第16話 魔導師マギル・ビンチ参上!

「うはははっ――――やった! 戻りましたわ。私の身体ですわ!」

 俺の目の前にはそれはそれは煽情的せんじょうてきなほどグラマラスな肢体を持った女性がガッツポーズをしながら涙を流して小躍りするように叫んでいた、しかも真っ裸で!

 彼女は自分の身体を確かめるかの様に両のてのひらでその全身を艶めかしく撫で上げていった。その手の動きがまるで肉欲的な柔らかさの躰のラインをつま弾いている様に見せて、裸体以上に淫靡いんびな世界を醸し出している。

 俺はその息を呑む様な艶めかしい情景にただ目を奪われていた。そんな俺を現実の世界に引き戻してくれたのはやはりサギの声だった。

「えっ――マギなの? あっ――だめっ! ラリー見ちゃ! 目をつぶって!」

 そう叫ぶとサギは勢い湯船から立ち上がり彼女の方に駆けていった。そして、何処に隠していたのかもう一着の湯浴み着を彼女の身体に掛けていく。

「あっ、サギっ! ありがとう!」

 そう言いながら、彼女はサギに抱きついていく。

「――あなたがマギ……その人なの?」

 サギはマギに抱きつかれながらも動揺を隠せない様子で身体が凍りつくように固まっていた。しかもマギの身体は頭半分程サギよりも背が高くサギに抱きつくと言うより抱きかかえると言った状況に傍からは見える。

「マギっ、ちょっと……あ~ん、いや~っ」

 んっ――なんかサギの様子が少し変だな? と、良く良く見るとサギを抱きかかえるマギの手がサギの身体中をまさぐっている様だった。

「わっ――ぁん、待ってマギっ、そこダ~メ~っ」

 おいおい、お前達何してるんだ! 俺はマギの背後に回り込んでその頭を思いっ切り小突いた。

「てっ――痛いっ!」

 マギは両手で頭を押さえながらその場にしゃがみ込む、その隙にサギはサッと身を翻して俺の背後に隠れた。

「マギっ? ドサクサに紛れて何してるんだ! サギに!」

 マギがしゃがんだまま目を潤ませて俺の方を振り返った。

「痛っ――ぅ! ラリー酷いよ! こう見えても女のなのに、もう少し加減とかして欲しいですわよ~ぅ」

 いやいや、マギさん女のがそんな事しませんって、ドサクサで……それにあなたの躰はどう見たって――『』じゃ無いですよ既に熟れきってムンムンしています……全身!

「――あの~っ」

 俺はマギの艶めかしすぎる肢体を見ない様に顔を逸らしながら話しかけた。

「何でしょうか? ラリー?」

「マギっ! 湯浴み着の前っ! はだけたままっ!」

 俺はマギから顔を背けて彼女の身体の前側を指さした。

「んっ! あっ! これは失礼っ!」

 マギは身体を捻って身を隠しながらはだけた着物を着直した。帯目を結び直したところで此方に向き直って俺を直視してくる。

「ラリー様、サギ様、この度はありがとうございました、お陰でこうして元の身体を取り戻す事が出来ました。感謝いたします」

 そう言ってマギは深々とこうべれてお辞儀をしてきた。

「この上は、あなた様方の下部しもべとなり誠心誠意、此のご恩に報いるべく尽力して参る所存です」

 マギはそう言いつつ、こうべれたまま、今度はひざまずいた。

「――どうぞご指示を……っ」

 あっ、マギっ、今噛んだでしょ! まあ、此の突っ込みは置いておいて……と。

 俺は振り向いてサギの顔を覗き込むが、貴女は目を大きく見開きながらはフルフルと首を左右に振って俺にその意思を伝えてくれた。そこでマギの方に向き直り真正面に対峙したまま俺も膝をついた。その仕草に気付いたマギが顔を上げてくる。

「あっ、ラリー様……何を!」

 俺はマギの手を取って一緒に立ち上がった。

「俺は臣下をとる程の者では無いし、その気も無い! サギだってそうだと思う」

 俺はその言葉の後にサギを見るがサギもその通りとばかりに大きく首を縦に振っている。それを確認してからマギの方に向き直して話しを続けた。

「――けれど、あなたの様な人が俺達の仲間でいてくれるならば是ほど心強い事は無いと思う」

「あぁ、あなた様はそれで本当に良いのですか?」

 怪訝な顔でマギは俺の方に問いかけてくる。

「――っ、正直に言います、今あなたが……ラリーが私を配下にすると言えば呪術のことわりで私は一生あなたの下部となるしかないのですよ――本当に良いのですか? 私のこの躰をご自由に使えるのですよ、勿論、命令であるなら……夜とぎも……ご自由~っ!」

 一瞬マギは言い淀んで言葉を止めた、何故なら俺の後で鬼神の様相に変わりそうになっているサギの殺気を感じたからだと思う。そんなサギの気配を背後に感じて俺は話しの続きはサギに任せる事にした。まあ、俺も一瞬マギの話しを聞いてまじまじと彼女の湯浴み着姿を視姦しそうになってしまった事で余計にサギが憤慨し掛かった事でもある。

「いいも何も――ね~ぇ、サギっ」

 俺はサギに話しをそのままぶん投げた。

「あっ、えっ――丸投げっ! まあ、いいですわ! ……ラリーもね~ぇ、マギのスタイルには感化されているみたいですし、私が仕切ります。えっと――――たぶんそんなもんですからラリーは、私もですけど、ところでマギさん、あっマギはどちらからいらしたのでしょうか? まあ、他にも聞きたい事は山ほどありますが、ひとまずご挨拶からでしょうか。私は魔術師 ”サギ”ことサギーナ・ノーリと申します、聖都テポルトリの――」

