第五十九話
「ラブレター……うーんラブレター……」
学校に向かっていると、あかりが隣で手紙を太陽にすかしながら見る。
今日からテスト期間で朝練が無いらしいので登下校を共にしているが、あかりは家を出てからずっとこんな感じでラブレターを興味深そうに眺めていた。マナコさんの事もすっかり忘れてしまったようだ。
「ねぇコウ、聞いてもいい?」
「なんだ」
「ラブレターって何?」
「お前まじで言ってるのか?」
半ば引き気味に聞き返す。好きの意味をはき違えるのも大概だと思うけど、ラブレターすら分からないって、それはもう何か過去の恋愛にトラウマでもあってわざと思考を避けてるのかと疑うレベルだ。
そんな俺の心中を察してかは分からないが、あかりは慌てた様子で訂正してくる。
「流石の私でもラブレターくらい知ってるよ!? その、あれだよね……」
そこまで言うと、何故かもじもじとしだすあかり。
「コ、コイビトー……になるために気持ちを伝える手紙と言うか……」
またしても恋人の部分がカタコトのようだが、あのあかりと言えどそれくらいは知っていたらしい。
「知ってるなら聞くなよ」
「え、えっとそうじゃなくて!」
「だったらなんだ?」
「ほら、手紙って受け取る方がちゃんと理解できるように書かないとだよね?」
「まぁ、そうだな」
肯定すると、あかりが申し訳なさげに手紙を開いて見せてくる。
「何書いてるのか全然理解できなくてラブレターに感じない……」
「……」
割と正論で何も言い返すことができない。
「ほらこれとか、なんて書いてるか分からないよ!」
そう言って指し示すのは手紙の最後の一文、『綴らせて』という文字だった。
そこかよ。
「つづるっていう字だ。文章をつくる的な意味」
「ほお……そんな意味が。なんかかっこいいねぇ」
「そうかい」
仕様も無さに呆れ果て歩調を少し早めると、あかりが半瞬遅れて並んでくる。
「ねぇねぇコウ」
「今度はどの字が読めないんだ?」
「そうじゃなくて」
俺の質問を否定すると、あかりは半歩先に進んでこちらを覗き込んでくる。
「ちょっと怒ってない?」
「なっ……」
突然そんな事を聞いてくるので、つい足が止まってしまった。
「べ、別に、怒ってないし」
「ほら。やっぱり怒ってる」
「怒って無いって言ってるんだけど……」
「ううん、コウ嘘つく時そんな感じだもん」
「ぐっ」
そういえばこの子俺の嘘けっこう見抜けるんだったな。どうしたものか。
「なんで嘘つくの?」
問いただしてくるあかりからは少し不機嫌なオーラが漂い始める。これはよくない流れだ。とりあえず浅い所を認めて後は……、
「ま、まぁなんだ、あれだ、確かに多少機嫌が悪かったのは認めるけど、別にお前に対して怒ってるんじゃないから安心してくれ!」
逃げあるのみ!
という事でありたっけの力を込めて地面を蹴らせてもらう。
「ちょっとコウ!?」
背後からあかりが追随してくる気配を感じる。
「昔はよく競争とかして遊んでたよな! 今猛烈にそういう気分なんだ!」
振り返りもせず適当な事を言うと、後ろの足音のテンポが速くなる。
「ふふーん、そう言う事なら負けられないよ!」
ふと横を見れば、挑戦的な笑みを浮かべるあかりの姿があった。
どうやらうまくごまかせたみたいだが……なんだこの運動神経お化け、もう追いついて来やがったのか!
