第14話 いつものサギの膝枕の中で!

 俺はいつもの如くサギの膝枕の中で目を覚ました。俺が女体の色香で鼻血を出して倒れた時はサギの膝枕は標準装備らしい、其れは其れで至極有り難い事ではあるがこうも度々お世話になっていては終いに呆れられるに違いない。そう言う日がいつか来る事を極度に恐れるようになってきている。

「――此処は何処だっ?」

 目覚めて最初に見た物はお城の宿泊部屋の天井のようだった、但し温泉に行く前に自分の宿泊部屋の天井からしたたるように降りてきた蜘蛛と戯れていた時に見ていた天井の風景とは少し違っているように思えた。

「あっ、気が付いたのねラリー」

 サギの顔が間近に見えた、後頭部の温かで何とも言われぬ柔らかな感触はサギの膝である事は経験上知り尽くしている。いつもながらに情け無い状況、穴があったら入りたいとは昔の人はよく言ったものだと思う。

「いつもながらにサギには悪い事をしていると思う済まない、俺はどれ位気を失っていたんだ?」

「ラリーっ、謝られる方が傷つくのよ、私が好きで膝を与えているんだからそんな風に思わないでくれる、それとも私の膝枕じゃ嫌なのかな」

「あっ、そういうつもりで言ったんじゃ無いんだ、ただサギが疲れると思って――サギの膝枕はすごく有り難いし出来れば気を失った時ではない方が嬉しいくらいだ、単に自分がすごく情け無い感じがしてサギに嫌われるのが怖かっただけなんだ、重ね重ね済まなかった」

「あっ、そうやってまた――謝ってるっ、ダメよ。私は意気地無しのラリーが倒れなくなったら其れは其れで多分すごく寂しいと思うの、だって膝枕でラリーの寝顔をずっと見ている事が出来なくなるでしょ……ねっ」

 ん~ぅ、其れは俺に取ってもの凄くいい事なんだろうな、多分?

「おっ、ラリーどうじゃ気分は? ああ此処ここわらわとヴァルの宿泊部屋だぞ、ヴァルが居る分お主らの部屋より少し広いのじゃ皆が入るには丁度良いじゃろう、其れにのぅ、お主を此処まで運んでくれたのもヴァルだからのぅ」

 そっか、ヴァルにも世話掛けたんだ、さらに自己嫌悪に陥りそうだ。

“なに言ってんのさ、私達チームなんだろう、迷惑掛けたなんざ他人行儀な台詞は嫌いだね、ラリー”

 ヴァルからも魔力念波で叱咤しったされちまった。

 俺の事を皆が支えてくれていた、嫌な思いをさせてしまったとか迷惑を掛けてしまったとか他人行儀な後悔はヴァルの言う通りこのチームには相応ふさわしくない思いだな。此処は素直に皆に感謝しよう、そう思ったらなんか心が軽くなった気がした。

 そんな事を考えている間ずっとサギの膝枕で仰向けになったまま天を仰いでいた。そんな俺の顔をサギが上から覗き込んでくる。

「あっラリー、なんか良い事思ったでしょ口元が笑ってるわよ、うん其の方がラリーらしい顔だわね」

「う~ん、そうだねサギの言う通りだよ、皆ありがとう」

「えっ、ラリー、何っいきなり? どうしちゃったの?」

 俺はサギの笑顔に応える様に俺もめいっぱい笑顔で感謝の気持ちを返していた。

 そんな遣り取りをしていて、ふっと自分の姿を見るにひとつの疑問が出てきた。俺は今しっかり服を着ている、でも温泉の湯船の中で倒れたのだから素っ裸だったはずだ。一体誰が俺の身体を拭いて、服を着させたんだろう? 下着もか? 俺は恐る恐るサギに聞いてみた。

「なあサギ、ひとつ聞きたいんだが? 俺の身体を拭いてしかも下着も含めて服を着させてくれたのはサギか? それともウギなのか?」

「あらっ、気になるのかしら、誰でしょうね~ぇ、教えな~ぃもん」

 おいおい、サギよこれで何処まで引っ張るつもりだ?

