リッチモンド家の護衛任務にて!

第6話改稿 リッチモンド家の護衛任務で!

 時は少し遡って、リッチモンド伯爵領地帰還護衛団の出発前に戻る。

 ラリーは先頭護衛で馬車の前にいた。まだ出発時間前だと言うので特にやることも無く、時間潰しに彼の配属小隊の聖騎士長を掴まえて、護衛メンバーのスキルの確認をしていた。聖騎士長を入れて騎士が三人、魔法剣士がひとり、魔術師がひとり……と言うことで思わずラリーは内心、ほぞをかんだ。

 ――えっ何かっ……魔術を使える者は二人だけか? 魔法剣士って言うのが俺のことだし!


 思わずラリーは自分たちが護衛するその赤い馬車を視た、二人分の魔力の『気』が感じ取れる。ひとつは『白気』だがまだ成り立てみたいで酷く不安定だった。残黒気も混じり合って白と言うよりもグレーぽくなっている。しかもこれは戦闘魔術者ではない、生活魔術者だと知感した。グレーに視えると言う理由に魔術習得履歴が歪でまずい状態とも思えた。多分、呪術系統の黒魔術からの『白気』上がりと予測していた。

 ――このままの状態は長く続かないぞ! 但し緊急性は無さそうだな。リッチモンド家の配下の魔術師にでも領地に着いたら伝えておくとするか?


 ラリーはひとまず、後回しでも問題無いとそう判断したようだった。 

 魔術は闘いだけに使われるものでは無く一般生活の中でこそ多種多様に使われている。医療や農業、水だって魔術で作り出せる、だからこそ魔術師はいずれでも重宝されるが皆が魔術師に成れるわけでは無い。

 魔力制御の能力は先天性だけに限られた人材となるが、ただひとつ呪術から能力を開花させる方法がある、それが呪いの系統の黒魔術上がりだ! これはリスクを多段に伴う事が多い、例えば生け贄を欲する場合はそれが無いと自らが呪いに侵される事になる、時には字の如く犯される女性呪術師の被害も聞く。

 馬車を覗き見た後、ラリーは何気なくひとり呟いた。

「あれじゃ、精神状態最悪だな! 始終周りに毒舌吐きまくっているな、これは! で……っ、もうひとりの気は『闘気』か! それも真紅の! サギさんのと色合いといい、強さといい、そっくりだな! これは! 中にいるのはサギさんか!?」

 次の瞬間ラリーは赤い馬車の車窓から、金髪碧眼の彼女が此方こちらを見ているのに気が付いた。お互いの目線が合ったので軽く会釈を交わす。がしかし、この小隊の護衛陣の戦力スキルを聞いていざという時に魔術師不足の実態ではサギの力にも頼らざる得ない状況を思い、少し憂鬱な気持ちになっていた。――多数の魔獣が相手だとこの布陣では、ちょっときついかもな。サギさんには済まないと思うが、『闘気』魔力気には本気で頼ることになりそうだ。

 

 ラリーがそんなことを考えていて、気持ちが暗くなって俯いてしまった。

 その結果そんなラリーの顔色を伺ってあらぬ想像で気を揉むサギの事は今は置いておこう。


 ――まあ、出るか出ないか分からない魔獣を今は気にするのは無しにしよう。


 ラリーは早々に考えるのを止めた。

 そんなことをしていると出発の時刻が来た。近衛師団長の号令でパーティー一行は出発と相成る。

 ラリーは馬車小隊の前衛を勤めながら、後ろの様子を伺うとする。ここの先暫くは殺気や敵意を感じる者は居ないようだった、今日の先行きは余り心配いらないかなと安直な思いが彼の脳裏を掠めた。まあ今日よりも明日の方が魔獣警戒区域に入るから危険と言えるだろう。

 ラリーとしては、今日はお気楽モードで過ごせれば良いけどなと不埒なことを思いつつも、周囲の警戒には気を抜かないようにう一度、彼自身の心に活を入れていたようだった。

 ――サギさんの手前、下手な真似は見せられないからな。


 ラリーも好きな子には良いとこ見せの可愛い男の子のようであった。


 一行は四台の応接室馬車と六台の荷馬車、四名の貴族と二十人の護衛人、そして十名の使用人という一大行列であった。其れがぞろぞろと街道を練り歩くわけだから周りから見ればそれなりのパフォーマンス集団に見えることであろう。物珍しさも加わり街道沿いが人だかりで埋め尽くされていた、馬車の速度に合わせて子供達もはしゃぎながら追いかけてくる様子が見られる。領主貴族にとってもおのれの存在を知らしめる絶好の機会となるので、領主としての器がまさに試される時であると同時に貴族らしさの評価にも繋がる一大イベントであった。

 このリッチモンド伯爵家は自領民に受け入れられているようだ。人だかりを追い払いもせず、車窓から手まで振って皆の声援にわざわざ応えている、道沿いにはどんどん人が集まってくるし、リッチモンド家を称える歓声も大きくなってきていた。

 ラリーが思ったのは前回、護衛した貴族との違いである、あれは酷かったらしい。


 ――前回の時は酷かったな。貴族のめいで人だかりを追い払ったが領民のそれは歓声では無く罵声と怒号だったし、しまいには領主自ら剣を抜いてしまって、民衆を斬り始めた。其れは流石に酷いので、聖騎士団長が領主をいさめていたっけな。そんな貴族領だと暴徒の争いや盗賊、山賊やらが我が物顔で徘徊してるから、魔獣よりもたちが悪いね、なまじ言葉が通じるだけに! まあ、こう言うことは護衛団の聖騎士団長から公国の方へ正式に打ち上げられるから、そのうち、あの貴族には何らかのお咎めが下るであろうし。俺もあいつの護衛だけは二度と引き受けないな!  決して!


 お気軽モードの今のラリーだったが、そんな事を頭の片隅で思いだしながらの参加でも十分役目を果たしていたようだった。


 沿道の人だかりもまばらになってきて、そろそろ街を抜けて郊外へと続く街道に出たようだった、それでも街道筋はしっかり整備されており、リッチモンド家の大型馬車でも十分通れるような道幅があった。そんな中ラリーは昔のことを思いだしていた。

 ――毎回このような貴族の大移動が街に活気を落とし豊かな生活の循環をもたらすんだと、よくニネット爺さんが言ってたっけな、幼かった俺には全然わからんかったし、しかもだよ、俺は修行とかの中で毎日が傷害致死一歩手前みたいな状況だったからね、そんなことなんか意にも介していなかったしな。まあ、ほんのまれにだが、爺さんが手加減の度合いを間違えて、俺が本当に死にかかるくらいの手前で意識を失って倒れた後、暫くして気がつくと爺さんも血みどろで座り込んでいて、俺をまるで魔王を見るような目で見つめていたことがあったけな! しかも、その後、爺さんのやつ、セット婆さんのところに急ぎ駆け込んでいって大慌てで連れてくる始末だったし……セット婆さんも俺の顔を見るなり地獄で逢った様な表情になってつぶやいてたな。『お前なんで……右目の色が……金眼色こんじきなんだ!』って。まあ、それも次の日には普段通りに戻っていてさ、何事も無かったかのように爺さんと生活をエンジョイしてたっけな!

