第19話 ヴィエンヌ城下の巡回警備!

 結局のところ新生チームラリーの初仕事は俺とマギと二人だけでヴィエンヌ城下の巡回警備の方に赴く事になった。サギとウギは朝から行く先知れずだ! マギには何か有ったらヴァルから連絡があるから大丈夫って言われて俺は渋々承知した形となったが。本当にサギとウギの二人は――ぁ、ってヴァルを入れて三人は何をしているんだ?

 そんな俺の思いとは裏腹にマギはさっさと警邏けいらの準備をしている。って、その装いは如何とおもうが……マギっ!

 黒でまとめたボンテージ装備礼装なんだがウギの露出が多い装備礼装のさらに上をいっている、B92,W58,H87 Eカップの躰を惜しげも無くさらしているというか、完全に胸元は単に乳房先端を隠すだけの布地の面積しか無いし、下に至ってはTバックか? って言う程の小ささだ。

「マギさん、その格好はいくらなんでも街中の界隈を闊歩かっぽするには余りにも刺激的すぎませんかね?」

「んっ! あらっ、にぶちんのラリーにしては反応が早いですね~ぇ、まあ、君にはじっくりと見て貰っても良いわ~よん! どぉ~う」

 いやいやそんなんで出向いたら普通の男たちが全員痴漢行為に走りそうで単に犯罪を助長する巡回になるって。それはダメでしょ!

「あらっ、ラリーったら私だってこのまんまでは出かけません事よ」

 と、言ってマギは其処そこに折りたたんであったロングコートを上に羽織った。其れも黒の革で出来たかかとまであるロングコートだったしかも大きめのフードまで着いていた、が――しかしまあよく似合っている。其れでむちでも持っていたらそのまんまだよ、女王様って!

 いわんやおもむろにマギはそのコートの内ポケットに入っていた道具を取り出して素早く打ち付けた。

“バシッ――っ”その音は紛れもなく鞭の音だった。わぉーっ、やっぱり持っているんかい!


 俺はマギのショータイムを終わらして早々にヴィエンヌ城下の巡回警備に向かう事とした。途中でリアーナお嬢様を迎えに行かなければならなかったし。

 二人でヴィエンヌ城の正門前に赴むく事にした。其処にはリッチモンド伯爵家の警邏隊けいらたいの面々が既に準備を整えていて御令嬢の到着をただ待つばかりとなっていたようだった。

 俺達は正門に行く前にメイラーさんを通じてリアーナお嬢様のお迎えにあがっていた。お嬢様はいつもの様相のままの麗しきドレス姿で俺達の事を待っていた様だった。

「おはようございます、ラリー様」

 リアーナお嬢様が先に俺の方に歩み寄りながら挨拶をしてきた。先手を取られた感じだった。

「おはようございます、リアーナお嬢様。今日も見目麗しきお姿ですね」

「あらっ、ラリー様ったらお上手ですこと」

「いえ、心からの気持ちを表したまでの事ですから」

 そういうことをリアーナお嬢様とやり取りしていると傍でマギが欠伸あくびをしながら小声でぼそっとぼやいた。

「馬鹿っ」

 おい、聞こえたぞマギっ! って、思わずマギの事をにらんでみるとマギは口笛を吹くまねをしながらそっぽを向いた。まったく社交辞令って言う事だろうと思わずマギの耳元で愚痴った。

「あらっ、今日はサギとウギはいらっしゃらないのかしら? 其れとその隣のお方はどなたですか? 初めてですわね、あなた? 多分? えっ、何処かでお会いしてましたか?」

 リアーナお嬢様がマギを見て不思議そうな顔をしている。そらそうだわ、夢枕の中では散々出会っているはずだからな。其れは其れとして置いといて現実での初対面だから挨拶をさせなければと……。

「リアーナお嬢様、こちらのお方はマギル・ビンチ嬢でございます。私達のチームの一員として今回の巡回警備に同行いたします。どうぞお見知り置き下さい」

 そう俺がマギを紹介すると、マギはリアーナお嬢様に一礼しながら自己紹介を始めた。

「ご紹介にあずかりました私、ラリー一家の長姉としてこの度お仕えする事になりましたマギル・ビンチと言う魔導師上がりの若輩者でございます。今後ともどうかよろしくお願いします。マギとお呼びつけ下さい」

