第9話 ウギとサギの初顔合わせでした!

 俺は群衆の視線を一挙に浴びるこの場からとにかく逃げ出したかった。庭先からウギ達を連れてコテージの方へ向かう事にし、ヴァルに魔力念波で先頭を走るように向かうべき方角を指示した。

 ヴァルの行く先の人垣はやはり先程と同じように自然にけていくので、移動の障害となるものは無くなっていく。ヴァルの存在そのものが此程まで人の脅威となっている事に驚愕しながらも今は感謝の念を抱かずにはいられなかった。

“ヴァルよ、悪かったなこんな思いをさせて、でもありがとうな”

 俺は魔力念波でヴァルに感謝の気持ちをとにかく伝えておいた。

“―――?”

 それには応えず、ヴァルは怪訝な顔で俺の方を見た。

“ラリー、あなた其れを素で言っているのか~?”

“もちろんだとも、ヴァルだって皆に嫌がられるのは気分的にも嫌だろう? でも今、俺は其れを利用しているんだ、悪いと思っている”

“―――ふ~ん、やっぱりあなた、面白いわ!”

 ヴァルはそう言い終わると、前を向いてさらに周囲に凄烈せいれつなオーラを解き放ち野次馬やじうまの一団を瓦解がかいさせていった。


 黒山の人集ひとだかりを何とか抜け出して、俺たちはリッチモンド伯爵等がいるコテージ前へと辿り着いた。此方の方は出発準備に追われるリッチモンド家のメイドさんやら使用人の方達が表庭に出向いている為、人の数はまばらだった。勿論もちろん、護衛師団のメンバーが警護の為にいるが彼等に野次馬に徹している時間は無かったので俺達を注目する目はもう無かった。

「ふ~ぅ、何とか野次馬はやり過ごせたな。ウギは大丈夫か?」

 俺にもやっと周りに気を配れる余裕が出来てきた。ウギは何故だか今の出来事が楽しかったらしく浮き浮きした顔で俺の方を見ている、しかも走っている間もずっと俺の右腕に絡みつくように身体を預けていた。お陰で正直走りにくい事この上なかったし、ウギの豊満な両胸の間に俺の右腕がずっと挟まれているので、その感触が気になって仕様しょうが無かった。

「ラリー、鬼ごっこはもう終わりなのじゃな? わらわはもう少しこうしていたかったぞ」

 おいおい、ウギの浮き浮き気分はそんな理由かい。俺は苦笑いをしたね。まったく!

「此処あたりでもういいだろう」

 先頭を走るヴァルに頃合いであることを知らせた。その合図に従ってヴァルも走るのを止めて此方こちらの方へ向き直る。

「ウギは目立ちすぎだよ、まあ半分はヴァルのせいでもあるけどね」

 取り敢えず一応言うべきことは言って於かなければ、ここからはパーティとして一心同体で生死を分けることにも成りかねないからな。

 ウギにその容姿から目立つなと言うことも難しいのは十分承知の上で、苦言だけは言って於くことにした。

「悪かったのじゃ、ただのわらわはラリーに早う逢いたかっただけなのじゃ、目立ちたかった訳では無かったのぅ」

 少しねるように、ウギは口を尖らかせて言ってきた。

 まあ、それもご愛敬として今回は水に流すことにした。

「ところでラリー、わらわ達もお主等と一緒に行っても良いのかのぅ?」

「ああ、その事なら大丈夫だ。上の方の承認も取り付けてある、俺の小隊長にこれからウギ達を紹介しに行こう」

“ヴァルはウギの使役魔と言うことになっているから、そのつもりで頼んだよ”

 俺は魔力念波でヴァルに指示をした。

“解ったわ、ラリー。其れで、全く問題無いわよ”

 ヴァルから返事が直ぐ返ってくる。そこの辺りはやはり勘の鋭いと言うか、空気の読める相棒になっていた。


 この時点で俺は気が付けば良かったのだが、野次馬の群衆から逃げ切る事だけを考えていた俺には今いる場所の不都合な状況には全く気づかなかった。この時点が俺の盲点だったんだ。

 ウギ達と話をしていると、なんやら不可思議なオーラを放つ女性がひとり此方の方へ近づいてくるのがわかった。それも碧眼の見目麗しい金髪の美女が!

「サギさん……?」

 俺は暫く貴女かのじょ何故なぜそんな不可思議なオーラを放っているのかを理解出来なかったが、俺の右腕にウギがまだしっかりとしがみついていたのにはたと気づいた。

 おおっ! この状況はやばくないか? 咄嗟にこの後のシナリオを頭に描いて青ざめてしまった。こっ……これは正夢になるのか!