「宮廷魔術師団で戦乙女ワルキューレ四十八人衆人気ナンバーワン。 聖都テポルトリ公立宮廷魔術学校 魔術課程課三年間連続主席で卒業ですよね」

「えっ、なんでそれを……あなたは一体?」

「先に私から自己紹介した方が良さそうですね」

「あっ! その前にサギには言っておかなければ……」

「マギっ? なにっ?」

「今のでハッキリしました、て言うよりサギの気持ちが解りましたわ」

「えっ!」

「サギっ、御免なさい、先に謝っておきます――ラリーの事が私も大好きになりました、サギには悪いけどあなたとは恋敵として是からは付き合いますから……」

「えっ――――っえ~! そんな~ぁ!」

 サギの悲鳴に似た叫びが浴室に響き渡った。

 そんなサギの悲鳴を無視してマギはおのれの身の上話を始めてくれた。


「自己紹介が遅れましたわ、私……マギル・ビンチこと魔界の魔導師と呼ばれておりました。そうですわね、何からお話をしたらいいのか? 迷いますわ! そうそう何故なぜ、蜘蛛の姿をしていたのかと言う事が先ですわね――あれは今から数百年前になります。此処の居城の城主であった魔王族に呪術を掛けられて蜘蛛の姿に身をやつしたのです。丁度この場でね、まあ解呪をする為のことわりにあった様に私の躰を手込めにしたくてその魔王族の領主は私に呪術を掛けた訳ですが……そんな奴の言いなりなんて嫌ですから――今までずっと次世代の魔王候補の方を待っていたのです」

 そんな話を続けているマギの容姿と言えば、確かに魔王族の領主が彼女に呪術を掛けてでも欲しがる程の艶めかしい肢体をしていた。

 サギより頭半分ほど高い身長でそのスラリとした体型には似付かわしくないほど豊満な胸の大きさを誇っていた。

 栗色の髪の毛は肩を覆う位までの長さでその癖毛がフワッとした羽毛の如く柔らかな感触と艶々とした輝き放っている。相貌は目鼻立ちがキリッとした美人の容姿をしておりサギに負けず劣らずの美形だ。そして最大の特徴はその眼にあった。そう彼女の眼の色は銀眼色であった――魔族の血筋を物語っている。

「マギ、あなたは其の眼の色からすると『魔族』の血筋なのか?」

 俺は一番の疑問を即投げかけた。

「ああ、この眼の事ね――そう私のお婆様がね、祖母が魔族の出だったのよ。でも、父も母も人間だったので隔世遺伝かしら? まあ、所謂いわゆるクウォーターってとこね」

「でもさっき、魔界の魔導師って言ってましたよね? 自分の事を……」

 俺はマギの話しの中で気になっていたキーワードを確認してみた。

「そう私は魔界にいたの、だってこの眼のままでは人間界には居にくいでしょ――ねぇ」

「まあそう言われればそうかも……」

「そう言うことです――魔界って言ってもそんな人間界と変わらないわよ、私がまだ幼い頃に祖母のところにそのまま預けられたのだから小さいときから私は魔族として育ったって言うことなの」

「で、魔導師というのは?」

「そのまんまよ、魔界の魔女は魔導師の子孫と言う事、まあその祖母というのが魔界でそれは魔力のある魔導師だったわけ、そんな祖母の影響かしらね私も魔女としての修行をしたわ、まあそれなりの苦労は沢山したけど面白かったわよ、それまではね」

 マギはその後のヴィエンヌ城での魔王族との確執の話しを始めた。

「祖母は魔王の魔導師もしていたみたいなの、そんな魔女の子孫である私のところに訪ねてきたのよ、ヴィエンヌ城のその時の主の魔王族が――名前? そんなものはうに忘れてしまったわ、まあ憎いから顔はしっかり覚えているけどね」

 そんな風にマギは昔を語りついだ。昔話で済ませれられるようなレベルでは無いと思うのだけれど……。

「最初の内は下出に出てきて此方こちらのご機嫌を伺いながら話しを進めていたわ、それがある時を境に真逆の態度になったの――そう、魔王が人間の女に子供を産ませたことが大々的に噂されたのね、魔族なら今までもあったけど……私の母がそうなるのね。でも純血を重んじる魔王の血族が人間に子を宿させるなどとは誰もが反対したみたい――でも、その人間から生まれた子供の魔力が半端無かったのよ『覇王気』をまとってるし金眼色・銀眼色のオッドアイだったって言うし、オッドアイってその個体の特殊魔術があるのよね」

 マギは俺の顔を舐めるように見ながらその話を進めていった。マギは俺の秘密を何処まで知っているのだろうと彼女のその瞳の奥にある輝きを見とめて俺の背筋に寒気が走ったのを感じていた。

「それからかね、奴が私を手込めにしようと動き出したのは――あとは地獄だったわよ、まあ魔界で地獄というのも何だけどね……!」

 余りにあっけらかんとマギが話しているので俺はその異常さに気付いてはいなかったがサギは顔を赤らめながらうつむいていた。

「サギには悪いけど私の事はそんなに可哀想とか気の毒とか思わなくて良いから、手込めって言ったって扱いはそんな悪くはなかったわよ……そっちの方は……私……サキュバスだし――サギには悪いけどラリーは美味しそうだから、隙があれば頂いちゃうからね! えへっ!」

 そう言ってマギは俺とサギを見渡しながら舌をペロッと出した。

 その言葉にサギは即座に反応して俺の後ろにからいきなり前に飛び出したかと思うと俺をしかっと抱きしめてきた。

「マギっ! いやっ! ダメっ!」

 おいおい、サギっ! その格好で絡みつくように抱きつかれては俺も……まずいですって!

