〇それぞれの行く道は

第七十話


 激動の一週間が過ぎた。図書館やら勉強会やら今思えば色々とあったものの、どうにかひどい点数は免れただろう。

 さてこれにて晴れてテスト終了! と羽を伸ばしたいところだが、俺はとある人物の相談を受けるため百貨店のフードコートに来ていた。


「なるほど、どうにかビブリオバトルで会う時森江さんと距離を縮めたいけどいい方法が思いつかないと」

「ああ。相談できるのは君だけなんだ忍坂!」


 相談内容を改めて復唱すると、槙島が熱い視線を向けてくる。いやそんな期待されてもなぁ……。だいたい相談する相手間違ってるぞ。俺別に女子と距離を詰めるの上手くないしなんなら割と苦手な方だと思う。


 とは言えせっかく俺を頼ってくれたんだから無下にするわけにもいかない。とりあえずそうだなぁ。


「まずは喋る、とか?」


 ごく一般的でなんの捻りも無い答えだが、槙島は信じられないという風に立ち上がる。


「ふざけないでくれ! 僕は真剣なんだ!」

「いや割と真面目になんだけど……」


 確かに革新的な答えでは無いとは思うよ? それは申しわけ無いんだけど、そんな方法あるなら誰も苦労しないというか……。


「違うね。喋るなんてそんな実現不可能なことを言うなんてふざけてる以外ありえない!」

「いやそれは可能だな!? お前の意識の問題だよね!?」


 てっきりもっと革新的なアイデア求めてるから怒ってるのかと思ったよ! 少しでも申し訳なく思った俺の心を返せ!


「やれやれ、これだからリア充は」

「いや別にそんな事は無いけど……」


 俺の交友関係なんて狭いもんだ。例えばクラスの奴を挙げれば何樫グループにいる何チャラ君とかたぶん俺なんて比じゃないくらい友達多い。そういう奴こそリア充と言ってしかるべきだ。


 自分の中で忍坂非リア説に納得していると、槙島がいつの間にか過呼吸気味になっていた。

 

「まっ……ま、ま、また、また君はそういう事言うのか! 今日も女子をはべらせているくせに!」


 槙島が言い放つと、わざと冷静な思考をして覆い隠していたことが、無理やり脳の表面に引きずり出された。考えないようにしてたのに! なんなら今ここにはいないことにできないかなって思ってたのに! 


 横に目を向けると、やはり俺の隣には誰かが座っていた。心なしか不機嫌そうに口を尖らせるのは言わずもがな世間で言うところの女神である。

 

「槙島君、はべるらせてるっていう言葉はちょっと心外だなー? はべるって身分の高い人に従う様な意味だよね? でもね、私はコウ君とは対等な立場でお付き合いを」

「してないな! ちょっと一度黙ろうか姫野さん!」


 この女神いきなり何を言おうとしてるんですかねぇ!? 変な誤解植え付けて後々面倒になるのは姫野さんのはずだよね!? いや俺もだけど!


「お、お付き合いだって!? やっぱり君はリア充じゃないか! しかもこんな綺れ……綺、こんなきーッ! な人が!」

「だぁッ! 違うって、違うからな槙島! 騙されるんじゃないぞ!」


 あときーッな人ってなんだよ! たぶん綺麗って言いたかったんだろうけど恥ずかしかったんだなぁ!? でも誰が見てもそう思うだろうから恥ずかしがる必要は無いからなぁ! 


「もう、しょうがいなーコウ君は」

「とりあえず姫野さんは口を閉じようか!」

「だったらー……」


 姫野さんが自らの口元に人差し指をあて、小悪魔じみた笑みを浮かべる。


「コウ君が優しくふさいでくれる?」

「っ!」

 

 ガッデム!

 艶めいた唇が否が応でも目に入る!

 だから! そういうの! よくないから!


「そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな」

「槙島はそんな眼で見ないでくれるかな!?」

 

 冷淡に構えて軽蔑的に見つめやがって! 確か小学校の国語教科書にそんな奴いたな!

