第11話 ヴィエンヌ城へ!

 リッチモンド伯爵家のご家族四名とメイドのメイラーを一台の応接室馬車に乗せて速度を上げる為に引馬を一頭追加する。俺達が御者となり馬車を操縦しながら城下町ヴィエンヌを目指す事になった。

 御者台には俺達三人のパーティーが俺を真ん中にいつもの配置で乗り込む。申し訳ないがヴァルは馬車と併走してついてくることになった。日が暮れるまでの時間が勝負の為、護衛師団との調整もそこそこに俺達は出発した。

「サギっ、お城までの道筋は一本道だから迷うことは無いはずです。城下町に入ったら私が案内いたしますからそこまでお願いね」

 リアーナお嬢様が車窓から身を乗り出してサギに呼びかけてくる。ほんとこの二人はいつの間にかこんなに仲良くなっていたなんて不思議なものだ。

「リアーナお嬢様、そんなに身を乗り出しては危険ですから――ちゃんと中に入っていて下さい」

 サギもお嬢様の気遣いにしっかりと応えている。

 馬車の速度をいつもより上げて走る為、乗り心地は悪くなるだろう。サギからその旨の注意もお嬢様に伝えて貰うことにした。

 俺は手綱を握りながらウギに指示を出した。

「ウギ、ヴァルに先頭を走ってくれるように頼んでくれ。ペースメーカーとしてよろしく頼むと」

「わかったのじゃ、『ヴァル』」

 ウギはヴァルを呼ぶと身振りで此方こちらの要望を懸命に伝えていた。まあ、魔力念波で俺がヴァルに直接伝えることも出来たが、そこはウギにその役割をしっかり果たして貰うことにした。

 はたして、意思がしっかり伝わったのかヴァルは馬車の先に回り込んで先頭のペースメーカーとしての役割をしっかり果たそうとしていた。

 険しい山間の道を速度を保ったまま一路、城下町ヴィエンヌを目指した。


「ウギっ、手綱を替わってくれないか?」

「んっ、了解じゃ! で、お主は何をしようとするのじゃ?」

 唐突だったが、ちょっとしたことを思いついたので直ぐに試してみることにした。その為には馬車の操縦をウギに替わって貰う必要があったのでお願いしたまでのことだったのだが。

「ウギはしっかり前を見ていてくれ」

「うん、解ったのじゃ? んっ?」

 俺は身体を捻って左側を向いた、無論そっちにはサギがいるわけで俺の行動の意味を理解出来ていないサギは俺をにこやかに微笑みを返しながらも戸惑った顔をしていた。

「ラリー? いきなりなぁに?」

 其れには応えず、俺はサギに顔を近づけていった。

「えっ、いまここで? あっん、そんな待って……んっ」

 俺はそのままサギの顔を両手で挟み込んでさらに顔を近づけた。

 サギは何を思ったのか、目をつぶってうれいを含んだ表情で口を軽くつきだしてくる。

「ラリー? お主っ、えっ……わらわの目の前で――いやっ~ぁ」

 右隣のウギがこっちをちらちら見ながら悲鳴を上げる。

 それには構わず俺はサギの額に俺の額を合わせた。サギは眼をぱっちりと見開き直して俺を見つめ直した。

「んっ、あっ! 何これ! えっ! ラリー?」

 お互いの額をくっつけながら俺はサギに思念を送った、そう結界構成の――術式イメージを。

 俺とサギのお互いの額が赤く輝きを放ち始めた。サギはゆっくりと目を閉じ始める、術式のイメージを受け取ろうとするかの如く。

 ウギも俺の行動にびっくりして一瞬、手綱を落とし掛かったが、なんとか意味を理解してくれたようで平常に戻っていた。

 俺とサギのくっつけているお互いの額の輝きがゆっくりと収束して光が収まった時、俺はサギから身を離した。

「サギ、いまので結界の魔術式は解ったな」

「あっ、えっ……うん」

「じゃ、頼んだ――馬車の周りに結界を張って魔獣にこちらを悟られぬようにしてくれ、出来るな?」

 サギは何でだかちょっと膨れっ面の表情を浮かべたが、直ぐにそれも苦笑いになった。

「解ったわ、やれるわ――(ラリーの馬鹿っ、期待してしまったじゃ無いの、ふんっだ)」

「えっ、サギ? 何か言った?」

「――な・ん・で・も・な・い・で・す」

 あれっ何でサギは怒っているんだろう?