 

 このラリーの思い出の中で出てきた、『セット婆さん』がラリーの幼き頃の剣術師匠である、世間的にはセット・M・バーション候と言って名の通った人物であったし、昨日のサギの会話にも登場したが、ラリーにとっては既に世捨て人のような生き方をしていたもうひとりの『ニネット爺さん』と世間的にはワンパックの超有名人であった。そんなふたりだったが、なぜかお互い近くに住んでいてその『ニネット爺さん』がラリーの魔術師匠だったのである。


 そんなこんなで、ラリーがひとり昔話を想い出しながら道中事無く進んで行った。と、後ろのリアーナ嬢が乗る馬車から女性のすすり泣く声が聞こえてきた。

 ――誰だろう? サギさんでは無いな! 

 

 ラリーがどうしたものかと後ろを振り返ると聖騎士長と目が合った。しかし彼の目は『捨て置けっ……!』と物語っていた事もありラリーも『まあ、聖騎士長がそう言うなら大丈夫ってことだろう』と取り合うことも無く小隊は歩みを進めて行った。

 ――後でサギさんにでも聞いてみるか? 


 ラリーは彼女との会話のきっかけを得たことで何でだか少し嬉しい気持ちになっていた。


                 § § §


 一行は昼過ぎには聖都の隣の町まで、もう少しという処まできていた。隣町はムーラスという小さな山間やまあいの温泉街として栄えている街であった。

「ここの温泉はのぅ、刀傷に効くと有名なのだよ」

 そう言って、小隊の聖騎士長は袖を捲って右腕の古傷をラリーに見せてきた。それは確かに刀による深い傷跡のようであった。「騎士には刀傷など名誉の勲章のようなものだからな」と捲り上げた袖を元に戻しながら遠方の方に微かに見える湯煙に棚引く街並みを彼は懐かしそうに見つめていた。

 そんな聖騎士長の言葉に無言で頷くラリーの身体も傷跡比べには事欠かないほど全身くまなく傷がある、でも聖騎士長のように名誉の傷なんて箇所は皆無だった。

 彼曰く「自慢じゃ無いがなんたってすべて修行の時代にニネット爺さんとセット婆さんらに付けられた傷の履歴章です」と言われるものだったからだ。自立し始めた彼の冒険者時代はドラゴンとの闘いでも傷を負うほど相手に対して遅れを取ることはまったく無くなっていたし、軽度の傷の段階で回復魔術を掛ければ綺麗さっぱり傷跡も残ることはなかった為である、はたから見ればある意味、其れってどうなんですかと言われるかも知れない。


 ――でもまああれだな、温泉ていうのは良いね! ゆっくり湯舟に浸かって心の垢を落としますか。湯上がりのエールビールなんかもいいな~っ! でも、今回は護衛任務中になるから無理だな! 今度プライベートで来ようかな? サギさんも誘ってって、やっぱりそれは何でも無理か! 


 と、ラリーがひとり思いに浸っているうちに今日の宿泊場所となる温泉宿に一行は特に何事も無く到着したのだった。


 宿についても護衛の任務は続いている、リッチモンド伯爵一行が宿に入って落ち着いた休息状態に至るまで護衛メンバー全員で警護にあたる。その後は休息組と警護組に別れローテーションを組んで入れ替わりの時間を決めておく事になっていた。

 其れとは別に婦女子警護の宮廷魔術師女性メンバーはそれぞれ奥方様とご令嬢に随行し彼女らの身辺護衛をそのまま別行動で続けていた。


 馬車隊が宿の庭先に着くとリッチモンド家のメイドやら使用人の方達がそれぞれの持ち場の仕事をてきぱきと片付けていく、ラリーがそれを感心した面持ちで眺めていると目の前の赤い馬車から着飾った女性陣が降り立つのが見えた。その中の一段と綺麗でしかも妖艶さも兼ね備えた金髪碧眼の女性に思わず目を奪われる。

 ――っ、サギさん!


 ラリーの胸中にさざめく想いに気が付いたのかは分からないが、彼がサギを目にしたのと同時に彼女の方もラリーの視線に気が付いたようであった。

「あっ! ラリー様!」

 サギはラリーを見つけると何故だか、ちょっと引きった様な微笑えみたたえながら、彼の方に歩み寄ってきた、そんなサギにラリーは声を掛けた。

「やはり、サギさんでしたか、あの魔力オーラの持ち主は」

 ラリーは自分自身納得してその様に話しかけ、サギに笑顔で応えたが当のサギの方は何故かうわの空でドギマギしているように見えた。

 ――何か俺、彼女に悪い事してたのかな? 昨日の事? なんか心配になってきたな! 彼女に嫌われてる?


 そんな思いにラリーが捕らわれているとサギが、唐突に頭を下げてきた。

 ――えっ?


 突然のサギの物腰にラリーはただポカンと口を開けて見入っていた、だかそんな彼に構わずサギが謝り始める。

「……あの……っ、ラリー様、昨日は私何か至らない事をしてませんでしたか? ラリー様に対し……って、先に謝らせて頂いてよろしいでしょうか」

 彼女が何を言ってきているのか全く理解が出来ないでいたラリーは、ただ黙り込むしかなかった。でも彼も頭の中で昨日の所作を思い出して自分自身が恥ずかしくなってきたようだった。

 ――こっちこそ謝るべきだな!


 そう思ったラリーもサギに対して腰を折って謝り始めた。

「いや、サギさん此方こちらこそ、昨日の晩はご迷惑をおかけしませんでしたか? 昨日の今日でまた、すぐに貴女あなたに会えるなんて思っておりませんでしたし」

 ――ここは、丁寧に謝っておくべきだ! 誠心誠意せいしんせいい、詫びておこう! 

 

 そんな冷や汗混じりのふたりのやり取りの最中に、ふたりに近づいてくる影があった、リアーナだった。リアーナはふたりの前まで来るとサギに向かって話しかけてきた。

「あら、サギーナ! 其方そちら殿方とのがたはどちら様ですか、お知り合いの様ですね、出来れば私にもご紹介して頂けませんこと」

 ――んっ! 貴族のご令嬢様か? こっちはサギさんとの、この噛み合わない状況打破に集中したいのに、邪魔する気か? っと俺は毒づきたいが、依頼主だし無碍むげにも出来ないし。

 

 とラリーが思っているとサギが先に動きはじめる。

 突然のリアーナの登場にひとり胸中毒づくラリーを置いて、サギがリアーナの従者として彼女の方を向いて丁寧に応え始めた。

「……お嬢様、此方こちらのお方はラリー・M・ウッド様、今回の護衛騎士団の方で、ちょうど私達の馬車の護衛小隊に配属されておりますのよ、私も彼には昨日初めてお目にかかったばかりですわ」

 そして今度はラリーの方に向き直ってから貴族のご令嬢をサギが紹介してくれた。

 ラリーとしては思いもよらずサギさんと面と向かったものだから、照れたような少しニヤけ顔付きだったのが締まらなかったが……。

「ラリー様、此方こちらのお方は、ピエール・リッチモンド伯爵のご令嬢であらせられるリアーナ・リッチモンド様ですわ」

 そんなサギの紹介に応えて先にラリーが挨拶を始める。

 ――サギさんの顔に泥を塗るわけにはいかないから、ちゃんと挨拶しておきますよ、お嬢様! じゃあ、騎士礼でもしておきますか。


 胸の内だけで良からぬ思いを抱きながらもラリーはリアーナに対して片膝を折りつつ礼を始めた。

「これはこれは、リアーナお嬢様、お初にお目にかかります、ラリー・M・ウッドと申します。以後お見知りおきください」

「ラリー様ですね、護衛任務ご苦労様でした、明日もよろしくお願いしますね、ではお先に失礼いたしますわ。サギーナも後でね」

 そんなラリーにリアーナも軽く挨拶を返してくれる。そして空気を読んでくれたのか、早々に引き上げてくれるようだった。

 ――早々に引き揚げて頂けますか。それは有り難い! 見送りは笑顔で返すよ、お嬢様!