 

「おはようございます、ラリー様……」

 サギさんの声には、感情からくるべき抑揚が全く入っていなかった、と言うかかなり静かな怒りが込められている気がした。

「……ラリー様、そちらの女性は?」

 サギさんの碧眼が俺の眼を射貫くように見つめてきた、その瞬間、俺は背筋が凍り付いたね。

「おはようサギさん、今日は魔獣達と相まみえる事になるかも知れないからよろしくお願いしますね」 

 取り敢えず話を逸らしてみたが――――っん、駄目だった!

「ラリー様! 質問にお答え頂けませんか!」

「うっ……、サギさん……そっそれは……あの~ぉ、なんて言うか……その~ぅ」

 俺が答えにきゅうしていると、ウギが口を開いた。

「そこのお姉さんは妾の事を聞いているのか? そうなのか?」

「……めかけ?」

「はあっ?」

「――わらわじゃ!」

“おいっ! あなた達、言葉遊びしている場合ですか?”

 横やりでヴァルが絡んでくる。ヴァル頼むから今はそっとしておいてく~れ~っ! 話しが余計こじれる。

“あらっ、ラリーごめんあそばせっ”


「ふ~っ、サギさん、このは今日から護衛師団のメンバーとして俺たちと一緒にリッチモンド伯爵家の警護をしてくれる魔法剣士のウギ・シャットン嬢だ、こっちはその使役魔のヴァルだ。今日は魔獣が俳諧している場所を通り抜ける事になるから魔術師の補強に俺が彼女に手助けしてくれるように頼んだ」

 隠すことでは無いので、この点は正直に真実を語った。

「あらっ、魔法剣士の方でしたの私はてっきりラリー様のいい人かと……だって、ラリー様の右腕にその様に……(うらやましいですわね、ほんと)」

 サギさん、其れは無いでしょう―――っと思っていたところにウギが言い出した。

「お主も良いぞ、ラリーはまだ左腕が空いているぞ、悪いがのぅ、右腕はわらわの居場所になった、これは渡さんぞ」

 はあっ! ウギよ、何を勝手に決めてんだ! 俺の腕だぞ! まあ別段こだわりは無いが(て言うか、正直嬉しいが)。ウギの挑発まがいの言葉に俺は先ほど俺の夢で見たことがまさに正夢になるであろう悲劇を予感していたが、何故だかサギさんの眼差まなざしから険しさが薄らいでいくように感じた。その上、何か上目遣いで思案をしながら小首を傾げている。

 次の瞬間、俺の目の前までサギさんが寄ってきていきなり俺の左腕を取ったかと思うと、その腕に貴女かのじょの身体を絡めてきた。

「じゃ、私はラリー様の左腕を頂くわね、確かにあなたの言う通りだわね、私もあなたのようにもっとラリー様に対して積極的になるべきよね、ありがとう、あなたのお陰で私も目が覚めましたわ」

 え~っ、サギさんいったい何を言っているんですか?

「あっと、ウギさんって仰ったわね、私はサギーナ・ノーリよ、テポルトリの宮廷魔術師よ、以後よろしくね」

 サギさんは、何だか憑き物が落ちた様に明るくにこやかに振る舞いながら、ウギにライバル宣言?  をしてくるのだった。

「そうか、その方が良いぞのぅ、サギさんと呼んでもよいかのぅ、わらわはウギと呼び捨てでかまわぬぞ」

「あらっ、それじゃ私もサギで良いわ」

「ねっ、ラリー……えっとぉ、私もウギのようにね、んっ、そう呼んでも良いかしら? えっと、ラリー……あとね、私のこともサギってね、いい?」

 サギさん、あっ、いやサギは、顔を赤らめて俯いたまま聞いてきた。俺の左腕に抱きついたままで……。

「サギさ……いや、サギそれでいのか?」

「うん、ラリー……ね、それがいの」

「お主ら、ラリーにサギにわらわはウギじゃ、これからもよろしくじゃのぅ」

「ああ、サギ! ウギ! こちらこそ、よ・ろ・し・く」

 なんか、思わぬ方向で三人纏まとまったよ! これはウギの天真爛漫さのおかげかな~ぁ、うむ。

 ふっと、早急に言っておかなければならないことを俺は思い出してそっとウギに耳打ちをしたよ。

「ウギ、昨日の夜の事はふたりだけの秘密な!」

「んっ、わかったのじゃ、ふたり・だ・けのじゃな」

 これで当面は安心かな、さっき見ていた夢が正夢で無くて良かったよ。そっと胸をなで下ろした俺の事を左側で怪訝な顔つきで見ているサギの顔が目に入って、おもわず苦笑いで誤魔化そうとしたよ。

「ラリー、お二人だけで……なんかいやですわよ?」

「んっ、今の話しかのぅ? それならサギがめちゃくちゃ可愛く見えるって言ってたんじゃよな、ラリー!」 

「えっ、まあぁ、そっ……そう、うふっ」

 おおぅ! ウギ! ナイスだ!

