サギとの出会い!

第4話改稿 サギさんと出会いの事件です!

「ラリー~ねぇ~! 覚えてる? 初めての……夜っ!」

「えっ!」

 思わず想像してしまうサギの言葉に思考が追いつかないラリーだったが、彼女の口角が微妙につり上がっているのを見て捉えると少し落ち着きを取り戻していた。

 ――サギ今なんか非常にまずい言い方しませんでしたか。貴女あなたと男と女の一夜なんぞ共にしたこと有りましたっけ?


 ウギも結局タンクトップ風の上着の皮ジャケットを暑いからって脱いでしまって、上半身は下着一枚の格好で……サギやラリーにスキンシップ良く絡んでくる。

 ――Fカップの巨乳じゃポロリってなっても知らないよ。ほんと! 目のやり場の困るんだよな~。お前達見えてしまうって! 言ったって 『……いいのラリーだもん!』ってなんだよ、俺は!


「なっ……、おぬしらそんなっ――っ、ひど―っい、いつの間に! わらわを差し置いて! 聞いて無いぞ! こらっ!」

 残念ながらウギの方の捉え方はそうでも無いかったらしい。

 それに対してラリーの方はと言うとサギとウギの方を見てから大きく溜息を付いて身の潔白を話した、とりあえず冷静に……だったはずだが。

「……ふぅ~っ。あのね……夜のって言うのがあっち話しなら、俺は未経験だっつの、あっ!」

 ――何、こんなところで俺は童貞宣言しているんだっけ? まずぃ!


「ふ~んっ! なんだ、まだですか……!」「おぬし、やっぱ…だなのか?」

 ――また、二人してハモる! いい加減に、幼気おさなげな青年をいたぶるのはよしてもらえませんかね! 淑女諸君! て言うか貴女達はどうなの?


 そんな戯れ言にひとまず満足したのかサギの方はスッと話題を切り替えてくる。

「夜って、そんな意味じゃ無くて初めて会った日の事なんだけどなぁ~。あれ、聖都ですよね。」

「えっ! そっち! あぁっ……サギと拳闘場帰りで暴漢に絡まれていた時の事ね」

「そうそう、粘っこい嫌らしい目線でじっと見ていたおやじ達が絡んで来た時の事、あの時からラリーひとすじで押してきたのに、いっつも意気地無しなんだから……ふんっ!」

 ――おいおい、そんな話聞いてないよ、初耳だよ、酔っ払いは怖いものなしだな!


「でもラリーすごかったな~あの時……暴漢達を秒殺ですものね!」

 ――いやいや、サギさん記憶が……書き換わってますよ! あの時は貴女あなたがひとりで全員を瞬殺しちゃったじゃないですか、魔術闘気で。瞬殺! 秒殺どころじゃ無いっうの俺じゃ無いですよ……言っておきますがね。おいおぃサギさん! なんか眼がトロ~んとして、どっかいっちゃってません! まあ、あの時までは俺は一人の冒険者で旅してたからな…………。


 ちょうど百年と少し前ラリーはベッレルモ公国の聖都テポルトリに居たのだった。十五歳から冒険者として一人旅を初めて、いろいろな国々を旅して廻っている時だった。冒険者登録をギルドで行えばその身分証明書が各国間を行き来する通行手形の役割にもなっていた。

 彼は幼き頃から十五歳まで当代一の魔術と剣術の其れ其れの師匠のところで一心不乱に術を叩き込まれていた。その時点で人並み以上の強さが既にあったらしい。

 その頃は国同士の諍いとか、公国内の紛争とかが、まだまだ頻繁に有って冒険者としては用心棒やら護衛やらで仕事には事欠かなかった。十五歳というとしからか仕事先で、最初はいつも相手に舐められる立場のままだったがそれでも無理矢理、潜り込んで実力を示していたらしい。しかし初回の成果でどこでも直ぐに一人前として認めてもらったものだから特段苦労はなかったと言っていた。たまにドラゴン退治とか魔獣討伐とかの高ランクの仕事も舞い込んでくるし、強さが正義みたいな世の中だったから生き抜くにはさらに強くなるしか無かった時代のようだった。

 公国や王国の近衛師団からの誘いも時々もらっていたが、彼としては自由な生き方のほうが好きなため誘いを断っては次の街へと旅するような生き方を繰り返していたらしい。その為、色々な場所を転々とさせてもらっていた。と言うか断ってしまった事から恨まれる場合も有り、一カ所に長く居られないと言う事情も彼の旅を意味づけていたようだ。


 ――サギが振った話題から、昔の事を思い出していた。そうそう、記憶が蘇ってきたよ、ほんと……。


                 § § §


 ラリーがベッレルモ公国の聖都テポルトリに居たのは公国から貴族の護衛の依頼が舞い込んだときだった

 彼としてもあまり気乗りのしない仕事内容だったがベッレルモ公国はその年、豊作年で国全体が潤っていて依頼の報酬が他よりも格段に高かったのが魅力だった、それで思わず飛びついた。武者修行の旅回りもお金が必要だったから仕方なかったと彼自身に言い聞かせていた様だった。そんな状況だから各地の冒険者やらハンター崩れが仕事欲しさに聖都に集まって来ることもあり、夜の酒場や繁華街の雰囲気はあまり良いとは言えなかった。

 毎日、公国の王宮とそれぞれの貴族の領地間の移動が頻繁に有って、通常時の護衛騎士団では手が足りず王宮から臨時の護衛要員確保要請が、聖都のギルド本部に発せられていたそうだ。その時の彼は王宮の聖騎士にも既に知り合いが居たことも有って、待遇は聖騎士補佐レベルだったと聞いている。

 いつもの事ながら護衛先の貴族を恨んで、その移動中に襲ってきた暴徒とかを粛正して毎日を暮らして居た。暴徒と言っても普通の民衆もいるから、どちらかというと暴徒側に味方したいラリーだったが、仕事は仕事と割り切って護衛に励んでいた。その事が年若い彼の心の傷にもなっていたようだった。


 そんな普通に暮らしていたある日のことだった。

 ラリーはいつもの様に聖都テポルトリまで護衛の仕事をこなし、少し早いが夕方までには仕事を終えていた。護衛中は特段の問題もなく、まあ森を抜ける際に数匹の野獣退治をやってのける位で済んでたし、一人もんの彼はさっさと宿舎に切り上げ、ひとっ風呂あびてから夜の繁華街へと繰り出していた。

 繁華街と言っても食堂やら飲み屋等を、うろうろして時間を潰すくらいだったが、さして用も無いのでその日は拳闘場なる遊技場まで足を延ばしていた。


「おい、坊や……!」

 ――んっ……坊やって俺のことか? なんか、店の従業員から嫌みな発言を受けたぞ!