「あらあら、サギっ! そのはしたない格好で――それではラリーにとって生殺しでは無いかな~ぁ? わかってます?」

「えっ――あっ、いや~ぁだ~ぁ、もう~ぉ――マギったら……ひどいっ!」

「――サギは可愛いはねぇ~っ、こっちも食べちゃいたいぐらいだわ――もぅ」

 何か雲行きが怪しくなってきたぞ、このまま続けて良いのか? 俺はそろそろ潮時かと思い始めていた。そもそもマギの言う通りサギの格好は艶麗えんれいで俺にとっては本当に蛇の生殺し状態だ。しかも、サギの湯浴み着は先ほどのマギの解呪の際の動きで微妙にはだけてきていて、その状態で抱き付いてくるのだから俺の肌とサギの肌が生で触れている箇所が多すぎる状態だ。もう辛抱堪らん状態ですよ~っサギさん!

「ラリーっ! まだダメよ、話しておかないといけないことがもう少しあるの、あなたにとっては蛇の生殺し状態だと思うけどもう少し我慢してね――後でお姉さんがいいことしてあげるからぁ~んっ」

 だからそうゆうことを言うからマギっ! ほらっ、サギがいっそう俺に絡みついてくるじゃないですか。えっ、マギって俺等の年上――お姉さん? 俺達どんどんマギに攪乱かくらんされていませんか?


 マギの語りは晩餐会でのリアーナお嬢様の俺への関わりへと話しを繋げていく。

「それとね、私が蜘蛛の変化へんげ呪術を見舞った時に私の中の魔力をサギの胸の谷間に挟まっているその宝石に全てを封印しておいたの。だから、今回の解呪でその宝石が必要だったのよ、ラリーが持ってきてくれて助かったわ――解呪が終わったからその宝石は単なる石に戻ったわ、ラリーあとでそれを御令嬢に返しておいてくれるかしら」

 マギの話しではリアーナお嬢様がその宝石を俺に貸してくれたのは単なる偶然では無かったわけだ。

「マギ、ではリアーナお嬢様はこの事を知ってその宝石を俺に託してくれたのか?」

「ううん、それは違うわ。御令嬢は単に夢の中でお告げを聞いただけ――あとはそれに従ってあなた……つまりラリーと言う英雄様に託しただけよ」

「お告げ? リアーナお嬢様が? どうして?」

 俺はマギの言っている意味が解らずに疑問をぶつけた。

「そう、お告げ! ねっ、ほら私――サキュバスって言ったでしょ、つまり夢魔よ!」

「あっ、なるほどね――マギが夢であやつったって訳ね、リアーナお嬢様を」

「まあそういうことになりますわね……あやつったって、そう言う風に言われると何か傷つきますわね、ラリーっ」

「あっ、ごめん。そんなつもりで言ったわけでは無いのだけれど……悪かった」

「いいわ、まあ結果的にそういうことになるから――で、ラリーはほんと素直な性格だわ、好きよそういうのわ・た・し」

 マギは目眩めまいがしそうなほど凄艶せいえんな表情を浮かべながら淫魔如く俺を見つめてくる。その艶めかしい色香に俺は自我ごと吸い込まれてしまいそうになった。

「ラリー――っ!」

 マギの夢魔に飲み込まれてしまいそうな俺をサギが現実に引き戻してくれる、まあ横っ腹を思いっ切り肘鉄でど突かれている訳だが――ほんとマジで痛かったよ!

「痛てぇ――っ!」

 その痛みで覚醒し現実に戻って何とかマギの艶術に耐える事が出来た。こんな調子で是からずっと過ごしていく事になるんだろうか? 自分の将来に思いっ切り悲観的になった瞬間だった。

「ラリーもマギばっかり見て……それはマギの方が私より大きな胸をしてるしスタイルだって勝てそうもないし――あ~んもうダメ――っ」

 いつもは泰然たいぜんとして構えているサギが思いっ切り動揺を隠せずにいた。サギだってマギに負けないほどの艶めかしさをたたえてマギが夢魔ならサギは艶魔えんまと言ってもいいほどなのに貴女は自分の事には自信が湧かない様だった。俺は絡みついてきているサギを俺の両腕でしっかりと抱き締めてやる。

「サギっ、俺はサギの色香にやられている男のひとりでしか無いけどね――サギは俺に取っては艶魔えんまだよ」

「えっ、ほんと? ラリーっ」

 サギがそう言って俺の肩にぽっすんと頭をゆだねてくる、その艶やかな髪の毛の妖艶な薫りが鼻腔びくうくすぐる様に薫ってきて俺はサギという艶魔えんまとりこになっていた。

「あら、是は旗色が悪くなってきたじゃ無いの――今回はサギの勝ちだわね、じゃぁ邪魔者は消えるとしますわ」

 そう言ってマギはフワッとその身を消した――と見えたが、そう見慣れた小さな蜘蛛がそこに残っていた。

“呪術のお陰で蜘蛛には簡単に変われる様になったわ、私は此の姿であなた達に付いて行くから必要な時は呼んでね、いつでも駆けつけるわよ~ぉ”

 マギはそんな風に言いながら蜘蛛の糸を巻き上げて風に乗って何処どこかに飛んでいった。俺はそんな裏技みたいな変身術の注意点をマギに伝えようと大声で叫んだ。

「マギっ! 人間の姿に戻る時に真っ裸はまずいから~っ! 着衣術を交える事を忘れないでぇ~っ!」

“……わかった――考えておくわ?”