「ラリーったら、ウギにそんな事を言うなんて、もうっ、や――だっん」

 ウギの起死回生のフォローで、サギは顔を真っ赤に染め上げながら上天気な気分に浸ってくれたね。

「ラリー、ひとつ貸しなのじゃ」

「ああっ、ありがとうな」

 取り敢えずこの場は旨くしのげた事で、俺は大きく安堵したよ。

 そんな場面をずっと見ていたヴァルはひと言、ぼそっと呟いた。

“ふたりとも――余りにチョロすぎる!”

 面目至極も無い、俺はヴァルに軽く頭を下げて黙礼した。


「サギ、俺はウギとヴァルを連れて小隊の聖騎士長の所へ行ってくる」

「わかりました、私はリアーナお嬢様の護衛があるので戻りますわ」

 それぞれの持ち場へ戻ることをお互い確認してこの場は別れることにした。

「あっ、ラリーっそう言えば、さっきリッチモンド伯爵様の奥方様が見えられて昨日の伯爵様の言った求婚の話しは冗談でしたと、私には大変悪いことをしたと伯爵様に成り代わって謝りに来られましたの。伯爵様が奥方様に泣いて謝ったらしいですわ? なんでも私には恥ずかしい行いだったので直接言えなくなったらしくて奥方様に代わりに私に謝罪をお願いしたらしいの? 伯爵様は如何いかがしたのかしら? 私の方は別に気にする事も無かったのに、なんかへんでしょ?」

 おおっ、俺の方はその原因にしっかりと身に覚えがあったので、サギには適当に誤魔化した説明をしておいた。

「ラリー、そう言う訳で伯爵様の件は無かったことになりましたから、昨日の噂の事は忘れてくれますか?」

「うん、わかった、サギ!」

 サギにとっては結果良かったのかどうかはさておいて、俺にとっては憂鬱な出来事のひとつが消え去ってくれたので心が少し晴れた気がしたよ。取り敢えずは今日の任務をこなす事を考える事にして、コテージの前でサギと分かれて小隊の方へ向かった。


 俺とウギとヴァルは三人? が揃って先程逃げてきた温泉宿の表庭の方へと向う。

 俺たちが辿り着いた時には既に先程の喧噪は過ぎ去っていて、皆、忙しそうに出発の準備に追われていた。俺はヴァルにその威圧感のあるオーラを極力引っ込めておくようにお願いしておいた、そのお陰か今は特に群衆の注目を浴びる事も無く進む事が出来た。そんな中で、赤い馬車の前でてきぱきと護衛師団のメンバーに指示を出している聖騎士長を見つけ、彼の方へと向かった。

