第26話 ウギの太刀?振る舞い修行!

 マギから呪術の内容を教えて貰ったおかげでウギの身に起こった状況の理由が理解出来た。

 特段に呪術の相性とウギの『闘気』の関係で問題があったわけでは無いようだった、そのことは安心材料としてマギに感謝する情報だった。要はウギが小太刀こたちの魔力の使い方に慣れれば良いだけと言うことがわかった。

「そうね、毎度ウギが盛りの付いた猫の様になっていては可哀想だから太刀の時はサギの血をかりる方が良いわね」

 そんな事をマギがつぶやいていた。

 と、その物言いもいかがなものかと思ってしまうが……。

 でも、その場合のウギ身体の反応はどうなってしまうんだろう? 要らぬところで興味が湧いてきた。

「あら、ラリーも太刀の時のウギの反応に興味があるのかしら? サギが恋敵になるかもね? 小太刀こたちの時にラリーにあの反応だものね、サギの魔気に反応するようになるとどうなるのかしら?」

「なっ、何を言っているんだか」

 思わずうわずった声で返答してしまったが、その事を此の後ずっと後悔するとはこの時は露も思っていなかったよ。

 ウギの小太刀こたちへの慣れの訓練って一体、何をすれば効果的なんだろう? 真剣に考えると難問だったことに今更ながら気が付く。

 ウギが持っていた魔力の量以上の保有量をそれぞれの刀が持っている事になる其れを自分の力として制御する事が必要とされる訳だが……。その訓練とは? 簡単そうで相当難しい事がわかってきたがウギならばやりきれると信じている。

「まあ、ウギがラリーの恋心に自身が持てると良いのよね」

 と、マギがポロリとつぶやいくその言葉に思わず俺は反応してしまったよ。

「マギっ! 其れってどういうことだ?」

「あら、余計な台詞だったわね。ラリーのニブチンには荷が重いわ」

「いやいやそう言うことでは無くて……ニブチンは認めますが、其れが今回の事に何で結びつくのか教えて欲しい。其処にウギのトレーニングのヒントがあるのか?」

 マギのひと言に何か引っかかる物を感じて何となくたずねた。

「そうね、恋心も魔術も実のところは心の……気持ちの持ちようって事かしらね」

 そう言うマギのひと言がひらめきを誘う。そうか! そう言うことか! 

 ポンとひざを打って思わず叫んだ。

「其れか――その考えがあったか、ありがとうマギっ! 助かったよ、そうかその方法を試してみる」

 そう言うとマギにお礼をしつつ自分の部屋で有りながらもマギに後をお願いすると疾風の如くその場を駆け抜けていった。

「あらあら、ラリーったら本当にわかったのかしら? なんか怪しそうだわね」

 マギの独り言のつぶやきが主人を欠いた俺の部屋に木霊していた。

 マギの言葉からヒントを得た気持ちになった俺は一先ず試してみたい事があったので中庭に赴いた。マギの言葉通りならば俺でも同じ事が出来るはずだ、そう思って腰の剣を抜いておもむろに構えた。

 目の前に構えてその剣の中に自分の魔気を少しづつ流し込んでみる。そのまま魔気の流れに逆らわずにおのれの剣に対する心根をその魔気に乗せていく。すると、先程まで素直に流れていた魔気がわずかながら先細っていった。

「そうか、魔気と単なるの気を混じらせれば魔気の量は制御出来る、でも単なる気――気持ちを乗せるって事をどういう風に伝えると良いのか?」

 はたとそこで迷いが出てきた。今の俺は単に此の剣に対する愛着心を乗っけてみたが其れで良いのか? 他にウギの場合に適切な気の入れかたはあるのでは無いだろうか? 

 そんな事を思っているとそっと寄り添ってくる気配があった。サギだった。

「サギ、どうしたんだ?」

「ううん、さっきラリーが勢い込んで駆けていくのが見えたから――来てみたの、邪魔だった?」

「いや、そんな事は無いさ。ウギの小太刀こたちの修行の件で色々と試してみていたところだよ、誰かさんにノーアイデアなのって言われてたしね」

 そう言ってサギの方に皮肉っぽく返しておいた。

「あっ、だってそうだったから――ごめんね。ちょっと嫉妬してたかな、私」

「いや、実際あの時はノーアイデアだったからな……サギのお察しの通り」

「あーっ、そうまで言い続けるのは少し酷くなくてっ! さっき謝ったじゃん、ふん」

「ごめん、ごめん」

 そう言いながらサギの手を取って少し歩くことにした。

「あっ!」

 サギの手を取った瞬間、貴女かのじょの頬がほんのり赤くなるのがわかった。それでも繋いだ手の温もりからそんな恥じらいが新鮮でキュンとする気持ちの心地よさを感じて握り替えして来た手をしっかりと繋ぎ直していた。