 さっきは、何故か隣で悲鳴を上げたウギが今度はくすくす薄笑いをしているし。

 俺、何か仕出かしたか?


 俺は馬車の操縦を替わる為、ウギから手綱を返して貰った。

 左側ではサギが軽く膨れっ面をしたままそっぽを向いているし、右側ではウギがさっきからくすくす薄笑いが止まらないし、やっぱりなんか俺はやらかしてしまった様だった。でも、何が悪かったのか俺にはさっぱり解らない。

 俺達の様子はそんなもんだったが、肝心のリッチモンド伯爵家の護衛についてはサギの結界の効果もありその後の魔獣襲来は無く、山間の険しき道も何とかやり過ごして最大の難所はうまく切り抜けられた。その様な時間を過ごしていると程なくサギの機嫌も直って、ウギとサギは俺を真ん中に挟んで両側から俺の事をさかなに話しに花を咲かせていた。

「ねえ、ウギさっきの場合は勘違いした私が悪いのかしら?」

「んっ、サギは当たり前の反応じゃと思うぞ、わらわも同様の立場だったら……同じようにしていたと思うのじゃ」

「よかった、私が可笑しいわけじゃ無いわよね……ねぇ、誰だってあんな風に迫られたら……そう思いますわよね」

 何が『そう……ね』なんだろう? あんな風に迫られたらってサギに迫った奴って誰のことだ? 

 馬車の操縦に集中力の半分を残りの半分の集中力を使ってウギとサギの会話に聞き耳を立てていた。

「しかもよ、私の顔を両手で挟んでまでして顔を近づけてきたら普通はねぇ~と思うでしょ、気を持たせるような仕草ですよね~」

 そう言い放ちながらサギは俺の事を睨み付けてくる。サギの辛辣な俺への指摘はいつまでも終わらなかった。俺は何故にサギに恨まれているのかを解らないまま針のむしろに座らせられている気持ちだった。そして二人の間に挟まれている為に物理的にも気持ち的にもどんどん俺の肩身は狭くなっていった。

「サギ~っ、頼むからそんなに俺を虐めないでくれ~ぇ」

 空しい悲鳴が俺の口から漏れ出ていた。


「なあ、ラリー。 わらわには教えてくれないのかのぅ、サギと同じ結界の魔術式を……」

 話を変えてウギが俺に話しかけてくる。

「ああ、ウギはまだ無理だな、さっきの結界の魔術式は『闘気』の魔力のレベルでそもそも『気』が合わないとな伝授は難しいぞ」

「むっ、そうなのか……残念だったのじゃ、てっきりわらわにも教えて貰えると思っておったのじやがのぉ」

 ウギは唇を尖らかせて悔しそうに呟いた。

 ちょっと可哀想になったので、ウギにも伝えられる伝承魔術のひとつを紹介してあげた。

「ウギの『白気』は純粋な魔力気だから他の魔力の伝授は出来るよ、例えばそうだなぁ……瞬間移動とかかな」

「おおっ、それがいいのじゃ、教えて教えて! すぐにじゃ、今じゃだめかのぅ……ううっ」

 めちゃくちゃ食いついてきたよ、ウギはしかも何故だか俺の方に目を瞑って唇を突き出してくるし。

「ウギっ? それってさ~なんか違うんじゃ無いかなぁ?」

「だって、ラリーはさっきサギにそういう風にしてたのじゃぞ」

「あっ、えっ~……そ、そっか」

 そうか、其れでサギは……俺はヘマをしたことの意味を今、理解したよ。そばではサギが耳まで真っ赤になって俯いていたし。

「ウギの……バカっ」

 何なんだこの状況は? 


