第五十六話
学校が終わった放課後。
最寄りの駅にあるカフェの一角で俺は座っていた。
人は少なく、優雅な洋楽が流れる落ち着いた雰囲気の店の中だが、俺としてはとても落ち着いていられる状況では無い。
原因は目の前でうつむきがちに座る女の子、河合。というよりは河合と俺を含めたこの場の空気にある。
河合とこのカフェに入ってから既に十数分。コーヒーから立ち昇る湯気は動きがあるというのに、俺と河合は終始固まっている状態だった。
気まずい空気にそろそろ耐えられなくなった頃、今何故俺がこんな状況にあるのかを思い出してみる。
確か発端は昨日の夕べ、あかりと姫野さんでファミレスに入った時だったか。
不意に鳴った携帯の通知音。何かと見てみれば河合のメッセージだった。
そこに書かれていたのが、明日放課後会えますかという内容。幸いと言うべきなのかは微妙だが、今日の放課後は何も無かったので承諾し、お互いの家から丁度近そうなこの場所を選んで現在に至る。
……しかし、一体どういう要件だというのだろうか。
あかり曰くそれはきっと遊びたいんだよ! と言う。まぁ無いな。
姫野さん曰く、会ってみたら分かるんじゃないかな、と言う。確かにその通りだが、姫野さんは言葉とは裏腹に何か見当をつけている感じがした。
「……だったよね」
「ん?」
河合が俺を呼んだ理由について頭を悩ませていると、ついに河合が口を開いた。
しかし、小さかったので聞き取れずつい聞き返してしまう。
「その、
確かに中学の時に比べれば色々と印象が違ったか。今この場の河合こそ引っ込み思案っぽくて俺のイメージ通りの河合だが、交流会では社交的な明るさを滲ませていた。
「まぁ、いつもと様子は違うとは、思ったな……」
正直に伝えると、またしても沈黙が訪れる。
気まずい。何か言った方がよさそうだなこれは。
「えっと、河合はあれだよな、高校で……」
「わわっ、い、言わないで!」
河合は急に立ち上がると、顔を真っ赤にして俺の口を両手で抑えようとしてくる。
「わ、悪い……」
恐らく中学の時の人間、ましてや嫌っている人間には言われたくないであろう単語を俺が言うと思ったのだろう。別にそれを言うつもりでは無かったけど、もうちょっと違う言い方にすればよかったか。
「その、自分で、言うね。他の人に言われたら恥ずかしいから……」
河合は席につきそう前置きをすると、軽く深呼吸をする。
俺は次の言葉を待つが、河合はよほど緊張状態であるのかなかなか第一声を発せられないでいるようだ。
それでも少しして、ようやく心の整理がついたのか、河合は恥ずかしそうに視線を泳がせながらもその言葉を口にする。
「その、高校デビューをしようかな、と」
だよな。
中学の頃の河合は引っ込み思案で自分から何か言おうとするなんて考えられなかった。そのせいか友達もあかりくらいしかいなかったし、河合自身も他に友達が欲しいとかそう言った雰囲気は無かった。それが今では森江さんみたいに少し派手めというかカーストの上位に位置しそうな子と友達になっているようだし、グループでも河合は他の人と積極的にかかわろうとしていた。
最初は河合と森江さんの組み合わせがどうにも中学の記憶と繋がらず、いじめなんて事も考えていたりしたが、それは森江さんの雰囲気を見て違うと思った。となれば、河合の行動から察するに残る可能性は高校デビューというわけだ。
でもなるほど、おかげでだいたい分かってきたぞ。俺を河合が呼んだ理由。俺を呼んだうえで高校デビューしてる事を打ち明けるという事はつまりそういう事なんだろう。……今後会う事があってもできるだけ関わらないでと。
「わたし、ずっとあんなだったから、このままじゃいけないって思って……。それで変わろうとして……。だからね、忍坂くんに言わないといけない事があるの」
よしやっぱりそうだった。河合、俺は覚悟できてるぞ。一思いに言ってやってくれ。
さぁどんな言葉でも受け入れようと構えるが、河合は予想とは反したことを言った。
「ごめんなさい!」
河合は机にぶつけそうな勢いで頭を下げ、小ぶりのツインテを揺らす。
「……?」
え、どういう事?
しかし俺の混乱をよそに河合は頭を深々と下げたまま頭を下げ続けるのだった。
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