第21話 御令嬢のお忍び巡回警備その後!

 時は一週間戻って俺が新生チームラリーの初仕事を俺とマギと二人だけで終えた日の事。

 もすっかり沈んだ時間に城に戻ってきた俺達は警邏隊けいらたいのメンバーと一緒の会食に呼ばれていた。俺はいま自分の部屋から出てマギの部屋へと出向いている。まあ、会食に出向く前にレディーをお迎えと言う訳だが、その時のマギの服装が……である。

「マギっ――そ、その格好で会食に行くのか?」

「あら、どうして? お酒も入る席で眉目秀麗びもくしゅうれいな私がこの様な姿で殿方にサービスすることはチームラリーとしても宜しい事ではないですか」

 まあ、マギの言っている事はあながち間違えではないが……そのボンテージ装備礼装のままとは……朝の出がけにも言っておいたがその服装は全てのところで隠し切れていないと言うか隠す気が無いと思うんだが……辛うじて昼間の貞操を形作っていたはずの上に羽織っていたロングコートは部屋に置いて行くらしい。

「まあ、ラリーがめろとおっしゃるのであれば着替えてきますわよ、でもその時はめさせる理由をちゃんとおっしゃっていただかないと――ですわよね……ラリーっ!」

 そう言いながら俺の腕に絡みついてくるマギの眼は蠱惑こわくに輝いていた。すっかり此方こちらの思惑はお見通しとばかりに。

 「わかった、わかった。俺の気持ちとしてマギのその魅惑的な肢体を他の男にむざむざさらすように見られるのは心証的に嫌なんだ、だから露出を控えて欲しい――と、此で良いだろう」

「そうですね、まあ七十五点と言うところでしょうか。今日のところは其れで良いですわ――うふふっ!」

 そう言ってマギは俺の顔を覗き込みながらわずかに微笑んで俺の言質を取ったことで満足したのかきびすを返すと部屋に戻っていった、去り際にひと言俺を呪縛じゅばくする呪いの言葉を残して。

「ふ~ん、ラリーは私の躰に興味があるのね~ぇ、ふふっぅ――サギには内緒にしておいてあげるわよ~ん」

「は~ぁ、マギの奴めっ……いちいち気の滅入る台詞を残していくか? ふつう」

 大きくため息を吐くと俺はその場で壁にもたれた。そう言えばサギたちはどうしてるのかな? 今日一日会わなかっただけだけど妙に心が寂しくなった。会食が終わったら部屋を訊ねてみようかな。そう思いながら顔を上げるとそこにはマギの顔があった。

「うわっ!」

「えっ、そんなに驚く事かしら?」

 驚くに決まっているだろうがそんなに顔を近くに寄せられてはこっちがドギマギするって……。マギの肢体も魅惑的だが、顔の容姿も美しさをたとえたら光彩奪目こうさいだつもくというか羞月閉花しゅうげつへいかと言うか兎に角、美人この上ない。

「あら、ラリー私の顔に何か付いていて?」

 そんな風に言いながらもマギは舌をペロッと出して可愛らしく微笑んでくる。その笑顔も小憎こにくらしい程愛らしい。

「どう、これならラリーの好みに合って?」

 マギは俺の前で着替えた服を見せつける様にクルッとひと回りして見せた、着替えた服装は露出を抑えたパーティードレスなんだがそれでもマギが着ると艶麗えんれいと言うか凄艶せいえんと言うか兎に角、なまめかしい色気が漂っていたしこぼれ落ちる様な胸元は直視にはばかられる。