 俺達の痴話話ちわばなしなんぞはお構いなしに時間は過ぎていった、でも馬車の道程みちのりはとても順調だったので思ったよりも速く城下町ヴィエンヌに着きそうだった。

 夜空は満天の星達を抱え月の明かりさえも消し去る程のきらめきで数え切れない程の宝石を天空に撒き散らしたかのようだった。

 そんな美しさを独り占めしたかのような錯覚の中、山間を抜け最後の森を抜けると、もうヴィエンヌは目と鼻の先だった。目的地を目の前にして一行を乗せた馬車はその歩みをさらに進めて行った。


 馬車はヴィエンヌの城壁の前に着いた、城下町は小高い丘の上にあるヴィエンヌ城を中心に周囲に町並みが広がっていた。今、目の前にある城壁は外部からの魔獣等の襲撃に備えると共に街と森との境界を明確に分ける役目も果たしていた。

 城壁の切れ目に街の中に入る為の門があった。

 俺達は門を通り抜けようとして、守衛の為の門番に呼び止められた。

「コラっ、お前ら此処を通る為には通行手形を見せなさい」

 その言い回しは少しは遠慮して貰いたいところだがでもまあ、其れも彼の仕事であるから仕方の無いことかも知れない。俺達は門番に少しそこで待って居て貰えるようにお願いをしてから馬車の中にいる人物に出てきて貰えるように交渉しにいった。無論、交渉役はサギである。

 サギは馬車に乗り込むと直ぐにひとりの女性を引き連れて出てきた。

「通行手形は私の身体でいいかしら?」

 その女性は門番にその様に言い放った。

「あっ、えっ~リアーナ様?」

 女性の顔を見た門番は顔面蒼白になりながらその場にひれ伏すと共に、額を地面に擦りつけんばかりにして非礼を詫びた。

「はは~っ、知らぬ事とは言え誠に申し訳ありません、どうかこの事は平にご容赦下さいませ」

 その言葉にリアーナお嬢様は門番の傍らまで歩みを進め、彼と同じように彼女はその膝を地面に付けながら門番の手を取った。そして微笑みを浮かべながらも優しく語りかけた。

「お立ちになって、あなたは忠実にその職務を遂行なさっただけで実に勤勉な対処をしただけですから、私たちの平和もあなたのような領民のお陰なのですから、さあ、立って」

 そんな言葉をかけられたものだから、門番は感極まって泣き出してしまう始末だった。

「お嬢様、その様な身に余るお言葉……」

「ありがとうね、其れでは此処を通らせて頂きますわね」

「はは――っ、無論でございます」

 俺達一行は馬車と共に、無事に城壁の中へと進んでいくことが出来た。門を抜けると城壁の中には見事な城下町が広がっていた。

 そんな街並みの中を馬車はヴィエンヌ城に向かって進んでいった。


 ヴィエンヌの街は活気にあふれていた。外は夕闇が覆う夜というのに、ひとたび街の中に入ると至る所に松明の明かりが掲げてあり、明るい街角が其処此処そこここに広がっていた。そんな街の中を行き交う人々は互いに笑顔で挨拶をし、商売人達のかけ声が露天ではあるが至る所で街の喧騒を創っている。そんな賑やかな街だった。

