第六十九話
駅の中に入ると、丁度俺たちの最寄りの駅に連絡する電車が出発するところだった。
俺とあかりは当然同じ駅だとして、河合もまた中学の校区が一緒ではあるが住む場所は一駅分違う。
とは言え、途中までは同じなので一緒の電車に乗り込んだ。
「けっこう多いね……」
河合が呟いた通り、確かにけっこうな人数だ。
駅員が押さなければ入れないような満員電車程では無いものの、当然の如く席は埋まっていた。
「確かに。帰省時間と被ってるから尚更だろうな」
「え? ああ、うん。そうだね!」
何を思うでもなく言葉をかえしたのだが、河合は若干焦った様子を見せる。
もしかしてただの独り言だったか……。そりゃいきなり返されたら驚きもするよな……。
やがて電車が出発すると、ゆっくり外の景色が流れ出す。
トンネルに差し掛かり電車の中の様子が窓に映し出され河合と目が合うも、慌ただしく逸らされてしまった。
たまにあるよな景色見てたらトンネル入って同じく景色見てた人と目が合う事。あの時の気まずさったらない。
隣へ目を向けてみれば未だ河合は恥ずかし気に顔を逸らしている。なんか申し訳なかったな……。
若干気まずくなりつつも電車で揺られる事数分。いつも高校に行くためにも使っている大きめの駅で降りる。
「えっと、あかりちゃん達は乗り換え、だよね?」
「うん、今日は楽しかったよるみちゃん!」
「私もだよあかりちゃん」
嬉々としてあかりが言うと、河合も笑顔で返し二人とも手と手を合わせる。仲が良さそうで何よりだ。
「それでえっと……」
河合がこちらを遠慮がちに見てくる。
何か言いたげに口をもごもごさせる河合だったが、やがて早口になりながらも笑みを浮かべる。
「お、お見送りするね、二人とも! 確か一番ホームだったよね!」
「あ、ああ。ありがとう」
……さっきからなんとなく河合の様子が変な気がするが気のせいか?
少し違和感を覚えるが、河合がそそさくさとホームに向かい始めるので聞くタイミングを逃した。
あかりと共に後に続くが、その間、何故か河合はチラチラこちらの様子を窺ってくる。ほんとにどうしたんだろう。過労?
若干心配しつつも歩いていると、気付けば一番ホームにたどり着く。電車は既に停車していた。
「それじゃあまた集まろうねるみちゃん!」
あかりがむんと言い放つと、晩御飯が待っている~と電車に乗り込む。ほんと腹減ってんだなぁこの子。
「またねあかりちゃん」
河合があかりに手を振ると、今度はこちらに目を向ける。
「えと、忍坂君もまた……」
河合が胸の前で控えめに手を振って来る。
ふむ、やはりなんとなく違和感がある気がするな。なんというかこう、我慢してるようなそんな感じだ。
「なんか大丈夫か河合? ちょっと様子変じゃないか?」
電光板を見ればまだ出発まで少しあるようなので聞いてみる。
「そ、そうかな!? べ、別になんともないよ?」
あはは……と河合は乾いたような笑みを浮かべる。まぁ本人がこういうなら仕方ないか。あまりしつこく聞いても鬱陶しいだろう。
「そっか。なら良かった。それじゃあまたな河合」
電車に乗り込もうと足を動かすと、服の袖を掴まれる。
「あっ、や、やっぱり待って」
「っと、どうした河合」
振り返り尋ねてみると、河合は頬を紅くしもじもじしながら言う。
「その、じ、実はさっきから一つだけ忍坂君に聞きたい事があって……それで……」
なるほど、どうやら様子が変に感じた原因はこれらしい。別に聞きたい事あれば適当に聞いてくれればいいのに。
まぁでも、もともと河合は引っ込み思案だからな。今でこそ頑張っているようだが、やはり質問するのにも相当エネルギーは使うのだろう。
「おう、なんでも聞いてくれ」
言うと、河合はキョロキョロ辺りを見回す。え、何。そんなに警戒しないといけない質問なの?