「もしかしてメイラーさんかもよ、いやいやリアーナお嬢様だったりして――やっぱり気になります? ラリーっ」

「そりゃ、俺の身体を隅々まで介抱してくれた人は誰かは気にするだろう、普通」

「サギかウギか? それとも二人でってか?」

「そうね~っ、教えて上げる代わりにラリーからご褒美が欲しいな~ぁ」

「何だ?」

「あ~あっ、サギだけ狡いのじゃぞわらわだって介抱したのじゃぞ……特に股間のぅ」

「ウギっ、其れは言っちゃダメでしょう、ん~もぅ」

 成る程二人して俺の介抱をしてくれたと言う事か、しかしウギが……股間? って言ったな。

「ウギが俺の下半身を拭いて服を着せてくれたのか?」

「そうじゃ、わらわがジャンケンで勝ったのじゃ、ラリーの下半身お触り放題券のな」

 なんだその商品券みたいな取引は、まあ二人が楽しければ介抱して貰う身であるから仕方ないが。

 サギは何か悔しそうな顔をしているがそんなに悔いが残る事なのか?

「でものぅ、ラリーの身体を触る時はのぅ……サギがわらわの両目を手で塞ぐのじゃぞ、其れで見えないもんでの色々な感触を楽しめたぞ、長くて柔らかな尻尾のようなものが前側に生えていたがあれはお尻に生える尻尾の代わりか? 根元にしか毛の感触が無かったが変な尻尾じゃのぅ」

「『それ尻尾とちが――ぅ』」何故かサギと俺の言葉がかぶった。しかもその後は二人して顔を真っ赤にしながらうつむいてお互いの顔を逸らしていたし。

「なんじゃ、わらわがまた変な事言ったのかのぉ?」

「いいっ、ウギは知らなくて――っ」

 ウギの天然無知に助けられているわ、俺は……。まあ、その後のウギはサギに一所懸命聞きに行っていたようだが、サギが顔を真っ赤にしながらその件には完全に口を閉ざしているようだったね。


「ところであれからどれ位時間が過ぎたんだ? リアーナお嬢様達は戻られたのか?」

 話しの流れが下ネタに固まってきたので話題を変えることと、今の状況を知る必要がある事からサギに問うてみた。

「あっ、えっとね……リアーナお嬢様は晩餐会の準備の方に行かれたわ、酷いのよぉ~お嬢様ったらねラリーが倒れたのにずぅーと薄笑いが止まらなかったのよ、英雄様の弱点がっ~素敵ってね――それってどうよって思うわ」

 まあ、以前も倒れて馬車の中で休ませて貰った時もそうだったしな、つぼに嵌まったみたいでおなかを抱えて薄笑いしていたしなぁ。

「あと、晩餐会の準備が整ったらメイラーさんが此処に呼びに来てくれるから、多分もう少し掛かるかな――ラリーが思っている程あれからまだ時間がたってはいないから」

 サギの言う話しには倒れてから運んできて一連の介抱が済むまで小一時間程度だったらしい。

 俺は折角なのでもう少しサギの膝枕の感触を楽しむ事にした。


 俺はサギの膝枕を十分満喫したあとヴァルと内緒の話をしていた、勿論魔力念波での会話であるからサギにもウギでさえもヴァルとそんな風に意思疎通が出来ている事などは露程も知らないと思う。

“ヴァル、此処が元魔王族の居城という話しをリアーナお嬢様から聞いたのだが心当たりはあるか?”

 なにせリッチモンド家の祖先からの言い伝えとの事だからよほどの事が無いと裏は取れまい。しかし、地下温泉の存在が特別ならそこに何らかの鍵がありそうだ。

“私の知る所では此処の居城についての魔王族なんて話しは知らないわ、もしも本当だとしても多分相当古い話しだと思うわ”

“やはりそうだろうな、ところでヴァルは俺を運ぶ為にどうやって地下温泉に行けたんだ?”