「マギ様ですわね、此方こそ宜しくお願いいたしますわ……でも、マギ様は初対面って言う気がしないのですわ? 何故かしら?」

 リアーナお嬢様は本当に不思議がっていたわ。


 しかしマギは――姉さんって言ったね! しかも若輩者ってお前幾つだっけ? 俺はおもわずマギの顔をまじまじと見て取った、多分俺のまなこは“うそ~”って言う様な目をしていたと思う。そんな俺の顔を見ながらマギは素知らぬ顔をして俺の靴のつま先を彼女のそのヒールのかかとで踏みつけてきやがった。

「くっ――っ、痛っ!」

 思わず痛みに顔が強ばった。

「あら、ラリー様、如何為いかがなされました?」

 そんな俺の様子を見てリアーナお嬢様が怪訝けげんな顔をしている。

「あっ、いえっ、何でもありませんから」

 俺は少し引きった顔でリアーナお嬢様に応えた。

 そのあとでマギの方を振り向きながら彼女に小声で愚痴った。

「マギっ! 後でなっ!」

「あらっ、後でなのわかったわ! じゃあ私は湯浴みをして身ぎれいにしてからあなたの事を裸で待っているからね~っ! あ・と・で・ね! あっそうそう優しくしなくてもいいわ~よん、激しいのを期待してるから~っ、ら・り・ぃ!」

 マギはハートマークが出てくる様なウインクを交えて俺に答えを返してくる――ダメだこりゃ! 勝てる見込みも無いわ。俺は早々に退散を決め込んだ。

 

 リアーナお嬢様を連れて正面門の所に着くとリッチモンド伯爵家の警邏隊けいらたいの面々が皆、緊張の面持ちで最敬礼をして出迎えてくる。

 そんな様子をご令嬢がひと言、ねぎらいながら皆に緊張を解く様に話しをかけていった。

「皆さん、おはようございます。今日の私は単なるおまけの付き添いなのでそのようにかしこまる必要はありませんから、気を楽にして下さい。私からの唯一のお願いです」

 そんな優しい投げかけに警邏隊けいらたいの面々が皆、なごんでいく様子が見て取れた。

「はぁ~ん、なかなかのものですわ~ねぇ」

 マギがご令嬢の振る舞いを見ながら感心した様にうなずいている。しかし、上から目線の態度かいマギの奴は。


 警邏隊けいらたいの面々はリアーナお嬢様を護衛する形で馬車の陣形を整えていた。俺達はその後方を少し遅れてついていく事にした。今日の巡回警備は初日と言う事でまずは近場に落ち着いた。お城の周辺の商店街を回って歩き城下内の治安のレベルを確認するという事らしい。

 まあ、こんな集団がいきなり繁華街で警邏を始めて治安のレベル確認も無いだろうと本音で思っていても口にする事は無い。と、此奴こやつはそんな事はお構いなしだった。

「大勢で大挙して押し掛けて治安のレベル確認って言う事ですか……馬鹿ですか皆さんは?」

 マギが頭に後ろ手の格好で少しっくり返りながら赤裸々にののしった。おいおい、皆が俺達の事をにらんでいるって。マギっ押さえろ! 思わず俺はマギの耳たぶを引っ張って忠告して置いた。

「マギっ! 本音がだだ漏れっ!」

「だって本当の事でしょう、誰も真実を進言する強者つわもの此処ここにはいないのですか?」

 だいたいこの巡回警備自体が形式的なものなんだから、其処そこに目くじら立ててもしょうが無いだろう。そう言ってマギを後ろから羽交い締めにしてその口を俺の手で塞いだ。

「ふごふご――っがっ!」マギが俺の腕の中でジタバタしながらもまだ何か言っている。しょうが無いからそのまま耳元で小声で話しかける。

「マギっ、頼むよ少しは俺の立場も考えてくれないか? 自重してくれ」

 ふっとマギが大人おとなしくなったので、拘束をほどいた。

「むっ、ラリーの為とあれば致し方ないですね」

「マギ、解ってくれるか?」

「ん、わかりませんが――取り敢えず大人おとなしくしておく事にいたしますわ」


 確かにマギの言う通り警邏隊けいらたいの通り道には人気ひとけけた形になっている、そんな中でも少なからず人はいたが、そういう道行く人たちも怪訝そうな顔をしながら一行が行き過ぎるのを待っている様だった。警邏隊けいらたい一行はただ道すがら歩いているだけの巡回警備が続いた。

