#18 地獄

「行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい!気をつけてね!」


これから学校へ行く。

11月も下旬となり、外に出ると結構寒い。


いつも通りお父さんはもう会社へ行っていた。ちーちゃんもテストが近いので、先に学校へ向かっていったらしい。

普段、学校へは一人で行く。理由は特に無く、ちーちゃんが2年前に小学校を卒業するまでは一緒に通っていたのだけれど、卒業してからは一人になった。そしてそのまま。


いつも通りの通学路。

いつも通りの校門。

いつも通りの教室。


ただ今日は一つ違うことがあった。

教室に入るとすぐ、クラスメートたちの視線が僕に対して集まった。

かと思うと一斉に目を逸らし、何やらひそひそと話し始め、時折クスクスという笑い声も聞こえる。


不快な違和感に包まれつつ自分の席に着くと、その直後に後ろの席から声をかけられた。


「なあ、そう。ちょっといい?」


彼は近藤あゆむ。クラスメートの男の子で、普段は外で遊ぶような活発な子で、これまであまり話すことは無かった。話しかけられた事には少し驚いたけれど、平静を装って応える。


「うん。何?」

そうってさ、昨日水族館とか……行ってた?」


その瞬間教室の空気が止まった。そして僕の体も動かなくなった。

クラスメート達は一斉に静まり返り、こちらを見ることはなかったものの、明らかに聞き耳を立てている様子で、僕の心臓の音のみが教室に響いているように感じた。

突然の事に、いや空気が元からおかしかったのは何となくわかっていたけれど、それでも僕にとっては彼の質問は予想外の事で、その場ですぐに否定すれば良かったものの、冷静な思考力は既に完全に飛び去っており、どこか人目の無い所に逃げたい衝動を抑えきることができなかった。そしてとうとう教室を飛び出してしまった。


ふと気づいたとき、僕はトイレの個室に篭っていた。何故か湧く涙も止まらない。


1時間目の開始のチャイムがなった後しばらくして、ゴツゴツという独特な足音が近づいてきた。あれはきっと担任の先生だ。


「おーい、木柳。どうした。大丈夫か?」


大丈夫、と返事をしたかったけど、到底大丈夫とは言える状態ではないのは自分が一番良くわかっていた。何よりも声が出なかった。

当然だ。僕が女装をしていたのを見られてしまって、ついトイレに籠もってしまった、なんて事は言える訳がない。


何も答えられないまま数分が好き、足音が今度は遠ざかってゆく。


その隙に僕はトイレを出て保健室へ向かった。そして保健室に入るとまた涙が溢れてしまった。


保健室にはちょうど白衣を着た保健の女性の先生がおり、そんな僕の様子を見て何かを察してくれたのか優しく抱擁してくれた。そしてしゃがんで僕の目を見て言った。


「何があったか言える?」


僕は首を横に振る。


「どうしても?」


今度は縦に首を振った。


「じゃあちょっと待っててね。」


そう言って保健室を出て行ったかと思うと、すぐに戻ってきて、僕の学年とクラス、名前を聞いたあと再び保健室出て行った。しばらくすると保健室の先生と担任の先生が話しながら保健室に近づいてきたけれど、結局保健室には保健の先生だけが入ってきた。先生は困ったような顔をしていた。クラスの誰もまだ話していないのかな。それなら今しかない。


「あの、お母さんと話をさせて欲しいんです。」

「うーん、仕方ないわね。それじゃあ職員室まで一緒に来てくれる?」


電話に出たお母さんには「来て」と一言だけを伝え電話を切り、そのまま今日は早退した。

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