“ああそのことね、リアーナ様がウギと一緒に部屋まで私を呼びに来てくれたのよ。そうで無ければ戻れないからね。其れは身をもって知ったわ、あの時私だけ先に駆けだしたの階段を先にね、そうしたら行き着いた先は外の露天風呂だったわ。後は一旦戻って御令嬢と一緒に階段を降りたのそうしたらラリーの所に辿り着けたわ”

“そうか、じゃリアーナお嬢様の話しは本当なのか……”

“地下温泉の迷路マジックについては事実だったわ、其れは保証するわよ”

“……”

 俺はそれ以上の考えが浮かんでこなかった。仕方がないのでもうひとつ気になる事を話してみる。

“あとひとつ気になる事があるんだ”

“なに?”

“その温泉の湯舟の中なんだが、翡翠の様な半球の石があって金色こんじきと言うか白色と言うか兎に角、煌びやかに輝いていたんだ、其れを見ていると何故か妙に落ち着くんだ”

“はは~ん、其れはもしかしたら魔石かもね”

“――魔石っ?”

“そう、私も直に目にした事はないのよ、ただ魔石の話しは聞いた事があるわ”

“その魔石ってものは何に使うんだ?”

“使い道は多種多様らしいわ、兎に角、魔術を封じ込めていつでも起動出来る様に設定出来るらしいわよ、其れは調べる価値がありそうね”

“解った、後でもう一度行ってみるよ”

“ラリー、その時は私も一緒に行くわ”

“ヴァル、そうしてくれると助かる……ありがとう”

“あらっ、そんなお礼なんて水くさいわね~ぇ”

“だってヴァルには関係無い事だろう? こんな調査は”

“そんなことないかもよ、まあ、それは置いておきましょ。で、いつ行くの?”

“晩餐会の後かな……皆が寝静まってからが良いだろう”

“そうね、それが良いわね”

“じゃ、その時にまた教えるよ”

“解ったわ――ところでひとつ聞いておきたいの?いい?”

“……なんだ?”

 ヴァルの問いかけには一拍分微妙な間があった、まるで俺の心の奥の覚悟を確かめるかのような。

“ラリー、あなたは其れを知って――如何どうするの?”

 ヴァルのその問いはいきなり核心をついた質問だっただけに正直ぎくりとした。そのまま声も出ずに俺は目を見開いてヴァルを一心に見つめた。

“……”

 やはり言葉が出てこなかった、と言うより俺自身の気持ちに対する確証がこの時点ではまだ無かった。

“――解ったわ、まだいいわその答えは! でもひとつ言って於くわね――魔王族の秘密を知ったら多分、あとには戻れなくなるわよ”

“――解ってる……つもりだ”

 俺はヴァルの最後通告の奥にあるさりげない思いやりに、その眼を直視できずに俯きながら呟く様に応えた。


 俺はヴァルとの魔力念波のやり取りの最中ずっと部屋の窓から見える外の景色を見ていた。ぼーぅとしてる様子で傍から見ればなにやら思い込んでいる様にも見えたかも知れない。そんな俺の様子を心配してかサギが俺の背にその身を預けるように抱きついてきた、そう俺の魂を包み込むような抱きつき方だった、そのままこのに全てを預けられたらどれだけ心が安まるだろうか、そんな風に思ってしまうような温かさが背中から伝わってきた。

「ねぇ、ラリー……私の声が聞こえている?」

 サギは俺の背中に貴女の頬を当てたままつぶやくような小声で話しかけてきた。まるで俺の身体の中にある何かに問いかけるかのように静かにそして優しく。

「ああ、ごめん……聞こえているよ」

 俺も穏やかに答えた。

「ラリー何か心配?」

 言葉少なげな中でも確実に俺の心理を読み取ろうとしているのがわかる。俺の身体を抱きかかえている貴女の手の甲に俺の掌を当てながら話しを続けた。

「サギ、心配しなくても大丈夫だよ、ちょっとだけ考え込んでいただけだ。悪かったね気を遣わせたみたいだ」

「ううん、そんな事無いよ私は貴方あなたの事を考えている事が嬉しい事なの」

 サギには俺のすべてを話さなければならない時が来るかも知れないな――でもまだ今では無い。

「そろそろメイラーさんが呼びに来る頃だろう、さあ、二人とも身支度をしておいて、俺は一旦自分の部屋へ戻るから」

 俺は抱きついていたサギの手をゆっくりと振りほどきながら貴女の方に向き直りつつそう言った、そしてそのあと俺の部屋へと向かってウギの部屋を後にした。


 コンコン――ォと扉を叩く音と同時にサギの軽やかな声が聞こえてる。

「ラリーっ入るわよ――っ、メイラーさんがお迎えに来てくれたよ」

 俺は自分の部屋に戻って蜘蛛を探していた、相棒は直ぐに見つける事が出来た。なんて言う事は無い元々の自分の垂らした糸にまだ張り付いていた。俺は前のようにベットに仰向けになって蜘蛛の糸の真下に顔を置いたそしてまた蜘蛛が糸を伝って降りてくるたびに息を吹きかけてからかってやっていた。そんな時にサギとウギに侵入されてしまったわけだ。

「……なにしてるの?ラリーっ?」

 彼女等からはこんな小さな蜘蛛なんか見えないだろう、そうすると傍からは天井に向かって間欠的に息を吹いている怪しい行動にしか見えないはずだ。そんな俺は彼女等にどう映っているんだろう?

わらわも一緒にふうふうするのじゃ!」

 ウギは何の躊躇ためらいも無く俺の隣に同じように寝そべって天井に向かって息を吹きかけ始める。

「ラリーっ、――えっ、熱でもあるのかしら? 気を確かに持ってる?」

 サギの方は俺の気が触れたかと心配をし始めている。それぞれの反応の違いにおもしろさがこみ上げてきておもわず笑い出した。

「えっ? なにっ? ほんと大丈夫? ラリー?」

 サギが本気に心配し始めたのでそろそろ種明かしをする事にした。

「ああ、サギもこっちにおいで」

 俺はウギが寝転がった反対の方の布団を手で叩いてサギを呼び込んだ。三人が揃って天井を見上げた所で俺はぶら下がっている小さな蜘蛛を指で指し示した。

「『あっ、蜘蛛っ! かわいい~ぃ!』」サギとウギの言葉がかぶった。

 俺はまた降りてきている蜘蛛に向かって息を吹きかけてからかってやった。

「『ああ~、成る程これをやっていたのね』」どうやら二人とも納得してくれたようだ。


「あの~ぅ、皆さんそろそろ晩餐会場に――っ」

 あっと、メイラーさんを待たせたままであったのをすっかり忘れていたよ。

「『あっ、済みません~今、行きます!』」三人の綺麗な和音がハモっていた。


 メイラーさんに案内されて俺達は晩餐会の会場にやってきた。会場内は立式で既に人集ひとだかりがそこらここらに出来る程の人が集まっていた、とうやら俺達は最後の入場のようだった。

 俺達の入場を待ちかねたかのように、銅鑼どらが鳴り響き会場内の喧噪がすうっと静かになった。その静まりを待っていたかのように凜とした声が響き渡る。

「リッチモンド伯爵様がご入場されます、皆様拍手でお迎え下さい」

 その声を合図に会場内が割れんばかりの拍手で満たされていく。その中でピエール・リッチモンド伯爵様、ルシア・リッチモンド奥方様、リアーナ・リッチモンド御令嬢が会場に入ってきた。

「皆のもの今回の帰郷の旅、誠にご苦労であった。特に宮廷のニコラス・ハミルトン近衛師団長はじめ護衛師団の方々、この度は道中大変お世話になった、リッチモンド家を代表してお礼を言わせていただく。ありがとう。今宵は皆の無事と慰労をかねてささやかだが宴の場を用意させて貰った、楽しんでいってくれたまへ」

 リッチモンド伯爵の挨拶と共に宴が始まった。

 早速、ウギとヴァルは空腹を満たすべく料理にと向かっていく。

「ラリーっ! いろんな食べ物が並んでいるぞ~ぅ、これ全部食べてもいいのかのぅ?」

「ウギっ! 食べてもいいが――全部は無理だろう? まあ、ほどほどにな」

「わかったのじゃ! ヴァルっ何から食べるかのぉ~?」

 そんなウギとヴァルの後ろ姿を目で追いながら、俺は苦笑いをしていた。そんな俺の横顔を見つめてくる優しい笑顔が俺の隣にあった。

「ラリーは食事はどうする? もう少し後にする?」

 俺の左隣でサギが訊ねてくる。その時丁度給仕の係の人がワインを配りに来たので二つのグラスを貰っておく。そのひとつをサギに手渡しながら俺は答えた。

「サギ、まずはワインで乾杯といこう、俺達のチーム誕生に――『カチーン』」

 サギとワイングラスを突き合わせて乾杯をし、まずはお互いに笑顔でワインの香りと味を楽しむ事とした。

 その後はサギと一緒に並んで歩きながら料理のテーブルに向かって行き色々な食べ物をワインのつまみに口にしていった。


「ラリーっ、あ~んじゃ! この肉料理は旨いぞ」

 お皿一杯に料理を盛ってウギやってきて、満面の笑顔でフォークにのせた料理を俺の口元に差し出した。一瞬躊躇したが、ウギの勢いにされておもわずパクッとかぶり付く。

「おっ! 旨い!」

「じゃろう~っ」

 ウギはそう言いながら満足そうな顔で自分もその料理をひとくち口に運んだ。

「……あ~っ、ウギったら狡いんだから、どさくさに紛れてラリーに……っ、いいんだ~ぁ」

 サギが俺達のやり取りを見ていてプクッと頬を膨らませながら文句を言ってくる。

「サギもやったらいいのじゃ、お主はずっとラリーのそばにおったじゃろうが~ぁ、わらわと替わるかのぅ」

「ふんっ! じゃウギ交代ね、私も料理選んでくるから、ラリー食べたいものある?」

「いや、サギのと同じでいい」

「ふふ~っ、そうお~ぉ、解ったわ。じゃウギっ、ラリーを・ょ・よろしくね、特にお嬢様には気を付けて!」

「解っておるのじゃ~!」

 お前ら、俺の事を何と思っているんだ? えっ!

 ウギ持っていたお皿を器用に持ち替えながら俺の右腕を取って身体を寄せて絡めてきた。

「えへへへっ、久しぶりにラリーを独り占めなのじゃ~っ、さっ、ぁ~んなのじゃ」

 ウギはさっきの続きを俺にいてきた。


「おう、ラリー君――お邪魔だったかな?」

 そう言いながらニコラス師団長がニコニコと俺に話しかけてきた。

「おじゃっま~っ――だぞぅ~」

 ウギが料理を俺に差し出しながら、話しに割り込んでくるがその頭を押さえながら俺は応えた。

「なっ、ウギっ! こらっ! ――師団長、別に問題無いですよ! 何でしょうか?」

 そんな俺とウギのやり取りをニコラス師団長は苦笑いを浮かべながら見つめている。

「サギーナ・ノーリ嬢といいウギ・シャットン嬢といい、皆注目の美人どころを押さえてラリー君もわるよの~ぅ」

 なんですかその定番の落語の落ちみたいな言い回しは!

「なぁ――っ、師団長!」

「悪い悪い、余りに羨ましくてなっ、貴殿ラリーくんが!」

「ほ――ぅ、わらわを美人って言ってくれるのか~ぁ、嬉しいのぅ」

 俺は俺で顔を真っ赤にさせながらニコラス師団長に食って掛かり、ウギはウギで頬を朱に染めながらうつむいていた。

「ところでラリー君、話は変わるが帰りは貴殿のチームをしばしこの地に残しておきたいのだが如何か?」

「其れはどういう事ですか? リッチモンド伯爵様からの要請ですか?」

 ウギも俺もニコラス師団長からの突然の話しにその意図が見えずに躊躇していた。

 そこにサギが料理をお皿に盛って現れた。

「あらっ、ニコラス師団長様――あれっ、ウギっ? ラリーっ? なにっ?」

 サギは俺とウギが顔を赤らめている様子を見て、小首を傾げていた。まあ、俺とウギの赤らむ意味は全くもって逆の理由になるのだが……。

 丁度良く戻ってきたサギに俺は先程のニコラス師団長からの依頼を話した。リッチモンド伯爵様からの要請という部分で少し顔色が変わっていたが終始サギ自身の考えを取り混ぜながら質問を交わしていた。

「ニコラス師団長様のお考えでは、怪我人の療養と共にしばしこの地に留まる部隊が必要だと言う事ですね。そして、その作戦にリッチモンド伯爵様からは私たちラリーのチームを指名してきたと……」

 サギは依頼の意味と内容をかいつまんで話しをまとめる。

「そういうことになる、怪我人を無理に移動させるぐらいならヴィエンヌ城でしっかり養生してからの方がいいであろうとの事と、その間の世話等もリッチモンド伯爵家がかってでられるとの話しを受けたのだ。そして、その間優秀な護衛部隊をひとつ貸して欲しいとのお願いを同時にされた訳だ」

「その護衛部隊の指名が俺達のチームと言う事ですか」

 俺は最後に確認の意味で繰り返した。

 サギは『う~ん』と唸りながら思案をするように可愛らしいその顎に手を当てて首を傾げながら目を瞑っている。

 傍から見ると考えていると言うよりは目を瞑っていながらも僅かに微笑んでいてまるで聖女が降臨してきた時の様にも見えるサギの容姿に俺も師団長も吸い込まれるように見入っていた。


 聖女が世界を憂いて思案している姿と見間違えてもおかしくない様相を漂わしていたサギがパッと目を見開いたとともに貴女の考えを語り出した。

「解りましたわ、ラリー引き受けましょう。何となくリアーナお嬢様の思惑の薫りが匂いますが……私達にとっても悪い話しでは無いのでよしとしましょう」

「いいのか? サギ!」

「いいの、大丈夫よ――あっ、ニコラス師団長様、今回の追加任務については私達の事で恐縮ですが宮廷魔術師団への連絡はお願い出来ますか? 其れとウギ……ウギ・シャットン嬢については宮廷魔術師団への入隊申請を同時にしておいて欲しいのですが?」

「んっ、サギっ、わらわの事かのぅ?」

「そうよ、ウギねぇ~あなたラリーと聖都テポルトリに一緒に戻ってからどうするつもりだったの?」

「ん~……」

「ぅ――やっぱりね、でラリーは、何か考えていたの?」

「ん~………」

 サギはその場で頭を抱えながら俺達にぼやいた。

「ほんとにも~ぅ、二人とも何も考え無しだったのね! まったく、戻って一体ウギはどこに住むつもりだったのかしら?」

「んっ、わらわはラリーの部屋でいいのじゃぞぅ」

 俺はビックリしておもわずウギの顔を見る、ウギは何の憂いも無い顔つきで喋っていた。

「ウギっ、あなたねっ! ラリーは……男子宿舎は大部屋寮なのよ、そこに一緒に寝泊まりするつもりなの?」

「そうじゃったのか、わらわは特に気にしないぞぅ、ラリーと一緒ならばのぅ」

「ウギ、あなたが気にしなくても周りが気にするって言うか……認めないのっ~、も~ぅ」

 いつまでも話しが進みそうも無かった所に師団長が助け船を出してくれた。

「サギーナ・ノーリ嬢、貴殿の考えしかと受けたまわった、先の二点の申し出、このニコラス・ハミルトンが宮廷魔術師団長に直にお願いに参るとしよう」

「あ、ありがとうございます。ニコラス様」

 この時俺はこれからのチームに関わる一切の判断をサギに一任していこうと心の中で思っていた。


 兎にも角にもニコラス師団長は置き土産を置いたままやんややんやの俺達を尻目に席を外して行った。残された俺達は置き土産の子細とは関係の無い所で討論を続けている。

「サギは堅いのじゃぞ――わらわがいい言っているのじゃからいいのじゃ」

「ウギひとりの問題では無いのよ、ラリーと一緒にいたいのは解るけど……男子宿舎に女のは入れないのっ、解る! だったら私と一緒に宮廷魔術師団に入隊して女子宿舎に寝泊まりすればいいじゃないの!」

「それじゃ、いっつもラリーと一緒にいられるわけでは無いのじゃないかのぅ?」

「其れしかないのっ、も~ぅ、其れが普通なのよ!」

「じゃ、聞くが仕事はラリーと一緒になれるのかのぅ?」

「……あっ……宮廷魔術師団とラリーの臨時護衛師団は……別~つぅ? なのかな~?」

 サギも思慮が足りない所があったらしい、唇を噛んで悩み始めた。

「サギにウギ、その件は聖都テポルトリに戻ってから改めて考えよう、ひとまずは此処ヴィエンヌ城に暫くは滞在だろうそっちの方を考えよう、まあ、其れも今宵の宴が終わってからだね、一先ひとまずは全て忘れて今を楽しもう~なぁ」

「そうね、今考えても仕方の無い事だしね、ラリーの言う通りだわね」

 サギもひとまず納得してくれたみたいなのでこの場は宴を楽しむ事とした。

「じゃ~ぁ、ラリーっ――ぁ~ンなのじゃ!」

 ウギの御巫山戯おふざけがまた始まった。

「あ~っ、今度は私の番なんだからねウギっ! ほらっ、料理だってお皿に盛ってきたんだから~っ、ねっ、ラリー~っ、はい! ぁ~ンして」

 あらら、サギまで一緒になって俺に餌付けをはじめてきた。取り敢えず俺は二人から逃げる事としたよ。

「『あっ、ラリー逃げちゃダメ~っ』」こんな時だけ二人とも綺麗にハモって仲がいいんだ。


 ニコラス師団長の言葉では無いが注目の美人どころであるサギとウギの両者にあんな風ににじり寄られていたら目立つ事この上なかった。痛い程の視線を浴びて居心地の悪さと言ったら無かった。

 取り敢えず二人の追跡からは逃れてきたようだがサギが本気で魔力探知を行えば隠匿魔術を起動していても、この城の中という指定範囲付きでは時間稼ぎ程度の効果しか期待出来ないだろう。俺は晩餐会の会場の人集ひとだかりを抜け出して大窓沿いにバルコニーへと密かに移動した。外はすっかり日も落ちて暗闇が満ちていたが月明かりと煌めく星々の輝きがとてもまぶしくバルコニーを照らしていた。その明かりの中で手すりにもたれながら星空を見上げて俺は大きな溜息を付いていた。

「あら、ラリー様そんな大きな溜息をおつきになっていては幸せが逃げていきますわよ」

 いきなり掛けられた言葉にドキッとしながら声の主の方を向く。其処に居たのは誰あろうリアーナお嬢様であった。

「ビックリさせてしまいましたね、申し訳ありません、ラリー様」

 御令嬢は丁寧に頭を下げて俺に詫びてきた。

「いえ、ちょっとだけ驚きましたがそんなリアーナお嬢様に頭を下げてもらう様な事ではありませんよ。此方こちらこそ情け無い所をお見せして失礼いたしました」

「サギもいないようですね、丁度良かったわ宜しければ暫くご一緒しても宜しいですか?」

 リアーナお嬢様からの申し出を断る理由も無かったので俺は縦に大きく頷いて御令嬢の申し出を受け入れた。バルコニーには俺とリアーナお嬢様以外、眩い月の光の加護を受ける人影は丁度無かった。


 昼間の太陽の光の下で見るリアーナお嬢様のお姿と今のこの月明かりの中で見るお姿とでは全くもって別人のように見える。元々お肌のもの凄く白いお方なので太陽の光より月の光の方がさらにそのお肌の白さを際立たせてみせる事が出来ていた。俺の隣に凜として立っている御令嬢の姿に見とれて俺は瞬きすら忘れていたようだった。

「ラリー様、その様に余り見つめられる事に慣れておりませぬゆえ出来れば少し目力を弱めていただけませぬか」

 俺はどれだけ御令嬢を見つめ続けていたんだろう、リアーナお嬢様の言われたその言葉で、はたと我に返る事が出来た。

「リアーナお嬢様、申し訳ありませんでした余りにお嬢様がお美しかったので目を逸らす事すら忘れておりました」

「あら、ラリー様ったらお上手ですこと、そんな事を言われてもいつもサギやウギ様をそばに置いておかれる貴方あなた様が私如きに興味を示すはずが無い事くらい解っておりますわ」

