッチが入ったようだ。
彼女の背後に燃え盛る火が見えるようで見えない。
果たして、どう攻めていくのか。
◇ ◇
「野球、、決断、過ち……監督のミスとかやろうか? それとも牽制死? 結構あるかもなぁ……」
声に漏らして考えてしまう、昔からの癖。
言ったもの以外にもありそうや。
例えば捕手のリード、リードが下手でホームランを打たれたとか。
いや、リードに正解はないと考えるべきかも。
もっと敵を作る行為じゃないとダメやな。
バント、ヒットエンドラン、盗塁。
でも、これは監督の指示で行うことが普通。
というか、そもそも敵を作るってどういうことや。
ファンがアンチになったってことで間違いないやろか。
とりあえず、質問するしかないか。
イメージするんや、バッターボックスに立った自分を。
「決断っていうのはプレーのミスですか?」
『いいえ』
空振り。
ということは、バントとかは消えたな。
というか、こう質問すれば簡単やんか。
「彼ってのは監督ですか?」
『いいえ』
またも空振り。
追い込まれたが、もう決まりやな。
「では、選手ですか?」
私は確信をついたな、と決め顔になる。
しかし、バットに当たることはなく。
『いいえ』
「な、なんやてぇ!?」
空振り三振。
自分の弱きノミの心臓がパサパサと塵になっていく。
元春もこの様子に頭を抱えた。
「わ、私のフルスイングがぁ……」
「お、落ち着こう虎姫さん! きっと突破口はある!」
「も、元春ぅ……」
一度、水を飲んで落ち着く。
深呼吸をしてリスタート。
監督でもなく選手でもない。
なのに敵を作った。
そんなことできる奴がいるんやろうか。
野球は選手と監督がいればできるスポーツ--。
いや、違う。
「そうや……そうやそうや!」
球場にいるのは選手と監督だけじゃない。
私は深く息を吸って問う。
「彼は、審判ですか?」
答えは。
『……はい』
「よしきたぁ!」
私はカウンター席から条件反射のように立ちあがる。
女らしくないとは思ったがそんなことは関係ない。
「やったね、虎姫さん!」
元春も自分の事のように喜んでくれる。
「これも、元春のおかげや!」
手を取り、上下にブンブン振る。
少し取り乱しながらも元春は喜ぶ。
そして、ここから一気にクライマックスだ。
「さあ、もう答えは見えたで」
『では、答えをどうぞ』
審判で、敵を作る行為。
敵を球団ファンとしておけば、もう明解だ。
「彼がやったのは、誤審や!」
『……完食、ですね』
◇ ◇
『幻を作った過ち』
彼の名はジム・ジョイス、メジャーリーグの審判員だ。
2010年6月2日、デトロイト・タイガースとクリーブランド・インディアンズの試合、大事件が起きた。
この日、タイガース先発のアーマンド・ガララーガは絶好調。
9回裏まで誰一人走者を出すことなく抑えていた。
そしてアウトをひとつ、ふたつ、と稼ぐ。
残りあと一人、打者のドナルドが打った。
それは、一二塁間へのゴロ。
一塁が送球し、ベースカバーに入ったガララーガが捕球。
タイミングはもちろんアウト。
ファンの誰しもが完全試合達成だと確信した。
しかし、一塁審だったジョイスはこれをセーフと判定。
判定は覆ることはなく、完全試合が消えた。
これにはファンも激怒、マスコミも連日大きく取り上げた。
後日、ジョイスは誤審だったことを認めてガララーガ本人に謝罪。
この一連の騒動は〈アーマンド・ガララーガの幻の完全試合〉として歴史に名を遺し、今も語り継がれている。
◇ ◇
「まさか野球の事だったとはねぇ……」
僕たちは一旦、店の外に出て話あっていた。
「いやぁ、有名とはいえあれ出すなんてなぁ。私も驚いたは」
「虎姫さんはメジャー詳しくないんじゃなかったっけ?」
「せやで。でも、世紀の誤審っちゅうことでNPBファンの間でも有名なんや」
「そうなんだ」
もしかしたら、僕が知らないだけで結構取り上げられていたのかもしれないな。
「さってと、どないする?」
虎姫さんが僕の顔を見る。
そういえば、この後の予定を決めていなかった。
「元春はこの後暇?」
「まあ、帰っても特にやることはないかな」
そう言うと彼女は嬉々とした顔を浮かべる。
「ほな、ファミレスで語ろうか!」
「えぇ! 今日でもう二人目だよ!?」
「そんなんええねん! 行こ行こ!」
彼女は僕の手を引っ張って走る。
冬の街中を走って人込みや建物を通る。
僕は仕方ないとは思わず、同じような顔をしているだろう。
こうやって彼女に手を引っ張られるのが好きになってきたのかもしれない。
「はいはい」
僕はそう言って転ばないように走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます