第五十五話
丁度帰省する時間だったせいか、行きとは違い電車は多少混んでいた。それでも満員電車ではなく、椅子が埋まって立つ人がそれなりにいるくらいの混み具合で済んだのはここら辺がそこまで都会では無いおかげだろう。
まぁそれでも隣県が割と都会だったりするので路線によっては混むことには混むんだけども。
あかりが帰るルートと俺たちの帰るルートが丁度交わるような駅近くのファミレスを選んだが、あかりはまだ来ていなかった。
こちらが誘った手前待たせるのもあれなので、先に入る事にすると、隅の四人用テーブル席に案内された。
「さて、ところで姫野さん」
「どうしたのコウ君?」
わざとなのか、というかわざと姫野さんはとぼけて見せる。
「席の位置おかしくないか?」
「どうして?」
「いや、だってね?」
四人掛けのテーブルは長椅子のソファー席と普通の椅子二つに分かれていた。俺はとりあえず後者の方に座らせてもらったが、姫野さんもまた椅子に座って来たのだ。しかも椅子をこちらに近づけてくる始末。
二人の前に空席があり、加えて椅子同士の距離が近すぎる光景は非常にバランスが悪く、傍目から見ればかなり異様に見えるだろう。
その事を伝えると、姫野さんはえーと不機嫌そうに言う。
「でもクーラー寒いし、こうしてコウ君の近くにいれば……」
そんな事を言うと、有ろうことか姫野さんがさらに距離を詰め、いかにも乙女な甘い香りが俺の全身を包み込む。
「あったかいかなって」
いかにも恥じらってますと言わんばかりに頬を染める姫野さん。俺は即座にできる限り椅子を窓側に寄せる。
「あ、コウ君なんで離れるの?」
姫野さんは僅かに頬を膨らまし、抗議の視線を送って来る。
「いやークーラー効いてるけどなんでだろうな? 俺今ちょっと汗かいてるから姫野さんに悪いなと……」
「何も臭わないよ? ここけっこう涼しいし本当に汗かいてるの?」
「かいてるんです……」
まぁ暑いからというよりは焦燥からの噴き出してきた嫌な汗なんですけどね! ほんとこの女神色々と反則級だな!
「そっか。でも私は気にしないかなー」
軽やかに言うと、また姫野さんは距離を詰めるつもりなのか椅子に手をかける。まずい、もうきわっきわまで離れたから逃げ場が無いぞ! どうする!?
「あー!!」
姫野さんが近づき始めてきた刹那、非常に明快な声が辺りに響いた。
この声は……!
声の主はぱたぱたと近づいてくると、机が叩かれお冷の水面が揺れる。
「ことみんずるい! なんでコウの隣なの!?」
「あっ、あかり部活お疲れ。練習で疲れてるでしょ? 立ってないで座ったら?」
姫野さんがにこりと笑うのが見えた。
「え、あ、ありがとう……じゃないよ! 私コウの隣が良い!」
一瞬長椅子の方に行こうとするあかりだったが、すぐさま気付き再び姫野さんに向き直る。お前は芸人か。
「えー、でもこの席はもう私がとっちゃったし……」
「でも私コウの隣がいいもん!」
まるで駄々をこねる子供のような言い分を主張する姫野さん。大してあかりもなかなか子供じみた言い分で反対する。むむむと不機嫌そうな顔をするあかりだったが、何か名案でも思い付いたのか、そうだと顔を輝かせた。
「コウがこっちくればいいんだよ! コウ一緒に座ろ!」
「は?」
いきなり飛んできた言葉に間の抜けた声が出てしまった。
「あ、それはずるいと思うな、あかり」
「ずるくないよーだ! それにコウは昔からそっちのソファーの椅子の方が好きだもん!」
「え、そうなのコウ君?」
「まぁ……」
確かにソファー型の椅子の方が好きだが、割と女性はソファー派が多いとどこかで聞いていたので、とりあえず普通の方に座って空けておいた。
「ふふーん」
俺の返答を聞き、あかりはどこか誇らしげに胸を張るが、姫野さんはどこか余裕そうな笑みを浮かべる。
「……でも、そっちだと隅になっちゃって窓が無くなるよね? あかりはコウ君をそんなところの押し込めるのかな?」