「やっぱり、つまらないです~ねぇ」

 さすがに我慢が出来ずにマギが愚痴を言い始めた。

 その時、一行の真ん中にある御令嬢の乗る馬車が止まった。車窓からリアーナお嬢様が顔を出している。そのお嬢様が事も有ろうかマギを呼んでいるのだった。

 あ~ぁ、マギよ、お小言を貰うかも知れないぞっと。俺は冷や汗をかきながらもマギと一緒にリアーナお嬢様のところに駆けていった。

「マギ様、ちょっと相談があるのですが――こちらに乗っていただけませんか?」

「あっ、私がですか? ラリーは?」

「マギ様おひとりでお願いいたしますわ」

「……ふ~ん、わかりましたわ」

 そう言うとマギは馬車のドアを開けて中に這入っていった。おい、大丈夫か? サギがいないのがこんな風に困る事になるとは……そんな状況が俺の心の不安をさらにかき立てていった。


 しばらくするとマギが馬車から降りてきた、何か違和感が漂っていたが……しかも深めにフードを立てて顔を隠して出てきた。マギが降りると馬車はまた静かに動き出した。俺の隣にマギが寄り添ってきて、そうしてそっと彼女は腕を絡めてくる。

「んっ、マギ? どうした?」

「……」

 マギは無言のままその場に立ちすくんでいた、其れも俺の腕に彼女の腕を絡めたままで。

 そんな俺達の事にはお構いなしに警邏隊けいらたい一行はその歩みを進めて行った。

 しばしそんな状態で警邏隊けいらたい一行を見送る様に俺とマギはその場に立ち尽くしていた。

 警邏隊けいらたい一行が遙か彼方に行ってしまってからマギはフッと大きい溜息をついた。そうしてそのフード越しに俺を見上げてきた。俺はマギの顔を見つめて始めて起こった事に気が付いた。

 そう、其処にいたのはマギでは無かった。

「なっ! えっ! リアーナお嬢様っ!」

 俺は思わず自分の口を押さえて漏れ出す声を隠そうとしたのだった。


“相変わらずにぶちんですわね~ぇ、ラリーは”

 マギの魔力念波が聞こえてきた。マギいるのか?

此処ここです! 此処ここっ!”

“マギっ! 何処どこだよ?”

「あっ、ラリー様? もしかしてマギ様をお探しですか?」

 リアーナお嬢様が俺の挙動から察してくれたのかマギの居場所を教えてくれた。其れはまたいつもの場所だった!

「マギっ! お前な~ぁ!」

 蜘蛛の姿のマギが居た場所は――お嬢様のドレスからこぼれそうに盛り上がっている胸の谷間の中だった。其処そこがあなたの定位置ですか? って! “まあ、それは今は置いておいて私も姿を戻したいのですが良い場所を探してくれませんか、ラリーっ”

 確かに此処でマギが蜘蛛からいきなり人間に姿を戻した日には街の界隈で噂になってしまうのは必至だからな。俺はリアーナお嬢様の手を引いて路地裏へと人目を避ける場所を探すことにした。

 街並みから少し離れると人気ひとけが全くない空き地があった、しかも都合良く廃墟となっていた建物も見える。

「あそこに行きましょう」

 俺はリアーナお嬢様をその廃墟の中へと導いた。廃墟の中は誰も居なかった、まあ当たり前と言えば当たり前だが――誰も居ないから廃墟になっているのだし。俺は念のため周辺に結界を掛けて置いた。

 マギは早速、蜘蛛の姿を戻す魔法を掛けて人間の姿へと戻った。其れをずっと見ていたリアーナお嬢様は感慨深げにマギの事を慕う眼をしてきた。

「マギ様も英雄様なんですね」

 リアーナお嬢様は深々と一礼をしながらマギに手を差し出してきた。

「マギ様どうか私達をお守り下さい」

 そう言ってマギの手を取ったまま膝をついて拝礼までしてくる。

「え~っ! 私は単なる一塊の魔導師ですわよ、お嬢様っ! さあ、お立ち下さい。其れでは私が困りますから――それと、コートを返して下さらないでしょうか、この格好ではラリーの目の毒ですからっ~ねっ」