 マギの疑問符が着いた返事が遅れて帰ってきた。変化へんげの時に大丈夫だろうか? 本当に彼女は? その疑問に答えてくれる主は既にいなかった。

 

 サギはとろ~んとした瞳のまま俺の胸に顔を預けてまだほうけていた。

「おいっ、サギっ!」

 俺はサギの肩を両手でつかんで軽く前後に振って正気を取り戻させる。

「あっ、ラリー? あれっ?」

 何とかサギは目を覚ましてくれた様だった。

「サギ俺が解るか? 目が覚めたか?」

「えっ、何っ? 私、如何どうしてたのかしら?」

 マギと反目した事とか一連の騒動は覚えていた様だったのでひとまず安心した。マギはさっさと地下温泉から消えていたので俺達は二人で帰る事にした。その前に折角温泉に浸っているのだから二人で少し湯船に浸かってお互いの心の洗濯をすることにした。

「ふ~ぅ、お湯に肩まで浸かると心が洗われる気がするよ。お陰様で喧噪とは無縁なこの場所はさっきの因果が無ければ最高の場所だけどね」

 マギの話しの中では、此の場所つまり地下温泉は今ではこんな良い場所になっているが、その昔は地下牢だったそうだ、それも魔女専用の……。

 俺とサギは湯船の中で寄り添いながら、お互い思いっ切り身体を伸ばして温泉の雰囲気を味わっていた。そしてさっきのマギの解呪の事を話し始める。

「マギの呪術は見えたか? サギ」

「ううん、余りに眩しくて目なんか開けていられなかったわ、ラリーは?」

「俺も同じだよ……まったくどんな魔術なんだか?」

「あれは……魔術なのかしら?」

「えっ――っ? それはどういう事?」

「ん――ぅ、何となくだけど魔術では無く魔法! って感じかな」

「術のことわりも無く、自らの法で自由自在か、マギならあり得るな」

 俺達はマギの底知れない魔力の力量に驚異さえ覚え始めていた。そんな事を延々と話しているとすっかり湯あたりしてしまって、二人ともよたよたと部屋に戻っていく事になってしまったのは二人だけの秘密にしておいた。


 翌日の朝までぐっすりと寝入っていた。まあ、昨夜はマギの解術の手助けで魔力を消費した事も手伝ってサギと地下温泉から戻ってきた後はベットに倒れる様に横になったかと思ったらもう寝についていた。

 窓から差し込む朝日の眩しさに手をかざして目の前をみた。朝日を背中に浴びて俺の上に馬乗りになっている人影が見えた。

「えっ――誰っ?」

 そう言えば何だか目が覚めた時に身体の重さを感じていた、昨日の疲れが残っていたのかと思っていたが何のことは無い俺に乗っかっている人が居たという事だ。

 気がついて起き上がろうと試みるが起き上がる事は叶わなかった。

 明るさに目が慣れてきたので逆行の中ではあるが人影の様相が解ってきた。シルエットから間違えなく女性の曲線美が浮かび上がっていた、それも相当のグラマラスなラインであった。まあ、俺の知るところの淑女達は皆、類い希なスタイルを誇っていたので見慣れてきているが……。

 影人かげにんの彼女は俺の腰辺りに馬乗り跨がっていて、で其の両手を俺の胸の上に置いていた。しかも――服を着ていない? ……ように見える。

 えっ! 裸か? なんとなく誰かは解ってきた。身体のラインで……。

「マギっ! 何をしているんですか? しかも裸っ?」

「あらっ、もう私だってばれたかしら? ラリーおはよう――でも、ちなみに下着は着けているからね、大丈夫よ!」

「ああ、マギおはよう――下着は、いいから服を着て!」

「そんな下着はいいからなんて真っ裸がご要望かしら?……大胆な台詞をさらりと言うところが大物だわね。――それで昨夜、後でお姉さんが良い事して上げるって言ったでしょ、忘れてた訳では無いからごめんね遅くなって。それでまあ出だしから裸より着ていた物を脱がすシチュエーションの方が興奮すると思ったんだけど……違った?」

「いやいや、悪事いいことはいらないから。間に合ってないけど間に合っていますって! そんなシチュエーションは不要ですから」

 俺もテンパってきていて言っている事がおかしくなってきてる。

「あらやだっぁ~いつの間に、ラリーったら間に合っているって……いつそんな事をしてたのかしら? 相手は誰? サギっ? 隅に置けないわね」

 ぜんぜん隅に置いて頂いて結構ですって、そのまま隅で仏像の様に賢人となっていますから~っ。

「でも、ほらっ下半身がそうは言っていないみたいですわよ」

 そう言いながらマギが俺の下半身に手を伸ばしてきた。

 ん、まてまて其れは流石にまずいだろう。其処は寝起きの生理現象だから。逃げ出さなければ、そう思っているが身体が動いてくれない。

「くっ――うぁ――よせっ~っ、マギっ!」

 拙いってば……俺はその場から逃れる方法を懸命に探っていたが……?


 “ダァーン――ぅ!” と言う轟音とともに部屋のドアが思いっ切り開け放なたれた。

 その時俺の部屋のドアをノックも無しに開けて入ってきた人物は誰あろうサギであった。

「そこまでぇ~っ――マギっ! めなさい~っ!」

 ドアを思いっ切り蹴り開けて入り口で仁王立ちしているサギ、その人がまさに其処そこに居た。

「まったく、油断も隙もありゃしないって言うのはこの事ですわね。盗人に追い銭ですわ、私の立場で言えば助けて上げたうえ彼氏まで取られそうになっているお人好しって言うところですかね」