 相変わらず心の中ではリアーナに冷たいラリーだった。

 ――お邪魔な、お嬢様も宿舎にお帰りくださったしと……えぇ! 

 

 と、ラリーが気持ちを切り替えながら勢い込んで、サギの方に向き直ると何故か彼女が微妙に怒っている様に見えて思わずたじろぐ。

 ――サギさん! お嬢様を無碍むげにしたことを怒っているのかな? それとも、オレナニカマタシツレイナコトヲシマシタカ?


 ラリーの頭上には其れこそたくさんの疑問符鳥なるものが飛び交っていた。彼にとって何がなんだか分からないうちにサギとの楽しいひとときはあっという間に終わりを告げたようだった。

 その後はサギとの会話も途切れて、二人とも差し障りの無い挨拶だけになってしまっていた。サギも流石にそんな状態でいたたまれなくなったのか、早々にリアーナの後を追いかけて宿舎に入っていった。

 ――まあ、ここで無理に引き留めて、それこそ、きらわれるのもいやだし……くっ! そんなんで落ち込んだ気持ちに鞭を打って仕事に没頭する事にしたよ! 今回は護衛任務で流石に酒に頼るわけにも行かないから、嫌なことを忘れるにはそれが一番さね!


 と、サギがラリーのもとを去った後、彼の寂しい胸中を知る人は今は誰もいなかった。


                 § § §


 今回の温泉宿の相部屋仲間もいつものガアーリとフランになっていた。

 彼等かれらはギルドの冒険者ランクではDランクの冒険者で、今回が大型の任務としては初めての経験となるらしい。まあそんな二人だがいつもつるんでいるように見えて実は個々の情報収集能力を競い合わせているような点があることをラリーは知らなかったようだ、残念な事に。まあ、そうは言ってもふたり共その情報の全ては女性趣味絡みの内容におもいっきり偏ってはいるのだが、たまには魔獣関係の情報を取ってくることもあった……ようだ。

 でも今回は彼等の入手情報にラリーは諸手を挙げて感謝することになる……のだった。


「おう、ラリー、いいかぁ?」

 フランがニコニコしながらラリーにそんな風に問い掛けてきた。

「ラリーのとこの小隊って、リアーナお嬢様の護衛だよな? 間違いないか? なぁ!」

 そう言うことをなんの脈絡も無くフランが聞いてくる。いつものことだから特にラリーも気にした様子は無く素直に彼に応えていた。

「あぁ? その通りだが、何かあるのか? 問題でも?」

「いやっね、問題って言えば、問題かな? まあ、そうかもな」

 ――何じゃそらっ? 相変わらず質問の意図の読みにくい話をする奴だよ! そんなんじゃ、話の意味もわからないじゃないか!


 これもいつものことながらラリーは心の中でフランに毒づきながら、苛つくように問い返した。

「……っう、さっさと要点を言え! フラン!」

「ラリー、まあ、そう怒りなさんな! ってぇの」

「わかった、悪かった!」

 ラリーの扱いはフランの方が一枚上手のようだ。そんなフランも話しの流れで続きを喋り始めた。

「おうおう、素直で良いねぇ。お前の小隊の宮廷魔術師のお嬢さんの事だよ。彼女、ギルド冒険者登録してるんだってな。ギルド内じゃ相当有名人らしいな。戦乙女ワルキューレ四十八人衆-非公式ファンクラブでトップ人気らしいぜ。今日の護衛連中なんか即席のファンクラブ作ってるぜ、でだ!」

 フランは勿体ぶった言い回しで、更にラリーの興味を引こうとしている。其れに食いつくようにラリーが詰問し始めていた。


「ファンクラブか? 戦乙女ワルキューレ四十八人衆ね。まあ、目立つしな! 其れがどうした? 人気者にファンが付く、別段珍しくは無いだろう? それともなにか、彼女のファンがまずいのか?」

「いやいや、ファンはファンだよ。まずくは無い! 問題はその人気そのものだ。リッチモンド伯爵の耳にその話が入ったらしくてな、そこだ! そんなんだったら是非見てみたいってね、早速、彼女に会いに行ったらしいんだがリッチモンド伯爵も一目でほのだったらしいぜ! 即、側室にってな! その場で求婚したらしいよ、あの親父!」

「側室にって、伯爵って五十過ぎのいい歳だろう? 奥方様は其れでいいのか?」

「それそれ、平民のくせに小娘ごときが! 旦那様をたぶらかして! って! 怒り心頭だってさ」

「はぁっ! 」

 知らなかったとはいえ、サギの身に起こった災難にラリーは驚くばかりであった。そんな胸中を知ってか知らずかフランは話しを続ける。

「ラリー、最大の問題はまだ次だ。奥方様は彼女を敵視しているんだが、ご令嬢様は何でも彼女のお味方らしいんだな、これが!」

 ――へっ! さっきのお邪魔なリアーナお嬢様か? さっきの様子からはそんな風には見えなかったがな?


 ラリーはつい先程、サギから紹介された時のリアーナの事を記憶の端に呼び起こしながらそんな風に思っていたのだが、更にラリーに取っては衝撃的な情報をフランは与え始めたのだった。

「なんでも、今日の馬車の中で随分と意気投合してたらしいぜ、女子会の恋話こいばなで……彼氏がいるとかいないとか、そんな事らしいが……結論、片思い中だってさ、戦乙女ワルキューレ四十八人衆ナンバーワンが! 良い情報だろう! しかし一体、誰なんだろうなぁ~片思いの相手って? ……羨ましいぜ! ちくしょうが!」 

 ――そっか、やっぱりもう居たんだ、彼氏候補が! サギさん! まあ、そらそうだよな、貴女は! あぁ、昨日の今日で、もう失恋か! 俺も儚い恋路だったよな……。


 そんな話しの矛先が本当はラリーの事だとは話題の当人も気づきはしなかったようだ。恋愛感情にはまったくの奥手の彼であった。そんな落胆したのかしていないのかラリー自身も良く分からない状況のようだが話しの流れでフランにラリーは残った疑問を投げかけていた。

「でさぁ、フラン今の話の何処が問題なんだぁ?」

 ――やっぱりフランの話は読みにくい、俺にとっての問題はサギさんが伯爵様から求婚されたと言うところだが、側室とはなるが平民の娘が伯爵夫人だ! 大出世であることには違いないし彼女にとってもいい話であることには違いない。でも、フランの話では問題は違うところらしい? リアーナお嬢様がサギさんの味方のどこが問題なんだ? 


 力なく問い掛けてきたラリーにチッチッと舌を鳴らしながらフランが応える。

「ラリーよ! わかんないかな~っ?」

 

 フランはラリーの目を覗き込みながらしたり顔でそう聞いてくる。

 ――嫌な奴だな! お前の話しの筋道で解るわけ無いだろう!  怒鳴ってやろうか? くそっ!