 そのままサギの手を引いて中庭を後にする、特に向かう先は決めていなかったが今はサギとこうしていたかった。

「――ねぇ、ラリー? 何処に行くの?」

 そんなサギの問いにハッとして我に返った。そのまま貴女かのじょの方を振り向くと手を引き寄せて抱き締めていた。

「あっ――ラリーっ? どうしたの?」

 サギのつぶやくような問いを耳元で聞いてようやく俺は口を開いた。

「サギの事がたまらなく可愛く見えてだな――ちょっとキュンときた」

 そう言いながら俺はサギを更に強く抱き締めていた。


 抱き締めた手を緩めてサギを解放する、何だかそのままでいたい気もしていたが――是から夜になってウギとの修行の時に先に聞いておきたいことをサギに問うた。

「なあサギ、ウギの小太刀こたちの魔力制御についてどういう風に訓練するつもりなんだ?」

「――ウギばっかり、ラリーの頭の中はウギの事で一杯な~んだ」

 あっ、そう言う意味で聞いたわけでは無いんだがサギの機嫌が一気に悪くなっていったのがわかった。

「ううん、ごめんね。こんな事を言うつもりは無かったのよ――自分で自分が嫌になった来たわ、ふ~ぅ」

 大きい溜息をついてサギがうつむき加減で自嘲混じりに薄笑いをして俺の方に向き直ってきた。その大きな瞳にはうっすらと涙が滲んでいたように見えた。

「私ってバカよね。ラリーの事が好きなのは三人でそれぞれに認め合ってきているはずなのにね、私だけが何か嫉妬深くて嫌になっちゃうわ」

 そう言いながらサギは瞳を拭っていた。

 俺はそんなサギをただ見守っているしか無かった。

「サギ……俺っ――は」

「ラリーっ! 何も言わないでいいの――わかっているのよ是でも頭の中ではね――でもね、心の何処かでラリーが私だけを見ていてくれたらな~ぁ――ってささやくもうひとりの私がいるの、ウギもマギも私は大好きだし皆で一緒にいることが何より大切な事だと思っているのにね」

 そう言いながらもサギはにこやかに笑おうとしている顔がなんだか無性に切なく見えて心の奥に引っかかるものを俺は感じていた。

 俺の事をこんなにも思ってくれているサギに俺は何を与えてあげることが出来るんだろう? そう思うとサギの手を再び握り締めて抱き締めようとしていたが、其れをサギはスルリとかわすと数歩、俺から距離を取った。

「ごめんね、こんな気持ちのままではラリーと相対あいたいしている価値は今の私には無いわ――夜に皆で合う時まで直しておくから――ラリー御免なさい」

 そう言いながらサギは身を翻すと振り返らずにその場から駆け去って行った。其処にはただ呆然としている俺が立ちすくんでいた。


 夜になってウギが俺の部屋に呼びに来た。

「ラリー、これっ! 太刀たちなのじゃ『真徹まてつ』じゃぞ、どうじゃ!」

 満面の笑みで手に取った太刀を俺の目の前に突きつけてそう言い放つウギが其処に居た。

 しかし、『刀剣神楽とうけんかぐら』の刀匠の仕事の速さとその出来映えには舌を巻いた。小太刀こたちの細部にわたる造りも素晴らしかったが、この太刀たちは其れに更に繊細さを融合させた出来映えだった。まさに職人技の集大成とでも言える出来であった。ウギが太刀を手に浮かれているのも仕方の無いことと思えた。

「凄い剣だな、是は!」

「そうであろう、ラリーもそう思うじゃろう、うふふふっ!」

 頬に太刀と小太刀を擦りつけんばかりにウギは二振りの刀を抱き締めていた。

「ところでウギ、その太刀への呪術の儀式はマギに頼んだのか?」

「それなら、速攻でお願いしたのじゃ――でのぅ、そっちはサギに立ち会って貰って既に終わったのじゃぞ――あっ! ラリーも見たかったのかのぉ。其れはすまなんだ我を忘れて先走ってしまったかのぅ、すまん」