「坊やって――俺のことですか?」

「そうだ、ここいらにガキはお前だけだろう! 違うか!」

「まあ、ガキって言えばガキですかね、年齢的には……それで、なんのようですか?」

 失礼な言い方をする従業員にむかつきながらもラリーは、まあ穏便に済まそうとその場は下手に出ておくことに決めたようだった。

「坊やが拳闘場ここに来るのには十年早くないかい? んっ!」

 ――くそっ! おまえ店の従業員だろ、そんないちゃもんつける立場か! と思いつつも、とりあえず穏便に……と。


「お金なら、ちゃんと入り口で払いましたよ、大人料金で! しかもエールビールも大ジョッキでほら!」

 ラリーの方も少し嫌みを入れて返した。たぶん相手は単に絡みたいだけだろうと踏んでいたので。

 ――なぁ……まあ穏便にはいかないかな! 


 ラリーはそう思いながら相手を見据えていた。

「てめぇ~! いい根性してやがるじゃないかぇ! ちょっとツラ貸せや! おいっ!」

 ――ほら、きたきた! 


 ラリーはめんどくさいな~っと思いつつあたりを見渡して逃げる算段を考えていた。

 その時ちょうど拳闘場の中央に設置されているリングの向こう側に、知り合いの聖騎士の姿が見えた。これは渡りに船とばかりに彼はニヤリとほくそ笑んだ。

 絡んできた従業員はラリーよりもふた回りはガタイが大きく厳つい海坊主みたいな顔した奴で、体中に入れ墨なんぞをしていた。早速そいつ……いや、海坊主と呼ばせて貰うことにするが。その海坊主はラリーの太腿ぐらいある右腕を振り回して彼の顔めがけて殴りかかってきた。まあ当たれば威力はそこそこ有りそうだと思うが、なにせ……遅かった。

 海坊主は自分自身では会心の右ストレートだと思ったんだろう、ラリーの顔に当たる瞬間にニタッとその口角が上がったのが見えた。が、次の瞬間ラリーはその右手で瞬時にフィンガースナップをした。『パッチンッ』と響音だけを残して彼の姿は海坊主の前から綺麗に消えていた。

「……んっ、あれ、ガキは……どこだ?」

 殴り飛ばしたものだと思い込んでるいるため、海坊主の奴は自分の前の方しか探しはしない、そう言うラリー自身は既にリングを挟んで真反対側のイカルガ騎士の前に移動していたのに……。まあしばらくはこの人混みに紛れて時間稼ぎにはなるだろと彼はふんで、海坊主の事は無視と決めたらしい。


                 § § §


「あっと、イカルガさん、こんなところで逢うなんて奇遇ですね」

 ビールジョッキを片手に、ラリーが彼こと聖剣士のイカルガ・ピネダ伯爵に軽く挨拶をする。

「おや、ラリー君、君こそ珍しい所にいるね、良く来るのかね」

 イカルガ伯爵の様相は近衛兵の制服姿、聖騎士の紋章が入ったチョッキと青い鎧の肩当てを羽織って腰には帯剣と、いかにもただいま仕事の真っ最中と言う出で立ちだった。制服姿でジョッキーを片手に拳闘観戦とはなかなか強者だとラリーは心の奥で思ってはいたのだがそれはそれ……。

「自分はここは初めてですが……ちょっと早め帰都できたので……時間つぶしがてら寄ってみました」

「そうか、私は此処ここの店にちょっと用事があってね、あれ、ちょうどリングの中で今、プラカードを持って立っているがいるだろう。あのの護衛兼、衛兵募集の仕事だよ」

 そう言われてラリーはイカルガ伯爵の指さす方向のむすめに目に向けた。

 金髪に碧眼へきがんの綺麗なだった。歳の頃は十六~七歳くらいか。ラリーとそんな変わらないように思える。そんな彼女の持ち上げているプラカードには確かに【公国衛兵募集中……】なる書き込みが大きく書かれていた。それを試合のラウンドの合間にリングの上で持ち歩くのが彼女の仕事のようだった。しかし此処にいる人達のいったいどれだけが字を読めるんだろうか、とラリーは小首を傾げながらボソッと呟いていた、いつの時代も識字率の高さがその国の文化水準を物語っていた。まあ伯爵にはそんな事を面と向かって言えないだろうが……。


「彼女は本当は宮廷魔術師なんだが、何せ人手不足でね、君もよくご存じの通り……まあ、容姿が良いだろ、注目されるこの仕事にはピッタリだからちょっと手伝ってもらっているんだ。衛兵募集としてはお似合いの場所だろ。ただ、あまりに目立ち過ぎるだから完全護衛がないと危ない所でもあるからね! まあ、本当は護衛なんぞいらない程に魔術力は強いむすめだけど……」

「確かに、彼女の魔力闘気は強いですね!」

 碧眼へきがんの魔術師。これは魔術純血種系統のだ。並の強さではないであろう事が良く分かった。

 通常、魔力を担う魔術はその血縁が魔力量のレベルを左右する。血縁を見分ける方法が眼の色と言われている。上位から言うと金眼、銀眼、碧眼、琥珀眼……。金眼きんめ銀眼ぎんめは魔族だけだから、人間で言えば碧眼へきがんは最上位クラスとなる。特殊なのはオッドアイの様に左右の色が違う場合は貴重な魔術の得て者だったりすることがある。

「ラリー君は見ただけで彼女の魔力レベルが解るかね、ほっほう、流石さすがだね、やはり公国の近衛師団に入らないか?」

「イカルガさん、その話は勘弁してください。申し訳ありませんが……」

「おっと、そうであったな、これは私としたことが、この話は聞かなかったことにしておいてくれたまえ」


 そんなこんなでイカルガ伯爵と話こんでいるところに、案の定あの海坊主が現れた。


「このガキっ! こんな所に逃げ込んでいやがったか!」

 海坊主の奴はラリーを見つけると、ドカドカっと周りの人を押しのけて、彼の正面の方へ回り込んでくる、そうなると彼と面と向かっているイカルガ伯爵を真後ろから襲うような形となるわけだ。無闇に聖騎士の真後ろを取るとどうなるか海坊主は知らなかったようだ。