「うん、それなら良いんじゃないかな」

 俺はマギの肢体から目を逸らしながらそう言うしかなかった。

「ふ~ん、良く見てはくれないんだ、何かつまんないな~ぁ」

 そう言いながらマギは俺の腕を取って躰を絡めてくるから余計に俺は身体をこわばらせる事になってくるし、もう勘弁してくれ。

「マギさん――お願いだからそんなお色気ムンムンで攻めないで下さい、俺も腐っても男だからさっ、ねっ!」

 何とかこの場を乗り切る算段を無駄だと思うが一応がんばって見る、多分――間違いなくマギのてのひらの上で踊っているだけだな俺は……。

「ふ~ん、腐る間際が一番美味しいって言うじゃ無いの……たべちゃいたいな~ぁ――でも、サギが怒るかな~ぁ」

 やっぱりそう来るよな~ぁ、俺は顔を真っ赤にしながらしどろもどろで応えた。

あねさん――勘弁して下さい」

 その言葉でマギは満足したのか、スルーッと俺の腕から離れると先に歩き始めた。

「さあ、ラリー皆が待っているから急ぐわよ」

 だから、誰のせいで遅くなったと思っているんですか……と言う言葉は胸の奥に飲み込んでおいたのは言うまでも無かった。

 警邏隊けいらたいのメンバーと会食はお城の大広間を使って行われる事になっていた。俺とマギは正面玄関からのメインロビー抜けてお城の奥座敷の方に向かう廊下を歩いていた。

 その廊下の両側の壁には所謂いわゆる肖像画なるものが掲げられていたがそれらはこの城の歴代の城主とのことだった。

「あら、ラリー……この肖像画って何かラリーに似ていない事?」

 マギが何を見つけたのか一枚の肖像画に駆け寄っていって其の絵をまじまじと見つめている。少し遅れて俺もマギの真横に立ってその絵をた。

「そうかな~ぁ、自分の顔は自分では良くわからないから……そう見えるか?」

 正直、俺には良くわからなかったがマギが言うならそうかも知れないと思った。肖像画についてはそれ以上のことは解らなかった、機会があればリアーナお嬢様に聞いてみようかとは思っていたが。

「結構、ラリーのご先祖様だったりしてね」

 そう言いながらマギは絵と俺の顔を相互に見比べてうんうんとうなずいていた。

「マギ、ほれ行くぞ……時間に遅れているんだから」

 そう言って俺はマギをき立て先に歩き出した。

「あっ、待ってよ~ぅ」

 甘い声をまき散らしながらマギが俺のあとを追いかけてきたが其れを無視して俺は先を急いだ。


 大広間に着くとメイラーさんが迎えてくれた。俺とマギを席まで案内しながらそっと俺の耳元でささやく様に話しかけてくる。

「ラリー様、今日はありがとうございました。お陰でお嬢様はすっかりご機嫌でさっきなんかウキウキし過ぎて階段から転げ落ちそうになっていましたから」

「えっ! で、お怪我は無かったのですか?」

「ええ、落ちてはいませんから」

 そう言ってにっこりと俺に笑顔を返してくれた。

 明日からのお忍びの対応は少し考えた方が良いかもしれないとその時思った。

 席に着くとざわついていた喧噪が一瞬消えた様に静かになった。如何どうしたのかと周りを見渡すと皆の視線が俺の隣に集中しているのが解った、勿論もちろん俺の隣の席はマギが座っている。そのマギの妖艶な美しさに皆、魅入られているのはわかった。

 まあ、これは致し方ないがその視線が隣の俺に向けられた時に殺気に変わるのだけはして欲しいと真剣に思っている俺が其処に居た。

 再び周りが喧噪に包まれてから暫くするとリアーナお嬢様が部屋へと這入ってきた。

 一瞬静けさが蘇り其れに合わせたかのように一同立ち上がって皆、頭を下げて一礼をする。お嬢様が席にお座りになったところでそれぞれ着席となりそこらここらでのひそひそ話が始まった。

「皆さん今日はお勤めご苦労様でした、私も随分勉強になりました。此から一週間程の間、今日の様に宜しくお願い致しますわね。其れでは今日の疲れを癒やして頂けます様にささやかですが会食の場を設けましたので、此からは無礼講と言う事で皆様十分楽しんで下さい」

 リアーナお嬢様の挨拶が終わると、警邏隊けいらたいの隊長が乾杯の音頭を取ってうたげが始まった。

 俺の隣にいたマギは宴とともに警邏隊けいらたいの男性陣に囲まれて偉くご満悦の様子だった。そうこうしている内にリアーナお嬢様が俺のそばにやってきてマギと入れ違いに隣のいすに座った。

