ウギとの出会い!

第7話改稿 妾はウギ・シャットンなるぞ!

 ラリーはヨル爺の話の中で数値とアルファベットだけがやけに脳裏にこびり付いて離れ無くなっていたようだった。


 ――88の59の86、しかもFカップね、どんな姫様なんだろう?

 彼も人並みに年頃の健康的な男の子である。


「んっ……サギさんのスリーサイズって幾つなんだろう?」

 ラリーは決して貴女かのじょには聞けない疑問の呪縛に一瞬、囚われるが……。大きく頭を振って邪念を追い出すことにした。兎に角、馬鹿の考え休むに似たりでさっさと今やるべき事への行動に移ることにする。

 ヨル爺にはここの護衛場所の警護を任せて、ラリーはひとりその場を後にして気になる北東の方角を目指して移動を始める。コテージの護衛任務で最初の時に広域に掛けた魔力探知で引っかかった件が何にかしら胸騒ぎを感じさせてどうしても、確認せずにはいられなくなったのであった。

 既にそこはコテージから結構な距離が離れいた。それだけ離れていればいずれにせよ、警備領域外としても問題無いはずであるが、しかしながら念には念をとも言うでは無いかとラリーは自分自身に言い聞かせていた。今回の行動の正当性を自らに問い聞かせながら、まあ自分への言い訳でしか無いのだが……そうこうしているうちに彼の目標であるその地へと辿り着いたのであった。


 ラリーの眼には遠くの方でひそかにき火のあかりが見えてきていた。

 ――魔力気はひとつ……んっ、ふたつか? えっ! 人間じゃない『気』が混じっている、しかも魔力気を隠匿いんとくしてるなこれは!

 ラリーは念のために警戒度を上げて自分の魔力気にも隠匿いんとく魔術をかけながら目標にゆっくりと近づくことにした。


 き火のあかりが間近になってうっすらと人影が見えるようになってきたところで気が付いた。

「んっ! 女のか? それとあれは大狼だいろうガルムか?」

 思いがけない光景に思わず声が出てしまっていた。咄嗟に手を当てて口を塞いだが……向こうの様子は何とか変わらずで、彼の声が聞こえた様では無くホッと胸をなで下ろしていた。

 大型の狼獣ろうじゅうであれば通常は草食野獣のグルムを家畜化した形でペットとして貴族達が飼っている場合がある。グルムであれば所詮、野獣であり魔力をまとうことは無い。目の前の狼獣ろうじゅうは隠匿してはいるが漏れ出る魔力気はラリーには誤魔化しきれるものでは無い。あいつは魔獣の中でも聖魔獣と呼ばれる、大狼ガルムだ! しかも、この個体はとてつもなく大きい。


 ――俺の二回り以上のでかさだな、こりゃたまげた!

 ラリーは心の中で思わず唸る、しかも大狼だいろうの隣にちょこんと座っているからまたやけに女のが小さく見える。そして身体全体薄汚れていて折角せっかくの可愛らしさが半減していたようだ。女のの身なりは……また、随分と布地の部分が少ない服装であった、革生地かわきじのタンクトップとホットパンツ風の装備礼装をまとって、足元は革のロングブーツで固めている。腰には長剣を帯剣していることから剣士であろう。

「しかし、あの大狼だいろうガルムを連れているのか!?」

 焚き火の明かりに照らされて銀白色に輝く艶やかな毛並みを持つ隣のガルムとはあまりにも対照的だった、そんな心の思いからかラリーは思わず素で呟いてしまっていた。

 流石に些細とは言え二度の彼の失敗を見逃すガルムでは無かったようだ。先程まで焚き火の前でじっと目を閉じて伏せていたが、カッと目を見開き素早く立ち上がると身を翻して女のとラリーの間に彼女を守るかのように立ちはだかった。

「グルッルルッー」

 ガルムがラリーに向かって牽制の唸り声を上げる。地の底から沸き上がるような咆哮にラリーは思わず身を竦ませた。

 ラリー自身、今は単に調べに来ただけであって戦いに来たわけでは無い。即座に両手を挙げて敵対の意思がないことを告げる、まあ魔獣ガルムに其れが通じるかははなはだ疑問ではあったがガルムのぬしであろう彼女には通じるである事を祈っていた。

「んっ……! ヴァルっ! めるのじゃ!」

 ラリーの思いは何とか通じたようである。安堵の吐息を吐きながら思わず天を仰ぐ彼だった。


 その時だ、何処からかラリーの脳裏に直接、響く声のようなものが聞こえたのは……正確には肉声では無いが。

 ――お嬢はいっつも甘いんだから……っ、もう!

 思わずラリーはキョロキョロと周りを見渡す、もちろん彼と彼女の他には誰も居ない……はずだ、本当に!

 真夜中だから闇に紛れて姿を隠している輩も居るかもと目をこらして辺りをもう一度見渡す。

 やはり誰も居ない、此処に居るのは確かにラリーと彼女の二人だけのはずだった。

 と、ラリーと目が合う生き物の気配があった。……ガルムである。

 大狼ガルムの奴がラリーの顔をじーっと見ている、強いて言えばきょとんとした表情とも言えなくも無い、まあ狼獣ろうじゅうの表情をきっちり読み抜くほど動物使いの能力がラリーに備わっているとは思えないが、此処でそんなことを思案しても仕方の無いことと思える。

 ただ何となくだが、この狼獣ろうじゅうが発した言葉だとしたら実に壺に収まってしまうことは確かだ。

 思わずラリーはガルムに向かって聞いてしまった。

「……お前か? さっきの呟きは? お前なのか?」


 その瞬間ガルムはぷぃっとラリーからの視線を避けるように顔を逸らした。

 ――チッ!