 シャキーン――!! イカルガ伯爵は殺気に反応して振り向きざまに抜刀する。

「何者じゃ! この私を聖騎士イカルガと知っての狼藉かぁ!!」

 海坊主の奴は鼻先に剣先を突きつけられて、その場で尻餅をつきながら青ざめた顔で、イカルガ伯爵に懇願することとなった。

「……うぇっ! 聖騎士様!」

「…申し訳ありません、人違いでした、どうかご勘弁ください」

 地面に鼻面を擦らんかとばかりに土下座して、海坊主は震えながら謝る。

「これ以上の狼藉はこの場で即刻、首を撥ねるぞ! 私の気が変わらないうちに早く立ち去れ! 無礼者!」

 海坊主の奴は血の気の抜けた青白い顔のまま、這々の体で逃げ帰っていった。まあ、命があっただけでも良かったと思って欲しい。

「ラリー君、済まない、見苦しいところを見せてしまった」

「いえいえ、イカルガさんそんな貴殿あなたが謝ることではないです」

 まあこの要因は彼が招いたものだったが……そんな正直な事は言えはしない。

「まあ、お詫びに一杯奢ろう、もう少し君には付き合って欲しい」

 イカルガ伯爵にそうお願いされては無碍むげにも断れず、拳闘の試合を二人で見ながらもう少し談笑することとした。


                 § § §


 かれこれ、それなりに時間が過ぎ拳闘会場はお開きになる時間となっていた。まあ拳闘見物と酒場とが合わさった場所なので人の往来はまだまだあるがリングの上は閑散となっていた。

 イカルガ伯爵は、ひとまず目的のひとつは達成したのでお連れの彼女を迎えに行っていた。リング上でプラカードを持ち上げて廻っていた時の彼女の姿を想い出せば、それはそれは膝上極限までに短いスカートと身体にピッタリと張り付き、しかもおへそが丸見えのこれも短めの上着を着ていてた。どう見ても身体のラインがそのまま現れるセクシーこの上ないファッションであった事は確かだ。

 しばしラリーが見とれていると彼の視線に気づいたのか軽くウインクなんぞ送ってきていたが。まあ彼がイカルガ伯爵と一緒にいたことから、知り合いと思ってくれたものとラリーも深くは考えていないようだった。


 そんな事をツラツラ想い出しながらラリーが手持ちぶさたに待っていると、暫くしてイカルガ伯爵が彼女を連れて彼のもとへと戻ってきた。

「ラリー君、お待たせした。紹介しよう、宮廷魔術師のサギーナ・ノーリ嬢だ」

 イカルガ伯爵の紹介に合わせて、彼女が微笑みながらこちらに近づいて軽く会釈をする。先ほどのセクシー路線の恰好から既に、薄手のロングローブ風の服装の着替えて清楚な感じの雰囲気に成り代わっていた。

「お初にお目にかかります、サギーナ・ノーリと申します。以後、お見知りおきください……えっっと!」

 ――あっと先に自己紹介されてしまった、普通は男性の方が先にいわなければならないところだよね、失敗したかな!


 彼女に見惚れ過ぎて先に彼からするべき挨拶のタイミングをラリーは逸していた。

「ラリー・M・ウッドと申します。ラリーと呼んでください、こちらこそよろしく!」

「ラリーさんですね!」

 彼女はにこやかな微笑みを浮かべながらも、碧眼へきがんの瞳を艶めかしく輝やかせて彼をじっと見つめている。

「……俺の顔に何かついておりますか? ……あっと、失礼ながらサギさんとお呼びしてもよろしいですか?」

「あっ、いえ、すみません。サギと呼び捨てにして頂いてよろしいですよ」

「いえいえ、初対面でいきなり、淑女の貴女あなたを呼び捨てになんぞ出来ませんから……」

「うほん! ラリー君もサギもそろそろ、挨拶はよろしいかな!」

 イカルガ伯爵がまったりとした雰囲気になりつつある二人の間に割り込んで来た。まあ、このままいっても、なんかほんわかしそうで丁度ちょうどいい頃合いの助け船になったとラリーも安堵をした思う。

 まだ時間には余裕があるからラリーは食事でもして帰ろうかと思っていた所にイカルガ伯爵からお誘いがあった。

「ラリー君にちょっとしたお願いが有るのだが、いいかな?」

「……んっ! 特に問題ないですよイカルガさん、何でしょうか?」

「いきなりで申し訳ないのだが、彼女……サギーナ嬢を宮廷宿舎まで送っていってもらえないだろうか? この後、私は此処ここで衛兵募集に応募してきた人たちの面接をして行く予定なのだが。そこまで彼女にお付き合いして貰うわけにはいかなのでな。君に逢ったことが実に渡りに舟だったのだよ、引き受けて頂けるかな?」

 ちょっとラリーにはドギマギする様なお願いだと思ったがこの後、彼も宮廷宿舎に帰る予定なので一緒の方向だし別段断る要素も無いと快諾することにした。

「いいですよ、このようなお綺麗な淑女の護衛であれば喜んでお引き受けいたします」

「あらっ、ラリーさんはお口が上手なお方なのですね!」

「いえいえ、本音でしか生きておりませんから……」

 まあ彼の性格からすれば確実にお世辞でも無く本当に本音だろう。しかし、いきなり絶世の美女の護衛とは、今日は附いているのかとしばし感慨にラリーは耽っていた。


「でもイカルガさん送迎の前に腹拵えでも……夕食はご一緒できますか?」

「おう、そうであった! 夕食はみんなまだであったの、では一緒に食事をしてからか私の面接作業も!」

 イカルガ伯爵はそう言いながら側に控えていた部下風な人にその後の仕事の割り振りを相談していた。

 一方ラリーの方はと、サギーナ嬢を食事の出来る部屋にエスコートすべくお店の従業員をつかまえて夕食の予約を三人分依頼していた。

 ここの拳闘場は食事を取るためのレストランを二階に備えていて貴族関係の人が良く利用する場所でもある。先ほど予約をお願いした従業員が間もなく戻ってきて部屋へ案内をしてくれることとなった。

 サギーナ嬢をエスコートしながら三人揃って二階席へ上がっていった。

 レストランの円卓に右回りでラリーとサギーナ嬢とイカルガ伯爵が座って、コース料理に舌鼓をうつこととなった。


                 § § §


 メインディッシュの鴨肉の燻製の載った皿が三人の前にそれぞれ出される、それを小ぶりのナイフで小分けに切り分けながらフォークにさして口に運ぶ、たった其れだけの動きでもサギーナ嬢の優雅な振る舞いは際だって見えた。

「美味しい料理ですね、お誘い頂きありがとうございます。イカルガ伯爵、ラリー様」

 ラリーはそんなサギーナの表情を眺めながら、本当に美味しそうに食べるだなと思っていたようだった。

「ラリー様、失礼ながらお尋ねしてもよろしいですか?――今は何をされているのでしょうか?」

 ――んっ! 今ってめし食ってるよっ!