「ラリー様、今日は本当にありがとうございました。今まであの様に自由な立場で街の中を見て回ったことがなかったので本当にためになりましたし楽しかったですわ、其れも是もラリー様とマギ様のお陰です、ありがとうございました。今宵は私からのささやかな感謝の印としてこの様な会を用意させて貰いましたの、存分に食べて呑んでいって下さいね」

 そう言ってリアーナお嬢様は俺のグラスに酒をなみなみと注いでくるのだった。

「リアーナお嬢様、今日はマギの入れ知恵に驚かされました。明日以降一週間程この警邏を続ける事になりますので今後のことも考え余り羽目を外されない方が宜しいかと思いますが」

「あら、ラリー様はやはりお堅いですわね――くすっ」

 そう言ってリアーナお嬢様は口元を手で覆いながら微妙な微笑ほほえみを投げて寄越した。それから他の警邏隊けいらたいメンバーへの挨拶の為に席を立って人集ひとだかりの中に紛れていった。

 えんもたけなわと言う所だろうか、頃合いを見て俺は会食を終えてその場を後にすることとした、マギは楽しそうに話題の中心で人に囲まれている。目線が合ったのでマギにはその旨伝えてから俺はうたげの喧噪を後にした。

 そのまま部屋に戻るのもなんかはばかられたので、地下温泉に行く前にサギの部屋を訊ねてみた。部屋のドアを何回かノックするものの貴女からの返事は無かった。部屋の中にサギの魔力気が感じられることから部屋の中には居る様だったが……。

「眠っている気配か? 魔力気は大部消耗している様だが――余り無理をしない様にな『おやすみ』サギ」

 ドアの外から眠っているだろうサギにひとり声を掛けてその場を後にした、隣のウギの様子も同様だったので二人して何かがんばっていることを感じて今は黙って彼女等に任せることにした。

「まあ、こっちはこっちでリアーナお嬢様のおりとマギへの手綱たずなさばきで大変だしな……」

 そんな風に誰に言う訳でも無く天を仰ぎながら独り言をつぶやいてその場を俺はあとにしたんだ。

 部屋に戻って温泉に行く準備をしていると不意に部屋をノックする音が聞こえた。其れも遠慮がちに……?

「はい! ドアは開いてますからどうぞ――ぉ」

 そうドアに向かって返事をするとカチャリとノブが回ってドアがゆっくりと開いた。其処に居たのはマギだった、それも涙を流して……どうしたんだ?

「――ぐすっ……ら~り~ぅーうえ~ん」

 おい、なんだなんだ?

 泣き続けるマギをなだすかして――やっと落ち着いてきたのかぽつりぽつりと話しをし始めた、そんなマギを何だか物珍しいものを見て居るみたいに俺は眺めていた。

「おい、ラリーっ! 私だって……うぅ――ぅ……うえ~っん」

 あっ、やばぃ! 俺が悪かったって一生懸命マギに謝った。そうだな逢った最初からなんか芯が太くて俺よりも強いマギを羨ましく思っていたからこんなに泣きじゃくる姿なんて想像すらしたことが無かった、そんなもんだからいつものマギと重ならない中で真剣に彼女の立場になっていけなかった俺が其処に居たんだ。

「悪かった~ぁ、ほんとうにごめん。で、話しの筋から探ると今、状況はちょっとまずいことになっているんだな?」

「――ぐすっ、そうなのちょっと拙いのよ……うぅ――ぅ」

 マギはそう言ってベットの上に腰を掛けた状態で泣き崩れた。

 あ~ぁ、まずはその場所に行かないとな――泣いているマギには悪いが彼女が放置してきたままの現場を他の誰かに診られたら其れこそ面倒なことになりそうだった。

 俺はマギをそのままお姫様だっこで抱きかかえると部屋を後にしてマギが話してくれた場所に急いで走っていた。まあ、其れは其れで話しとしては簡単だが――マギは……その姿は……下着姿のままなんです……そのマギをお姫様抱っこって――これを誰かに見られたら其れこそ俺が泣くぞ!