 ――まただ、今度は舌打ちの音だぁ~と、こら~っ、お前……なぁ~! さっきは不意打ちだったため空耳かとも思ったが今回ははっきり聞いたぞ。確信した、奴だ、ガルムだ! 此奴こいつがぁ……魔力念波だとぅ?

 ジトッ眼でガルムの奴を睨み付ける。奴っていってるが此奴こいつオスなのかメスなのか? ふっと我に返って思案してしまった。

 ――失礼ね! 年頃の娘ですわよ。

 ガルムが魔力念波でラリーに応えたかと思うと間髪入れずに飛びかかってきた。流石に体格差では比較にならない程の力だ、ガルムに押し倒されその前足で両腕を押さえられたラリーはもう為す術も無かった。

「ヴァルっ! めっ! 馬鹿者がっ!」

 ガルムのぬしと思われる彼女が蒼白の表情でそう叫んでいた。

 次の瞬間、ガルムはニヤッとした笑いを含んだ顔つきで(たぶんそうだと思う、なにせ相手は狼獣だ表情が正確に読めるわけが無い)大きな口を開けその長い舌でペロリとラリーの顔をひと舐めしてきたのだった。

「うわぁ~っ」

 ついぞ、ラリーは大声で悲鳴を上げてしまっていた。

 それを見たガルムはしてやったりと思ったのであろう、ふんっと満足げに鼻を鳴らしてラリーを解放してくれた。


 彼女の隣に戻ったガルムはラリーに目配せをしながら再び、魔力念波を送ってきた。

 ――あとでゆっくり話しましょうね、坊や……ところで、どっかで会った事あったかしら?

 ガルム……ぁいや、お姉様にとってラリーは……坊や……だそうだ。


 ――どっかで会った? 魔力念波持ちのガルムになんぞ会った事は無いぞ。

 ラリーはこれから起きるガルムとの新たな遣り取りを考えると既に嫌気を通り越して寒気が背筋を走ったのを感じていた。

 。

 そんなこんなで、ラリーとガルムの騒動の間、蒼白になって立ち尽くしていた彼女は、落ちついたラリーらの様子を見て安堵したのか、大きく溜息を付いたあとに小声で呟く。

「お前らは何なん~じゃ」


 出だしでつまづいてしまったが、彼女等とまだ挨拶もしていなかったことに今更ながら気が付くラリーだった。この場は彼から挨拶するのが礼儀であろうと思い直す。

「唐突に現れて悪かったと思う、自分はこの先の温泉宿に止まっているリッチモンド伯爵の護衛師団の者である。き火の明かりが見えたので用心の為に見回りに来させて貰った。疑って悪かった、野宿中の冒険者殿か? 二~三確認の為、質問させて貰っても宜しいかな? お嬢さん!」

「……?」

 ――んっ? あれっ?

 彼女が気を悪くしたのかと思ったが、ラリーは大事な一言を忘れていたのに気が付いた、重ね重ねの失態だったようだ。

「……再三再四、失礼を致した。名乗るのが遅れました、自分の名はラリー・M・ウッドと申す、ベッレルモ公国の宮廷騎士団の魔法剣士である」

「……わらわはウギ・シャットンじゃ……ラリーとか申したの、ここら辺りでは野宿も貴族の許可が必要なのかぁのう? 世知辛い場所じゃのぅ」

「あぁぅ~そう言うわけでは無い、勘違いさせてしまったようで悪かった。ここら辺りでどう野宿しようが其れは自由だ。本当に済まなかった、この通り詫びる!」

 ラリーはウギ・シャットン嬢に深々と頭を下げて謝った。


 そんなラリーに対してウギはと言えば、彼の謝意を表する行為には目もくれず、焚き火で焼いていた肉の串焼きをひとつ右手で持つと其れをラリーに突き出してきた。

「お主、食え! 腹が減っておるじゃろうて、まずは食いながら話そうぞ? それとも何かわらわの肉じゃ食えぬと申すか? んっ!」

 唐突にラリーに串焼きを手渡したかと思うと逆の左手で今度はガルムの目の前に串焼きを置いた。

「……ヴァルっ、これはお前の分じゃ、ほれっ!」 


 ――おい、その言葉遣い何か違和感満載なんだが。

 とラリーは思ったが……言われる通り腹が空いていたのは確かだったようだ。

 ラリーは取り敢えず食材の命をいただくことへの感謝の念を抱きながらも、有り難く串焼きにかじり付いた、これがまた格別に旨かった。


「隣に座ってもいいかな?」

 串焼きにかじり付きながらラリーはウギに聞いた。

 彼女は何も応えなかったが、その代わりガルムが場所を譲ってくれたのでその場の雰囲気がイエスの返答と捉えてラリーはウギの隣に腰を降ろした。

「ありがとう、この肉は旨いな、丁度腹も空いてきたところだった。君は……いや、ウギさんは何故、此処に? 女性のひとり身では危なかろうに」

 ラリーは素直な思いで聞いてみた。

「別に危ないことは無いじゃろうて、ヴァルがおる。誰も恐れて近寄ってすらこぬぞ、お主ぐらいじゃぞ、何事も無かったかのように普通に近寄ってきた者は! しかも初対面でヴァルがお主の顔を舐めるまで懐くとはのぉ。……逆に聞くぞ? 怖くは無かったのか、お主は?」

 ――まあ、確かにそうだったな。大狼だいろうガルムを目の前にして普通なら縮み上がっているところだな、ここは!