 そんな中を馬車はゆっくりとした速度で歩んでいく。


「ラリー様、この大通りを真っ直ぐに登っていくとお城ですから」

 車窓から顔を出してリアーナお嬢様が声をかけてきた。

「わかりました、お嬢様」

 俺は振り返りながら応えた。と、俺と目が合うとリアーナお嬢様は満面の笑顔を返してくれたよ。

「お主いつの間にじゃ? 随分、御令嬢と仲がいいではないかのぅ」

 ウギが“じと~っ”目で俺に訴えるように話しかけてきた。

 おいおい、今の会話の何処にそんな淫を含んだ部分があったんだ。そう思いながらも何故か居心地が悪くなってウギの視線を避けるように顔を逸らした。

「馬車の中でラリーはお嬢様に言い寄られていましたものね――英雄様にお嬢様は首ったけみたいでしたわ」

 そんな、火に油を注ぐような発言をサギがにこやかにしてくるがその実、目は笑っていないのが見てとれる。

「つ――っ」

 面と向かってサギには反論出来ないで居ると知ると貴女はさらに言葉でたたみ掛けてくる。

「それにラリーもまんざらでは無いようでしたからね~っ、ふんっ」

 頼むから、ふたりで共同戦線を張らないで欲しいな、絶対に勝てる気がしなかった。

 闘いの経験値は高いが、この様な場面に遭遇することなどは今まで皆無であったからどのようにして立場を回復させるかなどは全くもって解らなかった。こうなると針のむしろに座らされている気分と言う言葉が身に染みてわかった。

 俺は馬の手綱を操りながらもこの二人に俺自身の手綱が握られていることを実感していた。

「おい、馬達よ。お互い……慰め合っていこうか!」

“――ぶるるっる” こんな俺の悲哀を知ってか知らずか、お馬様は唯一の味方のようだった。


 馬車は喧噪の中の町並みを抜けて高台にそびえているお城へとひた走る。つづら折りになった道筋を抜けて街の明かりが眼下に広がる見晴らしの良い場所に出た。

「ラリー様、此処で止めて下さい」

 馬車の中からリアーナお嬢様の声が響いた。

 その声に応じて、手綱を引き締めて馬車を道の傍らに止めた。

「『……?』」

 御者台に座っていた俺達は三者三様、互いに顔を見合わせながら何事かとそれぞれ思いを巡らした。程なく、リアーナお嬢様が馬車から出てくる。

「急いでいるところ、ご免なさいね」

 出てくるなり、俺達に深々と頭を下げてくるお嬢様。

「どうされました? 馬車に酔われましたか?」

 兎に角、俺は伯爵様一行の体調が悪化したのではと不安になって、お嬢様に問いかけた。

「ラリー様、ご心配には及びません。ただ、此処から見える夜景を愛でておきたかっただけなので……」

 そう言って、お嬢様は崖になっている道の端まで歩み寄った。

 俺達は御者台から降りながら、それぞれリアーナお嬢様の横に並んだ。

 眼下に広がる街並みの美しさは道中で見た夜空の星の輝きにも負けてはいなかった。

「美しい街ですね」

 俺は素直な感想を洩らした。ウギもサギもその言葉に頷いている。

「ありがとう、そう言って貰えると私も父も鼻が高いわ」

 そう言いながら、お嬢様が破顔一笑で俺達に応えてくれた。

 この町は生きている、そう思える瞬間だった。

「私は此処から見えます街の美しさが一番好きなの、だからお城に戻る時は必ず此処で止めて貰うのです。この美しき街がいつまでも続いていく様に日々励んでいるのですよ」

 そっか、そんなにこの景色に思い入れがあるのか。確かに夜の今だから夜景の美しさだけに目を奪われがちになるが、この光景の中では町の人々が毎日を懸命に生きているわけで、その結果として今の目に映る光景が在ることを忘れてはいけない。

「お嬢様の思いは町の人々にきっと届いていますよ」

 そんな言葉で言い切れるものでは無いと思うが、その時俺は適切な言葉を思いつくことは出来なかった。

「……英雄様に、そのような褒め言葉をいただけるとそれだけで日頃の苦労も報われますわ」

 しかし、リアーナお嬢様は何故か俺のことを何かと英雄扱いするようになって少しこそばゆい気がする。

 そんなお嬢様も先程の会話の後、少し照れたような仕草で頬をちょっと赤らめながら俯いて視線を逸らした。その可愛らしい姿には俺も少しどきどきしたよ。

「『ラリーっ!』」

 そんな俺の心情を察してか、サギとウギの叱責する呼び声が夜の闇の中に綺麗に揃って木魂する。

 

