素直になれない神崎さん

 帰路はもう終盤に差し掛かっていたが、ずっとあの机のことが頭から離れてくれない。

 気になる。かなり気になる。

 酷いかもしれないけど、どうして虐められているのが気になって仕方がない。

 暇で暇で仕方がなかった夕方から一変して、校内一の有名人に会ったと思えば同じクラスで……まあ、これは俺の周りの事に興味ないのが原因だが。


 それはそれとして、大体は予想がつく。

 嫉妬。


「いやぁ、もう、これ確定だろ。女の嫉妬深さには恐れい……ぐぉあ!」


 突然、背後に人気を感じさせた瞬間、後頭部に衝撃が走る。鈍器で殴られたかのように。


「ってぇな! 何すんだよ……って」


 そう言って振り向くと、相良さがら啓介と何故かまた神崎がいた。相良の手には、さっき殴る時に使ったものだと思われるパンパンに詰まった鞄を持っている。


「なんだよ相良、お前か? 殴ったの」

「そうともさ。なんせ、七……彼女は非力で弱っちいからねぇ」

「お前、七海って言いかけたろ。知り合いか? 教えろよ、有名人で可愛い子隠しやがって」


 可愛いという言葉に反応したのか、神崎は一歩だけ後ずさりをする。


「……まぁ、そんな事はどうでもいい。それより、和也かずや。彼女が虐められている事を知ったからには、ちゃんと後片付けをしてもらうよ?」

「お前がいるってなら、何かに手伝わされるって察したから、言われなくても分かってる」

「察しが良いねぇ。さすが僕の親友だ。あと、下の名前で呼んでくれると嬉しいんだけどね」

「んなもん言えるわけねぇだろ。啓介なんて下の名前で呼んだら鳥肌立っちまう」

「そこは慣れて行くしかないさ」


>>>


 携帯の待ち受け画面をみると二十二時丁度だった。だからか、少し肌寒いと感じる程度の気温となっていた。春になったとはいえ、まだ上旬だ。冬の終わりといっても差し支えないだろう。


 そうして小一時間ほど相良の話を聞いていると、いつも通りの馬鹿っぷり全開だった。


「はぁ!? だったらお前が原因じゃねぇか!」

「いやいや、僕は悪いと思っているよ? それでも仕方がないじゃないか」

「だからと言って人の机使うか? 使わねぇよ!」

「おぉ、和也にしては珍しい一人漫ざぼへぇ!」


 神崎は怒っているのか、横っ腹を握り拳で殴った。いいところに入り悶絶している。


「確かにお前の芸術に関しての腕は認めるけどよ、暴言は芸術じゃねぇだろ」

「そうよ! 人の机を勝手に使った挙句、幼馴染だからといって私があの机を片付けると思った? んなもん啓介が全部やりなさいよ!」

「お、あ……わ、分かったから、やめてくれ……」


 悶絶する姿が土下座をするような姿勢に見えて許したが、神崎はご立腹だった。

 でも、芸術に関する相良の腕は確かなものだった。

 俺らが小学生になった頃は、もう日本に収まらず、世界へ何度も絵が往き来したり、その絵は何千万と、俺にはそれほどの価値があるのかと思えるような作品も大人にとっては凄かったものなんだろう。

 それに比べて今のコイツは、そのせいなのかアホになってしまったと。


「じゃあ、会った時に虐められてると言ったのは、俺を引き止めるためで」

「そうだね。そうでもしないと和也だったら帰りそうだからね」

「神崎の机の絵の具と文字は、お前が描いたもので」

「まあ、落書きだと思われても仕方がない。あれは下準備みたいなものだったんだ。最初は担任に連れられていく和也を見送ってから、下準備に入ったんだよね。けど、すぐに足音がするものだから掃除箱に隠れたんだよ」

「だから掃除箱から音がしたのね? で、私が水を汲みに行ってる間に教室から逃げ出す」

「その間に俺が教室に戻ってきて、時間が経ってから神崎が来たと」


 そして転んだと。


「あ、神崎。保健室にいた時、なんであんなことしたんだ? しかもあんな顔で」

「えっ? あ、あれね! どうしてもコイツが許せなくて、怒りを発散したかったけど出来なかったから、放心状態になれば良いんじゃない! って」

「ははっ、よく出来た顔だったぜ」

「うっさい! だまれ!」


 とても可愛らしく愛おしい顔でそう言っているが、表情は笑っていた。


「お似合いだね、二人とも。僕は二人の付き合いなら歓迎するよ」

「どうして相良が歓迎するんだよ」

「つ、付き合い!? 冗談じゃないわ! こんなやつと!」

「僕としてはお似合いだと思うけどなぁ。和也は昔からなにも出来ないのに、顔なら中の中の上だって」

「ば、ばっかじゃないの!?」


 俺は神崎の手を引き、冗談と本気の気持ちを織り交ぜながら顔を近づけて、耳元で囁いた。

 おかしかろうと気持ち悪いだろうと関係ない。


「俺、有名人だろうがなんだろうが、そんなの関係無しにお前の……神崎のこと、好きだぜ?」


 向こうは力づくで突き放す。

 いつものように……今日初めて会うのに、言葉としてはおかしいかもしれないが、何故か違和感を感じさせなかった。


 まあ、どうでもいい。


 いつものように顔を赤らめながら、彼女は言った。


「あっ……あなたのことなんか、だ、大嫌いですぅ!」

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