 しかし俺とてこれまで無為に攻撃を受け続けてきたわけでは無い。ある程度免疫ができている。どうにかすべての情動を胃に仕舞うと、一呼吸してとりあえず落ち着く事が出来た。


「ていうか槙島。お前が姫野さんも来てくれてもいいって言ったんだろうが」


 テストが終わったあと、図書室は開かれるという事で俺達は図書委員の当番をさせられた。

 その途中、槙島から連絡が来てそのやりとりを姫野さんに覗かれて、一緒に行きたいと言い出すので槙島に聞いたら了承の返事をよこしやがったのだ。お前が断ってさえくれれば誰も傷つかない平和な世界が実現したのに……。


「……それは、だってさ」


 槙島がおもむろに口を開くと、姫野さんの方へ一瞬視線を向ける。

 ん? まさかとは思うけど……。


「なんか言われたら気を遣って断りづらくない!?」

「それは、分かるッ!」


 すごい分かるわ! 本当は来てほしくないな―ってちょっとだけ思ってたとしても、相手が行きたいって言ってきたら断れないよな!


 てっきり槙島も一介の男子として姫野さんを拝みたいのかと思ったけど、槙島には森江さんがいるしな。やっぱり槙島が森江さんを好きだというのは本当なんだろう。だったら俺も今回の相談には全面的に協力してやりたいところだ。


「えっと、なんかごめんね槙島君。無理矢理来ちゃった感じになって」

「あ、いやまぁ、別に、いいんだけどね……」


 申し訳なさそうにする姫野さんに、槙島は気まずげに言う。よく考えればこいつ姫野さんに丸聞こえなのにあんな事言ったのか……。特に悪意があったわけじゃなくつい口を滑らせただけだろうが、そりゃ申し訳なく思うよな、お互い。

 

 一瞬場が静まり返るが、姫野さんが何か思いついたらしく顔を綻ばせ、すぐに沈黙は破られた。


「お詫びっていうのも変かもしれないけど、私もここに来たんだし協力してもいいかな?」

「あ、えと……」


 姫野さんの突然の提案に槙島が目を泳がす。

 ふむ、まさか姫野さんからそんな申し出があるとは。何かたくらんでいたりするんじゃ……いやまぁ考えすぎか! 明確な拒絶が槙島にあったかはともかく、はっきりとああ言われたら流石の姫野さんでも何かやらなきゃ気が済まなかったんだろう。


 なんにせよ、姫野さんが協力してくれるというのなら槙島にとってだいぶ助け船になるに違いない。姫野さんの気も済むだろうし、ここは素直に協力を仰ぐべきか。


「俺はいいと思うぞ。女子の事は女子に聞くのが一番分かるんじゃないか?」


 提案すると、槙島も「まぁ確かに」と承諾する。


「それで、槙島君は森江さんと距離を縮めたいんだよね?」

「……まぁ、そうだね」


 ならば早速と姫野さんが話を切り出すが、槙島は姫野さんと目を合わせない。さっきので気まずいのか、あるいはと勉強会の時の様子を思い出す。

 

「じゃあまずは森江さんと喋ろっか」

「ぐっ、それは……」


 ニコッと顔を輝かせる姫野さんの光は槙島の顔に影を落とす。視線は相変わらず下を向き姫野さんの方へは行かない。


 やはりそういう事なのだろう。

 勉強会の時槙島は森江さんに対して態度に、住む世界が違うからと言った。その言葉は裏を返せば自らに自信が無いともとれる。そしてこの自信の無さは人見知りの恥ずかしがり屋に繋がる。証拠に、今も槙島は姫野さんと目を合わせていない。


 交流会や図書館で俺達と会った時の事も考えると、槙島のその性質は男女問わずあるのだろう。図書館では割と喋っていたが、恐らくあかりがいなければあんな風にはならなかった。

 改めて考えるとあかりすげーなと思っていると、つい一週間前の出来事も脳裏によぎる。

 いや落ち着け俺! 一旦置いておこう、それは! 今は槙島の事だ!


「やっぱり喋るしかないらしいぞ槙島」


 槙島の次の言葉を待ってか、場が静まり返っていたので少しか茶化し混じりに言ってみる。

 

「い、いやでもほら、そう、あれだよ。本当の愛に言葉なんて必要ない、って思わない?」


 思わない? って、いやそんな安っぽい言葉に同意を求められても。

 だってあれだろ? ある昼下がり、公園のカップルが静かにベンチで寄り添い、手を重ね合って小鳥の声に二人で耳を傾けてるみたいな。そこに言葉は無くても確かに二人は通じ合っていて……あれ、なんかそれよくない?


「ふざけてるならやっぱり協力するのやめようかな?」


 あ、小鳥が飛んでいった。

 現実に引き戻されると姫野さんがこれまでにない満面の笑みを浮かべていた。怖い! なんか怖いよ! 