 ラリーはウギの的を得た疑問に内心慌てながらも返答の仕方を選んでいた。

「んっ? そうだな、怖がった方が良かったか? 何なら今から怯えて逃げだそうか」

 そんな軽口を叩きながらラリーは彼女の方を見た。若干薄汚れてはいるが、ショートカットの銀髪が夜風になびき琥珀色の瞳が綺麗なだった。その琥珀色の瞳がきらきらと光を放ちながらラリーをまるで珍しいものでも見つけたかのように輝いていた。

 ――なんかウギさんの眼がサギさんの時のように妖艶な小悪魔状態になりつつあるのですが、俺の気のせいか?


「お主、かわった奴よのう、わらわは気に入ったぞ! ラリーとか申したのもっと近う寄れ! なんなら妾を抱いても良いぞ、未だ殿方を知らぬ躰であるが優しくしてたもれ。どうじゃ!」

「……なんでやねん!」

 ラリーは思わず右手の手の甲で彼女の胸元に突っ込みを入れてしまって、はたと気づいた、ラリーの手の甲がしっかりと彼女の胸の上を押していたのだ……『ぷにゅっつ』とでも擬音が聞こえてきそうな柔らかさを手の甲に感じている。

 ――えっ? 何っ? この下着は着けていないのか? んっ! 今、何を考えているんだ。そんなことでは無いだろう、今は! えっとぅ、彼女のエロ台詞に思わず突っ込んだはよいが彼女の左肩を叩いたはずだ、なのに何故なぜ俺の手の甲は彼女の胸に触れているんだ? これは流石に拙いだろう。でも、何でだ? 目測を誤る距離では無かろうに。

 色々な思いがラリーの頭の中を駆け巡ってひとりパニクっていると、当該の彼女が和やかな笑顔でラリーの顔を覗き込んできた。

 

「どうじゃ、わらわの持ち物は中々のモノじゃろうて、欲しいか、どうじゃ、ほれほれほれ!」

 と、彼女は自分から胸を突き出してさらにラリーの手の甲へとその豊満な胸を自ら押しつけてくる。

「はぁっ!」

 ――この娘は一体全体何をしているんだ、全く……、俺をおちょくっているだろう。

 触ってしまったでは無く触らされている状況と言うことだった。それはそれで男の子にとっては喜ばしいことこの上ないはずであるが……。 

「B88のW59のH86じゃぞ、しかもFカップじゃぞ!」

 彼女はスクッと立ち上がりその場で身体をくねらせながら、さらにラリーの方に擦り寄ってくる。

 ――B88のW59のH86って? あれぇっ! どっかで聞いたような気がするのは気のせいか? 

 傍でガルムが呆れ顔でいたように見えたのはラリーの気のせいでも無いと思う。


 き火の明かりに照らされたウギはとても可愛らしい女のだった、自分からスリーサイズを公表するだけあってスタイルは彼女のご自慢の一品らしい、まあ確かにグラビアモデルの様なパーフェクトボディーでFカップの胸は燦爛さんらんとして目をくらますばかりなる威厳さえもたらしていたと思える

 ウギにとっては、ヴァルがラリーに懐いたのがとても気に入ったらしく、その後も彼女のラリーに対する警戒心は全く無くなっていた、と言うよりもウギがラリーに完璧に懐いたように思える。

 そんな風にお互い少しづつだが馴染み始めた。聞けば彼女の歳はラリーよりひとつ下らしい。妹分のような気軽さで話が進む、ラリーも結構楽しい時間を過ごさせて貰った気がしていた。サギとは全く異なるタイプの愛らしさにラリーもひとときの心の交わりを感じていた。そしてそんなウギに対して心なしか兄貴分としての労り心が芽生えてきたようであった。


「ウギさん? 温泉に入りたいと思わない?」

 ラリーは何気に彼女に聞いてみた。

 その途端に目に涙まで浮かべて、ラリーに擦り寄ってまでしてウギが一生懸命主張してきた。

「入りたい! 入りたい!入りたい!入りたい!入りたい!入りたい!入りたい!……た~いぃっ!」

 ――おいっ、そんなにかぁ?

 ラリーはウギの余りの勢いに思わずたじろいでいた。


「……身体……洗ってないんだぞ、ず~っと。ここら辺りきれいな水辺も無いし雨も降らないんじゃ、わらわは無性にお風呂に入りた~ぃ~のじゃ!」

「ふ~ん、そうか、で最後に入ったのはいつ?」

「……覚えてない……っん。……お金が無いのじゃ、一文無しでのぅ、食事は狩りをすればいいじゃろうて、でものぉ、お風呂はお金がいるのじゃぞ、全く世知辛いのぉ」

 ウギの魔力のレベルの『気』は『白気』であった、それも純白の誠に綺麗な全く混じりっけの無い白 である(この娘のよほどに裏表の無い性格が現れているとも言える)。これなら普通は生活は困らないだろうにとラリーは疑問に思った。