 リアーナお嬢様も結構天然である事が解った。だって、マギは今、真っ裸でお嬢様の前に立っているのだから。俺は目を逸らしたままマギの事を見る事が出来ないでいた。


 マギもさすがに毎回変身するたびに人間に戻る時は真っ裸って言う事に自虐を感じていたらしい。廃墟の物陰で服をまといながら独り言の様にぼそっと呻きを洩らしていた。

「毎回裸体をさらすのはあまりにも屈辱的ですわ――何とかしなければっ!」 

 だから着衣魔術を詠唱してから変身しろって言うの、まさにそれじゃ変身でなくて変態だろうが……。

 大魔法が使える程の魔女である訳だが生活魔術程度の小技は結構不得意らしい、マギのそんなところを知って少し親しみを感じている自分がいた。

 そんな事を考えているとコートを羽織って露出を抑えた服装になってからマギは俺の前に立ち戻ってきた。

「ラリーっ! お待たせっ!」

 そう言ってマギはちょっとは照れた様子で俺の傍に立つとリアーナお嬢様に相対して話しを始めた。

「リアーナお嬢様のそのドレス姿は街中では目立ちすぎますわね」

 その言葉をマギっ! そのまま君に返して上げたいわ! 俺は! あなたはどっちがどれ程目立つ格好だって思っているんだか、わかっていますか? 俺はそう思っているのだけれどマギは違うらしい。そんな俺の思いとは裏腹に話しを続けていった。

「まずはお嬢様の服装をランクダウンさせないと街中には出られませんわね」

 マギはそう言って人差し指をあごに当てたまま小首を傾げて考える素振りをしている。暫くその仕草をしていたがポンと手を打って妙案を思いついたかの様に話し出した。

「そうですわ、まずはお嬢様にはそのドレスを脱いでいただきましょうか」

「えっ! 此処ここでですか? いまですか?」

「無論いまですわよ、私とラリーしかいないじゃ無いですか? 何か不都合でも?」

 いやいやラリーって俺の事だろう、俺の前でリアーナお嬢様が服を脱ぐってなぁ~、其れが問題だろう。

「おいマギ待て待てっ! 俺がいるからまずいんだろう。その~ぉ、お前の中の俺の存在はどうなっているんだ?」

「あら、ラリーはお嬢様のお着替えを事細かく見れるチャンスじゃ無いですか? はて? 何故に反対されるのですか? ラリーには感謝されても文句を言われる筋合いは無いと思いますが?」

 済みませんマギさん、何か俺の事を大きく勘違いされていませんか? 其れは俺も男の端くれですから女性には興味はありますけど……。

「あのね、マギっ! 俺は――」

 速攻でマギが俺の話しに言葉を被せてきた。

「あ~ぁ、そうですねラリーには私を含めて三人も姫御前がおりますものね――今更お嬢様の下着姿なんかには興味は無いと――そうおっしゃいますか」

「なっ――そんな事は――っ」

「――無いと言えますか? ラリーっ」

 そういいながらマギは俺の方にウインクをして合図を送ってくる。何かを企んでいる様だ。

 リアーナお嬢様はマギの話しに最初は戸惑いを見せていたがサギ達の話題が出たとたんに目つきが変わってきた。

「マギ様、わかりました。いま此処ここでドレスを脱げばよろしいのですね」

 そう言うが早いかリアーナお嬢様は俺に後ろ向きになってドレスを脱ぐ手伝いをお願いしてきたのだった。

「ラリー様、ドレスの後ろのひもを外して下さいませんか……あっ、いやなら無理にとは申しませんが……殿方にお願いする事ではありませんものね」

 リアーナお嬢様は少し照れながら俺から目を逸らして話している、其れがやけに可愛らしく思えた。

「あっ、嫌という事は無いですが――俺がですか?」

「はい、ラリー様にお願いいたしたいのです」

 俺はマギの方を見てみたがマギは俺から視線を逸らしてあらぬ方角を見ている、しかしその顔はしてやったという様な表情をしていた。俺はマギに完全に謀られている事を知った、が……他に手は無かった。

 俺はリアーナお嬢様の後ろに回りドレスの背中の編み上げ紐をほどいていった。俺がお嬢様のドレスの紐をほどき終わるとお嬢様はくるっと俺の方に向き直って肩口からドレスをゆっくりと脱いでいった、其れも俺にまるで見せつけるかの様な仕草で……。

「さっ、ラリー様、私をとくと見て下さいませ。サギには負けておりません事よ」

 なっ! 何でサギの名前が出てくるのかな? 俺に対して皆何を競っているのですか?