「聖騎士長、ちょっと宜しいでしょうか」

「おおっ、ラリー君かね、なんだねあらたまった物言いで……」

「いえ、護衛師団のメンバーの事で報告がありましてお伺いしました」

 聖騎士長は俺の連れてきた女のを見て一瞬、躊躇する様子を見せたが横に付き添っている銀白色の大型の狼獣ろうじゅうを見て取って、はたと思い出した様子で問いかけてきた。

「ラリー君、話しはニコラス師団長からお伺いしているぞ、そのお方かガルムを使役している魔法剣士殿というのは」

「はい、この方が魔法剣士のウギ・シャットン嬢であります。そしてその使役魔のヴァルです」

 俺はそう言いながらウギの背中を軽く押して、俺の前に彼女を半歩押し出した。

 俺に押し出されながらも、ウギはその大きな胸をさらに突き出すようにして胸を張って名乗った。

わらわは、ウギ・シャットンなるぞ、この度ラリー殿の要請で、この護衛師団に手助けに参った、宜しゅう頼むぞのぅ」

 ウギの言葉遣いに、聖騎士長は目を点にして驚いていたが、そんなのにはお構いなしにウギは講釈を続けた。

「そしてじゃ、このヴァルなる大狼だいろうガルムな、わらわの連れじゃ、こちらも宜しゅう頼むぞのぅ」

 ヴァルはウギの呼びかけにおうじて“ウォン”と一発吠えてこたえた。

「おおっ、大狼だいろうガルムの咆哮ほうこうは、なかなか迫力があるな」

 聖騎士長は今のウギとヴァルのやり取りに満足したように大きく頷いた。

「ラリー君、まあ予想とはちょっと違ったが、君の推薦であれば実力はして知るべしだな、今日からよろしく頼む」

「ありがとうございます、ウギ・シャットン嬢の配置ですが私にお任せ頂けますでしょうか? 出来れば魔法剣士同士の連携魔術を行いたい時があろうと思われますので」

「相、分かった」

 聖騎士長はそう言い残すと、軽く目配せをしてまた出発の準備へと戻っていった。


 ひとまず、ウギ達の参画については事無く終わったので俺も出発の準備を始める事にした。

「まあ、ウギとヴァルは既に準備万端だしな、俺だけか」

 丁度、そんな事を考えているとどこからともなくお邪魔二人組が現れた、ガアーリとフランのふたりである。

「よう、ラリー、なあっ俺達って友達だよな! なっ!」

「そ……そうだよな、そうだろうよラリーさん」

 ガアーリとフランのふたりして声を合わせて何を言いたいんだか?

「そこの可愛いお嬢さんはラリーのお知り合いかい! なあ」

 ははん、ふたりの狙いはウギか! しかし、まあ懲りない奴らだこと。さてと、どうしたものかな。

 俺はウギの方に振り返った、当のウギはと言えばヴァル相手ににらめっこをして遊んでいる。

 こりゃ、お二人には悪いがウギ当人は興味無しの態度だよ。と思っているとフランが口を出してきた。

「なあ、ラリー紹介してくれない? 俺等に、そのを……頼む!」

「頼まれてもね~っ、おいウギっ」

 俺の呼びかけに応えて、ウギがヴァルと一緒に近寄ってきた。

「なんじゃ、ラリー用事は済んだのかのぅ」

 ほら、やっぱりだ。お前等には興味は無いぞ、この

「いや、用事と言うほどのことでは無いよ、この二人がウギと仲良しになりたくて、自己紹介したいらしい」

わらわはどうでも、ヴァルがなつかないぞな」

 そう言って、ウギはヴァルをけしかけてガアーリとフランの二人のところへ送り込んできた。

 大狼ガルムが唸り声を上げながら、二人にのそりと近づいていった。

「ひっ――っひ!」「うわっ!」

 二人揃って悲鳴を上げた。しかも、腰を抜かして尻餅をついたままで後ろの方ににじり寄って、逃げるすべの全てを無くしていた。それでもヴァルは二人に近づいていく。

「あわわっわ……っ、ひっ!」「……ぷぅ!」

 あ~ぁ、とうとうふたりとも泡を吹いて気を失ってしまったよ。

“あらっ、情け無いわね、これで終わり?”

 ヴァルは不完全燃焼で文句たらたら言いながら、ふたりから離れてくれた。

 まあ、常人なら普通はこんなもんだろう。ふたりには可哀想だがしょうが無い。

「なぁ、ラリーこのふたりどうしようかのぅ?」

「あぁ、そのまま、ほっといていいよ」

「わかったのじゃ、ヴァル戻っておいでじゃ」

 ウギの言葉に応じて、ヴァルはウギの傍らにすたすたと戻っていった。

 軽率な行動のツケを払ったふたりの事はそのまま置いておいて、ウギ達と俺等の護衛の持ち場に戻る事にした。

 護衛の赤い馬車のところに行くと丁度リアーナお嬢様達が馬車に乗り込もうとしている時だった、無論サギもお側に仕えている。俺達が馬車の傍まで近づくと気が付いたらしく馬車に乗り込むのを止めて此方の方へと歩いてきた。リアーナお嬢様を先頭にその後ろにサギが控える形だ。俺はその時、御令嬢の様子に昨日と違う変化を捉えた。リアーナお嬢様も『白気』の『気』を持っていたが昨日の状態では『白気』だがまだ成り立てで残黒気も混じり合ってグレーぽい酷く不安定な状態だったはずだ、それが今日はどうだろう、残黒気がまるで感じ取れないと言うか普通の『白気』の様相になっていた。これなら、昨日とは大違いで精神も安定した状態だろう。

「おはようございます、ラリー様。今日も護衛のほう大変でしょうがよろしくお願いしますね」

 リアーナお嬢様はそう丁寧に挨拶をしたあとに、深々とお辞儀をしてくれたね。ほんとまさに貴婦人の如くの気品がにじみ出ていたよ。思わず俺は呆気に取られて返事を返すのさえ忘れてしまうところだった。いや、半分忘れていたね、ウギにお尻を叩かれるまでは……。

「――――、ぃて……あっ、リアーナお嬢様おはようございます。道中安心していて頂けるように警護いたしていきますので、どうか車内でごゆっくりとおくつろぎ下さい」

「ラリー様が付いておいでですものね。安心しておりますわよ、ではお先に失礼しますわね」

 目が点になったままの俺をおいて、馬車の中へと御令嬢は姿を消していった。その後にサギが続いて乗り込む訳だが乗り込み間際に俺の方を向いて肩をすくめながらペロッと舌を出してウインクして見せた。その仕草で全てが理解出来た。サギか、リアーナお嬢様の『気』の施術せじゅつをしたのは、しかし見事な仕上げだなと感心していると隣でウギが言ってきた。