 苛つく心のラリーにはフランの斜め上の思惑など知るよしも無かった。そんな彼にフランはどうだとばかりに宣言を始めた。

「自分の娘と旦那が敵よ! 伯爵夫人に今、味方がいないんだぜ、ご傷心の夫人の心を癒やすのは俺の役目さ!」

「……はぁっ? ……へっ?」

 間抜けな呻き声がラリーの口から漏れ出ていた。

 ――こいつは正真正銘の馬鹿だ! 阿保か? 俺は返す言葉も無くしてたよ。


 ――全く、真剣に相手をした俺が馬鹿だった。つくづく々そう思ったよ! 今の話しでそんなことを思う方が可笑しいだろう。まあ、話しの筋は置いておいても、至極真面目に思い込んでいる事は確かなようだから。取り敢えず此奴は放っておこう!

「俺は、温泉に行ってくるから……」

 ラリーは伯爵夫人との目眩めくるめく色恋沙汰に妄想を巡らせている馬鹿なフランの事は放って置いて、ひとり温泉浴場へと向かうことにしたのだった。


 サギが伯爵に求婚されたと言う噂話はラリーの気持ちを暗闇に落とすには十分な衝撃を持っていた。おもいっきり落ち込み、トボトボと俯いて歩く彼の心は完全に放心状態だった。お陰で魔力探知もせず、俯いたままで前すらよく見てもいない状態である。そんな有様の中、見通しの悪い通路の曲がり角でいきなり人と鉢合わせにぶつかる始末だった。しかも、鉢合わせでぶつかった相手が当のサギだったと言う落ちまでついてきた。

 二人して縺れ合うように床に倒れる。しかしそこは流石にラリーのことだった、咄嗟にサギの身体を抱き寄せくるりと身体を入れ替えるようにしてラリーは自分の背を犠牲にして彼女を庇った。

 気が付いたときには、ラリーは床に仰向けに寝転んでいた、無論、サギを彼の胸の中にきつく抱き締めたままで……。

「「…………」」

 お互い何となく無言のまま時が流れていく。ラリーはサギを、サギはラリーをふたりは抱き合ったままでお互いを見つめていた。

 ラリーの腕の中で息づくサギの甘い吐息が彼の心に愛おしさの歓喜の魔力をさらに流し込んでいく。『もっともっと! 強く抱き締めてっ!』と……。

 咄嗟の事とは言え思わずラリーはサギを抱き寄せた腕に力を入れてしまった。

「っ……はぅ! ……っ」

 サギのうめき声にハッとラリーは我に返って、彼女を彼の呪縛から解き放った。

「あっ……、ご……ごめん!」

「…………」

 サギは顔を真っ赤にして、うつむいて押し黙ったままだった……。ラリーはもう一度言う。

「ごめ…………」と、言い終わる前にサギが言葉を遮った!

「謝っては嫌です! ……謝らないで、お願い……ラリー様!」

「…………ぁ」

 言葉にならないラリーの声に被せるように、さらにサギの言葉が紡がれる。

「お願い……します」

「…………わかった、謝らない!」

 ラリーは少し逡巡したあとそう答えた。

 その言葉を聞いた後、サギはラリーの胸元から緩やかに立ち上がると、その美しいまなこで優しく微笑みを返していた。

 そして、二歩三歩と後ろに下がったかと思うと、くるっと踵を返して駆け去っていった。

「あ……っ」

 ラリーの息をのむ声だけが無情にも廊下に木魂こだましていた。


 ラリーは腕の中に残ったほのかに薫るサギの移り香に心をくすぐられたまま……暫くは動くことすら忘れていた。

 ふっと、気を取り戻すと足下に落ちている小綺麗な小冊子に気づいた。

「……んっ! 何だこれ?」

 冊子を拾って手に取って見たとたん、表書きの文字に目を見張った。

「『サギーナの乙女日記』……えっ!」

 ラリーは自分の心の中の邪鬼がムクッと起き上がる音を聞いていた。


 ラリーは偶然にもサギの日記を拾ってしまった。その日記は手のひらよりも少し大きい程度の冊子で厚手の革で出来た表と裏表紙をロックするように鍵の付いた革バンドが付いていた。

 しかも、鍵というか本人承認時のみ開封可能なように念入りに罰則呪術が掛かっているようだった。

「未承認開封時の罰則呪術は雷撃魔術か? 無闇に開けるべからずだな、これは!」

 そうは思うがラリーは覗いてみたい欲望に駆られてしまって、先程、起き掛かった心の中の邪鬼が自分の心を更にくすぐるのを隠せなかった。

 ――とは言ってもね。

 思わず鍵にラリーの手が掛かる……っと、何処からか天使が語りかけてきた。『駄目だよ、彼女を裏切っちゃ!』と。

 ――って! 俺は何を為ようとしている? 

 

 そんな心の中の葛藤からハッと我に返って何とかラリーは踏み止まった。彼の心の中では天使が邪鬼にさらりと子守唄をかけたようだった。

「……やっぱり、いかんな、これは! ……届けに行こう……」

 と、ラリーは思ったものの既にサギの姿は見当たらず、宿舎の彼女の泊まっている部屋も知らなかった。

 まあ部屋の件はサギの魔力を探索する事で特定は可能だが(真紅の『闘気』はもう、ラリーの魂が覚えたからけっして間違えはしない! と言いきるラリーである)後で彼女からストーカー行為の疑いを掛けられてしまうのも気分としてはとても嫌なのでなんとか其れは避けたかったようだ。

「うむっ……」

 このまま、日記を持ったまま温泉浴場に行くわけにも行かず、一旦、ラリーは自分の宿泊部屋に戻ることにした。


 部屋に戻ってドアを開けると、はたしてフランが惚けた顔でまだぶつぶつと独り言を呟いていた。

 ――あっと、此奴こいつが居たんだ、日記を見られると拙いな。

 

 ラリーは瞬時に手元の日記を後ろ手に隠した。そんなラリーに気付くこと無くフランがひとりぼやいている。

「伯爵夫人は、俺が……」

 ――ほんと、此奴こいつ! 正真正銘救えない阿呆だな!

 

 そんな嘆きをラリーは心で思いながら、いそいそと部屋に入っていった。

「あれっ? ラリー如何どうした? もう、温泉浴場から帰って来たのか? そりゃ、早いな……烏の行水だな!……んっ、何を隠してるんだお前?」

 フランがやっとラリーに気付いて声を掛けてきた。ラリーの行動が挙動不審しすぎていたようで、いぶかしがられてしまったようだ。全く、厭なところが鋭いフランだった。


「おっ……おう、何も隠してなんかいませんよ~っ。いや~忘れ物だよ、わ・す・れ・も・の! ちょっとね! はははっ!」

 何とか誤魔化そうとしているラリーの演技だがあまりにも酷かった。其れに彼の乾いた笑いが事実をさらに白日の下にさらそうとしていることにも気付け無かったようだ。これでは流石にフランの目も誤魔化せはしないだろうと思うのではあるが。

 ――誤魔化し切れたかなぁ~っ!