 と、思わずのり突っ込みをしたくなる心持ちを彼は押さえて、まさにちょうど鴨肉を口いっぱいに頬張ったところでしゃべれなかったため、彼女の問いに対する許可がわりに軽く相づちをうって答える。それでも、なかなか鴨肉を飲み込み切れなかったのを横でみていて哀れに思ったのかイカルガ伯爵が代わりに答えてくれた。

「ラリー君は、Sランクの冒険者なのだよ、今回は聖都本部のギルド経由で護衛の招集に応えてくれたのだ」

「そうなのですか? Sランク冒険者様とお会いできるなんて初めてですわ、それでは、お若そうに見えられますがそれなりのお歳になられておられるのですね」

 ラリーはやっとのことで鴨肉を飲み込みワインで口を潤してから、サギーナの問いに答えることが出来た。

「ご希望に添えない様で申し訳ありませんが、若干、十七歳です。冒険者になったのは十五の時ですから……約二年目です、イカルガさんとお会いしたのも一年前くらいですよね?」

「おう、そうであったのラリー君、あの時は助かったよ」

「えっ、十七歳なんですか? 私と同い年じゃないですか……! 私はまだCランクです…十年かかって……それをたった二年でSランクってどうやったらそうなれるんですか?」

 サギーナの目が完全に点になって『嘘でしょ』と言いたげな疑いのまなこになっていた。

 まあ確かに普通はFランクから入って、ギルドの依頼を順々にこなして階級を上げていくのだが。ランクに合わせて依頼難度も上がり成功報酬も上がる。しかし失敗時の罰金・罰則レベルも上がるので、そう簡単にはランク上昇は見込めないのが通例である。

「サギさんも、Cランクと言われましたが、先ほど見せて頂いたリング上での魔力闘気はなかなかのものとお見受けいたしましたが」

「お褒め頂きありがとうございます。でも、まだ闘気レベルしか出せませんもの……覇気レベルになるにはまだまだ、修行が足りないところですわ」

 サギーナは謙遜するが淑女魔術師で魔力覇気なんてレベルはまずいない。ランクCっていったが、これもギルドの依頼項目を厳選し過ぎているだけなのではとラリーは考えていた。ギルドの依頼を拒むと、なかなか上位には認定されにくくなる暗黙のルールが確かに存在する。

 冒険者のレベルランクも最高をSとしてAからFまでギルドが認定をする。まあ最上位にSSランクなる英雄レベルの番外編があるが、これはギルド認定外ランクで国家元首認定ランクとなっていた。なのでそんな御仁には、まずお目に掛かることはない、其れに国が公開するのを拒む風習があった。

 しかし魔術師の才能はその発生する魔力レベルの『気』で決まると言って良い。普通は九割がた『黒気』レベルであるが、その上の残り九割で『白気』があり、その上の残り九割で『闘気』が存在する。その上が『覇気』で言うなれば千人に一人の割合しかない。言い換えれば各ランクの一割しか上位ランクには存在しないのだった。また伝説的な存在でその覇気の中でも百万人に一人と言われる『覇王気』なるものが存在するらしいと言われている。

 視る人が見ればオーラの色で解る、黒気、白気はまさしくその色を示し、闘気は赤、覇気は銀色、覇王気は黄金色に視える。ラリーにはそれらが良く視えていた。

「貴女の闘気はまさしく、真紅のオーラでしたから闘気の中でも最も強きオーラではないですか」

「あら、そう視えました? そう言って頂いたのは初めてですわ!」

「ラリー君の魔術師匠はあの、ニネット・M・フェレーリ候なのですよ。」 

「えっ! まさか、あの英雄ニネット候様? なんですか?」

 ――サギがなんだか俺の事をじ~っと見つめてる、その宝石の様な碧眼へきがんのお目々がキラキラ光っているんですが……どうされました? 英雄ニネット候っていいますが、俺からすれば、只の口うるさい爺さんでしかないんですけど! 


 と心の中でひとり毒づいたラリーであった。そんな彼の気持ちはつゆ知らず伯爵がそのまま説明を続ける。

「そんなラリー君だから本当は公国の重鎮として近衛師団にお迎えしたいところなのだが、何せ各国が指触を延ばしているのでギルド連合からは非任官指定協定書が発行されているのだよ、だから冒険者で有る限りどの国にも属せないきまりなのだ」

 ――いやいやイカルガ伯爵さん、あまりバラされると……ほら、貴女の眼の色がまた、変わってきましたよ……まったく! 帰りは宮廷宿舎まで送る役なんだから、俺が! ……個人情報は秘密にお願いしますよ!


 まあイカルガ伯爵の褒め言葉にはラリーも苦笑いするしか無かったが、彼を取り巻く政治的立場は若いながらも複雑で合った事は否めない。


 美味しかったメインディッシュを三人とも綺麗にたいらげ食後の紅茶をたしなみながら、これからの予定の摺り合わせをおこなっていた。

「ラリー君、申し訳ないが、先ほどお願いしたように、サギーナ嬢を送ってもらえるかな? サギーナ嬢はれでよろしいかね?」

 さすが聖騎士たるイカルガ伯爵、最終確認は怠りはしない。

「私はラリーさんが宜しければ、喜んでお願いしたいですけど」

 一方ラリーの方には断る理由は全く無かったようだ、むしろ率先して立候補する勢いだった。

「もちろん、こちらこそ是非ともお願いしたいぐらいですから」

「それじゃラリー君、私はこれでおいとまするからサギーナ嬢のことくれぐれもよろしくお願いするよ」

 イカルガ伯爵は含みのある笑みを浮かべながら、席を立って下の階へと降りていった。無論、此処ここの夕食の支払いはイカルガ伯爵が実にスマートに済ませていたのは言うまでも無かった。

 レストランの出口の方に向かうイカルガ伯爵が軽く右手を後ろ手に挙げて挨拶をしてくる、実に絵になる姿だった。そんな立ち去る後ろ姿にラリー達ふたりは揃って頭を下げていた。

 ――伯爵……ゴチになります!