「ラリー、今度は御令嬢に色目遣いかのぅ、このスケベったらしが!」

 と、俺の腕を思いっ切り捻ってきた。

「いてててってっ……痛い! 誤解だ、誤解! ウギ、めろっ」

「何が誤解なのじゃ? わらわはしっかり理解してるぞ、お主の浮気心をそれじゃサギに申し訳ないじゃろうのぅ」

「えっ、サギに……? (ウギの嫉妬では無かったのか?)」

わらわめかけでも愛人でも何番目でも良いと言うたじゃろう、でもサギは違うぞのぉ、あれはお主に一途だぞまあ気持ちじゃわらわも負けてはおらぬがのぅ」

「そ……そうなのかっ? ウギの言いたい事はわかったが、もう腕を捻るのは止めてくれ、痛いっつの!」

 俺の腕を解放してくれた後、ウギは“じと~っ”目で俺を睨みながら言葉を続けて来た。

わらわ達はお主の両腕をそれぞれ分けた、それはお主の腕の代わりになるという事じゃ、んっ、解っておらんのかのぅ」

 んっ、どういうことかな? ウギ? 

“ふっ、坊やはやっぱり、にぶちんね~ぇ。この達は死ぬまであなたに付いて行きますって言っているのよ”

 ヴァルが魔力念波で割り込んできた。で、そんな事を教えてくれたよ、ほんとか~?

 ウギを見ると確かに、顔を真っ赤にしてはにかんでいるようだった。

 俺は思わずウギの肩を抱き寄せて頭をくしゃくしゃと撫で回して遣った。

「ウギ、解ったよ、悪かった。でもな~ぁ、ウギ達も生・き・てずっと付いてきて欲しいからな」

「解ればいいのじゃ、解れば……んっ、もっと撫でてくれのぅ、気持ちがいいのぉ」

 ウギはくしゃくしゃの笑顔で俺に甘えてきたよ。

 その時だった、遠くの方で大きく呼ぶ声が聞こえたのは……。

「姫様っ!」

  遠くで聞こえる呼び声に最初に反応したのはヴァルだった。直ぐさま呼び声の主の方へと近づいて行きウギを守るように立ちはだかった。

 俺とウギが呼び声に気づいた時には既にヴァルは呼び声の主へと襲いかからんとしていた。

“ヴァル、其奴そいつはウギの知り合いだ、よせ!”

 俺は魔力念波でヴァルに制止を促した、が、ヴァルは止まらない。

“解っているわよ、坊や……奴はヨル爺はお嬢の天敵なのよ、あのエロ爺が!”

「はあっ? 天敵?」

 俺は一瞬何のことだか解らなかった、ヨル爺はウギの知り合いじゃ無かったのか、よりにもよって天敵とな。俺は理解出来ずにウギの顔を見た。ウギの『白気』が怒りの色をあげているのを見て俺は理解した。

「俺はヨル爺に騙されたのか? ウギ、お前の知り合いでは無いのか? あのヨルガルマ爺さん――ヨル爺は?」

「えっ、ラリー、お主は彼奴あやつの事を知っているのか?」

「まあ、昨日の夜になウギと出会う前に任務で一緒になった、その時の身の上話の折にウギのスリーサイズと同じ姫様の話になってな、何となくウギの事と重なった」

「そうか……解ったのじゃ、でものうわらわ彼奴あやつが嫌いなのじゃ」

 えっ、そうだったのか? 俺の早とちりだったみたいだな。でも、なんでそこまで嫌うんだろう?