 

 ラリーはそう不安を募らせつつも、何とかフランの眼を逸らして日記を彼の鞄の中に仕舞い込んだ。

「……んっ!」

 と唸りながら、フランはジト眼でずっ~とラリーの行動を見ていた。

 そんな視線に抗いながらも取り敢えず目的を達したらさっさとずらかるに限るとばかりに、長居は無用とラリーはその場を後にした。

「また、温泉浴場に行ってくるわ!」

 フランにラリーはそう言い残して、そそくさと部屋を後にした。

 ひとり部屋に居残ったフランはラリーのその台詞に急に反応しだした、そして彼の阿呆な叫び声が部屋中に木魂していた。

「……んっ! 温泉・よ・く・じ・ょ・う! 温泉で欲・情! かっ?」

 ――おぃ! 頭の中、腐乱ふらんしすぎだよね、フランさん!


 背中でフランの叫び声を聞きつつ、彼の脳天桃色状態に救われた感を心で思いながらも部屋をあとにしてラリーは一息付いた。

「……ふうっ! 全く冷や汗もんだったな、ガアーリまで居なかったから良かったものの、どうなることかと思ったわ! くわばらくわばらっと!」

 そんなことを呟きつつラリーは再び温泉へと急ぎ向かっていった。


「ふ~っ! いいお湯だな」

 ラリーは温泉浴場に着いたが早いか、さっさと脱衣してお湯にかっていた。硫黄の香りが鼻をつくが其れがさらに温泉の効能を呼び覚ますようで悪くは無かった。しかもお湯に溶け込んだ硫黄成分が肌を適度に刺激してまさに極楽感にひたっていた。

 ――聖騎士長の言ったとおり古傷に効きそうだ、じわっと沁みてきたよ。

 

 ラリーは大の温泉好きであった。

 温泉には、内湯に数名入っているが外湯にはラリーひとり、貸し切り状態だった。だだっ広い湯舟の中で彼は手足を思いっきり伸ばしていた。

 ――心が解放されて悩みも悔いも忘れさせてくれるようだ。

 

 ご機嫌な調子で鼻歌でも歌いたそうなラリーである。

 そんな彼がふっと、人の気配を感じて振り返ると大きな刀傷の付いた右腕が彼の眼に入ってきた。

「……聖騎士長!」

「いやぁ、湯加減はどうかね? ラリー君」

「最高ですよ。貴方あなたのおしゃった通りですね、生き返る心地ですよ」

「そうかね、それでは一緒させて貰うよ、いいかね?」

「どうぞどうぞ」

 聖騎士長の問いに素直にラリーは同意した。彼はラリーが発したその言葉に応じてゆっくりとその大きな身体を湯舟に沈め始めた、そして少し熱めの湯加減に眉根を寄せつつも満足そうに笑みを浮かべていた。

 ザッバーンと大量のお湯が湯舟から溢れ落ちる。

「っん~ん! いい湯加減であるの~ぅ」

 聖騎士長は本当に気持ちよさそうに唸り始めたのだった。


 夕闇が迫る山間の温泉宿。どこからとも無くたおやかな風が吹く中、遙か彼方からではあるが魔獣やら獣やらの遠吠えが聞こえてきていた。その声を聞き、ラリーは自らの警戒心を明日に向けて研ぎ澄ます準備に入ろうと気持ちを切り替えることにした。

「明日はちょっと気合いを入れ直さないと!」

 そんなラリーの言葉の裏にある緊張感の変化を察したのか聖騎士長が訊ねてきた。

「君は……ラリー君は魔界の噂を知っているかね? 先代魔王が蟄居謹慎してそのむすめである魔女王が王位を引き継いだと言う。魔族の争いもこの世界、他人事では無いのでな。先代が謹慎処分と言うのも穏やかな世襲とも言えないが王女が引き継いでいると言うのもなぁ? 何か一枚も二枚も裏が有りそうで怖い話しに思えるのだがのぉ!」

 その話しはラリーも聞いたことがあった。魔族は基本世襲制でしかも同族の血縁を最も尊ぶ、基本同族縁者の間での婚姻を好む。人間界では不浄タブー視される、近親婚、近親姦の類いである。

 魔族の頭領である魔王族は兄妹か姉弟以下の近親婚しか認められ無いという。その血の濃さが魔王族のみが持つ黄金目きんめの『覇王気』を伝える世族継承に繋がっているらしい。今の魔女王にはまだ嫁ぐ相手が決まっていない。先代正室・側室に男子の御子が出来なかったと噂では伝え聞く。

 まあ、淫魔の如き魔界族に浮気にての落とし子が先代・先々代の魔王には居なかったとは誰も思っていないが! 魔族はその数こそ人間から見れば遙かに少ないが寿命はくらぶべくも無い、先代の魔王は八百歳を越えているという。であるから密かに生きているであろう落とし子の成長した青年を探せば良い、目印はまさに眼になる、魔王族のみが持つ黄金目きんめの『覇王気』と言う比類無き魔力の持ち主を探せば良いだけのことだ。

 聖騎士長の話しにラリーはにべも無い返しをしてきた。

「考えすぎでは? 聖騎士長。魔女王には全く一枚も裏は無いんではないと思いますよ、自分は」

「んっ! どうしてそう思うのか?」

「だってですよ、近親婚しか認められ無い魔王族ですから、このままじゃ魔女王は父親の魔王との婚姻しか無いんですよ。そりゃ、嫌でしょう! 魔女王だって? どこかで異母兄か弟が見つかるまで親父は絶対拒否でしょう! だから蟄居謹慎! 魔女王から見れば其れが一番安心でしょうし」

 としたり顔で答える俺である。

「なっ……ぇ! ……なるほど君の言う通りかも知れないな~?」

 聖騎士長はあきれ顔でそう返してきた。


                 § § §


 そんな話しで盛り上がった温泉の外湯の座談会、いい加減に二人とも長湯で茹だってきた。そろそろ、湯舟から上がる頃合いである。

 最後に気になっていた事をラリーは聖騎士長に聞いてみることにした。

「サギーナさんの事なんですけど、お尋ねしても宜しいですか?」

「何だね? 改まった物言いで? 夜這いに行くために部屋割りの確認かね? 淑女の部屋割り情報など本来なら、最重要機密事項であって他言無用の案件なのだが……ラリー君のたっての望みとあらば致し方ない(まあ、ニコラス師団長がイカルガ伯爵から今回の旅程で是非とも二人の中の取り持ちを宜しくと頼まれてもいることであるから……)、貴殿にだけ特別にお教えいたそう。しかも、今回はあのリッチモンド伯爵が年甲斐も無く横やりを入れてきておるからの、全くあのエロ伯爵には困ったものよ。で、サギーナ嬢の部屋は□□□□□□□である! あと、サギーナ嬢の部屋へ行く場合はニコラス師団長からの伝言で、明日の朝、出発前に師団長の所へ来て欲しい。……と伝えると良いぞ話しは通してある。では、ご武運を祈っておるぞ!」

「……いや、その~っ?」

 自分の言いたいことだけ告げると聖騎士長は湯舟から颯爽と立ち上がり温泉から去って行った。

「はぁ……っ!」

 ラリーの深いため息は湯気と共に夕闇迫る温泉宿の空に吸い込まれていった。


 取り敢えずラリーも長湯になってのぼせてきたので早々に上がることにした。外湯から内湯をへて脱衣所へと向かう。湯上がりの火照った身体から汗がしたたり落ちて、とてもじゃないがまだ服を着る気にはなれ無かった。脱衣所の長椅子に腰をかけてタオルで汗を拭きながらサギの落とし物である彼女の日記の返却方法を思案していた。

「まあ、聖騎士長のご厚意に甘えて、正攻法で行くしか無いな?」

 と、ラリーは決心が付いたところで服装を整えてから日記を取りに部屋へと戻ることにした。


 部屋のドアを開けて壮絶な事件現場をラリーは目撃することになった。

「なっ~に~ぃ!」

 部屋の中で、相部屋の二人……そう、フランとガアーリが床に仰向けに倒れていた、二人とも白目を剥いて!