「魔術で水は出せるだろう?」

 何の気なしにラリーは問うたが、彼女の答えに思わず顔が引き攣っていた。

わらわには無理じゃ、戦闘魔術特化の魔力習熟だったので……のぅ、一般生活系の魔術は皆無なのじゃ、残念至極よのぅ、我ながら情けないがのぅ」

 ――いえいえ、それは余りにも修行の仕方偏ってませんか? ウギさん、それじゃ駄目だよ。

 思わずラリーは天を仰いだ。


「ラリー、お主をオトコと見込んで頼みが在るのじゃ! わらわに魔術を教えて欲しい。 聖魔獣とも言われるガルムのヴァルが懐いたんじゃ、お主の魔術は並のものでは無いじゃろうて……お願いじゃ! わらわの貞操ごと進ぜよう良いぞ抱いても! まあ、その前に温泉に入れてくれぬか、この汚れた身体のままで其方そちに抱いて貰うのは、ちと心苦しいからの~ぅ。後生だ、入浴料を恵んでくれぬかのぅ」

 ――両手を合わせてラリーを拝みながら小首を傾げて琥珀色の瞳を潤ませながら見つめてくるんだよ、このまったく~っ。まあ、こののちょっとしたマイナスポイントって……ちょっとだけだけど臭うんだ擦り寄ってきた時にわずかだが。それもあって、折角せっかくの美少女がどうしたものかなって思って話しを振ってみたんだが、魔術教授の件と貞操の進呈までとはなぁ。

 そんな風にラリーは内心、思ったもののどうしようかと困り顔で助けを求めるようにヴァルを見た。するととんでもない事に、ヴァルはラリーにおもいっきりどでかい爆弾発言を投げてきたのだった。まあ、言葉では無く魔力念波ではあるが。


 ――こんなね、可愛いお嬢が懸命にお願いしているんだから冷たい仕打ちは無しだよね。いやしくも魔・王・族の血を引くお前様としてはね。

 魔力念波でヴァルが軽くチャチャを入れてくる。

 ――おい! ヴァル、お前っ! 何故其れを……っ!

 ラリーは眼をカッと見開いて、ヴァルを睨み付けた。ウギは目をつぶってラリーを拝んでいる格好だから気が付かなかったと思うが、ラリーのオーラが一瞬、金色の輝きを放ったのをヴァルは見逃さなかった。

 ――おっ! 『覇王気』か、やっぱりね、坊や話しはあとでって言ったじゃ無いの、気の早い男の子は嫌われるわよ。まあ、素性が素性だから心配はするわね、いいわ誰にも言わないから安心しなさい。って、あなた以外に誰に私が話せると思っているのかしら?

 ――でも、お嬢のことはよろしくね、ラリー。

 人間でも魔獣でもこの手の事は女性の方が一枚上手であるようだ。


 ――ぐっぬぬ! しくじったか、まさかこんな所で……っ。

 と、ラリーはひとり頭を抱えながらも、ウギにひと言告げたのだった。


「わかった、わかった! 魔術教授の件はさておいてウギさん温泉には行って来なさい」


 ウギに切なくお願いされ、ヴァルには彼の鬼門と言うべき秘密を握られ、ウギの頼み事をラリーに断れる訳は無かった。

 まあ、魔術を教えるという点は後にしても、薄汚れた彼女が湯上がりにどれだけ変わるかを見てみたい欲求もあったようであるし。それに、ここで恩を着せるという程の事でも無いのでウギの頼みにラリーは無論、即時に快諾をしていた。

 その言葉にウギは満面の微笑みを返しながらも、飛び付くようにラリーに抱きついていった。ナイスボディーのFカップが! 目の前でたわわに実ったそれが、ラリーの身体に触れるごとにぷにぷにと軟らかく形が変わっていく。そんな様子を間近にこれぞと見せつけられ、しかもその触感も含めて夢心地の世界に連れて行かれるような。そんな中、ラリーですら一瞬、自制心が飛びそうになって行くのが手に取る様に分かった、真っ白で無垢な小悪魔が此処ここにも生息していたようである。

「ラリー、ありがとうじゃ。お主との初夜の為、わらわは全身くまなく隅から隅まで洗ってくるぞ、其方そちは先に寝具に入って待ってておくれじゃ、寝てしまっては嫌じゃぞのぉ」

「はぁ~っ! ウギ! 今日は初夜は無い! しかもどこに寝具があるって言うんだよ……っ」

 ラリーはおもわず突っ込みを忘れなかったが……。

「ほれ、そこ!」

 って、ウギが指さす先には大狼ガルムの『ヴァル』がその銀白色に輝く艶やかな毛並みをさらにフサフサと膨らまして巨体を長々と横たわらせていた。


 ――確かに、こりゃそんじょそこらの寝具じゃ太刀打ちできない一品ではあるが……。

 思わずラリーも唸った。しかも、ヴァルが悪のりして魔力念波でボケまでかましてくる始末だったのには……。


 ――んっ、ほれ、ラリー坊やこっちへいらっしゃい、教えてあげるわ、お・ん・なの扱い方を……。

 ラリーはただ、あんぐりとあごがはずれるかと思う程、大きな口を開けてほうけているしか無かった。

 ――ヴァルめ、後で覚えてろ! 