 そんなやり取りをしている間にヴァルがヨル爺を完全に組み伏せていた。俺達はそのかたわらまで近づいていった。

「姫様っ、爺は会いたかったですのぅ」

 ヨル爺はヴァルに両腕両足を組み伏せられて、身動きが出来ない状態ながら気丈にもウギに話しかけてきた。

わらわは会いたくは無かったのじゃ、でも今日は助かるのじゃ、爺に会えて!」

 そう言うと、ウギはおもむろにヨル爺の服の中に手を突っ込んだ。と、ごそごそと内側のポケットか何かの中を探っているようだった。

「やっぱり、持っておったのか、お主がのぅ……これはわらわのじゃ返してもらうぞ」

「姫様、それはご無体な爺の宝物を……」

「うるさい! お主が持っててなんの役に立つというのじゃ……」

 と、ウギは目的のものを探り当てたようで、それをヨル爺から奪い取った。そして、そのものを俺の目の前で広げて見せてヨル爺に引導を渡した。

「ヨル爺! 此奴こやつは……わらわの下着泥棒なのじゃ」

 俺の目の前で高らかに広げられたそのものは確かにFカップクラスの乳当て? ウギの下着であった。

「へっ――――え~っ」

 俺の空しい声だけが朝空に響き渡った。


 ウギの言葉を借りるとヨル爺は極度のセクハラ爺らしかった。

 まあ、そうはいっても俺が聞いたヨル爺の話しは本当の事だったらしく、その点は嘘偽りは無かった。ただ、ウギの男爵家が離散の憂き目に遭ったあと、ウギの周りに居着く様になってそのセクハラ度がますます悪化していった。その為、ヨル爺から逃げ惑う日々を送る様になったとの話しだった。其れが本当だとしたら俺は大きな勘違いをしていたと言うことになる。一家離散の憂き目から一人で生きていくことになった姫様をうれいているおじいさんと思っていたのにと。


「ラリー? そんなに悄気しょげることは無いぞのぅ」

 俺の落ち込んだ顔をのぞき込みながらウギは優しく慰めてくれた。

「それにのぅ、お主とこのように出会えて共に生きることになったのも、元はと言えばヨル爺の世迷い言の話がきっかけでもあるからのぉ」

「それはそうかも知れないが、結果はウギの嫌った爺とまた逢わせる切っ掛けを作っちまっただけだからなぁ……」

 そんな風に自虐に陥ってるとウギは俺を後ろから優しく抱き締めてきた。俺の背中に当たるウギの胸が生々しく感じられて俺の心臓の鼓動が大きく波打った。

「おい、ウギ……(生々しく胸が当たっているっていうに、せめて下着を着けてくれ……あっ、そうかそれで下着を着けてなかったのか)」

「ラリーのぅ、わらわはお主の気遣いが嬉しいのじゃぞ……んっ、あれっ? ……やじゃぁのぅ」

 ごめんウギ、胸の感触が……俺は下半身の高まりを押さえる為に思わず腰を引いてしまった。

「ふふんっ、ラリー……わらわに欲情しているのかのぅ、うふふっ。じゃあ、これでどうじゃ?」

 ウギはその豊満な胸をますます俺の背中に押しつけ擦り寄せてきた。

「ウギ、あかん! やめてくれ……たのむ~」

 俺のお願いなぞ全くもって聞きやしなかった、ウギは浮き浮きしながら俺の意気地無しなところをさらに攻めてくる。

 そんなふたりのエロネタにヴァルに組み伏せられたままのヨル爺は地団駄踏みながら文句を言ってきた。

「姫様、その様な事を自らされるとは……爺は羨ましい、もといなげかわしゅう思いますぞ」

 いやいや、ヨル爺もとはと言えば爺の教育のたまものだと思うよ、今のウギは……。

 そんな俺の心の奥を知ってか知らずかウギはヨル爺の事を睨み付けながら怒鳴った。

「うるさい! エロ爺! わらわはお主にだけは其れを言われたくは無いぞ……爺はわらわにしょっちゅう触ってきていたろうが?」

 いやぁ~、さすがに俺も聞くに忍びなくなってきてついに奴にお願いをしてしまったよ。

「ヴァル、もうだめ何とかしてくれぇ~」

“……わかったは、今回だけだからね、ラリー”

 ヴァルはそう答えるとその銀白色の毛並みを逆立てて大きな唸り声と共にいかづちを落とした。

 ドゴーンという雷鳴と共に俺等の周囲に電撃が走った。

「うげっぅ――っ」「きゃ――っ」「おわっっ――っ」

 三者三様に雷撃の襲来をもろに受けて、その場に崩れ落ちた。

「ヴァル、俺もかよ!」

“当たり前でしょ、お馬鹿さんね、ラリー!”

 俺は自分とウギに対して咄嗟に防御魔術を無詠唱で如何どうにか寸前に間に合わせたがヴァルの雷撃魔術の速さは予想以上に速かった。そのため漏れ出た雷撃の襲来を受けてふたりの身体は痺れてしまい、ウギは気を失ってその場に崩れ落ちた。それでも俺は痺れたおのれの身体に鞭打って何とかウギの事を倒れる寸前に抱きかかえて受け止めることだけは出来た。ヴァルの真下で押さえられたヨル爺は雷撃の直撃を受けて白目を剥いていたけど、まあ、ヴァルも、勿論もちろん威力には手加減していたので失神程度で済んでいた訳だが。

“あらっ、さすがねラリー、お嬢をちゃんと受け止めたわね、そこは褒めてあげるわよ”

“ああ、出来れば次からは褒める前にもう少し手加減してくれると嬉しいけどね”

 まだ痺れの残る身体を引きずりながらも、ヴァルには一応苦言を呈しておいた。

“そうね、覚えていたらね!”

