〇何かと厄介な……?

第五十八話

 突如暗闇の中、不快な音が脳内で反芻する。

 警告音にも似たそれは次第に大きく近づいて来た。非常にうるさい。

 俺は一定の感覚で刻まれる周波数に苛々しつつ、音の出どころを手探りすると、へこんでるボタンがあったのでポチッと押す。


 音がやんだ。やっぱり目覚ましだったか。まぁ30分後もう一回鳴るようにしてるから大丈夫だな。

 心中で一息つくと、ゆるやかにあ海の底へと沈んでいくような心地よい感覚に身を委ねる。


 精神が安らいでいくが、不意に暗闇の中に形作る妙な何かがあった。それを眺めていると、色々な音が心中になだれ込んで来る。

 そういえば今日の時間割なんだったか。朝飯……。昼はどうするか。そんなどうでもいいような内容だったが、ふと女の子の声が再生される。


――じ、実はわたし、中学の頃から忍坂君が好きでした!


 ああ、そういえば俺昨日告白されたんだったか。それを断った。誰に告白をされた? 決まってる。やがて暗闇の中にあった何かは徐々に形を成していった。

 河合……。


 胃に鉛を入れられたような感覚に苛まれていると、ふと少し遠くで別の声が聞こえてきた。


「コウ! コウ!」


 この声は誰だったかと朦朧と考えていると、何か木材が打ち付けられたような音が耳を貫く。

 それとほぼ同時、腰あたりかに普段かからないような暖かな重みが乗っかかった。


「コウ!」


 先ほど遠くにあった声がすぐ至近距離で耳に届くと、柑橘類の香りが鼻腔をくすぐる。

 何事かと目を開けると、カーテンの隙間から漏れる光に一瞬目くらましを受けてしまった。

 視野を狭め光に慣れさせると、目の前には何故か俺を見下ろすあかり。


「ってはいぃ!?」


 突如起こった天変地異に反射的に跳ね起きようとするが、いかんせん乗っかられているせいで抜け出すことができない。

 

「コウ、大変だよぉ!」


 あかりが半泣きになりながら言うと、なんとそのまま抱き着いてきた!


「お、お、おおおい! どうした!? とりあえず落ち着け! な!?」


 全身を包む爽やかな香りに昏倒しそうになる。ましてやあかりはパジャマ姿だ。あまり見慣れないもんだからなんていうか、妙に心臓が高鳴る。


「私のところにも来たんだよぉ!」

「何がだよ! とりあえず色々あれだから、な!? ちゃんと自身を見つめろ、今お前何をしてるんだ!?」


 思いつく限り丁寧に諭すと、あかりも少し冷静になったのか動きが止まる。

 ややあって、あかりはぱっと離れ目をぱちくりさせると、次第にその顔を紅潮させていく。


「こ、これは、しょの……」


 あかり噛み気味に言いながら目を泳がす。そのあまりにも動揺する姿のおかげで、こちらは少し冷静になる事が出来た。


「分かったから、とりあえず降りろ」

「う、うん……」


 言うと、あかりは機敏な動作でベッドから降り座卓の前に正座する。

 はぁ、とりあえず一難去ったか。まったく。朝から一体何なんだあかりは。小学校くらいの時はこういうような事もあったけど、もうお互い高校生だからな。ほんとこういう事はたまにしかしないで欲しい。……え? なんだって?

 

「それで、何があったんだ」


 カーテンを開けると、光が一挙に入り薄暗い部屋が明るくなる。

 安眠を邪魔されて散々と言えば散々だったが、おかげで気はまぎれた。

 俺も座卓に座らさせてもらう。


「こちらが例の物でございまする……」


 久々に聞いた侍のような言葉と共に置かれたのは、四つ折りサイズの白封筒だった。


「うむ。しかと受け取った……ってなんだこれは?」

「えっとね、朝ポスト見たらこれが入ってて……」


 あかりが言うと、白封筒の上であかりが指をひょいひょいと振る。どうやら裏を向けろという事らしい。

 指示通り白封筒をひっくり返してみると、その中央に言葉が書いてあった。

 

「あなたのうしろから?」


 俺が目を通したのを確認すると、あかりはおもむろに口を開く。


「もしかしてマナコさんかも」

「マナコ……」


 あまり聞きなれない単語に一瞬思考が止まるが、すぐに思い出した。

 マナコ、確か山を登りに行ってから俺の家で見たあのホラー映画の化け物か……。確かポストに手紙を入れて、それを見た人が振り返るとそこにマナコさんが立ってやられてしまう。その時の手紙の文面がこれと同じような感じだった。


「どうしよう……私怖かったから後ろ見ないで走って来ちゃって。もしかしたらコウの家の前で待ち伏せとか……」

「それかもうお前の後ろに立ってるかもしれないぞ?」

「……っ!?」


 言ってやると、あかりが肩をビクリとさせ、すさまじい速さで俺の背後に回り込んで来た。


「俺を盾にしないでくれるか?」

「だ、だって、見たらきっと殺されちゃう……」

「いや冗談に決まってるだろ?」

「え?」


 あかりが俺の肩から恐る恐ると言った具合に扉の方を覗き込むと、マナコさんがいないと確認するやいなや顔を真っ赤にし背中を一叩きする。


「コウのばか! ほんとに怖かったよ!?」

「悪かったって。まぁたぶんマナコさんじゃないからそこは安心しろ」

「なんでそう言い切れるの?」

「いやだってマナコさんの手紙って紙切れ一枚だし、だいたいあれは映画、フィクションだぞ?」


 俺はホラー映画とか怖いのは演出が演出なので苦手だが、霊とかそういうものの実在は信じているかと聞かれればそうじゃない。

 でもそれよりも……と目を封筒に落とすと、あかりが気になる事を言いだす。


「でも最近誰かについてこられてる気がするし……」


 ついてこられてる、か。


「なるほどな、まぁ気のせいじゃないか?」

「うう、そうかなぁ?」


 浮かない表情をするあかりだが、あまり不安にさせても可哀想なのでそう言っておく。


「俺もよくある気のせいだ。それより封筒の中身は見てみたのか?」

「見てない。怖いし」

「そうか」

「え、ちょっと待っ」


 あかりが制止するのをしり目に、たまたま置いてあったはさみで封を切る。

 中から四つ折りの紙を取り出すと、広げてみる。あかりは怖いのか目を手で隠して自らの視界を遮っていた。


 中には文章が書かれており、『拝啓。月がきれいな夜です。その周りにはスターシャイン、まるであなたを空に見ているようです』云々……。そしてしばらくロマンチックな……というか薄ら寒い文章があり、最後に『かなわぬ恋でありますが、私の気持ちだけは知っていただきたく、ここに綴らせていただきました』としめられていた。


「ど、どうだった、コウ……」


 あかりがおっかなびっくりに尋ねてくる。


「え、いや……どうもこうも……」


 何と言おうか迷ったが、やはりこれしかないとその言葉を言う。


「ラブレター、か?」

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