「ねえ、ラリー様、私の躰は如何いかがかしら?」

「何をおっしゃっているのですかリアーナお嬢様は」

 俺は視線を宙に迷わせながらお嬢様から少し離れた。其れをよしとはしないかの様にお嬢様が俺の手を掴んで引き寄せてくる。

「あら、ラリー様其れは少しひどいですわよ、私がお嫌いですか?」

 そう言いながらお嬢様は下着姿で俺にしがみついてきた。

「なっ! お嬢様っ! 何をなさいますか?」

「私だって恥ずかしいのですよ、其れを無碍むげになさっては私の立場が無いじゃ無いですか、違いまして?」

 俺の胸の中に飛び込んできたお嬢様はその頬を朱に染めながらはにかむ様にそう言ってくる。その表情が無性に可愛らしく思えた。俺はリアーナお嬢様を両腕で抱き締めながらお嬢様の耳元にそっとささやく様に話しかけた。

「リアーナお嬢様、申し訳ありません。あなたのお姿が余りにもこうごう々しくて直視出来ない美しさをまとっているからですよ」

 俺の言葉とは思えない台詞が口をいて出てくる。はて? と思うと俺の背中にマギがピッタリと張り付いていて俺の台詞を復唱していた。お前~っ!

「あらっ、もうばれましたかしら? 腹話魔術ですわよ、ラリーったら折角お嬢様があなたにせまっているのにニブチンなんですものここはこのマギにお任せ下さい」

「――マギっ!」

 俺は全身の力を込めてマギの呪縛を解いた。

「あらま~ぁ、そんな簡単に解呪してしまうとは……折角でしたのに、こんなシチュエーションまで用意してましてよ、ラリーの為と思いまして――ダメでした?

「ダ・メ・です!」

 俺はマギにリアーナお嬢様の代わりの服の用意を頼んだところあっさりと出てきて逆に驚いてしまった、しかもしらじら々しくこんなことを言うのだった。

「さっ、お嬢様前座はこれくらいにしてメイラーさんの服に着替えて下さい。終わったら街中に出かけますわよ」

 お前たちはグルかよっ! さっきまでの事は何か~っ、前座って芝居か?

「あらっ、ラリーどうしまして?」

「最初から仕組んでいた事なのか? だったら馬車の中で先にお嬢様のドレスをメイラーさんの服と取り替えてきたら済んだ事だろう」

「まあ、其れではラリーのドギマギしたところを見られないでしょ、お嬢様もラリーに見て貰いたいのよ、其処そこのところはお芝居では無くてよ、ほんとニブチンなんだから!」

「マギ様――その話は~っ、秘密の約束ですわよ!」

 俺の横でリアーナお嬢様が真っ赤な顔をしてマギに食って掛かってきた。えっ! なにっ! 何のこと? 俺の頭の中では“???”が飛び交っていた。

「ほらっ、お嬢様! ラリーにはこれくらいの事をしても――っ、ねっ!」

「うっ! 本当のようですわね、ラリー様の初心うぶさは国宝級ですこと、さあどうしましょ?」

 リアーナお嬢様も俺の事をあきれ顔で睨み付けてきていた。

 俺はまた何か失敗したのか? 二人の呆れた顔を見ながら俺は背筋に冷や汗をかいていた。


 リアーナお嬢様はもともと巡回警備で警邏隊けいらたいの面々がリアーナお嬢様を護衛する事を余りよしとしてはいなかったようだ、そうは言っても城主の御令嬢が同行する警邏けいらで無理も言えずそんな気持ちをメイラーさんに相談していたとの事だった。その話しをメイラーさんがサギに打ち明けた所マギの方にそのお鉢が回ってきたらしい。マギもそう言う手の相談事は大歓迎だったらしくメイラーさんに今回のシナリオを伝えたとの事だった。