 二人の様子はまるで雷の直撃を受けたかのように上半身の服は所々焦げたり、穴が開いていて見た目にもぼろぼろだった。髪の毛なんかちりちりになってアフロヘアーの髪型に変わっている。

 そして、フランの手には……身に覚えのある冊子が握られているのが……見えた。

「お前ら! あっ! バ・カ・ヤロウ!」

 もう、見るからに此処で起こったことは歴然としていた。

 自業自得の奴らには慈悲の心も湧いてこかった。此奴らはこのまま放っておこう! フランの手から冊子をもぎ取るとラリーは急ぎ部屋を後にし、そのままサギの部屋へと向かったのだった。


 サギの部屋は離れのコテージだった。リアーナ嬢の大部屋を中心に周りに小部屋が配置された形をしている。その小部屋のひとつがサギに割り当てられた部屋になっていた。

 無論コテージの周りには護衛騎士団のメンバーが常時警護をしていたので、好き勝手には入れない。ラリーは聖騎士長の計らいに感謝し、護衛の騎士にニコラス師団長からの伝言をサギに伝えるべくここに来た旨を伝えた。護衛の騎士の了承を取り付け、コテージ側の庭の中へと足を踏み入れると何故か部屋の外のその場に彼女……サギがいた。


「サギさん……!」

 夕闇のとばりの中、月の光を浴びて地表に降り立った聖女の化身のような彼女がいた。絵にも描けない美しさとはこのような絵柄なんだろうなあとラリーは何の気なしにそう思っていた。そして溜息とも付かない感慨余韻が残る呼びかけを発していた。其れに呼応するようにサギがラリーの方に振り返った。そんなサギの瞳に見つめられてラリーはハッと我に返った。

「あっ! ラリー様? どうして此処ここへ? 如何為いかがなされたのですか?」

「月の女神が舞い降りてきたのかと思っておりましたが、やはりサギさんでしたか。こんな夜更けにお一人で? 宜しければ、ご一緒させて頂いても宜しいですか?」

 今宵の月の淫力か? すらすらと歯の浮くような言霊が口をいて出てくる自分に、ラリー自身どうしたんだ、俺! とでも思っていた。

「どこからとも無くたおやかな風が吹くので、ついつられて舞い出てしまいました、寝具ねぐの装いのままなのであまり見ないで頂けますか。」

 確かに、彼女の服装は薄手の透き通るようなころもまとっただけで、月の光が彼女を裸身の妖精のように見せている。見ないでと言われてもつい見惚れてしまうラリーだった、確かに目のやり場に困って月の光と交えて赤面している彼の表情ももはや今宵の絵画の一部になりつつあった。

 ラリー自身も己の頬が赤面して熱いのが手に取るようにわかるであろう。なるべく彼女を直視しないように目を逸らして話しを続けようとするがそれを彼女が許さない。見ないで下さいと言っていた言葉とは裏腹な仕草だった。ラリーの視線の先に回り込むようにして、サギは小悪魔のような微笑みを投げかけてくる。これでは、彼女から目を逸らす事なんてラリーは一瞬たりとも出来なかった。

「あら、ラリー様、お顔が赤いですよ。お酒でもたしなまれました? くすっ!」

 ――サギさん絶対わざとやってるな。くっそう!


 ラリーはサギにもてあそばれている感、満載のまま心の中でそう思っていた。 

「サギさん、お願いですから、あまり虐めないでください。俺も男ですから! 理性の限界ですよ! 伯爵夫人候補の貴女あなたに……」

 その言葉に彼女の顔色が蒼白に変わっていくのがわかった。

「ラリー様、なぜ貴方あなたがそれを……!」

 サギさんが目を剥いてラリーを見た!

「サギさん、この話は皆、知っていますよ。伯爵様がサギさんに求婚をされたと! おめでとうございま……」

 そんなラリーの言葉を最後まで言わせないように、彼女が言葉に被せてきた! そして彼女の目が青色から真紅へと変わり始めてきたのが手に取る様に分かった。

「ラリー様の馬鹿っ!」

「なぁっ! ……っサギさん!」

 次の瞬間、サギさんの左の手のひらがラリーの右頬を強烈な勢いで打ち抜いていた! (サギさん、左利きだったんだっ)場違いで阿呆なつぶやきと共に、ラリーの意識は闇へと落ちた。


                 § § §


 ラリーは後頭部のやけに暖かくて柔らかな何とも言われぬ感触と鼻腔をくすぐる甘い薫りの刺激の中でゆっくりと目が覚めた、暫くは彼自身、自分の置かれている状況が掴めず、しなやかでかつ柔らかな何とも形容し難い心地よい刺激に酔いしれていたが、はたと気がついて全身から冷や汗が吹き出すのを覚え始めた、なんとサギの膝枕の中にラリーはいたのだった。

 コテージの庭にあるベンチに仰向けの状態で寝かせられて、しかも彼女の膝枕でぐっすりと睡っていたらしい。

 勿論、極上の感触をこのままずっと味わっていたい気持ちもあったが流石にそれはとがめた。それと、彼女もこの状態でうつらうつらと舟を漕ぎながら寝入っていたようで、前屈みになる姿勢は、はからずも俺の鼻先に彼女のその豊満な双峰を極限まで近づける事となっていた。今の彼女の寝具ねぐの装いは究極の薄着の状態である。このままではラリーの理性のたが呆気あっけなく崩壊するのは自然の摂理と思えた。ので、もう起き上がるしか無かったのだが。そしてサギの魅力に勝る者は無く勿論、彼の下半身だけは既にささっとあるじの意思とは別に立派に起き上がっていたようだったが……無論、寝起きの生理現象で有り邪念の産物では無い……だろう……多分……と、彼の心の中で静かな葛藤があったことだけはサギには内緒にしておいてあげよう。

 ラリーはサギを起こさないようにそっと自分の頭を動かし始めた、本当にそっとである。でも、ラリーの究極の気遣いも空しく敏感に彼女は反応してしまった。

「んっ! ……きゃっ!」

 サギはラリーが目覚めたことに気づいて軽く身を起こそうとしたが不自然な姿勢で寝入っていたためか体が固まって自由がきかなかったようだった。その為、彼女は膝ごと上半身を起こしてしまった。もちろん、ラリーの頭を膝に乗せたままの姿勢で……。 

 グギッッ! 急激な頭の移動で彼の首筋が悲鳴を上げる。

「うっ……てっ痛っ!」

「あっ! ラリー様、ごめんなさ……えぇっ~っ! そんなぁ~っ! いやぁ~ん」

 サギは身体の自由がやはりまだ利かないのか、もんどり打って後ろに倒れ込んだ、当然、俺を膝の上で抱えたまま……二人してもつれるようにベンチの上から落ちたのだった。


 次の瞬間、ラリーはサギの上に覆い被さっていた。丁度、彼女の胸の谷間の中におもいっきり顔をうずめるかたちでだ。で、羨ましいというか災難というか、このふたりの運命はそんな事ばっかりのような気がする。当のラリーも胸中、そう思っているだろうが言葉には出来ないだろう。

 ラリーは急ぎ身を起こして彼女の胸元から顔を離そうとしたがそれは叶わなかった。

 サギが……彼女が両腕でラリーの頭をしっかりと抱きしめたからだ、まるでその胸元に彼をかかえ込むかのように……。

 彼女の柔肌がラリーの頬に身悶える様な色香を伝えてくる。だが、このまま溺れているわけにはいかないと己の心を押し殺してラリーはサギに話しかけた。

「あっ……サギさん、ご……ごめん!」

「…………!」

 サギは、その胸元にラリーをかかえ込んだまま押し黙っている。彼はもう一度言う。

「ごめ……っ……」と言い終わる前に彼女が言葉を遮った!