 取りえず、銀貨を2枚ウギに渡して温泉宿の方角に送り出した、日帰り温泉入浴なら夜間料金を足されても十分にお釣りが来るはずだし、余ったお金でもう少し身綺麗にしておけと彼女には言っておいた。温泉の方も日帰り温泉客目当ての深夜営業もしていた様だし、ひとりで大丈夫だろう。けど、最後に一言ウギには念押ししておく。

「ウギさん、今日は初夜は無い!」

 ウギは何故なぜだか素直に納得顔で頷いてくれた。妙に素直な程に。

「ラリー、わらわはわかったぞ、今日は無いのじゃな、きょ・う・は……うっふん!」

「はぁ~っ」 

 ――もう、突っ込みをかますのは止めておこう。

 いつまでもこれではらちが明かなくなるので、ラリーはとっととウギを送り出すことにした。


 ウギを送り出した後、残ったラリーとヴァルは焚き火を挟み向かい合って腰を降ろす。気まずい空気が一匹とひとり……いや、ふたりを包み込んでいた。


 バチバチと焚き火の音が木魂する中、ラリーは重い口をやっと開いた。

 ――ヴァルよ、何故わかった、俺の血の由来を……。


 ――そうねぇ……、まあ、その話の前に私の話をするわね!


 ――えっ、なっ、……わかった、それでいい……。


 ヴァルはラリーの話しの流れの腰をいきなりへし折ると、自分の身の上話から口を開き始めた。

 大狼ガルムの種族は元々魔界に於いて魔王族を守護する為に先々代の魔王が創った種族らしい。

 先々代と言っても、ひと世代数百年も生き抜く魔族であるから過去のことを長々と振り返っても仕方が無い。取り敢えず今起きていることだけでも把握しておきたいので話しを急ぐことにする。


 ヴァルは今の魔王『現魔女王の父親』が即位している時に生まれたらしい。

 その時から魔王家族の守護魔として育てられてきた。

 特に現魔女王エンマ・イラディエルの幼き頃は遊び相手として日々一緒に暮らしていたと言うことだった。

 まあ、今のヴァルの体躯では想像もつかないが『私だって幼き頃はあったのよ』と、幼女エンマと同サイズでじゃれ合いの友達感覚でいられた頃を懐かしむ様に夜空を見上げてラリーに話してくれていた。


 ――エンマがね、悪戯いたずらでいつも魔術をかけてきてたのよ、ある日のことだけれど隠れんぼの最中に鬼役(魔王女時代のことなので鬼役って言うのが妙に壺に嵌まる役柄だ)のエンマが必死で私を捜し回るのよね、あの頃は本当可愛らしかったわよ、ふたり共幼い時だから魔力気なんかダダ漏れでね、直ぐにお互いを見つけてしまうんだけれども私の方が先に隠匿魔術を習得してしまったから、エンマが中々見付けにくくなって直ぐに癇癪をおこしてしまうの。そんな状態でエンマのダダ漏れの魔力気に言霊ことだまが載っていることに気づいたの、『ヴァル~ヴァル?』ってね。金色こんじき言霊ことだまだったわね。最初は私の方が言霊ことだまを聞いているだけだったけれど、エンマもその感覚が解ってきたらしくて、そのうちにお互いの魔力念波が通じるようになったわ。


 ――ただひとつだけおかしなところが有るのね、私の魔力念波はエンマにしか通じなかったわ。同族のガルム、もちろん私の親兄弟にも、ほかの魔族達にも通じなかったの。


 ――たったひとり魔王だけは除いて。


 ――其れで解ったの私の魔力念波っていうか、それは多分その手前の言霊ことだまレベルで、しかも通じるのは魔王族の血筋だけなのね。だから、ラリー、あなたが私の魔力念波を読んだ時はただ々驚いたわ。まさか、魔王族の血を受け継ぐ人間がいるなんて思ってもいなかったから。


 ――教えて頂戴、あなたは何者?


 ヴァルの長い魔力念波での独白に先程の意味を知ったラリーだが、彼女の問いに答えるすべを持っていなかった。ラリー自身、自分の出生の秘密を知ってはいなかったのだから。


 ――悪いなヴァル、俺自身も知らないんだよ俺が何者かって言うことは。ただ、幼い頃に俺を拾って育ててくれたセット婆さんやニネット爺さんには、この事は何があっても他人には知られてはいけないことだと教わっただけなんだ、俺の右目の異変のことと……あっ、セット婆さんやニネット爺さんって元英雄って呼ばれているらしいんだが、分かるか。


 ――そうなのね? ラリー、確かにあなたのその目は琥珀色の普通の人間の目の色だが……魔王族は金眼色のはず、何故なぜなのかしら?


 ――俺の目の色は通常は琥珀色眼だが危機的状況に陥ると右目だけ金眼色に変わるらしい、まあ、自分では見ることは残念ながら出来ないし、確認のしようも無いしね。ただ、何度かそうなったことがあるらしい。先程、話に出てきた爺さんと婆さんがそれを見ている。それが右目の異変の意味と言う事だよ。


 ラリーの話の真相をヴァルは知るよしも無いが、そこそこ真実として受け取ってくれたらしい。大きく頷いてその眼は遙か遠くの思い出を探るような様相に変わっていた。


 ――ところでヴァル、俺の話の後でと言うわけでは無いがなんでそんな経歴のお前が今、ウギさんと一緒なんだ? 魔界からなんで出てきたんだ?