体力面については一定のアドバンテージがある男として負けられない。俺は駅へと速度を上げた。
♢ ♢ ♢
人の気配があまりない廊下で、俺を小馬鹿にするように笑う女が一人。
「プフッ、ウケるんだけど」
「ゲホッ……うるせ」
無理しすぎたせいで未だ喉が痛い。
目の前では何樫がいやらしい笑みを浮かべていた。
「いやだって学校まで全力疾走してボロボロとか」
「別に俺だってここまで走るつもりはなかったんだ。ただ電車降りた後第二ラウンドをあかりが始めやがったせいで」
あの時点で駅まで走るくらいなら、そこまで距離は長くないので俺でも耐えられた。だが電車を降りてからの距離はだいたい一キロはある。そんなところを疾走して無事なのがまずあり得ないだろう。かと言って手を抜くとあかりが怒るのは遠い昔にそんな事があったので実証済みだ。
というわけで死にそうになりながら走ったが結果は惨敗。罰ゲームとしてあかりに飲み物を買ってくるように言われ自動販売機に行くと、丁度何樫が来ていたので時間を貰ったわけだ。花姫犯罪組織の事を聞くために。
「でも始めたのはあんたがヤキモチを隠すためでしょ?」
「ぐっ……」
まぁ確かに、ラブレターを眺めるあかりを見て多少もやもやした感じがあったのは否めない。もしもあのラブレターがあかりに心を動かしたら、と少し考えてしまったのは事実だ。
もちろん、あかりがそれで幸せになれるのなら望むところではある。ただ、それでもやっぱり引っかかってしまったのだ。我ながら本当に情けないと思う。全てを引き延ばそうとしているのは他でもない、自分だというのに。
言い返せないでいると、何樫は呆れたようにため息を吐く。
「相変わらず自信の無い奴」
「悪かったな。俺だって好きでこんな性格になったんじゃない」
いつからこんな性格になってしまったのか。元々あまり自信がある方では無かったが、もう少しマシだった気がする。
少し記憶をたどってみると、ふとかつて河合に言われた言葉が脳裏によぎるがすぐに首を振る。
これは誰かのせいじゃない。他でもない自分自身のせいだ。河合のあの言葉は既に昨日の時点で失効しているのが何よりの証拠だろう。
というかそもそも何樫をわざわざ呼び出したのはそういう事を話すためじゃなかった。
「まぁ俺の事はどうでもいい。それよりお前のところの犯罪組織の事だ」
言うと、何樫が何故か切れ気味に返してくる。
「は? あたしの組織は潔白そのものなんですけど?」
「どこがだよ」
「それマジで言ってんの忍坂? あたしらの組織がどれだけ虫をキンチョールしたか知ってるわけ?」
「お前らがその虫になってる疑いがあるわけだけど」
ラブレターが入れられていた事は既に話したが、まだ”あかりが後ろから誰かつけられている気がすると言って、怖がっていた”事は言ってなかったので伝える。
「なるほど……ね」
少しだけ事態について真面目に考える気になったか、何樫から漂っていた怒りが収まっていく。
「それにこの手紙の文面は明らかにお前らの隊員のセンスが滲みだしてる気がする」
特にスターシャインとか。
ラブレターを見せると、何樫は何やら考え込むように顎に手を当てる。
しばらく文章を読んでいた何樫だったが、やがて読み終え手紙を畳んだ。
「分かった、一応聞いてみる」
「もし発覚してももみ消さないでくれよ」
「あたしを見くびるな。部下が失敗したらちゃんと正してやるのが上司ってもんだし」
何樫はこちらを半目で睨むと、「それよりも」と続ける。
「そろそろ行ってあげな。それ花咲さんのでしょ?」
何樫が俺の持つジュース缶に視線を向ける。
「ああそう言えば……」
あんまり待たせたら怒るかもしれないな。
「俺はそろそろ行くけどくらぐれも頼むぞ?」
「うっさい。心配しなくてもちゃんと聞くって言ってるじゃん」
「……そうだな、すまん。じゃあまた教室でな」
あんまり心配しすぎるのは相手に失礼だった。
この場はとにかく何樫に任せて、その結果次第でどうするか決めようと俺は教室へと向かった。
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