 しばし、景色に見とれていたが馬車の中から伯爵様のお声が掛かり城の方へと帰りを急ぐことにした。俺達は踵を返すと馬車へと向かう。そんな動きの中でひとつのささやかな事件が起こった。

 崖の方を背にするように身体を捻ったお嬢様はその後の最初の一歩で路傍の石に蹴躓けつまずいた。

「きゃっ――っ!」

 小さな叫び声と共にお嬢様が倒れ込んだ。その声に俺は即座に反応した、瞬間移動でお嬢様の倒れ込む場所へと先回りしひざをついて両手でお嬢様を抱えようとしたが……。

 リアーナお嬢様は何故だか、俺の両手を優しく払いのけると思いっ切り俺の胸元へと飛び込んできた。

 はっとして、お嬢様の顔を見つめるとまるで其れを待っていたかのように俺の首回りに両腕を伸ばし俺を抱え込むようにその腕で俺の顔を引きつけた……次の瞬間、マシュマロのような柔らかな感触が俺の唇に触れたのがわかった――――お嬢様の唇が俺の唇と重なり合っていたからだった。

「『――っん』」ふたりの吐息が夕闇に淫を奏でていた。


 そんな時間は長かったのか短かったのか俺にはわからなかった。ただ、重なった唇が離れた後にお嬢様はニコッとした笑顔を浮かべて俺のかたわらから逃げるように馬車の中へと走り去っていった。

 ひとり取り残された俺はただただ々その場に固まっていた。

「『ラリーっ! この~っう!』」

 言わずもがな次の瞬間、俺はサギとウギから思いっきりどつかれて地面に顔から突っ伏していた。


 それから、お城までの道すがらは余り良く覚えていなかった。ただただ々、夢心地と言うかぼ~っとした状態のまま馬車を操っていた気がする。

 そんな御者台の上の俺の姿を左右の相棒達は白い目で睨み付けていた。

「……まったく、ラリーが女性に対しては此処まで無防備とは――私もお嬢様に隙を突かれましたわ」

 左隣のサギが頭を抱えながらそんな風にぼやいた。

「……わらわも同感じゃ!」

 右隣のウギがそれに応えて愚痴ってくる。

「お嬢様が本気でラリーの事を慕ってきていたなんて……迂闊うかつでした、うっっ……」

 サギが泣きそうな顔でさらに呟いた。

 俺は思わず左側を振り向いてサギを見つめた。サギも俺を涙目で見つめている。

 やっと俺は自分のしてきたことの重大さに気付いた。

「……あっ、サギ……悪かった」

 その言葉を聞いて、サギは目を逸らしながらうつむき加減で話しかけてきた。

「きっと、お嬢様は……ラリーの事が本当に好きになったのよ――いいのよラリー、あなたの自由だもん」

 サギは自分の唇を噛みしめながらも、心にも無い事を吐露しているように見えた。

わらわは嫌じゃぞ! サギみたいに心が広くないからのぅ、確かにわらわめかけでもいいと言うたが、其れとこれとは別なのじゃ!」

 ウギの言いぐさには物言いの屁理屈が幾つでも言えそうだが、此処では言えはしなかった。

「ウギにも……わり~い」

「『このままじゃ――ゆ・る・さ・な・い!』」ふたりの気持ちがハモっていた。

 そして、俺の左右の腕をそれぞれ引き寄せお互いに自分の両腕を絡めてきた、そしてふたり共、同時にその愛らしい顔を俺の方へと近づけてくる、目を閉じて口づけを求めるかのように――。