 ラリーの話の振り方が唐突すぎたのか、それとも何かしら後ろめたさがあるのか分かりやすく動揺していた。そうヴァルはと言えば、眼をパチクリしたままでしかも口までパクパクさせて相当慌てた様子だった。ヴァルは嘘がヘタそうだ。


 ――おい、ヴァル、お前やっぱり何か魔界から大切な使命を貰って来てるだろう? 俺らには多分言えないことだろうがな。

 ヴァルにラリーから魔力念波でさらなる確信って言うものを送り込んでみた。


 その後のヴァルの仕草と言えば大狼ガルムの威厳なんぞどこぞへ行ったのかと思うほど動揺が滲み出ていてた。否定しようと首が千切れないかと思う程の勢いでブルブルと左右に振っていたが、その目はおもいっきり泳いでいて……全くもって単純で、結構わかりやすい性格だったようだ。

 なんと無くヴァルの心情も解らなくも無い事として、これ以上彼女の事をを虐めるのは止めておく事にした。その代わり言える事の方はきっちりと聞いておく為である。

 ――わかった、ヴァル、そのことは今はいい! 話せるようになったら……いや、話したくなったら話してくれればいい。でだ、もう一方の理由は話せるだろう、んっ!

 ヴァルはまだ、口をパクパクしたままであったが何とか落ち着いたようでブツブツと呟くような魔力念波をラリーの返してきたのだった。


 ――ぁ……あのとの勝負で私が……負けたのよ、今、思い出しても悔しいけどお嬢に完敗したのよ! お嬢はね、家の関係が訳ありだったらしいのよ、詳しいことはわからないけど……。 

 ――魔術の習得に飢えているような様子だったわ、あの頃は、山の中にひとり入り込んでとにかく滅多矢鱈めったやたらと魔獣を探して相手にしていたみたい。まあ、自分の縄張りでそんなことをされて私も黙っていられなくてね、追い出そうとして相手にしてあげたわよ。

 ――最初はね、剣術はそこそこの実力はあったわでもね、わかるでしょうあなただったら。魔獣相手に魔術がお手薄では勝ち目は無いのよ。コテンパンにのしてあげたわ、殺しはしなかったわよ、だってお嬢の方には全く殺意が無いんだもの呆れたわよ、お嬢には!

 そんな話しをヴァルは懐かしくも優しい目をたずさえて続けたきた。


 ――コテンパンに、のしたものの、何となく可哀想になってね。見た目が綺麗なでしょう、其れまでの争いの傷も痛々しく残っていてね、治癒魔術を全身に施してあげたわ、傷ひとつ残さぬようにね。まあ、その前にお嬢が相手にしていた魔獣達もお嬢に同じようにされていたからね、闘って勝った時はお嬢は負けた魔獣を回復魔術で治していたの、回復魔術だから完全治癒とはほど遠いけどね、そこのところはお嬢は徹底してたわね。食べる目的以外は殺さないってね。


 ――ヴァルさ~ぁ? それじゃ、お前負けていないじゃないか? 負けたって言ったよなぁ。


 ――ラリー、話しは終わっていないわよ、急ぎなさんなって言ってるでしょう。男の子、せっかちは嫌われるもとだからね、うん、あと其れと……早すぎるのも駄目だからね!

 ――わ……私は長すぎるのも苦手だけど、疲れるだけだから……。

 後者のたとえは絶対この話しには関係無いだろうと思う、取り敢えず相方として反応は返しておくことにした。


 ――おい! ヴァル、まだ続けるのか! そっちの路線を……話を戻してくれないか。


 ――ふんっ、つまんない坊やね……まあいいわ。お嬢の話ね、あれ、何処まで話したかしら?


 ――と、おい~っ、ヴァルさんや~ぃ……い・い・加減にせ・ん・か!


 ――ふっ! わかった。もう、やめるわね。


 ――えっ?


 ――残念だけど時間切れだわね。お嬢が、戻ってきたわ!


 ――はあぁ~っ、こいつどれだけ自分の負けた話しを嫌がっていたんだか、負けず嫌いなだけじゃん! 

 そう内心で毒づいていると本当にウギが戻ってきた……らしかった?

 温泉宿の方角からひとりの娘がこちらに向かって駆け足でやって来るのがラリーには見えた。でも、なんか異様にキラキラしているよう思える。

 ――あれぇっ!

 ラリーは思わず我が目を何度も擦っては凝視していたのだった。


 その後、ラリーの目の前にめちゃくちゃ可愛い美少女が満面の微笑みを浮かべた顔でたたずんでいたのだが。

「……あっ~の~ぅ、あなた様はどなたですか?」

 ラリーは目の前の美少女に素でそう尋ねていた。


 焚き火の側には、ショートカットの銀髪で琥珀眼の美少女が立っていた。そしてラリーは座ったままでそんな彼女を惚けるように見上げていた。その美少女は確かにウギに似ていると言えば似ているが薄汚れていたウギが身体を洗って帰ってきたと言うレベルの話しでは無かった。全くの別人と言っても良いくらいである。

 しかも、長剣を腰に帯剣せず、肩に担いでその剣に行きに着ていた上着と短パンを掛けてある。それらは洗ったらしく、革生地の端からポタポタと水滴が滴り落ちていた。

 行きに着ていた服装を着ていないと言うことは今の格好はと言うと大きな薄手の絹地で作った貫頭衣かんとうい一枚という姿だ。

 紐で腰回りの辺りを縛っているのがちょっとしたアクセントで可愛らしい。但し、濡れたままの身体にそのまま羽織ったようで彼女の身体に布地がピッタリと張り付いて、グラマラスな肢体をそのまま浮き出させている。その為、見目が妖艶この上ない事と言ったら……。