 そうヴァルは答えを返してからヨル爺の押さえを解くのだった。


 普通これだけの騒ぎを起こしていれば、周りが直ぐに気づくはずだがそこは抜かりなく俺達周辺にのみ小さな結界を俺は先に作って於いたのが功を奏した。無論この程度の術式、魔術師であれば直ぐに異変に気づくレベルであったので馬車に乗り込んでいたサギには気づかれていた。車窓から俺の方を気遣うサギの視線があったので、俺は手を振ってこっちは問題無いことを知らせておいた。サギは少しいぶかしげな態度を取っていたが、俺の様子に異変が無い事を見ると車内での出来事に対応する方に気持ちを切り替えてくれたようだった。

 まあ、結界の設定が先にあったればこそヴァルも雷撃魔術の発動を躊躇無く行った訳だが、そこは俺との阿吽あうんの呼吸が出来上がっていたということだ。

 身体の痺れもそこそこ取れて、さてこの場を如何どうするか思案していたところヴァルがおもしろい提案をしてきた。

“ねえ、ラリーちょっとこのエロ爺をもう少し懲らしめてやらない?”

 ヴァルはそう言って俺に企みを説明し始めた。その企みを聞き終えたところで俺は即座に同意したね。だってそりゃおもしろそうだったんだもん。


 俺は鞄の中から小刀と石鹸を取りだした。そして、ヴァルにヨル爺を支えて於いて貰いながら爺の髪の毛をザクザクと小刀で切り出した。元々白髪で少々長めだった爺の髪の毛はすぐに全体が短髪の髪型に変わっていった。全体の前処理が終わった段階で石鹸を泡立てる。

「っん~ん、――――ぁれっえ~っ!」

 さっきまで気を失っていたウギが目を覚まして俺達の仕草を凝視してる。

「ラリーっ……それって?」

「ああ、ヨル爺の剃髪式ていはつしきだ!」

「……ぉっ、わらわもやるのじゃ~」

 泡立てた石鹸を爺の頭に満遍まんべんなく塗りたくって、小刀でゆっくりと気を遣いながら頭を剃っていった。

 じょり~っ――じょり~っ――じょり~っ――っと小気味良い音が周囲に響く。

「次はわらわがやるのじゃ~」

「おいおい、怪我だけはさせるなよぅ――毛が無いだけにな」

“ぷっ~”とウギは吹き出し笑いをしながら俺の仕草の見よう見まねでヨル爺の頭を綺麗に剃っていった。

 そんなこんなで、ヴァルの発案によるヨルガルマ爺さんの剃髪式ていはつしきは滞りなく終わりを告げる事が出来た。まあ、これで少しはヨル爺のエロへの執着に繋がる心根の一部を断つ事が出来ただろうと思った。