「リアーナお嬢様その様な事はございません、お嬢様は十分にお美しいお姿をしておられます。私が見とれてたのは嘘ではありませんから」

「まあ、その様なお戯れをラリー様、私も本気に致しましてよ」

「どうぞ――本気になさって下さい」

 まあ、俺も確かにお嬢様に見とれていた事は事実だしお世辞で言った事では無いので純粋に信じて頂いて何ら問題は無いと思っていた。

 リアーナお嬢様は俺の返しに少し照れた様子で俯き加減ながら、月明かりの中でもその頬にほんのり朱が差してきているのがわかり、とても可愛らしく見えた。

「ほんとサギが居なくて良かったですわ……ラリー様、英雄様にその様なお褒めのお言葉を頂けて女冥利に尽きますわ」

 リアーナお嬢様はニッコリと微笑みながら俺の手を取ってそう言い返してきた。その微笑みがまた俺の心をドキッとさせてくる。

「ところでお話しを変えますけれど、ラリー様しばしこの居城に滞在なさると聞き及んだのですが確かでしょうか?」

「お耳がはやいですね、私も先程聞いたばかりで……まあ、結論から言いますとそうです。期間は未定ですがニコラス師団長の帰国組と別れてリッチモンド伯爵様のお慈悲の元、怪我人の療養と合わせてしばし滞在させて頂く予定となりました、決まったのは丁度先程ですが」

「嬉しいですわ、其れではまたラリー様とこうしてお会い出来る機会がまた有るのですね」

「はい、その様になりました、是非ともお嬢様のお話しをまた聞かせて貰いたいと思っております」

「私でしたらいつでも、ラリー様の為でしたら全ての予定をキャンセルしてでもお会いしたく思います」

「リアーナお嬢様、その様な恐れ多いお言葉を頂いただけで有りがたいと思います」

 そんなたわいも無い話しをしているとバルコニーの入り口で俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「ラリーっ! あっ見つけたぞっ! サギっこっちにいたぞ、こっちこっち」

 ウギだった、俺の姿を目聡めざとく見つけたらしい、一生懸命サギを呼んでいる様子がうかがえた。

「あら、もう見付かっちゃいましたね、私はサギに会う前においとまいたしますわ、ではラリー様またお会いしとうございます」

 リアーナお嬢様はそう言うと俺の右の掌をお嬢様の両手でそっと包むように握りしめ、また逢える時までと俺の手の中に何かを握らせた。その後ウギ達とは反対の方向へと歩みを進めて立ち去って行かれた。その場には右手を握りしめたままの俺ひとりがぽつんと残されていた。

 俺は掌を開いて預けられたものを見て驚いた。

「えっ……これは――まさか!」

 俺が目にしたものは丁度、地下温泉の湯船の中で見た翡翠の様な半球の石と同じような色の小さな宝石の塊だった。


「おい、ラリーっお主いつの間にかいのうなって、探したのじゃぞ、全く勝手じゃのぅ」

 おい、ウギっ勝手ってお前だけには言われたくないわ!

 俺の姿を見つけて小走りに駆けてきたウギはそのまま俺に抱きつこうとするが、すんでの所で俺はひらりと身をかわして其れを回避した。 

「あっ、ひどいじゃのぅラリー、わらわを今避けたじゃろう」

「いや、そんな事は無いよウギの気のせいだよ」

 取り敢えずウギの反論もそんな風にかわしておく。

 そこへ、少し遅れてサギもやってきた。

「ラリー? 今誰かと一緒にいなかった?」

 サギのその問いに正直に答える訳にはいかないので俺は首が千切れるのではと言うほどの速さで頭を左右に振って否定する。そんな俺の事を半眼の“じと~っ”目でサギは睨み続けていた。

「まあ良いわ、今回はラリーの言い分を鵜呑みにしておきましょうか。ところでラリー晩餐会はまだ続いているのよ、ひとりで抜け出すのはダメよ! ほらっ、一緒に戻りましょう」

 サギはそう言いつつ俺の腕を取って身体を預けてくるから、左腕にサギの柔らかな身体の一部が触れてきていつもの事ながら思いっ切り緊張して身体が突っ張ってくる。俺はいつか貴女のそんな行動にも普通に応じられるように女性という対象に慣れる事が出来るんだろうか? 自分の事ながら全く自信が湧かなかった。

「ラリーっ、そんなに身体を硬くしないで~ぇ、まったくぅ~緊張してないで私に慣れてよ~っ」

 サギの願いのこもった叫びが夜空に空しく響き渡った。

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