 こうべを垂れながらラリーは心の中でそっと呟いていた。


 イカルガ伯爵が颯爽と立ち去った後、残ったふたりは揃ってその場を後にした。

「ラリーさん、其れではよろしくお願いします」

「サギさん、此方こちらこそよろしく!」

 美味しい夕食のお陰で機嫌良くふたりは店を後にして宮廷宿舎までの帰路についた。この拳闘場付きレストランから宮廷宿舎まではさほど距離は無い。二人は並んで月明かりに照らされた町並みを眺めながら、ゆっくりと歩いて行くことにした。


                 § § §


 ラリー達が拳闘場の店から少し離れた小道を進んでいると脇道から黒い影がぬっ~と出てきた。

 ――やっぱり、さっきから付け狙っていたのは知ってるよ、レストランでも、此方こちらの様子をずっと伺っていたようだからね、もうっ、ほんと三流映画のワンシーンじゃないか、これじゃ!


 彼は頭の中でそんな事を思っていた。

「おい、くそガキがいっちょ前に背伸びしたことしてるんじゃねーっよ! さっきはよくもしてやってくれたな! えっ、おいっコラッ! 女の護衛なんぞ十年早いぜ。そこの、ねーちゃんもそんなガキを相手にしないでこっちで俺らと遊ばないかいっ! えっ、どうだ!」

 ――また、出たよ海坊主! しつこい奴だな、さっきのイカルガ伯爵の件で懲りないかなぁ~っ、まったく。今度はどうしようかな、やっぱりめんどくさいな~ぁ! 彼女もいるし逃げにくいしなぁ! って思案をしているとなんか勘違いしてきてるぞ、海坊主! 仲間を連れてきたみたいだし五人か……。


 ひとまず周囲の様子を確認して敵の勢力を分析、自らの状況把握もラリーは忘れなかった。

「……んっ、悲鳴も出ないか、えっ―くそガキ! もう聖騎士は助けにこないぜっ! そこの女だけ置いて逃げてもいいんだぜ……!」

「兄貴よ、連れの女はこれまた上玉でないですか~っ! いいすねっ! 早く、そのガキをのしてくだぁさいよ! そしたら、あの女をみんなで……!」

「おう! そのつもりだ、おい野郎ども奴をのして終わったら女はそっちに渡すから……やっちまえっ!!」

「いいすね!」

「ぐっ、よだれがでてくるすっよ、兄貴!」

 ――ああっ、此奴こいつらも糞野郎だな、容赦はいらないな。


 糞野郎共の悪役認定は完了、ラリーはサギを庇うように一歩前に足を踏み出して気が付いた、左手側に物凄い殺気が孕んでくるのを。その殺気に思わず身をねじる。そこには真紅の魔力闘気のオーラを発しているサギーナ嬢が鬼夜叉のごとく立っていた。

「あなた方、私の折角の□□□をよくもよくも邪魔をしてくださいましたね! 許さないわよ、覚悟しなさい!」

 ――あらあら、これは流石に糞野郎共がやばいかも知れない……、光り輝く金髪が怒髪天ついてるよ! 碧眼へきがんまで怒りモードで真紅になってきたぞ!(青から赤って、わかりやすいなこれは……)しかし、彼女の魔術闘気はやっぱり凄いな! しかも鮮やかで綺麗な色だ。ちょっと面白いかも……って、折角って……さっき、何言ってた? 彼女は?


「烈風の真魔よ、風と共に吹き抜けよ……!」

 サギの魔術詠唱とともに、周りの空気が一気に塊となって海坊主達に襲いかかった……烈風魔術! 瞬殺であった……。

 さっきまでそこにいたであろう人の姿は既にどこにも無かった。何処か遠くで海坊主達の悲鳴が木霊してくるのがかすかに聞こえた……!

 ――もう、終わり? えっ! これでCランクで・す・か? ほんとうに?


 ラリーはイカルガ伯爵の依頼の意図が読み取れなくなって、彼女に対する護衛不要論を伯爵に今度会ったら進言してみようと真剣に思っていた。しかし三流映画の悪役の如く、疾風の様に去って行った彼らの事は無かった事としてとっとと忘れることにかぎる、さすがに暴漢連中を一人で瞬殺って強すぎるし忘れた方が彼女の名誉の為にもなると真剣に思い込んでいた。


 サギはラリーの左側を軽やかにスキップしながら、すっと二歩・三歩前に出てフワリと振り返った。と、その動きにつられて薄手の生地きじのフレアーのロングローブは、ふわっと彼女の足下で緩やかに揺れていた。そんな可憐な雰囲気を纏って彼女は優しくラリーに話しかけてきた。

「あの~っ! ラリーさん……なんか、気分直しがしたくなりません? よかったら、もう一軒、軽くお付き合いして頂けませんか?」

「今宵、夜風も気持ちよくって……このままの気分で帰るのもなにかなって……思うんです。折角、お近づきになれたのだから、英雄ニネット候様の話しでも少し聞かせて頂けると、うれしいな~ぁって。……ご迷惑……でしょうか?」

 軽く手を後ろに組み小首を傾げながらラリーにそう問いかける。彼女の碧眼へきがんの瞳が月に照らされて、薄青白くやけに艶っぽく映り込んで見えた。そんな眼で魅入られてラリーは赤べこ人形の如くただただ首を縦に振るしかなかった。


「そうですね……まだ早いし、口直しに其処ここらのお店で軽く飲み直しますか、貴女あなたの真紅の魔術闘気も拝見出来たので、奢りますよ」

「……やった! うれしい! じゃ…早速行きましょうよ!」

 サギさんはそう言うが早いか、さっと素早くラリーの左腕を取って組んできた。

 ――うっ! サギさんそれは……胸とかが微妙に俺の腕に当たってます……拙くないですか……俺のほうは凄くさわり心地がいいんで……だけどやっぱり……言った方がいいのかな?