 綺麗さっぱりつややかな輝きすら放つヨル爺の丸刈り頭はまるで後光が差す様な雰囲気を醸し出していた。

「いや~っ、これは眩しいほど似合うな」

「そうじゃのぅ、威厳すら感じるじゃぞ、荘厳だのぅただのエロ爺とは思えないのぅ」

 二人してヨル爺をまじまじと見つめお互いに感想を言い合いながら、最後にはニタリとしていた。ほんと、手を合わせて拝みたくなったよ。

 そんな与太話をお互いに言い合いながら、おもわずハイタッチをして大笑いしていた。

「なあ、ウギよぅ正直、ヨル爺のことこれから如何どうする? 姫様って慕ってついてくるぞ」

「ん~そうじゃのぅ、見てくれは変わってもやはり中身はセクハラ爺じゃろうからのぅ、わらわにした今までの事は許せないからのぅ」

「そっか、此ばっかりはウギに無理強いは出来ないからな」

「すまんの~ぅ、ラリーには関係の無いわらわの一族の痴態じゃ」

「いや、これからはウギは俺の妹みたいなものだからな、俺の問題にもなるさぁ」

「……んっ、わらわは……妹なのか? 其れは……いやじゃのぅ」

「えっ、俺と……いやなのか?」

「妹っていうのがいやじゃ、妹ではラリーの子を……宿せないじゃろう」

「そう……なのか?」

「……? えっ、妹じゃぞ? それでは……なんだなぁ、き・ん・し・んなんとかって言うじゃろう?」

「ああっ、近親婚か? まずいのか?」

「……? ラリーお主は? えっ?」

 なんか、俺の感覚がウギの常識と違うらしい事がはからずも判明した。

“ラリーっいい、其れは魔王族の常識よ。人には倫理感というものがあって魔王族の常識とは違うのよ、ほんとお馬鹿さんね“

 戸惑っていた俺の意識にヴァルが答えをくれたね。はぁ~んそうだった。

「ウギ、悪い今のは忘れてくれ……」

「んっ、そっか……別にのぅ、わらわはラリーの恋愛対象になれるなら……(ラリーがそれで良いのじゃったら、妹でも良いかと思ったが……)」

 なんか、ウギと変な方向へ話しが飛んでしまった事を少なからず恥じた。このままだと拙いとおもい話しを元に戻す事にしたよ。

「わかった、俺等はそのうちまた旅に出るがその時はヨル爺には告げずに聖都テポルトリを後にしよう」

「っん、わらわもそうしてくれると有り難いのじゃ」

「よし、まあヨル爺から逃げようって事だな」

「そうじゃ、わらわとラリーのふたり旅なのじゃ、楽しみじゃぞぅ」

 そう言ってウキウキ顔に戻ったウギの横顔に見とれながらも俺は今日の任務への気構えに心を戻すことにした、今日は昨日のような気軽な旅路とはいかないはずだから。


「ウギもヴァルも今日はあの赤い馬車の護衛な」

「解ったのじゃ、あれかさっきサギが乗り込んだ馬車よのう」

「そうそう」

「んっ、サギが窓からこっちを見ているぞのぅ」

「ああ、こっちの騒動の一部始終を見られているよ」

「そうだったのか、其れは少し恥ずかしいのぅ、まあ仕方がないがのぅ」

 そういう風にウギは言いながらも頭をポリポリと掻きながら、少し照れ臭い様子だったね。まあ、未だ目覚めはしないが剃髪頭のヨル爺はもっとだろうがね。

 まだ、失神状態から覚めないヨル爺の事を持ち場の所まで背負っていって爺の所属の小隊に預けてきた。小隊のメンバーには昨日の夜間警護の疲れが出て居眠りをしてしまっていると嘘の報告をして於いたが、真実は伝えられる事では無いのでその点は大目に見て貰いたいところだ。


 俺達のドタバタとは無縁にリッチモンド伯爵家の出発の準備も整ったようで、護衛師団のメンバーも各所の持ち場について出発の時を迎えた。

「さあ、皆、出発!」

 護衛師団長であるニコラス宮廷近衛師団長の号令と共に一団は温泉宿を後にして移動を始めた。

 俺とウギ、ヴァルはリアーナ令嬢の乗る赤い馬車の護衛として行動をする事となった。

 まあ、リアーナお嬢様の身辺護衛の為、馬車に同乗しているサギの事も加えると俺達全員が同一パーティーとしての初任務と言うことになるわけだが。

「なあ、ウギ」

「なんじゃのぅ、ラリー」

 俺とウギは馬車の前を横に並びながら歩きその後ろにヴァルがついてきている、そんな風に進みながら俺は右側を歩くウギに声をかけた。

「さっきは、ありがとな」

「……っん? なんのことじゃ?」

「あっ、あれだよ……俺の腕の代わりになるって言ってくれたことだよ」

「あっ、あれか……別にお礼を言われる程のことでは無いがのぅ」

「いや、素直に嬉しかったよ。だから、お礼を言わせてくれ――ありがとう」

「……うっん」

 俺はウギの真っ直ぐな言葉に励まされて、心が暖まった気持ちになれたことをとにかく感謝したかった。だから、俺も素直にウギにお礼を言いたかったんだ。

 そんな、言葉のやり取りにウギは顔を赤らめながら俯いて歩いていたね。その姿が余りに可愛らしくて思わず抱き締めたくなったね、まあ、それは無論躊躇したが……。

 ここの所、数日間で俺の周りの環境は大きく変わろうとしている。サギと出会いウギ、ヴァルとはこれからの冒険者生活を共に生きていくことを約束した。今までは十五歳で冒険者として一人旅を初めて、たったひとりで此処まで来た、だがこれからは仲間と共に生きる人生を歩みそうだ。

「……これでサギも一緒ならもっと楽しいのかな~」

 俺はふっと、心の奥にあった言葉をおもわず口に出してしまった。

「んっ、ラリー? 今なんか言うたのかのぅ~?」

「いや……何も言ってない」

「ふ~んじゃ」

 いや、ちょっと拙ったかなウギが“じと~っ”目を俺に投げてちょっとふくれっ面になったよ。まあ、そんな仕草も可愛らしく思えるが。まあ、以後、独り言には十分に気を付けよう。

「さあ、行くぞウギ」

「うん、ラリーわかってるのじゃ」

 俺達は一団の流れに乗って歩みを進めて行った。

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