「謝らないで、お願い! 私が好きで貴方あなた様を抱き締めているんです、謝られては困ります! ……それとも私のことをお嫌いでしょうか? ……ラリー様!」

「……ぁ、いや、そんなことは……」

 さらに、彼女の言葉が紡がれる。

「お願い……します」

「……わかった! あやまらない……それに、サギさんのことは……自分も好きです!」

 彼女の心臓の鼓動が一気に早くなっていくのが感じ取れた、ラリーの頬が彼女の柔肌を通じてその体温の高まりと共に……彼女の心の内を伝えていた。

「ほ……本当ですか? ……ラリー様!」

 サギが恐る恐る聞いてきた。

 ――俺の言葉には本気、本音、一遍たりとも淀みも無い!

 

 そう思いラリーはその言葉をそのまま吐き出した。

「サギさんに、嘘は付けませんよ。……でも……!」

「でも? ……っ?」

 サギの言葉が一瞬、不安そうに言い淀んだ。まあ、彼女の不安要素とは全く違うお願いを彼はこれからするのだが、これも、男としては本音では無いが実際のところ、本当の気持ちとしては真逆だったろうと思うのだか。

「俺も、男としてはずっとこのままでいたいところです。が、もう息が…………っく苦しい~んっ」

「あぁっ……御免なさい! 気が付きませんでした」

 サギは、はたと気づいて抱き締めていた腕を緩めてラリーを急ぎ解放した。名残惜しさは尽きないがここで本当に息絶えたら洒落にならないとラリーは思っていたことだろう。

「はっ~ふう~っ」

 おもいっきり深呼吸すると目の前の闇が消え去り視野がはっきりしてきた。そんなラリーの様子を見てサギがもう一度謝ってきた。


「本当に、御免なさい!」

 一息、息を整えてからラリーは彼女に応える。

「いやいや、サギさん謝らないで下さい。それじゃ男として立つ瀬が無いですよ。傍目には良いおもいをさせて貰ったわけですから……」

 彼女に向かってペロッと舌を出してそう軽口をたたくラリーだった。

 サギはちょっと気分を害したのか、じと~っとした目でラリーの事を睨んできた。

「……ラリー様って……けっこう……むっつりス・ケ・ベなんですね!」

「……まあ、俺も一応、男ですから……サギさんほど美しくて妖艶な女性を目の前にしては……」

 とラリーがそんな心の内を言い終わらないうちに、サギは再び彼の首筋に手を回して抱きついてきた。ラリーの台詞せりふに気分を良くしたのかにこやかに微笑みながら、耳元に唇を寄せてそっと呟く。

「……そんなラリー様もかわいいですこと!」

 そして、離れ際にラリーの頬に優しいキスの感触をおいていったのだった。

 ――今日は良い一日になったなぁ~。


 蓬けた顔が締まらないラリーだったがそんな胸中、彼の想いは闇夜に吸い込まれていった。

 

「ラリー様、そう言えば何かご用事があったのでは?」

 二人並んでベンチに腰掛けてお互いに今日起こったことを取り留めも無く話し込んでいると、突然、思い出したかのようにサギがラリーに聞いてきた。

「あっ! そうだった! 忘れるとこでした、危ない危ない~っ。はいっ、これっ! サギさんのですよね! 先程、廊下でぶつかった時に落とされましたよ!」

 そう言って一冊の日記を彼はサギに渡した。

「うあぁっ! これ私の日記っ! 探していたんです! さっきも心配で眠れなくて……それでつい外に出ていたんですのよ! ありがとう御座います。ラリー様」

 と受け取って直ぐに彼女は冊子の異変に気づいたらしい。疑いの眼でラリーのことを睨んできた! 

 ――きたっ! 

 

 さっきの電光石火の平手打ちの件もあり、即座にラリーは身構える。

 と、サギは、『ふっ……ぅ!』大きく溜息をつくと今日二度目のじと~っ目を彼に投げてきた。

「もしやと思いますがこの日記をラリー様? 盗み見されました?」

 ブルブルと千切れんばかりにラリーは首を振って、きっちり否定をするのだった。

 そうして本当のことは話しておかないと失礼であると、ラリーの相部屋のフランとガアーリの二人の仕出しでかした事の顛末てんまつを説明し始めた。

「そうでしたのですね、であれば冊子に施した呪術の発症が二回分在ったのも合点がいきますわ。でも、そのお二方はその後どうされたのですか?」

「親しき仲にも礼儀ありって言うじゃ無いですか、自業自得の奴らには慈悲の心も湧かない。そのまま捨て置きました!」

「あらっまあ。ラリー様って、結構古風と言うか……そ、そうなんですか?」

 ビックリした顔つきでサギがラリーの顔を見つめてきた。

「そうですか? 自分的には当たり前だと思いますが? 反倫理的行為はニネット爺さんやセット婆さんにばれたら、即~っ折檻でしたよ……俺の幼い頃ならば」

「うふっ、やっぱり、ラリー様って面白い方ですこと、その英雄様達のところでお過ごしなられたのですか? 幼なじみの方とかは? 例えば女の子のお友達とか……?」

「ずっと一人でしたから……爺さんと婆さんしか居ませんでしたし……残りは修行で特に……無いですね」

 何故だかサギ思うところが在るのか、満面の笑みで納得顔をしていた。其れとは別にラリーとしては其れが普通だよねと信じ込んでいたようだった。

「わかりましたわ、ラリー様を信じますわ!」

 サギさんは、すごいにこやかな笑顔になって、ラリーに微笑み返してきた。

 その後も、暫くそうやってお互いの身の上話に花を咲かせてから宵も押し迫ってきたので、後ろ髪を引かれる思いだったがその場で彼女とお別れをした。最後、別れ際にサギは二度目のキスをラリーの頬にしてくれたのは余談である。

 ――あっ、伯爵夫人候補になった件どうするんだろう、サギさん? 聞きそびれてしまったかな? まあ、その件はほとぼりが冷めてから聞くことにしよう、あんな平手打ちは二度は貰いたくは無いからな。


 折角、別れ際にサギから熱い抱擁と柔らかな頬キスを頂いたというのに、まったくトンチンカンな事を思っているラリーの事は暫く放っておくことにしよう。


 コテージの庭先で迎えた、サギとの思い出深いひとときもあっという間に過ぎ去って、名残り惜しそうに去って行くサギの後ろ姿を笑顔で見送った後、ラリーはひとりその場から離れて出口に向かった。そこで警護の護衛騎士団メンバーから声を掛けられたのだった。

「君は、フラン君、ガアーリ君と同室だったよね、もしかしてこれから部屋に戻るのかい?」

「ええ、そうですけど、其れが何か?」

「いやねぇ、彼等と護衛勤務の交代の時間なんだが、一向に現れないものでね? 呼びつけに行くにも持ち場を無人にするわけにはいかないから困っていたんだ。申し訳ないが彼等の呼び出しを頼まれてくれるかね」

「……ぁあ!」


 ラリーの脳裏に相部屋の二人、そうフランとガアーリが床に白目を剝いたまま仰向けに倒れていた姿が蘇った。あの状態なら呼びつけに行っても無駄であると、即座に結論に至った。

 ――これは二人とも欠勤だな。んっ……なんて言っておこう?