「あら、サギさん――彼氏って言えまして?」

「あっ、か、彼氏って――ま、まだですっ……うう――っ!」

 サギは一瞬俺の方を見てから顔を赤らめて俯きながら項垂うなだれる。

 俺は俺自身でサギの彼氏って誰だって言う顔をしながら口だけパクパクしていた。

「あんたらって……どうしようも無いバカップル?」

 マギのだめ押しの言葉に二人とも項垂うなだれ直した。


 サギの怒濤の介入のお陰で何とかマギの強襲を回避出来た? みたいな俺だったが其れは其れでその後の事態の収拾が大変だった。サギの方は動揺が少しは収まったみたいで、俺の隣に腰掛けながらモジモジとしていたし、マギには取り敢えず部屋にあったバスローブを羽織らせていたが、ベットのど真ん中に胡座あぐらを組んで座っていて……(バズローブで胡座あぐらって丸見えですから――下着っ! )そんな事を考えている俺の事を半眼で睨み付けている。この絵柄はなんだかな~ぁと思うが……。

 なあ、マギさん何か言うたら如何どうなのよと思っていると察してくれたのか口火を切ったのはマギだった。

「サギっ、あなたどうして私がラリーの部屋にいる事を解ったのかしら? それもあんな良いタイミングで?」

「……其れは――っ」

 サギは何か言いにくそうに俺の方をチラッと見てから悄気返しょげかえっている。

 どちらかと言うと寝込みを襲ったマギの方がサギに押し込まれて悄気返しょげかえる場面だと思うのだが何でこうなっているんだろう?

「サギっ? さっきの“彼氏まで取られそうになって……”って誰の事?」

 取り敢えずサギに彼氏候補がいたらしい事を早々に聞いてみたくて俺は自分の疑問を投げかけたが……。

「『――えっ~それって……』」二人が同時にハモった。

 俺の事をこの世の者とも思えないと言う様な目で見つめる二人の顔は明らかに何かを諦めている様子だった。

「ここまでとは――っ!」

 マギが天を仰いでつぶやいた。

 えっ、俺っ! 俺がまた何かはずした?

 マギが俺の方につかつかと歩み寄ってきて、と言うかベットの上を四つん這いになって近づいてくると俺の首筋に両手を回してきた。

「なっ! なにっ――マギっ」

 バスローブの格好でそんな姿勢のマギの胸元はその豊満な胸がこぼれ落ちそうに揺れていて俺はたじろいだ様に背を逸らした。そんな俺の仕草も者ともせずに首筋に廻してきた手で俺の首の裏から何らかの紙の様なものを剥がしとってサギの前にそれを見せた。

「これはサギが仕込んだものよね? 違って?」

「あっ……」

 マギに見せつけられたものをその大きな瞳を見開いて見つめながらサギは顔を真っ赤に染めていった。

「これってラリーの何を監視するのかしら? ねぇサギっ?」

 監視する? 何を――俺の事をか? サギが? 俺は二人の会話の意味が読み取れずに落ち着かなかった。


 サギの目の前に出されたものは魔術を組んだお札だった。ほんの小指の先程の大きさの紙に似た素材で出来たものだった。そのお札にマギはフッと息を吹きかける、そうするとその中に隠されていた呪術式が宙に浮かび上がってきた。マギがやっている事って呪術夢戻じゅじゅつゆめもどしか? いや違う! 魔術は術式解き明かす事は出来ても其れを浮かび上がらす事までは出来ないはずだ、じゃあなんだ其れは? 

「あら、ラリーはお札の術式よりも私の魔法の方に興味があって?」

 マギがニッコリと微笑みながら俺に問いかけてくる。

 そう言われるとそうなんだが、お札の術式は浮かび上がった瞬間に読み取れたので二の次にしてしまっていた。で今、魔法と言いましたよねマギさん?

「そう、魔法っ! だって私、魔族だし――魔法使いって言ったでしょ!」

 まあ、そう言われればそうなんですけど……余りに自然にそんな高等魔法を起こされても俺達ついていけませんから。

 魔術と魔法は根本的にそのあり方から違う。魔術は術式をイメージして其れを自分の内から沸き上がる魔力とともに詠唱えいしょうする事でことわりを発動する、無詠唱と言う事はあるがあくまでも声として発していないだけでイメージの中で詠唱は済ませている。あと、魔力も自分の内からという事も有り基本は有限である。それに対して、魔法はその名の様に法である、魔界という世界の法をもってことわりの代わりに魔力を世の中に作用させる。依って術式などは特に無くそれぞれの魔法使いの能力で使う魔法のレベルや内容が変わる。魔力のあり方も自然界の中の魔力を引き入れる事によりほぼ無尽蔵に放出する事も可能だ。但し、受け入れる魔力量はそれぞれの魔法使いの許容する力量が支配する事となる。

 そんな魔法を人間が目にする事はあまりない、何故なら魔法は魔人=《イコール》魔族しか使えないからと言われているのでまず魔族に会わない普通の生活では見る事は無い。とは言っても魔族が皆、魔法を使えるという訳では無く幼き折に皆、魔術から始めるがその上の魔法の段階に行く事が出来ずに魔術の段階で終わる魔族も大勢いる。端的に言うと魔術の上に魔法が有り魔術もある程度素質、血縁に拠るものであったが、魔法はさらにその上の魔族性を持った血縁によりのみ才能が開花すると言う事だ。そうは言っても魔法も修行も無しでいきなり出来るものでも無いらしく、しかも魔術の様に術式の体系が出来てる訳では無いので学校の様に学ぶべき場所も無いのが実態だ。要は魔法は魔族の家系で代々伝えていくべき物で一子相伝と言う事になる。と言う事で俺の中では魔法を学べる環境という物が無かったのでマギの存在はまさに師匠が湧いて出てきたというべきものだった。