 そこまでされたら、俺も――。

 右を向いてウギの唇に俺の唇をそっと重ねる。そして、左を向いてサギの唇にも俺の唇をそっと重ねた。お互いの唇が離れた後、ウギもサギもうっとりした表情を浮かべてほんのり頬を赤らめながら俺の肩にふたりとも顔を乗せてきた。

「『……ゆ~る~す~ぅ』」また、ふたりの気持ちがハモっていた。

“みんな、お馬鹿さん達ね、もう~” 久しぶりにヴァルが魔力念波で突っ込んできたんだった。


 御者台の上でそんなことが有ったかどうか知らない馬達は忠実に仕事をこなしていて、いつの間にか馬車はお城へと着いていた。

 門兵に開門して貰い、伯爵様一家を乗せた馬車をお城のエントランスホールの前に横付けする。

 馬車の周りはリッチモンド伯爵家の衛兵やら使用人達でごった返していた。

 俺達はそんな喧噪を少し離れた所から見ていた。馬車からリッチモンド伯爵らが出てきて周囲から一斉に歓声が上がる。と、その歓声もさらに一気に大きくなった、それは御令嬢リアーナ・リッチモンドの出現に他ならなかった。リアーナお嬢様は馬車から降り立つと周囲を見渡して誰かを探しているようだったが、俺達の姿を見つけるとにこりとした笑みを携えたまま此方に向かって一礼をしてから伯爵様の後を追ってお城の中へと入っていった。

 喧噪は波が引けるが如く無くなっていった、と共にエントランスホールの前には静寂が戻ってくる。

 ふと、左側に並んでいたサギが俺の顔を覗き込んできた。

「ラリー……いいの? お嬢様と一緒にお城に入らなく――てっ?」

 その顔は小悪魔のような微笑みの口元とは裏腹に目元は決して笑ってはいなかった。

 俺は苦笑いを浮かべながらサギの唇に俺の左手の人差し指の腹を押し当ててその後の続くであろう言葉を遮った。

「うっ……」

 押し黙ったままサギはそれ以上、言葉を続けなかった。

「俺には手に余る相棒が――二人もいるからな」

「なによ、それっ!」

 サギが膨れっ面になって食って掛かってきた。

「そうじゃぞ、何が手に余るじゃ。両手に花じゃろうがのぅ~」

 ウギがそう切り返してくる。そして、いつものように俺の右腕にその両腕を絡めて抱きかかえてきた。

「ほら、花は花でもこんなに暖かくて柔らかなふさじゃぞ、まあ乳房と呼ぶがのぅ――ほれほれっ」

 おいっ、だからそれじゃ胸が当たっているって言ってるだろうに……、しかも其れをやっているウギ本人が顔を赤らめながら照れているのがわかった。

「ウギっ、コラっ! あなたまたそんな風に――ラリーがまた倒れでも……えっ? ラリー……いま、平気なの?」

 サギが驚いた風で俺の方を凝視した。

 あっ、そう言えば……照れくささは残るが頭の中が真っ白になるようなことは無くなっていたよ。

 これって、免疫? 俺は右腕に押しつけられてるウギの胸元に目を落として見た。肌の露出度の高いウギの服装ではその豊満な胸元が様子が良く見て取れた。ウギの溢れ落ちそうなその胸元は俺の腕に押しつけられて柔らかさを強調するかのようにその形をつづ変えていく。

 感触での耐性はつきつつ有ったようだが、視覚からの刺激に対しては――まだだった。

 ウギの胸元に目が釘付けになったまま視線が外せなくなって、またもや一気に羞恥心がピークに達した、三度みたび、俺は鼻血を出しながら気を失って倒れ込んだ。

「『あっ、ラリーっ』」

 これもいつものように仲よく二人のハモる声を聞きながら、俺の心は天に昇っていった。

“ラリーって……天然バカ?”

 そしていつものように最後にヴァルの魔力念波が俺の意識の隅を横切っていった。

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