 ラリーはちょっと思案してから返答したのだった。

 

「あっと、彼等二人なら食あたりか何かで、部屋で唸ってますよ、多分動けないんじゃ無いかな?」

 彼等が動けない事は嘘では無い。まあ、動けないと言うよりも動かなくなっているが正しいが……。

「えっ、そうなのか? そのような報告は聞いてはいなかったが? それは困った、代替え要員を至急調整しないと……とは言え、どうしたものか?」

 ――やっぱり、困りますよね、其れはそうだ。ひと肌脱いであげますか、ここは。

 そしてラリーはさっきのサギとの思い出が重すぎて眠れそうも無い自分の精神状態をしっかり自覚していた事から、自らを代替え要員として立候補する事に決めた。


「もし宜しければ代わりに自分が交代しましょう。ただ自分だけなので、もう一人調整してきてもらえますか? 其れまでは自分ひとりで大丈夫でしょう。特に今夜は月夜で明るいし」

「えっ、いいのか? 君は?」

「相部屋の二人は聖都でも腐れ縁でね、汚いケツですが拭いておきますよ!」

「其れは、助かる。じゃ頼まれてくれるかね。あと一人分は今から調整してくる」

 そう言い残して護衛騎士の彼は本部がある宿舎本館の方へと駆けていった。

「今宵は月でも友にして思い出に浸るとするか……」

 まあ、これはこれでサギを護衛するのだと思えばラリーには何の苦も湧いては来ないのであろう。


 暫く一人っきりでの護衛任務にあたっていた。特になんと言うことも無い、出入りの人物の確認と定時の巡回だけであった。ただまあ巡回は持ち場に誰もいなくなるのは流石に拙いので、他の班の巡回が此方の持ち場まで足を延ばしてきた時に少しだけ替わって貰って軽く巡回を流した。勿論、魔力探知だけは念入りに広域に掛けて視てはいる。それでも取り立てて問題レベルには無かった。がしかし、かなり離れているところで、不明な魔力がひとつだけ引っかかった。攻撃性は無いようなので問題は無いとラリーは判断した。が、ちょっと気にはなっていたのだった。


 そうこうしてると護衛代理として、もうひとりの男が送り込まれてきた。なんとまあ人手不足も此処まで来たかと……老騎士のお爺さんである。

じじいまでこき使うパーティーじゃのう、全く年寄りには夜は厳しゅうてかなわんのぉ」

「おおっ、そこの若いのぬしが相方かの、儂はヨルガルマと申す年寄りじゃ、宜しゅうの」

「此方こそ、宜しくお願いいたします。ラリーと言います」

「ラリー君か、良い名じゃの、宜しゅうの」

 ――元剣士ぽいなぁ、さすがに身体は鍛えているようだが……もしもの時はこっちで何とかするしか無いか。

 ラリーも一抹の不安を覚えたが贅沢は言えないと其処はグッと言葉を胸に押し込んで置いた。


 それでも、二人と言うことは物理的には凄く助かることは確かだった。ヨルガルマ爺さん(ヨル爺とその後、呼び合うことになったが)の昔話を聞きながら、ゆったりと夜が更けていった。


 そうそう出来事と言えば、リッチモンド伯爵が真夜中に正々堂々とサギの所へ夜這いに来た事だった。まあ、護衛騎士団メンバーは伯爵家からの直接命令を受ける立場でも無いので入室許可はおりず入り口で擦った揉んだが在ったが丁重にお帰り頂く。勿論、その対応をしたのはラリーだが、ついでに伯爵様にはちょっとした呪術を掛けさして貰ったようだ。ラリー曰く。

 ――あまりにも『サギ』を連れてこいってうるさいし、ちょっとむかついたからね。伯爵様がサギさんの事を考えると奥方様に申し訳なくなって奥方様に謝らずにはいられなくなる呪術をちょっとね……しかし、俺はなんであんなにむかついたんだろう?

 だそうだが、ラリーはやはり純粋に唐変木だったようだ。

 

 サギの小部屋の窓の明かりも消えた頃、人の往来もほぼ無くなり、ラリーはさらにヨル爺の身の上話を聞くことになった。

 ヨル爺は元男爵家のお抱え剣士であったそうだ。剣豪で名を馳せた一族であったようだが魔術の台頭で没落の憂き目に遭ったらしい。

 まあ、魔術師に対して恨みは無さそうだったがラリーが魔法剣士と言ったら凄く羨ましそうだった。なんでも、男爵家一族の血筋には魔力系統の影響がなかなか出てこなかったらしく、没落間際に末っ子の女の子が魔力遺伝をやっと発現したとの事だった。でも既に時遅しだったらしい。

 そのが男爵家の跡取りとなる予定の前年、お家に世継ぎ騒動が勃発、結局一族は離散する羽目になったとのことだ。

 ヨル爺はそのの剣術指南役兼教育係だった為、そののその後の行く末だけが心残りだと……そのの消息は途絶えて久しいと涙ながらに語っていた。そのヨル爺の見事な語り口に思わずラリーも、もらい泣きしてしまっていた。

「姫様が生きておられれば、ラリー君と良い年合いだのにのぉ、儂が言うのも何じゃが、実に可愛いでのぅ。でものぅ、顔に似合わず、グラマラスなじゃった、確か儂が覚えている時点で88の59の86じゃったぞ、しかもFカップじゃぞ! どうじゃ、おぬし嫁に!」

 ――おいおい、爺さんなんだその個人情報、年甲斐も無く詳しすぎるだろうが……しかもグラビアアイドルかいって、その娘! んっ? グラビアアイドルって何だけ? 

 ラリーの影突っ込みもなんのその、ヨル爺の独壇場は夜を徹してまだまだ続いていた。


 宵の口ラリーはいい加減にヨル爺の世迷い言に付き合うのにも疲れてきたようで、ここは一先ず退散することにしたらしい。

「ヨル爺、俺、ちょっと巡回してくるわ、気になることも在るから」

「おおっ、そうかいのぉ、此から姫様のお色気話になるのじゃが……いいところで終わりかのぅ?」

 ――いやいや、ヨル爺、既にその話は三回目だっていうの。姫様がお風呂上がりにすっぽんぽんで逃げ回ったのを追っかけ回したって話しだろう。だって三歳の時のことで色っぽい話しってな~ぁ。俺、無理!

 話しが続くのを避けるようにラリーはその場から退散がてらに巡回に出掛ける。まあ確かに、ヨル爺の与太話から逃げ出したいのもラリーの正直な気持ちだったが、最初に魔力探知で引っかかった件が何か気になっていた。あれから魔力気は全く動く気配が無かったのだ。

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