 そんな中でマギが見せた魔法は俺に取って興味が湧く程度というレベルのものでは無かった。


「あらっ、『魔法』の事なら是からいくらでも見せてあげますからねラリーっ、今はこっちでしょ?」

 そう言いながらマギがお札の術式の方に話題を戻してきた。

 そう言われてしまうと確かに隣で肩を小刻みにふるわしているサギの事を忘れていた。そう言うサギは今にも消えてしましそうなびしい風情で何かに怯えているようにも見える。

「サギ?」

 俺の問いかけにも返事をする事など無く唯々俯うつむいていた。

「サギっ、そんなにしょげる事は無くてよ。さあ、あなたの想いをしっかりとのニブチンに言ってあげなさい」

 ニブチンって俺の事か? マギの言葉に何かを決意したのか、すっと顔を上げると俺をジッと見つめてすがる様な表情をしながらサギは喋り始めた。

「出会った時はまだラリーの周りにはそんな女性の影なんか無かったの、私と出会って私もラリーに会う事が楽しくてでも嫌われるのが怖くて自分で無い様な振る舞いもしていたと思うわ。でも、ウギが現れて彼女は『ラリーの事が大好きです』って言い切るくらい自由で自信に満ちていて私もそうありたいって思ったわ、少しずつ自分を変えてきたつもりだったの……ウギには負けたくないって気持ちで……」

 語り出したサギの目は俺を見つめながら少し潤んできている様だった。それでも気丈に話しを進めていった。

「其れは其れで気持ちの整理はついたつもりだったのですけれど、其の後にリアーナお嬢様がラリーの事を好いてくる様になって其れに嫉妬する自分に気付いたの……ラリーがリアーナお嬢様の事が好きになってそっちに行ってしまうのが怖かったわ、其れでも私も負けないって思って、まあ、お相手は貴族様だし負けたらそうなったらまだ仕方が無いかなって思っていたけど――あなた、マギは違ったわ女性としても魔術師の相棒としても――まったく勝てる気がしなかったの、と言うか次元が違うって一瞬にして理解してしまった自分がいてラリーを取られるって感じたわ、そう、思ったんじゃ無いの感じたのよ。それでそのお札をラリーの身体に付けたのよ、他の女性の気配がしたら私が解るようにって……ラリーっ――ご免なさい」

 そう言い終わるとサギは潤んだ其の瞳から大粒の涙をこぼしていた。

「私、ラリーが大好きっ! マギには負けるけどっ、ラリーを取られるのは、私を忘れちゃうのはいやっなの!」

 サギは最後にそう叫ぶと俺の胸に飛び込んできてくずれこむ様に泣き出した。

「ラリーっ! ご免なさい! でも好きなの……マギには取られたくないのぉ、私の事も忘れないで欲しいのぉ……ぐすっ――ん」

 俺の胸の中で泣き崩れるサギに俺は――自分の鈍感さを今更ながら恥じていた。貴女かのじょの肩に手を置きながら俺はサギに掛ける言葉を無くしていた。

「ああっ、彼女に其処そこまで言わせてあなた其れでも男なのっ――ラリーっ! まったく! 恋愛感情ニブチンの極限みたいなあなたにはサギの方から言い出さないと絶対無理だと思ったわ……世話の焼ける二人だこと!」

 マギは最後に締めの言葉の様に俺に向かってそう言い放った。

 えっ! マギっ! 其れって何か今までの事はこのための布石か?

 俺はハッとしてマギの顔を見つめた。其れに応えるかの様にマギはペロッと舌を出してウインクしてくるのだった。

 マギの策略にまんまとまった事を知った瞬間だった。


 サギの満を持しての告白は俺の恋愛感情の欠損を見事に露呈してくれていた。今までのサギの恋心を察しきる事も出来ずにいた俺は貴女かのじょの気を持たせる様な素振そぶりもことごとくスルーしていたらしい。確かに恋愛なんかに全くもって触れてきたと言うかかすった事も無い様な幼児期や思春期を過ごしてきた俺に取ってここ数日間の濃縮した彼女達との交流は少なくとも人生で一番のモテ期でなんだと思う。

 そうは言ってもサギとウギにはまだ話していない俺の秘密がある。其れを知ったら彼女達の態度が真逆になる事だって有りうるし、そもそも俺がその立場なら多分今までの事が無かったかのような振る舞いになると思っている。いや、そうしなければいけない程の壁だと思う。

 だから俺は迷っていた。本当の俺は人間では無いのだろうと――そう思う事が俺自身怖かったのだと。

 

 サギは俺の答えを静かに待っていた。ただ泣き明かして少しは冷静になれたのか俺の顔を伏し目がちに見上げながら。碧眼の綺麗な瞳と泣き明かして朱に染まった目元のその上目遣いな視線にドキッとしながらも俺はゆっくりと口を開いた。

 「俺もサギの事が大好きだ! 其れは間違いないし自信を持って言える事だと思う。ただ……」

 サギは俺の大好きという台詞のひと言で一瞬にして破顔一笑はがんいっしょうとなったが、その後の言葉で顔色が曇った。

「サギには悪いが俺は恋というものが解らないんだ、多分――好きとはどれだけ違うんだ? 其れとサギとウギにはまだ話していない事がある、そのことを知ってサギが俺を恐れる事が俺は怖いんだ」

 俺の言葉にサギは少し怪訝な顔つきをしていたがやがて俺の目をしっかりと捉えて喋りだした。

「ラリーの秘密には今は興味が無いわ、だって前も言ったでしょう今、目の前にいるラリーが全てだし何があってもラリーは私の知っているラリーで――例えラリーが魔王でも私は付いて行きたいと思っているのよ、解ってくれる? ねぇ、ラリー!」

