第5話 花山薫とスピード違反 上

 少し寂れたビルの二階。

 飾りっ気のない曇りガラスが着いた扉が勢いよく開かれる。

「先生! どうして電話に出てくれないんですか!?」

 怒鳴りつけながら入ってきたのは棚町京子たなまちきょうこ

「んだよぉ……」

 真昼間から気持ちよくソファーで眠ていた男が起きる。

「んだよぉ……じゃないですよ! 私が持ってきた依頼の待ち合わせだったでしょう!?」

「あー、そういやそうだ」

 男は枕にしていた腕を解除、立ち上がる。

「まあ、俺みたいな冤罪えんざい鑑定士は多忙じゃないほうがいいんだけどな」

「そうですけどぉ……そうじゃない!」

 冤罪鑑定士、それが彼、花山薫はなやまかおるの職業だ。

 世の中にある冤罪を鑑定し、白か黒かを見極めるのが主な仕事だ。

 依頼せいなのもあってか、食っていくのは難しいらしい。

「というか、今日は予定あるんだよ」

「え? 言ってましたっけ?」

 京子はメモ帳で確認しているが、それらしい書き込みはない。

「今言った」

「予定ならしっかり私に言ってください!」

「……善処する」

 薫はハンガーにじかけていたコートを取り、着込む。

「あ、もう行かれるんですか?」

「ああ」

 彼はそれだけ言って事務所を後にした。



 ◇   ◇



『いらっしゃいませ……お前か』

「よっ、久しぶり」

 薫が向かったのはウミガメレストランだ。

 彼はコートを脱ぎ、椅子に座る。

「とりあえず、オムライス」

『……うちは料理を出さんぞ』

「レストランなのにか? こりゃ詐欺だろ」

 彼はにやにやした顔で言う。

『お前、わかってて言ってるだろ』

「もちよ」

 彼は冷えた水をいっきに飲み干す。

「お前が店を構えたから来いって言ったんだろ。それで、スープだっけか? 俺にもくれよ」

『……辛さは?』

「あ? んなもん辛口に決まってんだろ」

 余裕の表情、相当自信があるようだ。

『……後悔するなよ?』

「バッチ来いよ!」

 店長はノートを開いた。



 ◇   ◇



『俺は二人の友人と車で高速道路を走っていた。後ろを見るとパトカーが追っかけてくる、お目当ては俺たちらしい。俺は友人にスピードを落とせと言った。文字通り落としたくれた。しばらくして捕り、罰として懲役一年以上が課せられた。スピード違反よりも断然重い。なぜ?』



 ◇   ◇



「なんじゃそりゃ」

 あほくさ、といった反応だ。

 彼は結構なリアリストなところがあるため、そのせいだろう。

「現実ではありえないんじゃーか?」

『そういうのは質問で紐解いていくんだよ』

「ほーん」

 彼は少し考える素振りを見せる。

 質問を考えているのだ。

「まあ、ここまで来たらやるか。冤罪鑑定士、なめんなよ」



 ◇   ◇



『さあ、こい』

「まず、これは現実で起こりうる話か?」

『ああ、ありえるぞ』

 非科学的なものは苦手なのでありがたい。

 なら、質問攻めしていけば崩せるだろう。

 どうやって攻めるか。

 恐らく、キーポイントは三人と罰だろう。

 まずは罰について探っていくか。

「その罰……罪は懲役一年以上になるものか?」

『ああ』

 となると、スピード違反じゃない、他の罪も上乗せしての一年以上の二択か。

「スピード違反以外にも罪はあったか?」

『ああ、あるぞ』

 ビンゴ、とまではいかないか。

 でも、スピード違反となにかで一年以上なわけだ。

 だが、高速道路という限られた場所でできる犯罪ってなんだ。

 車を操縦しながらならなおさらだ。

 三人だから四人乗りは確定、設問からして俺ってのは助手席か後ろ。

 友人の一人が運転で片方が後ろか助手席。

 これは調べなきゃダメか。

「予想以上に難しそうじゃねぇか」

『お前ならこれくらいいけるだろ、薫?』

 店長は煽りを込めた笑みをする。

 これには少しムカッと来る。

「本気、出すか」

 俺は水を注ぎ、飲み干す。

 懐からいつも持ち歩いているキャラメルを取り出し、頬張る。

 キャラメルを食べた俺に敵はない。

「ここからだ」

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