2.神崎さんとその友人

「うわぁ……痛そうだなぁ。大丈夫かい?」

「一限と二限はすっぽかしたけど、学校に来れただけましだぞ……めちゃ痛ぇんだからな」


 二限が終了して、休み時間に入ったぐらいに登校してきた。

 しかし、顔にでかでかと葉っぱの紅葉のような跡をつけたまま、登校する羽目になった。

 神崎に目線をやるが、なかなか目を合わせてくれない。やった本人がそれでどうする。


「そうだ、橘さんは今日は来てないのか? 昨日聞き忘れてた事があってさ」

「橘さんかい? それならお手洗いだよ。珍しいね和也。僕以外の人と話すなんて」

相良さがらが見てないだけだ。普通に誰とでも喋るからな」

「なら、七……神崎と話してきたらどうだい? 今朝、顔を真っ赤にしながら教室に入ってきて、まさか裏でそんな事があったなんてね。笑っちゃうよ」

「七海って言いかけてるけど、知り合いなんだよな?」

「僕はそのつもりだけどね」

「それなら聞くけど、赤面癖なんてあったのか?」

「うーん……。僕には分からないけど、もしかしたらという事なら心当たりはあるよ。けれど、これを言っちゃうと僕はつまらなくなると思うな〜」

「そう言うなら聞くのは止めにする」

「おっと、そんな事を話してるうちに戻ってきたみたいだね」


 指で指す方向に顔を向けると、そこには確かに橘 紗香さやかがいた。

 教室の中で談笑している塊を避けながら近づいていく。そのぶん、机や椅子の足に脚をぶつけながらといった、なんとも格好の悪い歩き方だった。


「よぉ、橘さん。いきなりで申し訳ないんだけど、昼休み時間あけてくれない?」

「いいよ? でも突然どうしたの? そっちから声かけてくるなんて」

「まぁ、ちょっとな。それに神崎さんと仲いいだろ?」

「まぁね」


 自慢げに「ふすー」と鼻を鳴らす。

 肩のあたりで切り揃えた茶色の短髪が揺らぐ。

 人のことを可愛い可愛いと言っているが、彼女もまた結構可愛い方ではあると思う。


 確かに有名人ともなれば、そうなるのは普通だろう。しかし、その裏では全く別の顔を知っているのかどうかが俺は気になっている。


「そうだ! 私から良いこと教えてあげるよ」

「なんだ?」

「瀬良君ってテストの点数がいつも平均しか無いって言ってるからさ、勉強したらどう?」

「……うるせぇな。余計なお世話だ。用件は伝えたからな」


 その後の三限四限と続く授業は、休み時間に言われた言葉を聞いたからか、ちゃんと聞くようにしていた。


「案外ちゃんと勉強すればこれいけるんじゃねぇか? 高得点」

「どうした瀬良。何か分からないことでもあるのか」

「い、いえ、なんでもありません。授業を進めてください」


 独り言を言ったつもりがだいぶ声に出てたようだ。


>>>


「四限目の最後の方は凄かったね」

「仕方ねぇだろ。そもそもあんたのせいなんだからな」

「いやはやー、意識してくれると案外張り合いがあるっていうか、こうして男と喋ることもないしね〜」

「てっきり手玉に取って男を遊ばしてたのかと。可愛い割には性格的に奥手なんだろ」

「は、はぁ!? そんなわけないし! 瀬良君は見てないだけだけでしょ!」


 飯を食っている最中だというのに大声を出して怒鳴り散らしてくる。当然、周りの注目を集めるわけで、その中にもしっかりと神崎はいるはず。


「いちゃつく為に一緒に食ってるわけじゃないってことを忘れてるよな」

「むぐっ!」

「焦るなって。ほら」


 俺は手元に置いてある飲みかけのお茶を渡した。

 橘さんは手に取るのを一瞬だけ躊躇ったが、すぐさま奪い、口にした。


「……瀬良君。そういうの、他の女の子には絶対にやらないでね……」

「は? おい、待てって」


 それだけを言い残して、席を立ち教室を出ていった。

 立つ時に一瞬だけ見えた耳が、普通の肌よりも赤らんでいた。


 雰囲気で流されたけど、聞きたいこと聞けてないじゃん……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る