「えっ! 魔王でもいいの? って、サギなんで? 其れを知って?」

 サギの唐突な魔王どんとこい発言に俺はビックリして目を剥いていた。

「あれっ? だって昨日マギが言っていたでしょう? 『――今までずっと次世代の魔王候補の方を待っていたのです』って、私じゃ無いから候補は、だったら残りはラリーのことだなって思っていたわ、でもそんなの私にとってはどうでも良い事だから……」

「どうでも良いって――言い切りますね、サギっ?」

 マギが途中で合いの手の様に割り込んでくる。

「ハイ、言い切りますわよ。前も二人で星空を見上げながら言った事があったわよね『ラリーは何があってもラリーだもん』って、だから良いの――ラリーが何なのかは私にとっては小さい事なの」

 そんな風に言い切る気っぷの良さに呆れがちな目で俺はサギを見た。

「あっ、今呆れた顔をしたでしょう。ひど~ぃ!」

 そう言いながら満面な笑みを浮かべるサギの表情は俺には天使の微笑みにさえに見える。

 もう此処までだった、俺の中で何かが弾ける音が聞こえてきた。俺はそのままサギを両腕できつく抱き締めた。

「あっ、あ~んっ! なっ! んっ」

 俺の腕の中で可愛く身悶える様にサギは小さく痙攣していた。でも、その顔はとても幸せそうに見えていた。

「サギっ、ありがとう」

 俺はサギの耳元でそっとささやく様にお礼を言っておいた。

「ん~っ! はぁ~! ど、どういたしましてって~っ、もう~っラリーったら、そんな耳元で……吐息で感じちゃうからっ、いや~ぁん!」

 そんなサギの可愛い声に何となく悪戯をしたくなって、そのままサギの耳たぶを軽く噛んでみた。

「そ、そんな~ぁ! いいぃ~っ!」

 そんな嬌声を発したあとに、サギは顔を真っ赤にしながら俺の事を睨んできた。

「ラリーは天然の女ったらしの素質をお持ちですね~っ、魔王の素質十分ですわ!」

 マギが横からまた茶々を入れてくる。俺ってそうなのか? 自分のした事ながらついぞ羽目を外してしまっている事に反省至極になってきた。

「ラリーっ、私の事が好き? 其れで良いの?」

 サギが俺の胸の中から身を起こして俺を真正面に見据えたまま聞いてきた。もう一度確認するかの様に。

「ああ、何度でも言えるよ。俺はサギが好きだ」

「でも、ラリーはウギもマギも好きなんだよね?――ううん、それでも良いの私の事も好きでいてくれるならば……ねぇ」

「サギっ……」

 皆の事が好きであるのはサギの言う通りだ、この場はサギの優しさに甘えさせて貰う事とした。でも、俺は多分サギが一番好きだと思っている、其れはまだ言わないでおこうと心に決めた。この先まだまだ色々な事が待っていそうだから。俺もサギも今はお互いの事を尊重出来るがずっと先の事はやはり解らないと思う。其れに俺はまだ恋心なるものを知らないのは事実だった。

「さぁ、良いでしょうか二人とも――もうひとり姫子との対面が私を待っているのですからラブコメは此処ここいらで第一章終了で良いですよね」

 マギが見つめ合う俺達二人の間に入って早々の展開を促してきた。


 マギとサギとの顔合わせはマギの悪巧みに俺達が見事にはまり込んだ結果になっていた。まあ、そのお陰で俺とサギの間に少しであるが男女の恋心の初歩的な進みが出来た結果となっている。何かほとんど低学年的な恋愛劇の様相を呈してきているが其れは其れでご配慮頂きたい。

 さてと今度はマギとウギの関係式の構築であるがマギは何か算段を組んでいるのだろうか? まあ、ウギは純白の誠に綺麗な全く混じりっけの無い『白気』だから下手な算段は逆効果になる恐れがある、今は順当に話を進めていくのが良いと思った。そんな事を思っていると案の定ウギの方から此方こちらにやってきた様だった。


 折も折、サギとの話しが一段落ついた所でタイミング良くウギが俺の部屋を訊ねてきた様だった。

「ラリーっ! わらわじゃ! おはようじゃのぅ、朝だぞう起きておるかのぉ」

 俺の部屋のドアの前で大きな声で呼びかけてくるウギがいた。

「おう、ウギか? 入ってきても良いぞ」

「そっかぁ、解ったぞぅでは参るぞぅ――失礼するのぅ」

 ドアを静かに開けながらウギが部屋に這入ってきた。

 ウギはサギがニコニコしながら其処にいたのに気が付いた。

「サギ、おはようじゃ、先に来ておったとは――お主もやるよのぅ……んっ!」

 ウギは――無論傍にヴァルが一緒にいるのであるがそのヴァルが先に気が付いた。

“魔族か? 其奴そやつは誰であるかラリーっ?”

 ヴァルが魔力念波で俺に尋ねてきた。

「あら、大狼ガルムってわけ? しかもガルムも女性なのね、もうひとり姫子との対面と思っていたけどもう二人の姫子との対面に訂正だわねラリーっ! ウギさんって言ってたわね、私はマギル・ビンチという魔導師よ、訳あって昨夜からラリー達にお世話になったの、今後ともよろしくお願いねっ――えっ~と……あぁもしかしてあなたはベルっ?」

 途中の方は何かハートマークが付きそうな声色でマギが俺の答えの前に返してきた。が、ベルってヴァルの事か? 知り合いなのか?

「マギっ、ヴァルの事を知っているのか?」

 俺はマギに直ぐに訊ねた。だが、其れより先にヴァルが答えてくれた。

“あなたは私の祖母を知っているのか? 確かに私の祖母はベルと言う名であるが……其方そなた何故なぜに其れを知っているのですか?”