 そう言いながらウギが頭を下げてきた。

「あっ、そうでは無いよ。終わったなら其れでいいが――その後マギはどうした?」

「マギなら小太刀こたち時と同じで直ぐにそのまま自分の部屋で寝てしもうたぞ、わらわとサギはそのままもどってきたのじゃ――あっ、そう言えばじゃのサギが心配してマギに回復魔術をしようとしたらその必要は無いってマギが言ってたのじゃぞ、単なる魔力不足状態だって。でのぅ、ラリーに後で頼むからだってすっごい気持ちいいのをって――何のことじゃ? 其れって? 」

 あ~ぁ、やっぱりそうか。此の儀式はマギにとっては結構魔力を消費するらしい。後でまた魔力注入をねだられそうだな――でだその話しをそれもサギにそうわざとく言ったのか! マギらしいもとい、紛らわしいとはこの事だよそう思って俺は掌を額に当てて天を仰いだ。

「サギは其れを聞いてどうだった?」

「――んっ? サギの事が何で気になるのじゃ? まあ良いがのぅ……ん~、そうそうサギは其れを聞いてその後――何も喋らんかったのじゃよ、何か酷く機嫌が悪そうだったぞ――ラリーが何かしたのか?」

 あちゃ~ぁ、サギがそうなったか――後が怖そうだな。しかし、いや~ウギの天然さには救われるわ。

「其れは其れでウギっ! ところで俺を呼びに来たのか?」

「おおっ! そうじゃったぞ、皆仕度がすんだから正面門で待っておるぞ、わらわ達も急ごうぞのぅ」

 そう言うとウギは俺の手を取って引っ張っていこうとする。

「ウギっ! わかったからそうかして引っ張らんでも行くよ」

「じれったいのじゃ――わらわは先に行くぞ」

 そう言い残してウギは部屋から駆けだしていった。腰には二振りの刀を結わえて其れが妙に度にいっていたのは後で気が付いた。

 俺の方はと言えば、是から始まるウギの刀への魔力制御修行について姫御前の三人三葉の立ち振る舞いの暗雲立ちこめる様相にちょっと気が滅入ってきていた。


 ウギを追って部屋を後にする、扉を閉めて廊下に出ると先に飛び出したはずのウギがそこで待っていた。

「ウギ? 先に行ったんじゃ無かったのか?」

「うん、そう思ったのじゃがのぅ。先に行っても皆でラリーを待つことになるなら此処で待ってても同じ事じゃろうと思ったのじゃ、嫌じゃったかのぉ?」

「嫌なことは無いさ、可愛い妹分が其処に待っていてくれるんだからね」

「そっかの~ぅ、じゃぁ参ろうぞ!」

 そう言ってウギは俺の腕を取って歩み出す。鼻歌でも歌い出すような軽やかな足取りだ、そんな彼女の仕草に少し心がなごんだ。

「ところでウギはその二振りの太刀の――いや、二刀流の使い方を何処で教わったんだ?」

「ん? 二刀流? ってなんだ? そう言えば店のジャン爺さんもそんな事を言っておったのぅ?」

 えっ? 二刀流を知らずに二振りの剣を使うことをどうして考えることが出来たんだろう? そんな素朴な疑問もウギの次のひと言で無に消えた。

わらわの剣の師匠? って言うか刀剣の修行相手の魔人は三本使いや四本使いが居たのだぞ、さすがにわらわにはそれは無理と思うたのじゃが――まあ人間には基本、手が二本しか無いからのぅ、頑張っても三本かのぉ」

「三本って、何処にもう一本持つんだ?」

「んっ! 一本咥くわえるぞ! やって見せようかのぅ」

くわえるって――刀をか?」

「他に何があるのじゃ? 刀以外に? ああっ、マギは『女が咥えるものは……刀じゃ無いわ』って言ってたがそれか?」

「まあ~ぁ、あれだな――そうそう――ちがーうっ」

「何だ? ラリー? 顔が赤いぞ? 暑いのかのぅ?」

 ぶっ! マギの奴っ! 変なことばっかりウギに教えるなって言うの! 思わず俺が赤面してしまったよ。とは言うもののウギの三刀流は一度見てみたい感情に襲われた。

「解ったよ、今度咥くわえて見せてくれるか? そのウギの技を……」

「んん? わらわはいつでも良いぞ――三本目はお主のを貸してくれるか」

「ああ、良いよ――??」

「ほほう――わらわとの約束だぞ」

 ウギはいろめいた笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。ドキッとしてウギの目線から目を逸らしてみたがちゃんと会話が繋がっているよな、俺っ? そんな不安が胸をよぎった。