「そ、そうだぞ槙島。あんまりふざけた事を言うもんじゃない。お前は森江さんと仲良くなりたいんだろ」


 横からコウ君がそれ言うんだみたいな、何もかも見透かしたような視線が来てる気がするが気にしない気にしない。


「ぐっ、まぁそれは、そうだね……」


 槙島が苦虫を噛み潰すように歯を食いしばる。

 どうやら槙島の方も本当は理解しているらしい。前に進むにはやはり言葉が必要であるのだと。


「でも、確かに今のまま無理に話してもたぶん逆効果かもねー」


 姫野さんの言葉に、決して褒められているわけではないにもかかわらず何故か槙島は嬉しそうに顔を綻ばせる。

 そんな槙島の様子など気にもせず姫野さんは続ける。


「なんか挙動不審でしょ? 今だって目も合わせようとしないし、話してて面白くないよね。あと眼鏡?」


 うわきっつッ! 最初の二つは分からないでもないけど三つ目とか俺だったら一日引きこもりになるレベルだよ! てか最後の眼鏡に至ってはもうなんか好みの問題だよね!

 しかし俺が胃を痛めているのとは裏腹に、槙島はよりいっそう嬉しそうにうんうん頷きだしていた。お前はそれでいいのか。


「やっぱり喋るなんて実現不可能だったんだよ」


 どんだけ喋りたくないんですかね……。いやまぁ多少はわかるけどね?


「でも何か接触が無いと仲良くはなれないよ?」


 先ほどとは一転、槙島の表情は急転直下しどんよりとしたオーラを漂わせる。希望を抱いたり絶望したり忙しい奴だな。


 ただ、こうなってくるとなかなか槙島と森江さんが仲良くなるビジョンが思い浮かばないな。

 いやでも諦めたらそこで試合終了だとかの有名な先生も言っている。何とかして方法を探さなければ。

 なんとか良い案は無いかと探していると、一つだけ思いついた事があった。


「あ、そうだ。かっこいいとこ見せるとかどうだ? 例えばビブリオバトルで優勝するとか。確か審査側か選手側かは当日決められるよな」

「それだよ忍坂!」


 言うと、槙島がパッと表情を和らげる。

 だが、姫野さんによってすぐ打ち砕かれた。


「無いかなー」


 ばっさり言い放つと、槙島はげっそりと頬をコケさせ顔を向けてくる。やめろこっち見んな怖い。

 でも駄目なのかー、割と良い案だと思ったんだけどな。


「ちなみに理由の方は……」


 姫野さんが無いというからには無いのだろうが、一応尋ねてみる。

 

「だって考えてみて。そもそもビブリオバトルで優勝できると思う? それにもし優勝したとして魅力的に映るかな?」

「優勝できるできないはともかく、一生懸命何かをやりきった姿とかかっこよかったりしないかなと」

「うーん。確かに何かにひたむきな姿は多少プラスだけど、ビブリオバトルって本を紹介してどの紹介が一番読みたくなったかを競うものでしょ? 本が好きな子ならいいかもしれなけど相手は森江さんだよー?」

「ふむふむ」


 ……森江さんか、なるほど。そういえば交流会で本を紹介するのにファッション雑誌ポプテン持ってきた子だもんな。まったく興味の無い分野を熱く語るとこ見せられてもなんかこのオタク言ってるくらいにしか思わないだろうし、なんなら本の紹介すら聞かない可能性もありそうだ。


「そう言われるとその通りかぁー」


 やはり姫野さんに協力してもらって正解だった。言われないと気づけなかったかもしれない。でもそうなるとますます槙島と森江さん仲良くなるビジョンが薄らいでいくよな……。

 どうするかなぁと槙島の方に目を向けるが、なんか魂抜けかけた様な顔になってるよこいつ! 現世に呼び戻してやらなければ……!


「ま、槙島はどうだ? 何か思いついたりしてないか?」

「え、ああ、そうだね……。ちょっと思いつかないかな」


 槙島をこちらの世界に呼び戻すことには成功したが、案の定良いアイデアは無いらしい。

 どうしたものかと頭を抱えていると、姫野さんがおもむろに口を開く。


「だからね、やっぱりお話して距離を縮めるしかないと思うんだー」

「でもさっき逆効果って言ってなかったっけ?」


 槙島も無理だと言うし、姫野さんもそう言うし、完全に俺の頭から会話するという選択肢は除外されていた。


「今のままじゃ、ね」


 姫野さんはウィンクすると、口元に笑みを湛えた。 

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