 そうして、チュニック風で布丈が短いのでほぼ超ミニである。革のロングブーツにお似合いの御御足おみあしに色香のただよいまでにおわせている。

 最後に最大の色香の濃い部分だが、貫頭衣と言うからには頭の通る部分は布地に穴が開いているが手を通す部分は単なる布地の端である。言わば、手を下に下ろした状態ならば布地が腕ごと身体を覆ってくれるが、一旦、腕を上げるとその広い脇口から身体の側面が丸見えとなる。彼女で言えば、そのご自慢の脇胸の稜線がいきなり目に飛び込んでくるような状態である。まさにラリーにとっては眼福、あっいや、目の毒であることこの上なかった。


「ラリー、待たせたのぉ。どうじゃ、お主の言葉に甘えて温泉街で湯上がりの衣類も買わせてもろうたぞ、お店の女将に今夜想いの殿御とのごを惑わせるような服と頼んじゃぞ、惑ってくれておるかのぉ、お主」

 ――いやいや、十分に俺はもう惑っていますよ、ウギさん、今そこ直視できませんから。

 ラリーはドギマギしながら彼女から目を逸らして、あらぬ方向を見ながらそう思っていた。


 しゃべり方からはウギさんその人だと疑うべくもないがその姿は全くの別人の其れであった。まさに、水もしたたい美少女とでも言うべきであろう。

 ――俺、もう鼻血でそうです。


 ウギは本当に楽しそうだった。温泉から戻ってくるなりかなり際どい服装で挑発するようにラリーの右腕を取って彼女の身体を絡めてくる、ラリーとしても本気でドギマギしていた。

 そんなラリーの臆病な仕草がまた彼女の笑いの壺に入ったようで、本気まじで天真爛漫な淫魔サキュバスの如くラリーを攻めたててくる、ラリーが理性の身を持たせるのに苦労していたのは及ばずがなであろう。


 そのような中で、横たわる大狼ガルムの艶やかな毛を寝具のように身に纏った彼女の姿は本当に可愛らしく思えた。しかも、抜群の色香も伴っているのが何とも言い難いところであった。

 そんなウギとのやり取りを傍らで見ているヴァルは魔力念波に載せて茶々を入れながらもクスクス薄笑いをしている始末である。まあ、ヴァルのそんな様子はラリーにしか聞こえないから余計にラリーひとりだけさらにドギマギしてるわけであった。

 そんな不思議な甘い時間を過ごしていると不意にウギが真剣な眼差しになってラリーに言い寄ってきた。

わらわはラリーが好きになった、ラリーには決めたお方がおるのか? 想いの女子おなごがいるのか? 居ても良い! わらわめかけでも良い、愛人でも……何でも良い、何番目でも良い……だから、せめてかたわらにわらわを置いてくれぬかのぉ……だめじゃろうか? わらわは魅力は無いかのぉ」

 いきなりのウギの告白に吃驚ビックリした顔でラリーは彼女を見つめる。さっきまでの豊満な胸で、まさに放漫な攻め方をした妖艶な姿はそこに無く、ラリーの返答を俯き加減でイジイジと待っている乙女の姿がそこにはあった。あまりの可愛らしさにおもわずラリーは彼女をきつく抱き締めてしまった、後先考えず、ラリーとしたことが……。


「ラリー、ラリー、ラリー……わらわの事はウギと呼び捨てで良いのじゃ……ぐすっ……ぇぇん……もう、ひとりはいやじゃ……ぐすっ……っ」

 彼女は、ウギはラリーの腕の中でね、声にならない嗚咽を漏らして泣きじゃくっていたんだ……暫くの間……ただ、焚き火の暖かさがウギの心の氷を溶かしだしてくれるのを静かに待つしかなかった。


 一頻ひとしきり泣いたあと、ウギは目を真っ赤にしたまま一生懸命笑顔を作っていた。

「悪かったのぅ、ラリーこんなことはお主に頼むことでは無いのにのぉ、わらわも、ちと傷心だったのかのぅ、忘れてくれ。明日になればまたいつものわらわに戻るから、今だけじゃ」

 そんな風に努めて明るく振る舞うウギが無性に愛らしく思えてラリーはずっと抱き締めながら彼女の頭を優しく撫でていた。

 ラリーはきっとこんなことを見捨てておける人間には育てられていなかったのだと思う。

 幼心には育ての親となっていたセット婆さんやニネット爺さんに反感を覚えた時も数えきれない程あったはずだが、この瞬間だけはこんな思いをいだける自分に育ててくれたことを感謝していた。

 

「ウギよ、俺と一緒に来るか? あっ……勘違いはするなよ、俺も冒険者として旅をする者だった。今は暫しの間、ベッレルモ公国の聖都テポルトリに長期滞在をしているがそのうちまた旅に出るつもりだった。その時まで待てるのであれば仲間として一緒に旅をするのいいかもな。……決して、男と女の関係を求めてはいないからな! ウギ、あくまでも、な・か・まとしてだぞ!」

「えっ……! 本当か! いいのか、ラリー?」

「ああ! 男に、二言は無い! ……と思う、たぶん? それと俺も貧乏だからな、先に言って於くが……」


 やっぱり、ラリーは最後は締まらなかったがウギはそんなラリーのことなんてお構いなしに大はしゃぎであった。まあ、其れだけ喜んでくれるならラリーも決断のし甲斐があったというものであろうと思う。