 慌てるウギに引きずられるようにして皆が待つ場所に辿り着く。既にサギとマギとヴァルが少し待ちくたびれた様子で其処に居た。

「ウギっ! お~そいぞぉ、も~う」

 痺れを切らしていたのはマギだった。早速俺を見ると近寄ってきて抱きつきながら耳元でささやくように話しかけてくる。

「ん~ん、魔力不足な~の――あの、熱いのをち・ょ・う・だ・い!」

「へっ? おい、此処でか?」

「何処でもいいわ、私ならっ! はあ~っ」

 そう言って耳元に熱い吐息を洩らす。と、その首根っこを掴まえてマギを俺から剥ぎ取ってくれる人いた、無論サギである。

「こら、マギっ! そう言うことは部屋でやって頂戴っ! しかもあ・と・で」

「あら、サギ? いいの?」

「えっ! 何が?」

「だから――ラリーを貰っちゃうわよ」

「うっ! ど、どうぞご自由にっ! ラリー次第ですからね――それは、ふんっ!」

 と、丁々発止の受け答えを二人してやり始めた。俺は掌を額に当てて天を仰ぐ、その様子を俺の横で見ていたウギが次のひと言で止めた。

「サギもマギも――わらわの刀の試斬しざんの的になりたいかのぅ」

「『――めっそうもない』」

 二人して血の気の抜けた顔つきになり返事の声も裏返っていた。


 集合した俺達はお城を後にしてヴァル、俺、サギ、ウギ、マギの順で街中を抜けてヴィエンヌ城壁門まで辿り着いた。街中は街灯代わりの松明が其処彼処そこかしこに掲げられていて基本明るかったが城壁の外はさすがに月明かりに照らされて見える程度の明るさになる。俺達は門番さんの計らいで松明を二本譲り受けて城壁の外に出た。

 此の後は森の中を抜けてサギ達が以前魔術修行に使った場所まで更に移動を続けた。

「ねえ、何処まで行くの? 魔力量が足りないのよ、ちょっと休ませて……ねぇ」

 早々にマギが音を上げ始めた。

「仕方が無いわね、此処で休憩しましょう」

 サギの提案で一同は傍らの空き地に腰を降ろした。サギの隣に俺は座って話しをする事にした。

「なあ、サギ。何処に行くんだ? まあ、城壁からなるべく離れた方がウギの刀の暴走があった時に被害が少ないから良いことだが――目的地を教えてくれるか」

「そうね、この先に墓地があったのよ、もう少し先だけど――そこで肝試しをやるの、どうかしら?」

「「『肝試し?』」」

 サギの話しに他の皆の声が見事にハモった。

「そう、肝試しよ――二人ひと組でね……今回はウギの訓練だから私とマギ組とラリーとウギ組ね、いいこと」

 サギのアイデアの肝試しがウギの訓練にどうつながるのかはこの時点で俺には良く解らなかったが、早々にウギが反応した。

「え~ぇ、わらわは――帰ってもいいかのぅ」

 そんな弱音を吐いたウギを皆が見つめる。もしかしてウギはその手の事が苦手なのか? その反応を見てサギがにやりとしながら話しを進める。

「やっぱりそうなのね、怖いもの知らずのウギもその手の事は苦手だったのね――ラリーにしっかり守って貰ってね」

 なんだぁ――さっきのマギとの会話はすっかり嫉妬混じりのキツイ会話だったくせに、ウギにはお姉さん対応の余裕で……ほどほど解らん?