「マギそうは言ってもだよ、お嬢様に何か合ったらどうするつもりだった? 俺とマギの二人だけだぞ、護衛についているのは」

「あら、ラリーともあろうお人が何をそんな気弱なっ! 今の私達に勝る護衛がいて?」

 マギが冷たい目で俺の事を見てくる。まぁね、確かにマギの実力は得がたいものではあるがサギもウギもいないんだぞっ! そう言う風に自信過剰な警邏けいらでもしもって言う事があるだろう。

「マギ、二人の集中が切れた時が危ない時だろう。其れが無いって言えるのか?」

「ない!!」

 あらま~ぁ、速攻で返してくるわ、このは!

「まあ、お嬢様が女子専用の場所に行く時があるから、私がいる必要がありますけどそれ以外ならラリーひとりでも十分でしょ、ヴィエンヌ城下ですしね」

「そうなのかな~ぁ、確実って事は無いと思うがな~ぁ」

 俺は手を頭の後ろに回して天を見上げながら口癖の様に呟いた。

「ラリーっ! 護衛はバランスなのよ、大勢いれば言い訳では無いわ。人だよりにして隙も生まれやすくなるし他人に依存する気持ちが多くなればなるほど烏合の衆になるのよ、人間って言うものは」

「そうかな、そう言うものか」

「そういうこと」

 マギの言う事も一理あると思った。俺は少し自分の考えを思い直そうとしたマギは思ったより考え深い様である。

「其れにラリーが女性の弱みを守らないわけが無いでしょ、そんな男をサギやウギがあれ程まで恋い焦がれる事は無いと思うわ」

 そう言いながらマギは俺の顔を覗き込む様にして目配せしてきた。なっ、なんてことを口走るんですか。サギがウギが――そんな事は無いでしょ。

「ああっ、二人が其れを聞いたら地団駄を踏んでなげくわよ~っ、ラリーっ!」


 俺とマギの雑談の間にリアーナお嬢様が着替えを済ませて二人の前に姿を現した。

「お二方、お待たせしました」

 お嬢様はマギが持ってきたメイラーさんの町娘風の服装に着替えていた。そんな貧相な服に着替えても醸し出しているお嬢様オーラは完全には防ぎ切れてはいなかったね。雰囲気が完全に上品すぎている。

「――んっ、やっぱり服装を変えただけでは足りなかったですわね」

 マギも思ったよりリアーナお嬢様の気品のオーラが強い事を考慮に入れてなかった様だった。

「仕方が無いですわね、サギには悪いけどラリーの左手を借りますか――ラリー手を貸して」

 そう言いながらマギは俺の左手を取るとリアーナお嬢様の右手を其処に添えてきた。

「『あっ、え~っ』」俺とお嬢様の声がハモった。

「あら、お嬢様? お嫌でしたか? 手……離しても良いですわよ」

「えっ! 嫌なわけ無いじゃ無いですか――ラリー様に手を取っていただいて嬉しいですわ、いきなりだったので心の準備が……」

 リアーナお嬢様はまた頬を朱に染め俯き加減でそうつぶやいた。お嬢様がデレた!

 その瞬間、お嬢様オーラが少し和らいで町娘の様相になじんでいた。

「良しっと、これなら問題無いですわね。さっ、出かけましょうか」

 マギがしれっとそう言って廃墟の出口の方にささっと向かっていった。おい、繋いだこの手はどうしてくれるんだ。俺はマギの後を追いかける様に一歩前に足を進めたが繋いだ手は俺を引き戻してきた。