どうやら姫野さんは、この前中庭で昼飯を食べた時にしたようなあかりの良心に訴えかける手段を用いるつもりらしい。
「じゃ、じゃあ私が奥に行けば」
「という事はあかりはコウ君を窓際から離すのかな? 窓際って解放感あって気持ちがいい席なのに、あかりは自分のわがままのためにコウ君の自由を奪うんだ」
自由を奪うって大袈裟な……あるいはあかりにはそれくらい大袈裟に言った方が言葉が伝わるのだろうか。
「ぐ、ぐぐ……」
しかし姫野さんの言葉は確実にあかりのライフポイントを削っているらしい。あかりは悔しそうにはするが言い返す言葉が出てこないようだ。
にしても相変わらず姫野さんも容赦ないなぁ……。今回もわざとそんな感じで言ってるんだろうけど、あかり大丈夫かな。
まあでもそうだな、とりあえず席については二人で向こう側に座ってもらうのが一番丸く収まるか。ていうかそっちの方が話しやすいから元々そういうつもりだったし。
「コ、コウ」
席順の提案をしようとすると、それよりも先にあかりが口を開いた。
「ど、どうしたあかり」
らしくもなくしおらしい声だったので、僅かに戸惑う。
やがてあかりは潤いの帯びた目をこちらに向けると、シュンと頬を赤らめ申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい……」
「……」
反則。
「……そっちに行けばいいんだろ? 別に、俺長椅子好きだし」
「え」
予想外だったのか、あかりが意外そうにこちらを見る。
俺はその視線をできるだけ意識しないよう努めつつ、立ち上がった。
「そういうお前は奥の方が好きだったよな。さっさと座れ。俺が座れないだろ」
言うと、最初こそ呆然としていたあかりだったが、よほど奥側の席が嬉しかったのだろう。やがてその顔を綻ばせた。
「うん、座る!」
今にもスキップしそうな勢いであかりは奥に座ると、早く早くと隣のソファーを叩いてくる。いやほんと好きだなぁ奥側の席。
「……やっぱりきついな」
独り言だったのだろう。ふと姫野さんが呟くが、たまたま耳が拾ったのでつい聞き返してしまった。
「きつい?」
「……それはもう、ね?」
一瞬間が開いたような気がしたが、すぐに姫野さんが意味深な笑みを浮かべ、楽し気に言い放つ。
「コウ君のあかりに対する愛……」
「おっと待とうか姫野さん!?」
今なんて言おうとしたのかな!
「電車の中で言ってたもんねコウ君。あかりが……」
「ストップ! ストップだ!」
電車の中であかりについて言った事なんてあれしかないじゃないか!
「え、何? コウが私の事言ってたの?」
姫野さんの独り言自体は聞いていなかったようだが、自分の名前が出たからかあかりは突然食いつき始める。
「うん言ってたよ」
「な、なんて!? なんて言ってたの、教えてことみん!」
「えー、どうしよっかなぁ?」
今にも姫野さんは言い出しそうだったので、すぐさま話題を止めにかかる。
「はいそこまで! それより二人とも聞いて欲しい事が」
「やだ!」
きっぱり即答であかりに断られてしまう。ちょっと傷ついた……。
「ねーねーことみん教えてよー!」
「んー、それじゃあ席交換してくれたら教えてあげてもいいかもしれないかな?」
姫野さん! なんて緩い条件で教えてようとしてるんだ! これはもう何かファミレスでひと騒ぎ起こして強制的に退場するしかッ!
半ば本気で犯罪歴も辞さない覚悟を決めるが、あかりの返答は意外なものだった。
「そ、それは、できませんょにょごにょ……」
語尾をごにょごにょさせつつも、なんとあかりは姫野さんの提案を断ったのだ。
……ほんと好きだなぁ奥側の席!
「そっか、なら仕方ないね。残念だなー」
「ぬう……我慢する」
姫野さんが煽るように言うが、あかりはがんとして席を譲るつもりは無いようだ。いやほんと好きだな奥側の席ッ!!