わらわは――お化けが苦手だぞ、サギ~っ恨むぞのぅ」

 そう言いつつウギが俺の傍らにぴたりと張り付くように身を寄せてくる。なるほどサギの狙いは精神修行か、そう解ったら俺の役割も何となく見えてきた。

「ウギ、まずは小太刀こたちの方を抜いて其処に魔気を溜めながら歩こう」

「う~ぅ、わかったのじゃ」

「じゃぁ、行くわよ墓地はこの先だからもう少しよ」

 サギの言葉で俺達は立ち上がって歩みを進めた。


 森を抜けて目の前に荒涼とした景色が拡がってきた。暗がりの中、月に照らされて辛うじて見える範囲に閑散とした建物がひとつ見える、その周りに拡がるおびただしい数の十字架がそこらかしこに立てられていた。確かに墓地の跡地のようだった。

「ここよ、さてとルールを話すわね。先行は私達よマギと私であの建物の中にウギのその小太刀こたちを隠してくるわ、それを後攻のウギ達が規定時間内に見つけ出せたらウギ達の勝ち、見つけられなかったら私たちの勝ち、単純でしょう」

「其れで良いのかのぅ? わらわ小太刀こたちを見つけるだけで良いのか?」

「そうよ、でもね結界を張るからそう簡単じゃ無いと思うわよ、いい?」

「結界を破る魔力があれば良いのじゃろう――ふむ、ならばわらわの方が有利であろうぞ」

「あら、私たちの魔力も舐められたものね――そう簡単にいくのかしらウギ? 此処は墓地よ大丈夫かしら?」

「だ、だいじょうぶだぞ……こここ怖くないぞ、ラリーもおるしのぅうう――うおぉぉ~」

 ウギの声が裏返っていて逆に其れが余計な響きを闇の中に木魂させていた。その声にウギ自身がびびっている状態だった――そんなんで大丈夫なわけ無いだろうに。

「俺は何をしていけないのか?」

 サギが取り仕切りなので先に聞いておく必要があった、そこでそんな問いを投げておく。

「勿論、ウギの訓練だからラリーはただの付き添いよ、魔力は使わないでね――非常時以外は」

「わかった」

 短くひと言だけ答えておく。

「其れとラリーはウギの後ろを歩くこと、あっ松明は持ってていいから。ヴァルは此処で待っててねちょうどスタート地点となる場所だから目印になるの」

「ウォン」

 ヴァルもひと声吠えて答える。

「制限時間は特にないわ、私たちが戻ってきたらウギ達がスタートしてね、いい? わかった?」

 俺とウギは其れに首を縦に振って応える。

「じゃあ、私たちが先に行くわね――ウギ、小太刀こたちを貸して貰えるかしら」

 ウギがその言葉に応じて小太刀こたちさやしまってからサギに手渡した。サギは其れを受け取るとマギに預けて自分は松明を持って歩き出した――と、俺の方をチラッと見ながらウギにわからないように軽くウインクつきで投げキッスをしてきた、その瞬間何となく此のゲームのシナリオがわかってきた。

「そうするのか?」

 俺は嘆息しながら、少し顔色が青ざめながらも気丈に振る舞っているウギの横顔を眺めていた。


 サギ達がこの場から離れて幾時いくときが流れた、歩く速度に合わせて揺れながら進んでいった松明は既に先の建物の中に吸い込まれるように這入っていき元あった二本の松明の明かりは既に俺の持っている分のみしか視界には無い。

 俺の傍にピッタリと寄り添って左手で上着のすそをしっかりと握ったままウギはずっとサギの松明の行く先を見ていた、そうして明かりが建物の中に這入っていった後は目を閉じたまま俯いていた。俺はウギにひと声かけようとして思いとどまった。何故ならウギの左の手の震えがす~っと消えていくのがわかったからだった。

 彼女はずっと小太刀こたちの魔気を追いかけていたようだ、そうしているとウギが仰向あおむいて俺を見つめながらつぶやいた。

「サギ達が結界をかけて『小徹こてつ』の気を隠しおったのじゃ、わからんぞ」

「でも、あの建物の中なんだろう、近づけば解るんじゃ無いか? んっ!」

 そう言ったところでサギの魔気が揺れたのに二人とも気が付いた。

「『きゃ――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』」

 建物の中からサギとマギの二人の悲鳴鳴り響いた。

「えっ! サギっ!」

 俺は瞬時に飛び出していく体勢になったがウギが掴んだ上着の裾に引き戻される形でその場から動けなかった。

「おい、ウギっ!」

 俺の呼びかけに応えようとしていたが、彼女の中では震えが再び来たのかウギの動きは緩慢だった。

「ごこ――こわく――わないんじゃぞ――いくぞ、ううぅぅっ」

 そう言う言葉とはかけ離れてウギの腰は引けていてどうにも動けようもなさそうだった。

 俺はウギに松明を預けながら語りかけていた。

「ウギっ! 俺はサギ達を見に行く、お前は此処で待っていろ、なぁ!」

わらわをひとり置いていくのかのぅ? 嫌じゃぞ! ぐすっ」

 涙目になりながら俺の服の裾を握って離さないウギにそっと話しかける。

「なあウギ、此処にはヴァルもいるサギ達の悲鳴だって魔獣達の可能性だってある、お化けなんぞいるものか――剣の達人がこの程度で泣くなよ。な~ぁ、太刀を抜いて注意して待ってろ」

