#20 秘密

翌日、寝不足の目を擦りながら、自分の部屋を出て、階段を降りる。


台所にお母さんが立っていた。もうお父さんもちーちゃんもとっくに家を出ていたようで、朝食の食器を片付けている所だった。


かなで、おはよう。今日は行けそう?」

「うーん、まだちょっと……。」

「そうね、仕方ないわよ。1週間くらいゆっくりと休んだらいいわ。」


何だかお母さんが優しすぎて少し怖い。でもやっぱり少なくともそれくらいは休みたい。


「そうだ、今日の夕方頃に出かけても良い?」

「あら、一人でどこかに行くなんて珍しいわね。どこに行くの?」

「ん?秘密。」


それから時間が経ち、段々と部屋の中に太陽の光が差し込むようになってきた。春人くんが指定した時間まであと30分。公園までは10分で付くけれど、早めに行っておいた方が良いような気がする。


肝心の服装は、ジーンズにパーカーという普通の男の子も着るようなものにしたけど、中のシャツは女の子用の全面にキャラクターがプリントされたものにした。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!気をつけるのよ!」



太陽はさっきよりも大分傾き、冬の寒さを感じる。どこでか、友人に別れを告げる低学年くらいの子供たちの声が響いていた。


公園内を見回すとそこには、夕日を背中に浴びながら、物悲しげに俯いてベンチに座る春人くんの姿があった。


僕はゆっくりと彼の元に近づき、隣に座る。


「春人くん。」

「あっ、奏くん、やあ。」


春人くんは頭を上げようとしたが、僕と目を合わせるのが怖いのか、こちらを見る事なくまた俯いてしまった。


しばらく沈黙が続く。子供たちの声が段々と遠ざかって行き、やがて風やカラスの声で聞こえなくなってしまった。


「あの……、その……、ごめんね。」

「うん……。」


そしてそのまままた1分くらい沈黙が続いた。そしてそれを破ったのもまた彼だった。


「あのね……、手紙、読んでくれた……?」

「うん。読んだよ。」

「そうだよね、だからここに来てくれたんだもんね。」


一度深呼吸を挟んでから続ける。


「手紙の通りなんだ。いや、手紙の通りなの。変だと思う?」


僕は正直に答える。


「変じゃない、と思うよ。」

「良かった。奏くんならそう言ってくれると思ってた。」


そう言いつつも僕は迷っていた。

僕は魔法を使うために女の子の服を着ているのであって、女の子になりたい訳ではない。当然魔法のことは打ち明けれないけど、このまま嘘をつくのも申し訳ない。

そう考えているとまた春人くんは話し始めた。


「私、幼稚園のころから青じゃなくてピンクのスモッグが着たかったの。でも言っても誰も聞いてくれなくて。小学校に入学してからもずっとスカートとかブラウスとか着たかったけど、誰も聞いてくれなかった。買ってくれなかった。クラスの女の子が羨ましくて羨ましくて仕方なかった。私、4年生の頃に転校してきたでしょ?実は3年生の時に、頑張って貯めたおこづかいでこっそりスカートを買って着たことがあるの。それで楽しくなっちゃって近くのコンビニに行ったんだけど、そこで友達に見つかっちゃって。その次の日からは毎日毎日本当に辛かった。だからね、私には今の奏くんの気持ちが凄くわかるの。わかるからこそ歩を止められなかったのが悔しくて、申し訳なくて……。」


何とか堪えていた涙があふれて話せなくなっていた。

背中をさすってあげたら、にこっと笑って少し落ち着いた。


「ありがとう、奏くん。」

「いいよ。ありがとう。そんなに思ってくれていたなんて。僕こそせっかく家まで来てくれたのに出られなくてごめんね。」


「にしても、奏くん、かわいかったなぁ。最初見たとき本当にわからなかったんだよ?見た目が本当に女の子だったんだもん。お姉さんとお母さんが一緒にいたから分かったけど。お姉さんも本当にかわいくて羨ましい。」

「お姉さん?ちーちゃんのこと?」

「そうそう。」


驚いたことに僕のまわりではちーちゃんはお姉さんになっていたらしい。そういえばちーちゃんとは2歳差、ちーちゃんが転校してきたのは2年生のとき。誤解するのも無理はない。


「ちーちゃんはいとこだよ?」

「え?そうなの……?」


春人くんのきょとんとした顔が面白くてつい笑ってしまった。

すると何か考え込んだかと思えば、次の時には顔を輝かせていた。


「奏くん!良いこと思いついた!これで明日から学校来れるよ!」

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