「あっ! ラリーっ……どうして?」

 俺の腕の中で絡み付くように抱きつきながらマギがつぶやいた。

「おう、みんな俺の姫御前だからなっ!」

 そう言い切ったが其れは後で取り返しの付かないことになるとは此の時点では全く気づかなかったよ……ほんと。


 俺は泣きながらも話してくれた内容で辻褄の合わない所をマギに聞き直していた、まあ、そうしていても俺は走り続けているしかなかったが――マギを抱っこしたままで。

 その内容を掻い摘まんで纏めると会食時にマギが気に入った殿方と意気投合して良い雰囲気になったところ、会場を二人揃って抜け出して中庭で色模様になり掛かって……マギの気が緩んだのが間違いの元だったらしい、元々マギの眼の色は銀眼色であった――魔族の血筋ゆえの特徴だが、其れではヴィエンヌ城下では差し障りがあるゆえ魔術で目の色を変えていたのだ。マギが魔法では無く魔術で変えた所に落とし穴があった。マギは魔法使いである依ってその魔力は尽きることなく大塊から即座に得られる魔力を放出することが出来るが、魔術は別物である。まあ、単に大魔法を自在に操る魔法使いでは有るが小技の魔術には疎かったというだけだが。

 その殿方との逢瀬の最中に目の色が銀眼色に戻ってしまったところを相手に気付かれてしまって、その相手が事も有ろうかそのことおおっぴらに批判した事が発端だった。

『おまえっ! 魔族か! その眼は――っ、くそっ騙したな淫売女がっ!』で、怒ったマギがやったことは――相手の氷付けである! 怒りのあまりの『火』の魔法で無くて良かったよ。

 そうこうしていると中庭に俺達は辿り着いた――あったよ男の氷の像がまあ下半身丸出しで其れは其れで中庭に馴染んでいたのでまだ誰にも気付かれた様子は無かった。ひとまず安心か? で、像の本人の生存確認だが――是もまだ間に合いそうだ。

 俺はマギにその像の傍に落ちていた彼女の服を拾い上げてマギに渡した。

「解呪をするから、マギはまず服を着て!」

「うん」

 やけに素直なマギが其処に居た。

 俺はマギに背を向けると半裸の像に手をかざした。まずは記憶の操作をしてマギの銀眼色の事を忘れて貰うのが先決だった――そんな魔術を何気に発していると俺の背中に寄りかかる柔らかなふたつの膨らみの感触に気が付いた。

「ラリー……ごめんね」

 マギがそう言いながら俺の背に抱きついてきていた。俺は後ろから前に回し込まれたマギの手の甲にそっと俺の掌を載せた。ここで言葉は要らないだろう、マギの心は此の男に言葉に謗られてぼろぼろになったばかりだ、言葉は時には気持ちを伝える上で邪魔になる。

 暫くそうしていたがマギの心の臓の鼓動が早鐘を打つ様に俺の鼓動と同期してきたのを感じてマギに話しかけた。

「さっ、マギまずは此奴の後処理だ――いいね」

「うん」

 いや~ぁ、此処まで素直なマギが新鮮で可愛らしかったよ。ほんと!

 先程の魔術の続きを俺は行った。氷付けの男の記憶からマギの記憶そのものを根こそぎ剥ぎ取ってやった、最初は銀眼色の事だけと思っていたが――俺も怒りが遅れて湧いてきたみたい。

 後は解氷魔術だがそこにこの銅像としての姿勢を維持する様に金縛りを数時間持続する魔術を付加しておく、命に別条はないのでこのまま下半身丸出しで放置して明日の朝、皆が気付く時間帯で金縛りが解ける様にしておいた、これでマギの心を辱めた事への罪を償わせる。

 俺も少しえぐいなと思いながらも怒りの矛先を沈める為に此奴を単に解放する気にはならなかったのは事実だ――嫉妬も這入っているのか? 自分でも自分の心が良く解らなかった。

 そんな事をしているとマギが笑顔でじぃ~っと俺の事を見つめているのに気が付いた。

「マギっ? どうした?」

「ううん、なんでもないの」

 なんだこの空気は? 何かマギの視線が凄く温かいんですけど――柔らかな微笑みが俺の心を癒やしてくれる。

 そんな空気感の中で俺は淡々と自分のやるべき事を熟していった。魔術を仕込み終えて俺はマギの手を取るとその場を離れた少しでも早くあの男の所から離れたいと思っていた。

「ラリーっ――手が痛いっ!」

 マギの言葉で俺は彼女の手を強く握っていた事に気がついた、と言うかそんなに気持ちが動揺していた事にすら気がついていない自分にハッとした。俺は如何したんだ?