 そんな脳内会議が彼の頭の中を駆け巡っていた。

「ラリーさん、なんか顔が赤いんですけど、如何いかがしました?」

 ――って、おいっ! 俺を見る目がなんか小悪魔ぽいのは気のせいかな?


 サギの微笑みがラリーの心を開いてくる。そうとは言えども心ここにあらずで恥ずかしがっているわけにはいかなかった。ラリーは意を決して告げたが。

「サギさん、む・む・胸があたっているん……ですけど……」

「……ラリーさん、これはあ・て・て・い・る・んです!」

 ――んっ! 何、さらっと言いのけているのですかサギさん、これは俺への好意と受け取って良いのか? この手の出来事は俺は、まあ、あまり経験がないので……。


 彼女の方が二枚も三枚も上手のようだった。

「そんな事より、早く……早く!」

「ハイハイ、解りました!」

「ハイは一度で良いです!」

 ――貴女あなたは私のお母さんか! まあ俺には母の記憶は無いのだが……。


 ラリーとサギはそんな夫婦漫才みたいな会話を楽しく交わしながら、ふたり寄り添うように街角の一軒のバーに吸い込まれて行った。そんなふたりの事を今宵の月だけはそっと優しく照らしていた、しかもいつもにましてまん丸い月の表面がほんのり赤く染まって見えたのも気のせいでは無いと思うのだった。


                 § § §


 ラリーとサギが這入ったお店はなかなか雰囲気のあるショットバーだった。お店の中を縦断する長いカウンターと、三人がけの足高なテーブルが五つほどある。

 二人でカウンター席に陣取るとマスターらしき従業員がそっと近づいてきて会釈えしゃくしながら話しかけたきた。

「当店にご来店頂き誠にありがとうございます。お二人様は初めての方ですね?」

 ――さっきの拳闘場の従業員とは比較にならないな、これこそ……お・も・て・な・し……っていうのか。


 ラリーは心の中の中でそう思った。そんな風に関心至極でいると、マスターがラリーにオーダーを聞いてくるのに合わせて隣でサギが彼の耳元にそっとささやきを返してた。

「私はグラスワインをひとつください。赤でお願いします」

 ラリーはサギに軽くうなずきを返して、マスターに向き直った。

「マスター、彼女に赤のグラスワインと自分にはエールビールをお願いします」

「畏まりました。いま直ぐにお持ちいたします」

 マスターはそう言うとカウンターの奥に入っていき、間もなく俺たちの注文の品と軽いおつまみを持って来てくれた。


 お店の中はラリーたち以外に数人の客が居た。カウンター席はもう一組のカップル、テーブル席には三人の男女が二組ほどお酒と談笑を肴にまどろんでいる、中央ではグランドピアノを弾く女性が一人、ワインをピアノの天板に置いて静かに響く心地良い音楽を奏でていた。

「良い雰囲気のお店ですわね……」

「……ねぇ、ラリーさん聞いてもよろしいですか?」

「っん? 何ですか?」

「ラリーさんって……けっ……結婚されているん……ですか?」

 ――真っ赤な顔していきなり聞くか? 君っ! とぉ、思わず突っ込みが……俺の脳内で入ってきたよ。


 唐突なサギの質問にラリーは口の中で香りを楽しんでいたエールビールを思わず吹き出しそうになった、そこをなんとか堪えてしどろもどろにサギに返した。

「いやいや、まだ若干……十七歳ですし……そんな縁も無かったから……もちろん一人身ですから……っていうか、そんな事を質問されたのも初めてですよ――貴女あなたこそ、彼氏候補が引く手あまたじゃないんですか? そんな容姿をされていたら、周りが放っておかないでしょ!」

 ――おいおい、俺がこんな事をいきなり言うか? 俺も酔ってきているのかな! 拙い……マガモタナイゾ!サギさん行き成りデートのハードル上げてませんか?


 そんなラリーの胸中を知ってか知らずかサギが話しを続ける。

「残念ながら、こっちの宮廷魔術師団はみんな女性ばかりなんですよ、男性と知り合いになれるのは、宮廷近衛騎士団のイカルガさんの知り合いばかりで、既に皆さん既婚者ですしね~っ」

 ――あっ……そうなんだ! サギさん非リア充なんですか? ……絶対違うと思いますよ! っと突っ込んでもいいかな!


 隣り合って座るカウンター席であったことをラリーは少し後悔していた、会話の間のサギの表情が気になりだしてきたからだ、そんな彼の思いを知らずかカウンター席であることを良いことにサギがマスター直接オーダーを頼みかける。

「マスター香りの良いワインですね、美味しくて止まらなくなりますね。すみません、ワインお替わり良いですか?」

「サギさん、見た目に解らないけど酒豪なんですね……!」

「やだ~っ! そんなにお酒に強くないです…ぷぅっ…ワインは好きですけど……」

 ラリーのからかい言葉遊びに軽く膨れっ面をしながらも、嬉しそうにマスターの持ってきたお替わりのワインに彼女は口をつけた……彼女の喉をワインが通るたびに微かに震えるその喉元にラリーは自分の目線が引きつけられていくのを抑えられなかった。

 ――膨れっ面もマジ、犯則的に可愛いわ! 本当に。


 そんなたわいも無い会話をふたりしてワイワイ騒ぎながら、おとなの雰囲気に呑まれ今宵の時間が過ぎていった。

 ――なんだかんだで酔いも深くナッテキタゾっと! そろそろ、明日も早いしお開きにして帰らねば……ねっ、サギさん!


 ラリーは時間に気付くとそれとなく促すように話しをサギに振った。

「……サギさん、そろそろ帰りますか? 夜も更けてきましたし……」

「……んっ、もうそんな時間ですか……はぁっっ!」

 ――あれ、サギさんなんか寂しそうですね。あっと、そう言えばサギさんはニネット爺さんの話しを聞きたいって言ってましたね? 全然、話題に上がって来なかったが……良かったのかな? これで?