「うううっ、わがっだのじゃ――まづでるぞ、わらわは――ごごでっ」

 そう言うとウギは松明を掲げたままヴァルにしがみ付くように寄り添い移った。

「ヴァル頼んだ――じゃぁ行ってくる」

 俺はそう言い残すと目先の暗さに足元を取られながらも何とか歩みを進めて建物を目指して行った。


 月明かりに照らされたその建物の醸し出す雰囲気は言いようもない禍々しさをまとっていた。青白く光る壁には無数の割れ目が縦横無尽に入っていてそのひとつひとつに苔やらつたがその淘汰した長き年月を物語るようにびっしりと生えていた。そのつたの絡まる屋根伝いに大きくも半壊した扉が半開きでまるでラリーを迎えるかのような動きでギーギーと鳴きながら風で揺れていた。

 ラリーは恐る恐るその扉を開けて建物の中に這入っていった。扉の向こう側は聖堂の様な空間だった。その昔はそれなりに美しく荘厳な場であったことが伺えるように扉を中心に扇型に拡がるその作りは今も尚大勢の人を迎えるかのような月の光が天井窓から差し込む美しい場所とも言えた。

「おーい、サギいるのか?」

 扉から数歩中に這入ったところで先に這入っていたサギやマギの所在を確かめるように声を掛けてみた。

「こっちこっち――そっと静かにね」

 部屋の奥の方にある一段高くなっていた舞台の様な場所にある演台の影に彼女は身を隠していた。

 その方向に腰をかがめながら進んでいき、サギと合流した。

「ウギに気取られなかった? だいじょうぶ?」

「ああ、多分だいじょうぶだと思うよ。でも、いいのかなこんな騙しみたいな形で――ウギは?」

「しょうがないでしょう、ウギっていつもひとつ心の壁を付けながら私たちと相対あいたいしているのよ、その壁が今回の太刀の魔力制御にそのまま影響しているのはラリーもわかっているでしょう――本当は別の動機付けで其れを取っ払うことが出来たならそっちの方が良いけど」

 そう言いながら少しふて腐れたような顔つきでサギが俺に突っかかってくる。

「それに私の時も極限のような状態で上位の『気』を会得したんだしそう言う精神状態って結構重要だっりするのよね」

「まあ、確かにその理はあると思うが……ウギは大丈夫かな?」

「其処はラリーがフォローしてあげてね」

「ところでマギは?」

「あれ、其処辺りで寝てると思うんだけど――あっ、あそこ?」

 と、サギが指さす方向に白い布を羽織って床に寝転がっている栗色の髪の毛の女性が横たわっていた。サギいわく此処まで何とか付いて来れたらしいがさすがに魔力不足は如何いかんともし難くここから先のシナリオではマギはリタイアらしい。

「で、ここからどういうストーリーを考えているんだ?」

「ん~どうしようかしら? ――ところでそれはそうとウギの様子はどう?」

 質問に質問で返されていささか消化不良になっていたが、ウギのその後の様子も気になる俺は窓際に場所を移動してウギの様子を見てみることにした。

 遠目に見えるウギは太刀を構えたまま震えるようにヴァルの傍に立っていた。その心の震えに応じて太刀の先から断続的に魔力が噴水の如く吹き出ては周りの景色を少しづつ変えていっているのが見えた。

「ウギは太刀の魔力を漏らしたままだな――是はまだまだ自我の中に取り込むのは掛かりそうだぞ」

 サギの元に戻りながら貴女に見た内容を伝える。

「そうね、ラリーは戻って此処までウギを連れてきて頂戴、私達が消えたことにしてね――あっ、私だけが消えたことが良いわマギはそこで寝てるから無理ね」

 そう言って俺達は再びマギの方を見た、其処には先程と同じ姿勢で寝ているマギがいた――がっ?

