第一章 

#1

1.加減の出来ない神崎さん

 翌日。

 雲が一つも無い空だというのに、こんなにも気分が悪い朝なんて一度も無かった。

 昨日は色々と、日常には程遠い経験をしたからなのかもしれない。


「休みてぇ……。なんせ、寝不足だからな」


 かといって幼馴染が飛び込んでくることもなく、妹が布団を剥がしにくることもなく、彼女が寝起き……なんて、ゲームじゃないんだから。


 だらだらとジャージのまま過ごしていたら、机に置いてある携帯がバイブレーションで震えだした。

 液晶には『相良さがら』と表示されているのを確認すると、俺は手に取り電源を切った。


 数秒も経たずに家のチャイムが鳴りだす。

 この時間では、両親二人は仕事に出ていってしまっているので、この家には俺しかいない。


 ピンポーンピンポーンピンポーン……ピピピピピピンポーン!!!!!


「……だぁー! うるせぇな! 分かっとるわ!」


 家のうるさいチャイムをBGMにしながら制服に腕を通していく。

 私立逢瀬高校の制服は他の高校とは違って珍しく、男子生徒だけはシャツが黒色と一風変わった高校だった。


 手短に身なりを整えてから玄関の扉を開けると、神崎が立っていた。


「あれ? 相良はどうした?」

「え、えっと、そのね!」

「あー、ちょっといいか。お前、本当に神崎か? 一年の夏休み明けから神崎の事で色々と話題になってたけど、こんな奴が神崎……こんな奴とか言って本当に神崎なら謝るけどさ」

「うーん、確かに尾ひれがついたような話がちょっとあったような気がするけど、全部本当よ?」


 なら、校内のみで学年関係無く順位が付くものなら、何もかも一位を取っていたのは本当ってことか。


「内容が本当だろうが、自分のことを証明出来ないなら意味ないよな」


 長考した挙句、顔をうつむかしながら手を胸にかざす。


「じゃあ、お、お、おっぱい、触る……?」

「性別の問題じゃねぇ!」


 触ってみたい気もするけど。


「生徒手帳を見せるとかあるだろ……」

「あ、そっか」


 生徒手帳には顔写真が記載されている事を忘れてなくてよかったな。


 神崎は鞄の中を漁ることはなく、生徒手帳を取り出して突き出してくる。


「ん。これで良いでいいよね」

「本当だな。顔が一緒だ」

「あ、当たり前でしょ! 何を言ってんのよ」

「まぁ、本当に本人だと分かったことだし、相良はどこだ? 携帯を鳴らしたのは相良なのに、ここにいるのは神崎だ」

「そ、そう! 一緒に来たの! それで、啓介君が「あとは、か、和也かずやをよろしくな」って」

「あいつならやりかねないな」

「と、ところで時間は大丈夫なの?」


 液晶画面に目をやると、午前八時二十分。走らないと間に合うかどうか分からない時間に差し掛かっていた。


「こりゃ、まずいな。走るぞ神崎」


 腕を掴んで走ろうとしたが、


「や、やめてっ!」


 バシィッ!と派手な音が住宅街に響き渡る。

 そういえば、そうだったな。って。

 かなり強く叩いてしまったせいか、瀬良和也は意識が朦朧もうろうとしている。


「どうしよう、やりすぎちゃったかな?」


 頰を突いてみるが、返ってくるのは唸り声だけ。


「ごめん! 今回だけは許して!」


 神崎七海は一声かけた後、学校へ向かった。

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