 しかしながら現実問題、今のラリーは貴族の護衛の道中だから明日から直ぐと言う訳にはいかなかったようであるがそこは思案のしどころ。ひとまず、明日からの対応を考えながらも対応をウギに相談し始めた。

「なあウギ、俺が今回の仕事から戻るまでの間ひとりで待っててくれないか? 今回の仕事を途中で放り投げるわけにもいかないし、此処からお前らを一緒に連れて行くのは難しいだろう、ここ二、三日の事だから。あれなら先に聖都テポルトリに行ってても良いし、どうだろう?」

わらわは嫌じゃぞ……お主の傍に居たいのじゃ、他に手は無いのか? 何ならここでわらわが服を脱いで裸になれば良い案も浮かぶやも知れぬの」

 ウギはそう言い終わらないうちに既に貫頭衣を脱ぎ始めようとしている。

「こらっ! 脱ぐな! 馬鹿、胸が見える、頼むからやめてくれ」

 ラリーはウギが自分の服を下からまくり上げようとしているところを彼女の後ろから抱きかかえるようにして無理矢理、押さえ込んだ……筈だった。が……ラリーの両手はちょうど彼女の豊満な乳房を後ろから鷲掴みにする形になってしまった。『むにゅっぅぅ』とも『たゆん』とも筆舌に尽くしがたい柔らかな感触がラリーのてのひらに伝わってくる。

「はぁっん……ふぅんっ、やだっぁ~らめ~ラリーんっ」

 ――おいっ! こらっ! 俺は何やってんだ……。

 と心の中で思っていても言っても彼女の柔肌がラリーのてのひらに吸い付いて離れない。いや、あまりのことに動揺したラリーはその手を離すことが出来ないでいた。

 てのひらがむにむにと小刻みに動くたびに押し殺すような甘い吐息がウギのわずかに開いた口元からなまめかしく漏れ出していた。それがかすかな喘ぎ声に変わってきたところで奴がラリーを止めてくれた。

 ――ラリー! いい加減にやめんか! ぼけ~っ!

 ヴァルが思いっ切りラリーの後頭部を思いっ切り、ど突き倒してくれたおかげで何とかそこまでで踏みとどまれる事になった。

 まあ、その分、ラリーはもんどり打って倒れた訳だがこの場合は感謝するところであろう。


 淫魔の如き細やかな動きをするラリー手から逃れられたウギは、それでも暫くの間は朦朧もうろうとした意識の中にいたようである。とろ~っんとした上目遣いで彼のことを見ていたが。

「ラリー! いきなり~ぃ……は~げ~し~いっ!」

 と、嬌声をまだ帯びた言葉遣いで文句とも感想とも言えぬ言葉を呟く。

 それでも脱げ掛かって際どく捲れ上がった貫頭衣を整えながらウギはラリーに問い掛けてきた。

「ラリー、どうじゃった、わらわの感触はのぉ? いかがであろう、めかけとして十分な素質があろうぞ。これから毎日味わってくれても構わぬぞ、わらわも……気持ちが良かったのじゃぞ、お主も好きよのう」

「いやいや、流石に毎日ヴァルに後頭部をど突かれ続けていたら、そのうち

 死ぬって。今宵は俺も若気の至りだったと言うことにしておいてくれ、済まない。以後、気を付けることにするよ。」

 と、そんな呑気なラリー達のやり取りを温かな目で見つめてくれているヴァルがそこいた。


 ヨル爺にひとりコテージの警護を任せて出てきてから既にだいぶ時間が過ぎていた、そろそろコテージの警護に戻らねばならないと、ラリーは早急にこれからのことをウギと話し合っておく事にした。

 とは言っても妙案が直ぐに浮かぶ訳でも無いし。どうしたものかと唸っているとヴァルが妥協案を出してきてくれる。


 ――今日は私達は此処で夜を明かすわ、さっきのことを見てたら二人きりは危ないわね、将来はお嬢の想いを叶えて上げたいけれど出会った今日の今日であれはね、酷すぎるわ。明日の朝、温泉宿の方を訪れるつもりだから其れまで私達も護衛師団に同行できるようにお願いね、ラリー!

 ラリーも其れなら何とか近衛師団長の許可を貰う時間もとれそうだと思っていた。


 ――私達も魔力使いとしては力のある方だと思うわ、役に立てるわよ、きっと!

 そうヴァルは魔力念波でラリーに打開案を授けてくれる。

 確かにヴァルの魔力能力は疑うまでも無く最強だし、純白の『白気』の魔力気を持つウギも其れなりだろう。にべもなくラリーはヴァルの提案を了承する事にした。

 ヴァルの思いは直接はウギには伝わらない為、ラリーが自分の考えとしてウギに伝える。が、そうなったらそうなったで愚図ぐずり始めたのはウギであった。

「ラリー、戻ってしまうのじゃな! わらわ達を捨てて、薄情者! 甲斐性無しじゃな、お主」

「いやいや、そうじゃないっての。ウギ!」

 ――もう、半宵はんしょうも過ぎて日付も既に変わってるって、まあ明日の為に今夜はさっさと戻ってヨル爺を味方につけておく……のが良いかな? 

 ひとまず、その先の話はその後で良いだろうとラリーは考えていたようである。 

 愚図ぐずるウギをなだすかしてからヴァルにウギを預けてひとまずラリーはその場を後にする。ヴァルとの約束を守る為に今日出来ることをしっかり遣っておかなければと心に決めた彼であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る