 マギの手を握りしめていた力を緩める、そうしてマギを引き寄せると彼女の躰を強く抱き締めた。

 柔らかで温かい感触と鼻腔をくすぐる甘い香りとで五感が一瞬麻痺したように感じる。

「あっ――うふん! ラリー?」

 マギが抱き締められた事で鼻にかかった様な甘ったるい吐息を漏らした。

 人間なのに人と認められない? ヒトって何だろう。人格と外観。魔族だって人じゃないか? 良い奴もいれば悪い奴もいる一括りで害とか敵とか認定されては堪らないと思う。

 人間と魔族は別物なんだろうか? 俺の中で思考の混沌がもやもやとした鎌首をもたげてくるのを感じていた。その思いは多分マギも一緒だと思う。

 鎌首の噛み付く相手が人間ならば俺達も結局排斥されるべき魔族の仲間として人間族から認定されるだけのことかもしれないがそんな事ばかりの繰り返しが今の歴史を作っているのだとすると哀しい結末しか物語の中では起こらない。

 強き者と弱き者の関係が力だけならひとりの力と数の力が其れに絡んでくるはずだ。

 弱き者も数が力になれば強き者に変わる、畏怖の念を抱く者達の声が大きくなればその声の大きさが力になる。

 まさにマギに起こったことが其れだ。

 あの男の言うことが単に彼の意志だけならマギの痛みは個の範囲になるが今は大多数の人間族の考えとして受け止められている。

 人間界に於いてはまさにヒトとしては魔族に人格は与えられていない。逆もまた真なりだが、その痛みは大きな哀しみしか生まないことは解っているのに。

 生命の営みとしてそれぞれの命は他の命を犠牲にして成長していく、其れは日々の生き抜くエネルギーを供給することが生命維持で必要だからだ。

 魔族はその点魔力の供給があれば食事はいらない、しかし繁殖力小さいが個の生命力は絶大だ。そんな魔力だがそれも死した魔獸や魔人の消失した魔力の循環に他ならない。結局のところ閉じられた世界の中で循環することには変わりはない。

 そんな中で争いを無くするためには、諍いを無くするためには何の哲学が変わらないといけないのだろう?

 色々な思いが俺の中で蠢いてマギを抱きしめてしまったが俺も弱き者か――そう思えば気も楽になる。

「ラリーっ?」

「悪い、身勝手にマギを抱きしめてしまった」

「うんん、そんなことないよ」

 そう言ってくれるマギの姿は――実にたおやかに見えた。

「ねえ、ラリー」

「なんだ」

「地下温泉に行かない? これから――すぐに」

 マギの誘いが何となく普通の事に思えて即座に二人して地下へ続く階段を降りていった。


 二人で降りていった地下温泉はいつもの静けさがあった、まあ俺達以外に這入っていたのを見たことが無かったから単に無人の静けさなんだろうと思うが、今の俺達には其れが心地よかった。