「ラリー様は私と手を繋ぐのがお嫌ですか?」

 リアーナお嬢様が少し潤んだ目で俺にそう問いかけてきた、これはやばいモードだ。俺は反射的に首を左右にブルブルと振って其れを否定した。

「リアーナお嬢様、俺もお嬢様と手を繋げて嬉しいです」

「まあ~っ、本当ですか」

 お嬢様は満面の笑みを浮かべてまるで向日葵ひまわりが咲き誇った様な明るさを振りまいていた。その笑顔は俺の心を鷲づかみにしてくるほど強烈に可愛かった。

「あら~らっ、そんなに心を移し込んでいるとサギに言いふらしちゃいますよ」

 マギが俺の傍までいつの間にか戻ってきて、耳元で悪魔の如くそっとささやく様にそう言い放った。

「マギさん其れは勘弁して下さい」

 俺は少し涙目になっていたと思う。

「ラリーっ! じゃぁ、貸しひとつと言う事で良いですわ」

 マギは俺にウインクをしてきながらそう宣言してきたのだった。


 俺とリアーナお嬢様は手を繋いだまま街中を歩いていた。その周りをくるくると歩き回りながらマギが付いてきていた。そんな変なトリオが街を意気揚々と歩いているのは傍から見ても浮いていたと思う。俺はこれでは何の為にお嬢様にこんな変装まがいの事までさせたのかと思っていたが……。

 リアーナお嬢様は俺に寄り添う様に歩きながら街の中の目に付いたあらゆる物事を質問してきた。

「ねえっ、ラリー様あれはなんですか?」

 お嬢様の指さす方向を見定めて質問の意図を探った。あれって――ん、あれか?

 其れは路上に置かれた屋台であった。リアーナお嬢様の見つけた屋台は串焼き屋の屋台で香ばしい肉汁の焼けるにおいが空きっ腹を刺激してくるのだった。

『――くるぐる~っきゅっ――っ』

 お嬢様のおなかも同様だった様だ。

「嫌ですわっ、もうっ! ラリー様耳をふさいで下さいませ」

 そう言うとお嬢様は両手で顔を隠してその場にしゃがみ込んでしまった。そんな仕草がとても可愛らしく思えた。俺は串焼き屋の屋台へと足を向けた。

「オヤジさん、串焼きを三本下さい」

「ハイよ、まいどあり! そこの可愛いお嬢さん達に少しサービスしておいたよ」

「ありがとう、お代は此処ここに置いておくね」

「ああ、また来てくれよな、あんちゃん!」

 そんなやり取りを店のオヤジさんと交わして串焼きを彼女等に持って行った。

「ラリー様、これが串焼きなる物ですか? で、テーブルは?」

「えっ! ああ、お嬢様これは道すがら歩きながら食べるんですよ、まあテーブルがあれば座っても良いですが、屋台だと普通は立ち食いですから」

「まあ、そんなはしたない事を――良いのですか?」

 リアーナお嬢様は目をパチクリしながら俺に食い入る様に聞いてきた。その横でマギはもう串に食らい付いている。

「美味しいです! 御令嬢は流石さすがにはしたなくて無理ですか? 私が貰っても良いですわよ」

 マギがそう言ってお嬢様をけしかけてくる。

「マギ様――いいえ、これも巡回警備の一環ですから何事も経験ですわ」

 そう言ってリアーナお嬢様は串にかぶり付いた。

「う――っ、美味しいっ!」

 破顔一笑、旨い物は人を笑顔にするね。リアーナお嬢様はその後言葉を発する事無く夢中で串焼きと格闘していたわ、ほんとニコニコしながら。

 そんな風に巡回警備とは名ばかりの単なる昼下がりのお散歩の様相で街中を練り歩いく三人のデート? の時間が過ぎていった。


「さて、そろそろ警邏隊けいらたいと合流してお嬢様は馬車に戻っておかないとまずいですね」

 マギが時間を見てそう言う風にうながしてきた。

「うん、そうだね。戻るとしようか」

「え~っ、もう終わりなのですか? 私はもう少しこうしていたいですわ」

 リアーナお嬢様は俺の腕にすがりながらだだっ子の様にいやいや々してくる。

「リアーナお嬢様っ! 此処ここで折角協力して下さっているメイラーさんに迷惑を掛けては二度とお忍びは出来ませんよ、我慢のしどきです」

「うっ! わかりました」

 お嬢様は俯き加減で項垂うなだれながらしぶしぶ々了承してくれた。

 戻り方は抜け出した方法の逆をなぞる様に行うだけだった。まあ、マギの裸っ変態……もとい変身がちょっとネックとなったがまあ結果オーライであった。

 お城に戻って馬車から降りてきたお嬢様の満面の笑顔は警邏隊の皆を魅了するだけの可愛らしさが漂っていた事は今回の成果と言えた。

 城に戻ってリアーナお嬢様と別れた俺はサギとウギを探す事とした。

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