 サギが帰り支度をしている間にラリーはお店の支払いを済ませた。

「彼女も素敵な方ですね、貴方あなた様も紳士的でお似合いのお二人ですね、また宜しければ当店へいらしてくださいませ」

 帰り際にマスターから何気に言われた一言でふたりの顔が一気に沸点に達した様に真っ赤になっていた。

 ――おいおぃ、マスター! それは何気に俺をディスっている? 俺、彼女につり合わないでしょ、どう見たってね。


 そんなラリーの胸中はさて置いて、なかなか洒落たお店だった。そんな店を後にして二人で帰路につく。もう、宵の口で月は天辺まで登っている時間だった。

「さあ、サギさん帰りましょうか!」

「………!」

 ――あれ、サギさんさっきまでの勢いはドコニオイテキタノデスカ? って状態になっているぞ、なんか俺、怒らしたかな? ちょっと心配になってくるだけど。


 ふたり揃って月が照らす夜道を並んで歩いて帰る。『月が綺麗ですね』などとラリーは話題を探していたがこの世界でこの意味を暗喩する思考はまだ無いのだろう。ラリーの隣を一緒に歩きながらサギは何故か俯き加減でブツブツと何かを呟いている。ふっとサギはさり気なくラリーの左腕を取って組んできながら、もたれ掛かってきた。

 ――えっ!


 一気に顔が真っ赤に染まったラリーのことを彼女は視界に入れないようにして話しかけてきた。

「宮廷に着くまで、こうしていて良いですか、ラリーさん」

 ――えっ、えっ! まさかの展開にドギマギしてます。サギさん何の罰ゲームですか……コレハ……! 嬉し恥ずかしです。


 相変わらずラリーの脳内会議は騒がしかった。そんなふたりの間を宵闇の気怠げな風が緩やかに吹き抜けていった、周りの行き交う人は少なからずラリーを見てクスクス笑って通り過ぎていく様だったが。

 ――くそっ! こんな美女とは釣り合わないって言うんだろう、全く俺の方がどうしてこうなったか聞きたいくらいだよ、嬉しいけど……!


 ラリーの表情はとても緊張しているように見れてそれが初心っぽく、はたから見ても微笑ましかった、なので通りすがりの人が綻ぶ顔で眺め入るのは、そんな彼を微笑ましく思ったからだったが彼はただ勘違いしていたようだ。

 ――ドラゴン相手の戦い方が緊張しないな……たぶん俺!


 ラリーの思考は余りに冒険者よりに染まっていたと思う、経験不足は全ての要素に当てはまるのだった。初めての出会い、そして二人揃っての帰り道、そんな若いふたりやはり月は優しくそっと照らしていた。


                 § § §


 ラリーは宮廷前までの道すがら自分の思考が不覚にもまるで頭に入っていかなかった、生まれて初めて頭の中が真っ白になって思慮が追いついていかないと言う状況をいままさに経験している。はっきり言って緊張の頂点にいる彼には今どういうシチュエーションなのかが理解出来ていないのかも知れない。まるで恋人達の街角みたいなワンシーンの中で、全ての緊張感がたったひとつ彼のその左肩にもたれ掛かるサギの温もりを感じる事だけに費やされていた。

 ラリーの肩にもたれ掛かりながら小首を傾げて見つめる彼女の瞳は、碧眼の青色が月明かりに照らされて、えも言われぬ妖艶さを醸し出していた。相変わらずラリーの心拍数は天井知らずで上がり続けているようだ、絶対にサギには聞こえていることだろうと思うラリーのその気持ちが、更に緊張感を増幅している事にさえ気が付かない。ただの悪循環だがそれすら考えると彼の心臓のバクバク音が更に増していくように感じていた。


 ――先ほどの怒髪天つく怒りの様相と、この可憐かつ妖艶な様相のギャップ感がたまらないな、彼女は……惚れてしまってもいいですか?


 ラリーの心の中の葛藤を知ってか知らずか、まるでそんな事なんかお構いも無しでにこやかな微笑みを浮かべるサギ。そんな彼女をただじぃっと見詰めているラリーがそこにいた。それでも無情に時は流れていく。

 時間の経過の表現をどう言えばいいだろう。今宵の夜は月の光が眩いばかりに降り注いでいる、そんな中を寄り添いながら歩くふたりの姿は一つの絵画のように見えたかも知れない、だから、ふたりは時間の流れなど感じる事も無くその世界に入り込んでいたと言えよう。

 すれ違う人々は誰もが間違いなく振り返る。その時の視線の先には彼女が逢ったと思う、それほど彼女は壮玄な美しさを醸し出していたとラリーは思った。


 ――とうとう王宮前の門まで辿り着いてしまった。


 ラリーの心の呟きは誰の耳にも届かない。

 彼は時間の経過が恨ましいかった、門番の衛兵が此方こちらの姿を見つけて声をかけてくる。

「失礼ですが、身分証明書をご提示頂けますか?」

 衛兵の問いかけは至極丁寧であった。もちろん彼等には何のてらいも無いが、照れはある。

「サギーナ・ノーリ様とラリー・M・ウッド様ですね、確認させて頂きました。お手間を取らせて頂き済みません、どうぞお通りください」

「いえ、こちらこそお仕事ご苦労様です、では……」

 衛兵の心地よい対応にお礼をしながら、二人揃って宮廷内に入っていった。

 サギの宮廷宿舎とラリーの宿舎は別棟である、門を抜けて少し行くと二手に分かれる道があった、ここでふたりはお別れである。


 ――ここで、お別れはなんだか後ろ髪を引かれるような想いを俺の心に残しそうだな。


 そんなラリーの胸中を知らずにサギが話しかけてきた。

「ラリー様、今日は本当に楽しかったですわ、もうお別れというのも寂しい限りです……。また、こんな私でも逢って頂けますか?」

「サギさん、こちらこそこんな夜更けまで貴女あなたにお付き合いさせてしまって申し訳ありませんでした、またあなたさえよろしければ、お誘いさせてください」

 彼のその言葉に、彼女は嬉しそうに微笑みで応えてくれた。

「其れでは……、お休みなさい、ラリー様……」

「あぁ、お休みサギさん……」


 別れ惜しい心を抑えてサギーナ嬢の後ろ姿を見送りながら、ぽろっと彼の心のつぶやきが素直にでて来た。

「また、会えるといいな……」

 今宵の出来事はラリーとサギの心の中に、ふわりとした余韻を残した。


                 § § §


 今日もラリーは宮廷から貴族領地までの護衛任務である。昨日はなかなか寝付けなかったので少し寝不足気味であるが仕事は仕事、そんな弱音で休むわけには行かない。今回の公国から公示された冒険者の護衛募集は臨時の対応なので与えられた宿舎は大部屋である、ラリーの部屋割りは二段ベットが二つで三人が寝泊まりしていた。相部屋の仲間はガアーリとフランという名前の二十代の冒険者である。

