第二十一話
雨に打ち震える子犬の様に大人しく付いて行くと、そこは路地裏、ではなく、ましてやこじんまりとしたお洒落な喫茶、でもなく。
「フードコートがいい店なのか?」
連れられた場所は駅近くにある大型百貨店のフードコートだった。
「あたり前じゃん!」
俺を誘った時のしんみりした感じはどこへやら。何樫は軽い調子で続ける。
「忍坂フードコート舐めすぎ。一つの場所に何個も店が入ってるって選択の幅が広がって楽しいでしょ?」
「そ、そうなのか……」
その感性は理解しがたい。俺からしてみれば選択肢が多いとあれこれ悩み続けなければならないからむしろ選択肢は少ない方がいい。
まぁそれはともかくとして、こういう人が多い場所ならとりあえず暴力沙汰は無いだろう。
と言っても、まだ帰りとかあるから油断はできないか。本当に危なかったらそうだな、もう逃げて引きこもろうそうしよう。流石の青春でも命には勝らない。さて、そうと決まれば問題はどうやって逃げるかだが……。
「あたしたこ焼きにするけど、忍坂どうすんの?」
深い思考に沈みそうだったが、何樫の声によって阻止される。
「あー、じゃあ俺もそれにする」
別段、何が食べたいとかはなかったので一番無難そうな答えを言うと、何故かため息をつかれた。
「はぁ、忍坂さ、ちょっとは自分で考えようとか思わないわけ?」
「まぁ別になんでもよかったし……」
言うと、何樫はどことなく呆れた様子を醸すが、やがて諦めた様に弱々しくたこ焼きの方を指さす。
「あっそう。まぁいいや、とりあえず並ぼ」
「お、おう」
返すと、何樫はこちらを振り返る事無く歩いていくので黙ってついていくとする。
何か琴線に触れる事でも言ってしまったのだろうか。いつもの何樫と雰囲気が違う。普段は騒がしいアブラゼミならば今回は夕暮れ時静かに鳴くヒグラシとでも言うべきか。いやそもそも級友をセミで例えるのはどうなのとは思うけども。
ただ何にせよ、すっきりしないのは事実。その原因を突き止めるには直接聞いてみるのが効果的なのだろうが、もし本当に何か不快になっているのならば、それを聞くのはむしろ逆効果だ。それに関しては昔のあかりで経験済みだ。
これ以上悪い状況にならないために余計な事を言わないよう、慎重にカウンターに向かい、何樫と共にたこ焼きを受け取ると、その背後を霊のように静かについていく。
「にしてもさ、ほんとに花咲さんとは何もないわけ?」
お互い席に着くと、だしぬけに何樫がまたそんな事を問うてくる。
重い様子もなくむしろ軽い調子で放たれた問いのはずだが、どこか凍りつきそうな感覚が背筋を走った。
「……またそれか。無い物は無いぞ」
「ふーん……」
いつもの何樫ならしつこく迫ってくるところだが、何故か今回は軽く目を細めて意味ありげに唸るだけで黙りこくってしまった。
その黒い瞳からは何を考えているのか想像できない。いや、想像を働かせる隙を与えないような、強い力を感じる。
先ほどから何かいつもと雰囲気が違う、その上こういう静かな時間が来るのだから妙に居心地が悪い。あるいは相手の意図をくみ取れていないからそう感じるかもしれない。
「あーそういえば」
「どっちなわけ?」
堪り兼ねて何か適当な話を振ろうと声を絞り出すと、同時に何樫の声が重なる。
「えっと、どっちっていうのは……」
意味を図りかねたので尋ねてみると、まっすぐと目を向ける何樫の口からは想像以上に重い一撃が放たれた。
「花咲さんと姫野さん、あんたはどっちが好きなわけ?」
「え?」
花咲さんと姫野さん、あかりと姫野さん。今何樫はなんて言った? どっちが好き? 一体何を言っているんだ?
「何を言って……」
「とぼけないで」
射すくめるように刺さる眼光は俺にごまかす隙を与えてくれない。
確かに、確かに俺は姫野さんが好きだ。隠していたつもりでも女子の目線から見れば見抜かれるのはまだ分かる。ただどうしてあかりの名前まで出るんだ? あかりの事は諦めてシュウとあかりを何とかして引っ付けようと画策してきた。だから俺にあかりが好きなんて気持ちは微塵も無いはずだ。
無い、はずなんだよな。
でも言葉はすぐに出ない。
「……俺は」
俺が声を出しあぐねていると、ふっと何樫が笑みを浮かべる。
「なんてね」
何樫はぐっと伸びをすると、息を零す。
「ふう、まぁもし好きだったとして、そんなの言いたいわけないか」
ごめんごめんと謝る何樫はたこ焼きをつまようじで一突きして口に入れる。
「うわ、冷めてるし……これ絶対作り置きだったんじゃないの」
「えっと何樫……」
声を絞り出すと、何樫は元の知る何樫に戻っていた。
「なに? ていうか食べなよ。冷めるよ? もう冷めてるけど」
ウケる~と一人でツボにはまりながら、何樫はもう一つたこ焼きを食べた。
何を言えばいいのか思いつかなかったので、俺もたこ焼きを食べて見ると、なるほど、確かに冷めていた。
しばらく黙々と胃に物を入れる作業を続けていると、何樫がおもむろに口を開く。
「まぁさ、仮にね? もしあたしの言ったことが当たってたんだとしたらさ」
何樫が最後のたこ焼きを食べ終えると、まっすぐこちらを見る。
「そういうの、やめときな」
しかしすぐ視線を外されると、何樫がまだ残る俺のたこ焼きを一つお取り上げ椅子から立ち上がる。
「それじゃ、バスの時間だからそろそろ行くわ」
「お、おう……」
ごちそうさんと何樫は笑み交じりでたこ焼きを口に放り込むと、そのままどこかへ行ってしまう。
俺にかけられた言葉は、特に責めるようでも無く、ただ素っ気なく放たれただけの言葉だった。
しかしどういう訳か、それはひどく重く肩にのしかかっていた。
俺が好きな人。
言葉にすれば簡単だが、結論を出すのはどうにも難しかった。
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