「そっか。まぁ譲ってくれてても、教えてなかったけどね」
「え、ひどい!」
「だって私は教えてあげてもいいかもしれないとしか言ってないよ?」
「そういえば、なるほど」
言語能力的な何かに少々難有りなあかりでも腑に落ちたのか、感心するようなそぶりをみせる。
だが当事者の俺としてはいかんせん納得しがたい。いや姫野さんは言い分は理解してるけどね? 理不尽というかなんというか。まぁなんだ、もう疲れた。
ていうかそもそも二人を集めたのは河合の事言うためだったんだよな。
「はぁ……それじゃあちょっと二人に話したいことがあるんだけどいいか?」
「うん、大丈夫だよ」
「おっけー」
さっきみたいに否定されたらどうしようと心配だったが杞憂で済んだ。
とりあえずあかりには図書交流会で河合と会った事を教える。
「え、るみちゃんと会ったの!? 羨ましい!」
「まぁお前にとってはそうだろうな」
「どういうこと? コウは嬉しくないの?」
まぁ、嫌われてなければ嬉しい事なんだろうけど。
「まぁそのあれだ、簡潔に言いたい事をまとめると、実は俺河合に嫌われてるんだよ」
「え!?」
「え、そうなんだ」
やはり二人とも河合が俺の事を嫌っているとは考えてなかったか。まぁそりゃそうか。
とりあえず河合に嫌いと中学の時に言われた事や、それにまつわるエピソードをかいつまんで説明する。
「……とまぁそんなわけだから、あんまり河合に俺を近づけないでやってほしいんだ。姫野さんは交流会で会うだろうけど俺の事はなるべく聞かないように、あかりも河合ともし遊ぶとなっても絶対に俺をメンバーに入れるな」
言いたい事を伝え終えると、束の間の沈黙が訪れる。
まぁいきなりそんな事言われても戸惑うよな。あるいは多少同情してくれてるのだろうか。
どちらにせよ、今後河合にかかる精神的負担が少しでも軽くなってくれるならそれでいい。
……しかしそれにしても静かになった。もしかしたらこういう事って食べ終わった後に言う方よかったか? もしかしてこの沈黙は美味しいごはん前に何重苦しい話してるんだよと暗に言われてるのか!? でも確かにそうだよな、俺なんかの話なんて飯不味くなるだけだよな……なんて事だ。俺はそんな事にも気づかずッ!
「ねぇコウ、それほんと?」
不安がピークに達しそうになっていると、不意にあかりがそんな事を言いだした。おいまさか今の話を聞いた感想がそれなのかあかりよ。
「……俺がそんな嘘ついてどうするんだ」
「うーん確かにコウはそんな嘘はつかないと思うけど……でもうーん……勘違いとかは?」
「嫌いとはっきり言われて勘違いなわけがない」
「うーん……」
あかりの中ではどうにも納得できないらしく、頭を悩ましている様子だ。
「私もこれについてはあかりと同じかな」
「え、姫野さんまで?」
「うん」
あかりはまぁ何か捉え方がおかしな部分が時々あるからいいにしても、姫野さんはむしろそういう能力は高いはずだ。
「いやでも交流会を思い出してみてくれ姫野さん。河合は他の人とは話したりしてたけど、俺とは一切話してなかっただろ? 帰りだって姫野さんとは話してたけど俺とは目を合わせようともしなかったし友達であるという事も無理矢理言った感じあったし」
「んー、それについては違う理由だと思うな。嫌われてるとかはとりあえず置いといてもコウ君、中学の頃河合さんとけっこう一緒にいたんだよね?」
「まぁ、一応は」
昼飯のメンツは割と日によって違ったりしたが、河合とあかりと俺はけっこう固定されていた。
「だったらたぶん気付いてるよね、河合さん中学と違ったでしょ?」
「ああ……」
確かにそれについては顕著だった。河合は明らかに中学の時と比べて様子が変わっている。
「たぶん交流会での態度はそれが原因なんじゃないかな?」
「まぁ、俺もある意味ではそうは思ってたけど」
それは俺が嫌いだからじゃないのか? ていうかそう言われたわけだし。
「確かに嫌いって言われたのは本当なのかもしれないけど、そもそもそれは河合さんの本心なのかな? コウ君の主観じゃない?」
「まぁ確かに主観ではあるけど……」
仮に嫌いじゃないとしてどうして嫌いと面と向かって言う必要があるのか。
姫野さんは一体河合に何を見てるんだ?
頭の中がかすみがかったような妙な感じを覚えていると、不意に先ほどマナーモードにしていたスマホが震えた。
考えるのも疲れた頃だったのでとりあえず見てみると、そこには河合るみという文字があった。
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