 マギとはやはり入り口で別れる、いつもなら此処ここでマギの茶々が入る所だが今日はなんの挑発も無く彼女は静かに『女湯』の暖簾のれんくぐり抜けていった。

「マギ――っ」

 うめく様に俺の口から彼女の名前が出てくるが、マギは其れにすら気付かぬ素振りだった。

「あっ……ぅ」

 その後、俺の言葉は続かなかった。マギの姿が扉の中に消えていくのを見つめていたが我に返って自分も『男湯』の暖簾のれんくぐる事にした。

 脱衣所に這入り衣服を脱いで湯船に向かう。数日前に此処で人間の姿に戻ったマギと初めて出会った場所だったが其れも何故なぜか遠い昔の様にすら覚えてくる。

 湯船の中に這入って歩きながら魔石のある場所まで進んでいった。

此処ここでマギが俺達の仲間になったんだよな」

 そんな感慨にふけっていると後ろの方で湯をかぶる音が聞こえた。振り向くと湯煙の奥に人影がうっすらと見えてきた、何とも言えぬなまめかしい肢体の影がえる。

 どきまぎする気持ちを落ち着かせる為、視線を逸らす様に俺は前に向き直った。

 マギの近づいてくる水音は途切れること無く浴室に響き渡っていた。その水音が俺の直ぐ後ろまで来た所で途絶えた。ハッとして振り向くと果たしてそこにマギが確かに居た。

 肩を覆う程の長さの栗色の髪も全身を覆う薄手の湯浴み着も掛け湯をした後では濡れた躰にピッタリと張り付いて彼女のグラマラスな肢体から漏れ出す扇情的な色香を隠す事は出来ないでいた、と言うかさらになまめかしい雰囲気を色濃くしている。

「マギっ」

 その色香に酔いしれた俺は唯々、彼女の名を叫ぶしか無かった。

 その叫びに応じたかの様にマギは俺の方に歩みを進めてくる。ほぼ、顔と顔がくっつく程の距離にまで近づいた所でどちらとも無く腕を絡めてきつく抱擁し始めた。マギは俺の胸に顔を埋める様にして俺はマギの髪の毛の中に顔を埋める様にしてお互いの吐息が肌に触れる様に抱き合った。

「ラリー、彼奴あいつの手の感触を忘れさせて――お願い」

 マギは俺の胸に語りかける様につぶやいた。

 其れに俺は無言で応えて彼女の躰を包み込む様に更にきつく腕を回した。

「はぁ~ぅ」

 マギの嬌声が肌を通じて染み渡ってきて俺の魔気を刺激してくる、その刺激が魔王族の血を浮き出させるかの様に『覇王気』を呼び起こしてきた。俺の右目が金眼色の輝きを放ち始めた様だった。

 その気配を感じてマギが顔を上げて俺の顔をのぞいてきた。

「ラリーの眼が――綺麗っ」

 マギも銀眼色の輝きを放つ眼でお互いを見つめると二人の唇が自然と近づき――そしてゆっくりと重なり合った。

 唯々、お互いの唇をむさぼる様に求め合った。其れが魔気の輝点となって二人の躰が金と銀に輝きを放つ。魔族の血の繋がりか――輝きが混じり合って黄金色に光り始める――そして、その輝きがすっと霧が晴れる様に霧散するとそこにはにこやかに笑い合っている二人の姿が残った。

「『はぁ――っ』」二人の吐息がハモる様に浴室内に響き渡る。

「うふふっ」「あははっ」

 無意識に笑いのつぼの呼吸が合ったあとで俺とマギはお互いを見つめたまま笑い始める……ずぅーっといつまでも。

 そのあと並んで湯船に浸かりながら二人で話しをし始めた。

 特に何という事も無くとりとめも無い戯言たわごとだったが、お互いの心の闇が晴れたことで饒舌になって話しは止まらなかった。

「魔女の私とこんな風に魔気を合わせる事が出来るなんてラリーの『覇王気』って凄いんだ」

「俺だって初めてだよ、こんな風に『覇王気』の影響でマギの魔気と重なり合うことが出来るなんて」

「それってラリーの初めてを私が貰ったって言う事? でいいかしら?」

「マギっ! 其れって恐ろしく誤解を生むから――ぁ、やめ~ぃ!」

「だって、ラリーも初めてで――でっ、私もあんなの初めてよっ、てっ言う事でしょ!」

 あのな~ぁマギさん、其れわざとやっているでしょう。まあ、其処に居たのはさっきまでのマギでは無くいつものマギにすっかり戻っていたね。

「なんかスーッとしたわ、さっきまで泣きじゃくっていたのにねっ」

 そう言うとマギは照れた様に舌をペロッと出した。

「そうそう、マギが泣いている姿なんか想像したことが無かったからビックリしたって言うか――女のだったんだって思ったよ」

「あっ! ラリーそれってあまりに酷くないですか? 私をなんと思っていたの?」

「無類の強者つわもの魔導師――魔界最強のマギ姉貴っ!」

「はぁ~っ? 何それラリーって全然女心をわかっていないわよ――まあ、サギが苦労するだけのことはありますわよね、ほんと!」

 口を突きだしてふて腐れる様にそう俺に言い返してきた。その仕草も素直で可愛い――いつものマギとは違う雰囲気に少しドギマギしている俺が其処にいた。

 そんなたわいも無い会話を締めてそろそろ上がろうかと言う事になったが……。

「じゃぁ、わたし先に上がるわねっ」

 マギはそう言って湯船から立ち上がったが――そう、勢い込んで立ち上がった為、湯浴み着のすそめくれた状態で立つことになってしまった……つややかで豊かな桃尻が丁度俺の目線の高さで嫌がおうにも視界に飛び込んできた。

「あっ! いや~ぁん」

 いや~ンって、マギの台詞か? それっ!