「あら、何か呼んだ? ふたりとも?」

 そんな声に俺とサギが振り返った。其処には欠伸あくびをしながらもその口元を隠すように手で覆った姿勢で俺達を覗いているマギの姿があった。

「なんだ、マギそこにいたのか」

「えっ、起きてたの? さっきまで寝てたわよねあそこで?」

「あぁ、私っ? ずっと此処でサギの事を見てたわよ――ラリーが這入ってくるところもね!」

 それじゃ~ぁ……あの横たわっている栗色の髪の毛の女性は? 誰ッか? 俺達は背筋にスッと寒い空気が入り込む感覚を味わっていた。

「んっ! 何処に?」

 マギが立ち上がって俺達が見つめる先を探している。と、その白い布を纏った女性らしき姿のものがフッと立ち上がってしまった。

「『ひっ! あっ――浮いているっ!』」

 俺とサギの声が重なる。そんなのにはお構いなしにマギがとぼけた様子でキョロキョロとしていた。

「えっ! 何処何処?」

 と、白い布浮遊体がその栗色の髪の毛を掻き上げる……掻き上げられなかった、何故なら其処には手が無い顔も無い髪の毛だけの――お化けが浮かんでいたんだ。

「「『ひぇ~っ! 本物っ! でっっった――ぁ!』」」

 今度は三人の声が重なり、一目散に出口に向かって脱兎の如く駆けだしていた。

 取るものも取りあえず、サギ、マギ、俺の順で建物から逃げ出して息も絶え絶えにウギの元に辿り着いた。

「はぁぁぁはぁ……ウギっ! 逃げるぞっ!」

 俺はウギにそう言いながら彼女の手を取ってそのまま走り続けようとしていたが――ウギが俺に問うてきた。

「ラリー? 何があったのじゃ? 『小徹』は何処じゃ?」

「おおおおっお化けが~っ――出たっ!」

「『小徹』は?」

「悪いっ! 置いてきてしまった! ともかく今は逃げよう!」

 そう言いながらウギの手を引っ張ったが其れを彼女は振り解こうとして叫んだ。

「『小徹』は置いていけないっ! わらわは取にいくのじゃ!」

「ウギっ! そんなこと言ったって――ほらっ白い布が入り口にっ! まだ浮いているっわ!」

「そんな事はわらわは関係無いのじゃ――ラリー離してくれぬか」

 そう言いながらウギが建物に行こうとするのをマギが後ろから抱きかかえ彼女の耳元で話しかけた。

「ウギっ、あなたなら『小徹』に語りかけることが出来るはずよ、呼んでごらんなさい」

「なにっ――どうすればいいのじゃ!」

 そうウギがマギに叫びながら振り返った。

「簡単な事よ、あなたの心の叫びを魔力として『小徹』に届けるのそうすれば飛んでくるわよ、喜んで」

「わかった! やる!」

 そう言いきるとウギは手に持った太刀の『真徹』を建物の方に向けて目を見開きながら叫んだ。

「『小徹』っ戻れ!」

 その言葉が夜の森の中に木魂して響き渡った。と、建物の方から真紅の光に包まれた小太刀こたちが真っ直ぐにウギの手元に飛んで帰ってきた。

「うわっ! ウギっ! 凄いっ! 太刀の『真徹』も魔力の輝きが安定しているぞ」

 俺は思わずそう叫んだ。

「じゃ、ウギもうひとつ念じてみようか――太刀と小太刀を十字に組んでごらん、そうそう、そう言う風にそうしたら『浄化』の念を織り込むの、いいこと」

「わかったのじゃ! いくぞのぅ――『迷えし魂よ天にされよ』じゃ!」

 その言葉に呼応するように太刀が真っ赤な光を広範囲に照射し始めた。すると墓地全体が柔らかな光の球に包まれ始めた。

「うわ~ぁ、是は――何だか温かいわ」

 サギが思わずその光の中にいる感想を洩らした。

 俺もサギもマギもそのきらびやかな光のシャワーの中で目を閉じて心の迷いを無くしていった。


 俺達は心晴れ晴れとなる爽やかな朝日と共にその森を抜けた。マギ機転でウギの太刀に対する魔気の制御は最大の成果を上げた。

 ウギの腰には真紅に光り輝く二振りの刀が差してあった。そうしてマギを先頭に俺達はヴィエンヌ城壁門に軽やかな足取りで戻っていくのだった。

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