俺と神崎さんとの出会い(二回目)

 濡れた床を掃除しようと雑巾が備蓄してある掃除棚を覗く。そこには嫌がらせなのか、雑巾が一枚も入っていなかった。


「そういえば、今日の放課後に誰かが指示されて雑巾を捨ててたような気が……だとしても、普通新しいの入れるだろ」


 明日の朝までには乾いてそうな程度だが、雑巾の事もあり、結局は保健室へ雑巾を取りに行くことにした。

 保健室は教室の階段を降りて左側方向のつきあたりという、なんとも面倒な場所に位置しているんだと申したいが、そんな文句が通る訳が無い。


 色々と考えながら廊下を歩き続けていたのか、あっという間だった。

 今の時間的に職員らは全員会議室に集まっているだろうから、戸をノックしても中からの返事が帰ってくることはないので勝手に入る。


「失礼しまーす」


 戸を開くと、そこにはジャージ姿の神崎七海が教室より少し広い部屋の中にある、奥から二つ目のベッドの上に座っていた。

 ゴミを見るような目で睨んでくる。


「あら、いらっしゃい。辱めに合わせたあなた? 何か用かしら?」

「お前が勝手にすっ転んだだけだろ」

「ち、違うわよ!」

「というか、俺は暇でここに来たわけじゃねぇんだよ。誰かさんが、濡れたまんま、転んで、水浸しにしてどっかに行くからな」

「そ、そう」


 わざと言葉を強調させつつからかってみたが、期待していた反応では無かった。

 しかし、どうしてあんなに濡れていたのかが疑問に思えてくる。多分、一人でドジでもして水浸しになったんだろうな。としか思えない。


 棚から雑巾を出していると、後ろから制服を引っ張られているような感覚がする。その感覚につられて振り向く。

 そこには、心ここに在らずとでも言えばいいのか、さっきまでの雰囲気とは全く違い、どこかに闇を抱えて我慢しているように見えた。

 ふと思ったが、それは流石に駄目だろうと頭から振り払う。

 内容としては彼女の側に在り続ける事。

 絶対に無理だ。大げさに言うなら、俺と彼女の存在は地上を歩く人間と願いを叶える神様みたいなものだ。

 だとしても俺はここには放って置けなかった。


「なぁ、ちょっと一緒に来いよ。手伝わなくていいからさ」

「…………」


 彼女は黙ったままだった。


「お前……流石に止めた方がいいよな。神崎一人で背負うことはないからさ、誰かに相談して見るのもありかも知れないぞ」


 それだけを言って、神崎の手を取り教室へ戻った。


「さっきはありがと……」

「無理をするなよって言っただけだ。礼をされるようなことなんてしてねぇよ」


 あんまりボロを出しすぎると痛い目にあうぞ。なんて言いたくても、この有様では言えるわけがなかった。


「ところで、なんで濡れてたんだ? うちの学校プールなんてものは無いし、水槽なんてもってのほか」

「〜〜〜〜っ!」


 何かを思い出したのか、アニメーションのように顔を真っ赤に染め上げて、それを隠すために前屈みになる。

 俺が持っていた全ての荷物を奪い、ジャージ姿のまま校舎走り抜けて帰ってしまった。


 取り残された俺は、二人で来ていたはずの教室に戻り、雑巾を棚にしまう。

 時間も時間だから帰ろうとした時、ある一つの机に目が付いた。


「神崎とは同じクラスだったな……てか、高校生になってまでやる事じゃねぇだろ。これ」


 座席表と照らし合わせてみたからこそ分かった事だった。俺は後ろの方で、神崎は一番前の席。

 神崎の机と椅子には、シャーペンで書いたような落書きと絵の具を使って酷い言葉が書かれていた。

 俺はしゃがみこんで教室全体を見渡すと、教卓の下にバケツが転がり込んでいた。


「……そういう事か。ドジな奴だな」


 新しく補充した雑巾を使い、転がっていたバケツに水を汲んで綺麗にしてあげる。

 作業が終わる頃には日も暮れ、先程までの温かい教室は冷え切っていた。

 あいつの、神崎の、心の奥底のように。

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