少し身構えていると、河合の方も安全確認が済んだのか控えめに指先を動かす。耳を貸して欲しいという事だろうか。
河合の身長に合わせ少しだけ膝を折ると、河合は再度目で周りを確認した後、そっと顔を近づけてくる。
「もしかしてコウ君ってことみちゃんが好きなの?」
「すッ!?」
こしょこしょとささやかれた言葉だったが、つい過剰に反応してしまった。いやだってそんなの聞かれると思わなったもん!
「その、なんか仲よさそうだったし……」
河合が頬を紅くし、俺から視線を僅かに外す。
な、なんという事だ……! やっぱりこういう誤解招いてた!
「いやいやいや、ない、ない。マジでそんな事無いぞ!?」
「ほ、ほんとかなぁ……」
疑いの目を向けてくる河合だが槙島にも同じような事言われたし、はた目から見たら仲良さげに映ってしまったのだろう。いやまぁ別に友達としては仲良く映っても全然いいんだけど、河合のこれは明らかに恋愛的に映っちゃってるもんね!
「ほんとほんと! それにほら、だいたい俺が好きなのはここ――」
「え?」
「あ」
つい勢いあまって口を滑らしそうになってしまった。電車を指し示しそうとした指をゆっくり収める。
いやでもここで言っておいた方がむしろいいのか? 河合とは姫野さんと共に一色先輩主催のビブリオバトルでまた会うことになるだろうし、その方が効果的に誤解を解くことができる気もする。
どうするべきか考えようとすると、別の声に思考を遮られた。
「ねぇコウ、電車出ちゃうよ?」
見れば、あかりが謎に握り棒から覗き見るようにじとーっとした視線を送ってきている。
同時に、発車のアナウンスが構内に流れた。
「うお、ほんとだ。すまん河合。話の途中だけど行くな! それじゃあまた来週」
「あ、うんうん! 私こそごめんね引き止めて。またね」
ベルが鳴るので急ぎ中へと乗り込む。
扉が完全に閉まると、景色がゆっくりと流れ始めた。
河合が手を振るのでそれに応じると、やがて窓の外には紫がかった空が映し出される。
「ふう、危なかった……」
一体何に対して危ないのかは分からないが、ついついそんな言葉が口をついていた。
安堵の息を漏らすと、あかりがチラっとこちらに目を向ける。
「……ねぇコウ、るみちゃんと何話してたの?」
不信感、というのは言い過ぎだが少なくともに楽観的な雰囲気ではない。
「いや、まぁ、別に大したことじゃ……」
「む」
言おうとするが、あかりは不服そうに頬を膨らませ、非難がましい視線を送って来る。
う、うーん……。変に取り繕って嘘ついてもたぶんバレるしな。あかりは好きの区別ついてないだろうし、ここは正直に言っておくか……。
「その、なんだ。俺の好きなやつについて少しな」
念のため人とは言わず、やつにして好きの対象の範囲は広げておく。
「ふーん、好きなやつ」
あかりはそれだけ言うと、そのまま視線を窓側に移し黙り込んでしまった。
別に嘘はついてないから怒ってるわけでは無いと思うけど……。果たしてあかりは俺の言葉をどう受け取ったのだろうか。
少し不安になるが、降りる駅までは一駅なので辛抱することにする。
それからおよそ五、六分くらい黙ってあかりと並んでいただろうか。
ようやく電車の扉が開いたので逃げだしたい衝動のまま降りる。
「よ、よーし着いたな。帰ろうぜ!」
わざと明るく言い放ちさっさと行こうとすると、あかりが服の裾をつまんで止めてくる。
「ちょっと待って」
「ど、どうしたあかり、晩御飯が待ってるぞ?」
とりあえず飯で釣ろうしてみるが特にじっとこちらを見つめるだけで反応はない。
代わりに耳を貸せと言わんばかりに手招きしてくる。え、何。なんなの?
少し耳をあかりの方へ寄せると、あちらもまた顔を近づけてくる。頬にほんのりと暖かさを感じた。目は横に無いので表情は分からないが、あかりの足元が少し背伸び気味なのはかろうじで見える。
なんとなく全身に熱が帯びる中、微かな息遣いが耳元で囁くと、小さいながらも鮮明にその言葉が聞こえた。
「私の好きな奴はコウ」
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