 俺もはからずも視界に這入ってきたものだから目を逸らすタイミングが滅茶苦茶遅れたよ。

「……み、見た~ぁ」

「……み、みて~て無いっ!」

 嘘が下手であった。

「うそっ!」

「うぅ……うん――ごめん」

「バカっ」

 マギはそう言い残すとその場から逃げる様に駆けていった。

 あれ~っ、マギにしてはデレてますがキャラ変わった?

 その場には、ぼ~っと惚けた顔のままの俺だけが残っていた。

「それにしても綺麗なお尻だったな~ぁ」

 それは俺の心の中だけにしまっておく言葉だった。


 新生チームラリーとして俺とマギと二人だけでの巡回警備も一週間が経とうとしていた。サギとウギはあれからもずっと二人して何処かで日がな一日魔術の練習の様だった。此はマギから聞いた話だったが……内緒話をマギとは約束できないなと思ったよ。だって、マギは最初は隠していたがやはり言いたくてしょうがないみたいでちょっとカマを掛けたら直ぐに口を滑らしてしまったのだった。そのあとに俺に一生懸命口止めを依頼していたが其れは流石に意味ないでしょうと……言いかけてやめたよ。得意顔のマギを見てたら其れも何か……まあ、いいかってね。

 毎回リアーナお嬢様のお忍びの手伝いをしていて俺達の連携も回を重ねる毎に上達していった。まあ、こんなもんは上達してもしょうがないことだが。そんな俺の気持ちなんぞまるで関知しない二人に毎日振り回される日々を送っていた――そんな巡回警備も今日が最後になる。


「ラリー様、今日がお忍びの最後になりますか……寂しいですわ」

 リアーナお嬢様がうつむきながらそんな風に話してくる。

「そうですね、まあ十分に街の空気感を満喫されましたよね、お嬢様」

 可愛そうだが此処で慈悲の心を出してはまた何の無理難題を押しつけられるか解ったものじゃ無かったので伏線は消し去るしか無かった。

「ラリー様のイケず!」

 は~ぁ、それはマギの台詞ですよねお嬢様、何処で教わっているのだか、まったく。

 そんなたわむれを繰り返して俺達三人は街の中を自由に歩き回っていた。

「あっ、串焼き屋のおじさん」

 リアーナお嬢様は初日の串焼きが妙に気に入った様で毎日足げくかよっていた。

「よっ!お嬢さん今日もお揃いで――三本かい?」

「うん、そう」

 二日目から注文はお嬢様の担当となっていたんだ、いつの間にか。

「ありがとな、毎日買って貰ってさ――よっと、ほれっ、サービスして於いたよ。どうぞお嬢さん」

「ありがとう、おじさん」

「良いって事よ――で、今日もギンブラかい?」

 そう、此処辺りの界隈はギンザと呼ばれているらしい其れでこの界隈を単に目的も無くぶらぶらして買い物なんぞしている事を『ギンブラ』って呼ぶらしい。

「うんそうなの」

 そう言ってリアーナお嬢様は飛びっ切りの笑顔で応えていた。そんな素直な反応に串焼き屋のおじさんは慣れていないらしく、少し顔を赤らめて照れくさそうに下を向いていた。

「いいね、しかしお嬢さん――お城のご令嬢様に似ているって言われ無いかい?」

 おっ! 正解っ! って言いたくなったが其処は言わぬが華だっ!