「むっ? これは失礼しましたわベルのお孫さんなんですね――まあ、冷静に考えるとあれから数百年経っているのだからねぇ、それもそうですわね、あなたの疑問の通り私は魔族、魔界の魔導師ですわ」

 なんかマギとヴァルの新関係が発覚してきているが、その前にマギに魔力念波で聞いてみた。

“マギ、俺だラリーだ。マギはヴァルの声が聞こえるのか? サギにもウギにも聞こえない声が……”

“あっ、ラリー御免なさいうっかりしてましたわ――ヴァルの声はよ~く聞こえていてよ”

“そうなのか? ヴァルどう思う?”

“マギ、其方そなたは魔王族か? 何故なぜに聞こえるのだ? どうなっているのだラリーっ”

“ヴァル残念だけど私は魔王族では無いわ、れに魔力念波はコツがあるのよ”

“マギ解ったわ、でも二人とも今は拙いから後にしましょう、ウギが怪訝な顔をしていますわ”

“『わかった』” 俺とマギはヴァルの提案に二人同時に素直に応じた。


「何じゃ? ラリーなんか変であるぞ? ヴァルもどうしたのじゃ?」

 ウギが先程からの俺達のやり取りに薄々感づいた様で不審げな顔つきで訊ねてきた。

「ラリーっ! まずは順に訊ねるぞ。そこのおなごは誰なのじゃ? 先程自ら名を名乗っておったがその前にラリーに聞いておきたいのじゃぞ、わらわに紹介するのかしないのか、どちらなのじゃ?」

 確かに俺の部屋にいて俺が仲介しない紹介対応は無いな。

「ウギ、悪かった。紹介が遅れた、此方はマギル・ビンチ嬢、訳あって昨夜知り会った。魔界の魔導師だそうだ。え~っと歳は?」

 ここにマギが食いついてきた。

「あらっ、ラリー女性の歳を男の人がべらべら喋るのは御法度よ――そうね見たところ皆似た様な年齢みたいだから、皆のひとつ上って言う事で良いかしら」

 マギの歳は秘密だそうだ。

「で、ウギっ! 昨日今日といろいろあったが最大変化だ、俺のチームにマギことマギル・ビンチ嬢が加わる、サギとは昨夜からの付き会いで既に打ち解けている。ウギも彼女とは仲良くして欲しい。俺からの頼みだ」

 俺はウギに面と向かって話しを通した。ウギの目は素直に全てを信じている目だった。

「解ったのじゃラリー。其方マギ殿と申したかのぅ、先程は先に名乗って頂いたのにわらわが無視をした形になって申し訳なかった、失礼な態度を取ってしてしまった事を此処に詫びたい」

 そう言うとウギは深々と頭を下げてマギに謝っていた。

「改めて此方こちらから名乗らせて貰うのじゃ、わらわはウギ・シャットンと申す若輩な魔法剣士である。ラリーのチームに其方そなたも這入るのであればわらわをウギと呼んで頂きたい、其方そなたの器量からして相当な魔導師とお見受けした。お手柔らかに頼む、ただひとつだけ其方そなたにもの申しておきたい事がある。ラリーの右腕はわらわの聖域じゃ何人なんびとにも此処ここを譲る気は無い、もしもそれでも来るのならわらわも死ぬ気でやらせて貰う」

 ウギはマギに正面切っておのれの剣に恥じる事なき主張をしてきた。それに対してマギは何と言うのか、俺は固唾かたずを呑んで状況を見守った。

「一度名乗ったから名前はもう良いわよねウギ。私の事もマギで良いわよ、両目の銀眼色で解る通り私は魔族よ、魔導師であり魔女なの。あなたの剣の腕も相当なものね、良いわラリーの右腕はあなたの場所で左腕はサギのものらしいから私は――っとぉ」

 そう言いながらマギは俺の身体をまじまじとなめ回す様に品定めを始めた、まさに舌なめずりをして相手の度量を見定めるかの様な目つきだった。

「いいわ、私は真ん中ねっ!」

 マギが訳のわからない場所を指定してきた。

「えっ、真ん中って? 何処どこっ?」

 俺は速攻で突っ込んでいった。

「あら、淑女しゅくじょの私の口からそんな事は言えないわ、嫌だわっラリーっ!」

 マギは両手を握り伸ばしてしなを作りながら上目遣いで俺の方を見つめてきた。

 おいおい今度は誰が淑女しゅくじょだ、今度はれかい! まったくのサキュバスの小悪魔を何とかして欲しい。と思っているとウギが何だか真面目な顔してこんなことを言い始めた。

「真ん中っと言えば、昨日温泉で見せて貰ったラリーの股間の剣かのぅ? あれはおかしな剣じゃったぞ、堅かったり柔らかかったり伸びたり引っ込んだりして剣としてはのぅ、それが良いのかお主は?」

 ウギっお前な~ぁ――この言葉には俺含め三者三様の受け方となった。

「『うふっ』『うふふふっ』」でも皆、苦笑いするしか無かったが。

「ウギっ、あなたって面白いね~っ――でも良いのそこで私はねっ!」

 マギはウインクしながらウギに右手を差し出してきた。

「じゃウギっ、話がまとまったという事で握手で良いかしら」

「んっ! わらわとか? 別に良いぞ」

 そう言ってウギも右手を差し出してきてマギの手を握る。

「ほらっ、サギも手を重ねてラリーもぅ……」

 マギが俺等二人にも催促してきた。んっ! まあ、これも良いかもな、俺とサギはお互いの目を合わせてうなずき手を差し出した。

 四人の掌が重なってひとつの輪になった。新生チームラリーか! しかしマギっ! 真ん中って何処よ? マジに? 俺の不安は一向に消えなかったのは言うまでも無い。

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