 太陽が昇るとともに三人同時に起き出す。朝食を宮廷宿舎にある大食堂で各々で取ってから、今日の仕事の集合場所へと赴いた。

「昨日は夢だったのかな……? 夢のような現実だったのかな……?」

 そんな想いがラリーの頭を駆けめぐっていた。年がら年中、修行に明け暮れていた十五歳までの思春期、そして冒険者として各国を渡り歩いている今の彼にとっては、昨日の夜のような経験は皆無であると言ってよかった、戦いの場所で逢う女戦士達との応対には慣れていたが、まったくもって恋愛感情を前提とする様な女性に対する免疫性というか耐性が全く無かった。うきうきした足取りで歩く姿のラリーを訝しげに見る同部屋のガアーリとフランの二人の目線がやけに痛かった。

 そんなふたりの会話が聞くとはなしにラリーの耳に流れ込んでくる。

「おう、今日の仕事は宮廷魔術師団との合同連術の訓練も兼ねているらしいぞ! 知っていたか……ガアーリ!」

「えっ!フラン、それはほんとか? 宮廷魔術師団と言えば所謂いわゆる戦乙女ワルキューレ四十八人衆って奴か?」

「おうっ、そうさ! 公国の綺麗どこの魔術師連中を国中から片っ端、集めたって言う噂の集団よ!」

「これは、今日はわくわく感、満載だね! フラン! がんばるぞーっと!」

 同部屋の二人が何かそんな事を話し込んでいる。

 ――戦乙女ワルキューレ四十八人衆ってどこぞのアイドルグループか!


 思わずそんな戯れ言がラリーの頭の中に木魂する。って、でも昨日もなんかサギは宮廷魔術師って言っていたような? 


 ラリーは何か心に引っかかるものを感じながらも、喧々諤々とこれから訪れるであろう今日の色めくような行事について、話し込んでいるガアーリとフランの後について行った。


 集合場所は宮廷の中庭で、既に二十人程度の人が集まっていた。

 護衛任務にかり出されている冒険者連中には、ラリーの顔見知りもちらほら見受けられたが殆どは初見の人達である。

 その中に確かにこの場に不釣り合いな程、綺麗どこの女性達の集団がいた。

 規定の集合時間になったのかリーダーと覚しき騎士のひとりがひと際高い壇上に進み出て号令をかけ始めた。

「諸君、善くぞ集まってくれた、ここから国境の貴族領域までの護衛が今回の任務である。特に本日は宮廷魔術師団の中から精鋭四名の参加も有り護衛師団としては大所帯となっているが、その点うまくやって欲しい。

 今回は道中道すがら、最近時、魔獣が大量に発生して問題となっている区域も通る事になる、呉々も気を抜くでは無いぞ! 魔獣が襲ってきた場合は宮廷魔術師団の方々との連携が必要となるので、今回はその合同連術訓練の兼ね合いもある、ここの点を十分に承知しておいて欲しい、残りの指示は各小隊毎に割り振られた聖騎士長に確認して貰いたい。以上だ!」

 ――ああ、聖騎士長に今後は確認って、そうかこの人は聖騎士団長か!


 ラリーにはあまり関わりが無い事だが、まぁ昨日のイカルガ伯爵の様に貴族で有りながら聖騎士に属している御仁も居る事だなので聖騎士団長も貴族の爵位を持っているだろう事は素直に推測できた。

 そんなこんなで、ラリーは自分の護衛管轄に割り振られている馬車のそばに急ぎ会した。

「集まって貰った諸君、この小隊は目の前にある赤い馬車を護衛する任務である。総勢五名だが、よろしく頼む」

 ――五名って言っているけど、馬車の周りには四名しかいないんだけど? あと一人はどこですかね? 


 ラリーがそんな事を思いながら周りをきょろきょろ見渡していると聖騎士長の方はれを見て察してくれたのか、ひと言、追加の指示があった。

「今回は、この小隊に配属されている宮廷魔術師のお方は馬車の中で貴族のご令嬢の身辺護衛をされていくので既に馬車の中にいらっしゃる。故に馬車の外回りの人数は四名だ。以上、追加指示をしておく」

 ――あっ、そうなんだ。


 追加指示の内容で納得顔のラリーを小脇に見て小隊の聖騎士長はこの場を後にした。

 ――馬車の中にね……たしかに、馬車の中には数名の女性のオーラはあるが……んっ、魔力気が2つ? ひとつは『白気』か、だいぶグレーっぽいが、と……もうひとつは、えっ『闘気』真紅? まさかこれはサギさんか?


 ラリーは自分の眼に映った真紅のオーラをただひとり嬉しそうに眺めていた。


 この護衛付き馬車隊の構成は四台の馬車にそれぞれ貴族が乗り込み、その周りを二十名程度の護衛が附きそう形の布陣となっていた。ひとりに一台の馬車構成を何気に誇示するとはだいぶ裕福な貴族の様だった。

 馬車内にいらっしゃる貴族の方がご令嬢や奥方様の所だけに身辺護衛として宮廷魔術師の同乗があるようだ。ご婦人の馬車が二台ということはひとつの馬車に一~三名の宮廷魔術師が乗り込んでいる事になる。

 したり顔で満足げにうなずいているラリーの事を客観的に見てみると、確かに何と言うか見た目の年齢的幼さも相まって、護衛として彼にはあまり期待をしていない小隊構成である事は確かのようであった。まあそれはそれでいいかと、あえてラリーは考える事を止めた。


 そんな事を思いながらもラリーが他の馬車隊をひと周り眺めてみると、同部屋の二人が揃って護衛についている小隊が見えた。領主様の馬車の護衛小隊の様であった。と言う事は、残念ながら宮廷魔術師の戦乙女ワルキューレ衆なるメンバーの乗り込みは無しの組み合わせと言うことになる。そうラリーが思っていると何となくフランと目が合った。

 ――んっ、なんか俺に言っているようだな……。なになに?『う・ら・や・ま・し・い・ぞ! ……か・わ・・れって!』て言っているのかな? ……それは、無理だな! ご愁傷様です。


 ラリーとフランの不遇な遣り取りを知ってか知らずか、馬車隊は聖騎士団長の号令と共に歩みを始めた、道中は一泊二日の旅路であった。

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