「おじさん、お代は此処ね」

 そう言って先ほどのおじさんの問いをはぐらかしてその場を早々に後にした。

 三人揃って串焼きにかぶりつきながら街中を闊歩する。

 リアーナお嬢様も慣れたもので食い歩きもはしたないとは言わなくなっていた。

 

 そんな風に串焼きに舌鼓を打ちながち三人三葉の出で立ちで街外れまで来た時に隣を歩いていたマギがハタと立ち止まった、しかも串にかぶりついたまま固まっていた。

「マギ如何どうした――肉が固かったか?」

 俺は何の気なしにマギを冷やかしながら彼女の顔を覗き込んだ。

「……なっ、まずい!」

 おいおい、串焼きのおじさんに悪いぞそんな事言っちゃ。と、マギに言おうとして俺の言葉も止まった。マギは顔面蒼白の様相をしていたんだ。

「どうしたマギっ!」

 何か嫌な予感がしてマギの両肩を掴みながら俺はマギに詰め寄った、串焼きを落とすのも構わず。

 マギの表情がますます悪くなってきた、唇がワナワナと震えている。

「ら、ラリーっ! サギがっ――サギ達が危ない!」

「なっ! どういうことだマギ――っ!」

 マギの唇から発せられた言葉は俺の魂の何かを弾いた。その瞬間俺の右目が金眼色の輝きを放ち始めた。

「マギっ! 意識を借りるぞ!」

 そう言うが早いか俺はマギの額に自分の額を当てた。

「ら……えっ、ラリーっ! なっ!」

 俺はそのままマギを引き寄せ抱きかかえる、マギは目を白黒させながらも固まったまま俺の言うなりになってくれていた、俺はそのままマギの思念を一時期に乗っ取った。

 ヴァルからの魔力念波だった、それも俺との時と違いヴァルの視界の映像も一緒に見れていた。サギが見える――レッドグリズリーがまさにサギに襲いかからんとしていた。

 マギに思念を返した、それに応じてマギの呪縛が解かれる。

「ラリーっ! 転位で飛びますわよ?」

 マギが悲鳴に近い叫びで俺に問いてくるがそれは否定した。

「いや、それじゃ間に合わない! 俺が行く――意識だけ飛ばす、こっちの事頼んだ!」

「えっ! 何それ!」

 マギの問いには答える間もなく思念波の流れを追った、その時俺の左目が銀眼色の輝きを放ち始めたのをマギは見ていた。

「なにっ!――ラリーっ! 左目っ! 伝説のオッドアイ『覇王気』なのっ! 」

 そんなマギの叫びも聞く間もなく俺は意識を自らの身体から手放した。俺の身体から全ての力が抜け崩れ落ちる様にマギの腕の中にもたれ掛かった。

「ラリーっ!」「ラリー様っ!」

 遠くで俺の名を呼ぶ二人の声が耳に残っていた。


 それからの俺の意識は――俺自身はあまり良く覚えていないんだ、ただサギの意識と混じり合ってその意識の中に俺がいた事だけはハッキリと覚えている。あれは何だったんだろう。

 サギの視界が俺の意識の中に入り込んできた、レッドグリズリーだった巨体の割に素早い動きの魔獣だった大厄災と言ってもいいレベルだった、でもサギの意識の中の俺は解った、今のサギの魔力を解放さえすれば恐れるに足る存在では無い。

 しかしサギは自分の力をまだ引き出し切れてはいない――俺はサギの意識に呼びかけた、唯々自信を呼び起こしその力を解放する為に……。

『サギっ! 聞こえるかっ! いいかそのまま詠唱の先の最後のイメージだけを思え! 其れだけをただ其れだけを――思え!!』そうサギの意識の中で俺は叫んでいた。

 何となくサギがそれに応えてくれた様に思った。それで次にまた叫んでいたよ。

『サギっ! さっきのイメージの力を魔獣の魔力気に当てることを思えっ! そして銀色を考えろっ!!』それだけ言い切ると後はサギの意識に支配されていた――俺はまた自分の意識を手放していった。

 そして次に気が付いた時は俺は自分の身体に意識を戻していた、そんな俺はリアーナお嬢様の膝枕の中にいたらしい。混濁した記憶の中でサギ達の無事を確信して今度はお嬢様の柔らかな膝枕感触と淡く甘い薫りの中、深い眠りに落ちていった。

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